第32回 JAMCOオンライン国際シンポジウム
2024年2月~
分断の危機にある世界で今訴えたいこと
紙芝居『二度と』で平和の語り部をめざす
はじめに
2022年2月、ロシアのウクライナ侵攻が始まった。その年の12月、東京都多摩市の恵泉女学園大学平和紙芝居研究会KPKA(クプカ:Keisen Peace Kamishibai Association)の学生たちは、「平和の語り部になろう!」というスローガンのもと、市内の小中学生を対象に、紙芝居を使った平和学習の出前授業を開始した。それ以降、KPKAは2023年7月までの7か月間に、多摩市内の小中学校5校、合計15学級に授業を届けている(写真1)。
KPKAの平和学習の特徴は二つある。一つは、広島と長崎への原爆投下を題材とした紙芝居『二度と』NEVER AGAIN(脚本・絵 松井エイコ)(資料1)を教材としていることである。もう一つの特徴は、児童生徒たち自身も紙芝居を実演する紙芝居実演体験をする点である。児童生徒は、1時間目に観客として紙芝居を鑑賞した後、2時間目には演じ手となり、一人数場面ずつ声に出して仲間の前で読む。つまり、「みる紙芝居からやる紙芝居」への転換を体験する(注1)。そして、授業の最後には「平和な未来を創るために自分に何ができるか」を書き記す。これらのプロセスを通してKPKAは、子どもたちに「微力だけど無力じゃない」というメッセージを伝え、「平和の語り部になろう!」と呼びかける。それによって、子どもたちが自分ごととして平和構築に主体的に取り組む行動を促すのがKPKAの平和授業の目的である。
KPKAの発足は2020年2月、新型コロナの感染拡大と同時期だった。スタートするやいなや、活動中止や部員の激減など存続の危機に見舞われたが、オンラインの勉強会や紙芝居交流会を重ね、2022年8月に多摩市が行う「子ども被爆地派遣事業」に同行して広島研修に参加したことがきっかけとなり、同年12月には紙芝居を持って学校を訪問するという平和学習の出前授業を開始した。
本稿では、日本発祥の文化芸術である紙芝居の形式と特性について説明した上で、授業の主教材として使用している平和紙芝居『二度と』に込められた作者の想いを紹介し、『二度と』の出会いや平和学習による学生の変容を報告する。その上で平和学習の構成と要点を説明し、児童生徒が紙芝居の実演と授業から何を感じ、どう行動しようとしているかをまとめる。最後に、分断の危機に直面する現代社会において、KPKAが今後進んで行こうとしている方向性を述べる。
1.紙芝居「Kamishibai」の形式と特性
紙芝居は、英語でKamishibaiと呼ばれ、kamiは絵を、shibaiは芝居を意味する。絵本も紙芝居も絵と文字からなる印刷メディアだが、形式の違いから、異なる特性を持つ。絵本は、一つの辺が綴じられて、ページをめくることで進行する。他方、紙芝居は、日本の伝統家屋の障子やふすまのように、絵をスライドさせて進行する。物語を語る演じ手は、紙芝居舞台と呼ばれる木の枠の中に、8枚から12枚で構成される作品を入れる。それぞれの絵の裏面には脚本と呼ばれる文字が書かれてあり、演じ手は絵の方を観客に見せ、裏面に書かれた脚本を読みながら一枚ずつ水平にスライドさせて画面を抜く。そして次の画面が出たら、新たな裏面の脚本を読むという「抜き差し」によって話が展開する。対面で脚本を読む演じ手の声は臨場感を高め、画面を抜いて次の絵を少しずつ見せることによって観客の集中が高まり、演じ手と観客、また観客同士の間に「共感」の喜びが生まれるというのが、紙芝居の特性である。紙芝居のルーツは平安時代の『源氏物語絵巻』にも描かれているが、紙芝居舞台に作品を入れて、演じ手が抜き差しをしながら演じるという現在の形が完成したのは、1930年頃である。
2.紙芝居『二度と』と学生の変容
以上の学習や実演を経て、子どもたちが授業の中で何を感じ考えたかを設問ごとに紹介する。
設問:「授業でどんなころが心に残りましたか。自由に書いてください。」
* 紙芝居を読んで、聞いた時よりも、声に出した時の方が、戦争の苦しみや悲しみが、よく伝わってきました。
* 紙芝居で戦争の恐ろしさを「絵」と「言葉」によって実感させられました。
* 紙芝居を通して平和について学んだ。平和は幸せだと思った。ずっと平和がいいと思った。戦争は嫌だと思った。怖いと思った。
設問:「平和な未来を創るために、あなたには何ができると思いますか?自由に書いてください」。
* 自分で今おこっているウクライナとロシアの戦いをとめることはできないが、戦争のおそろしさをみんなでうったえることで戦争をなくして平和なせかいをつくれたらと思います。
* 昔戦争があってものすごい数の人が亡くなったことを忘れない。戦争のひさんさや残こくさを知らない人に二度と戦争をしないことを教えてあげる。
* 1人1人の平和の意識が大切だと思うので私は普段の生活から争いを亡くそうと思います。ケンカしてもすぐに仲なおりしたり、誰かにムカついても心をおちつかせて「まぁいいや」と思ってみたりしたいです。
また、8月5日の平和紙芝居上演会に出演した児童生徒は、次のように感想を書いている。
* とても満ち足りた気分になりました。今後もこのような活動をやっていきたいと思いました。
* 顔をあげた時に、見てくれている人が笑顔で真剣に聴いてくれていて嬉しかったです。恵泉の方や紙芝居をとおして、平和の幅が広がり、とても嬉しいです。
* 人によって読みかたが違ってそこから平和にこめる思いがちがうことを感じ、そこに面白さを感じた。この上演会を通して、平和についての学びも深まったし、平和に対しての想いも強くなったし、平和の輪も広がったと思う。この活動に参加して、伝えることの難しさと楽しさを知れた。ありがとうございます。
さらに、一人の児童は、授業の体験と紙芝居上演会を終え、以下のように綴っている。
「ぼくは、平和出前授業を受けた時にも、平和について関心がありました。でも、平和紙芝居上演会に向けて練習をしていく中で、「戦争」と「平和」について見方が変わりました。例えば、『二度と』の中の壊れた本棚の写真。衝撃でした。沢山あったはずの本は全て灰燼と化してしまったのです。それは、本好きなぼくにとって、とても大きな衝撃でした。写真の中の瓦礫が、本当は何だったのかが分かると、急にその光景がまざまざと目に浮かぶのです。そして、そこでどれだけの人が犠牲になったのかと思いました。その時から、戦争への憤りがはっきりしてきました。」
以上から、『二度と』の実演体験を含む平和学習は、内面の変化を促し、平和構築に対する意識を高めていることが伺える。優れた作品との出会によって戦争の理不尽さと平和の尊さを伝えて行こうと呼びかける若い学生たちの真摯な姿勢は、地域の人々の心を打ち、支援者が広がっている(注6)。
5.今後の展望~世界の子どもたちに向けて「平和の語り部になろう!」
恵泉女学園大学は2023年3月をもって学生の募集停止を決定し、2027年には閉学することが理事会によって発表された。しかし、恵泉女学園大学の理念はKPKAの活動と共にこれからも広がり、受け継がれ、次の世代に手渡されるだろう。「世界平和の構築に貢献する人間の育成」はいつの時代にも必要とされるからである。
KPKAは、2022年12月に韓国や中国からの留学生5名を含む学生15名で平和学習の出前授業を開始した。そして2023年9月には、小学生から社会人まで9名が加わり、新しい市民サークルとしての歩みを始めている。KPKAはこれからも地域で「平和の語り部になろう!」と呼びかけて仲間を増やし、仲間と共に学び、紙芝居の実演と対話を通して戦争の実相と平和の尊さを伝え続けて行く。
人々と手を携えて平和を守り抜くためのKPKAの実践は、一匹の蝶の羽ばたきのようにささやかな活動かもしれない。しかし、この小さな羽ばたきが、世界中の人々の平和への願いや祈りと重なり、やがて大きなうねりとなって、戦争や抑圧や構造的な暴力の闇を消し去る日が必ず訪れると信じている。
KPKAはこれからも紙芝居『二度と』を実演し、「平和の語り部になろう!」と子どもたちに呼びかけながら、日本全国に、そして世界に、戦争と平和の意味を伝える授業を届けるために飛び立つ覚悟である。
おわりに
KPKAは青い空に向かって仲間と共にこれからも飛び続けて行く。日本の子どもたちが世界の子どもたちと手をつなぎ、『二度と』を一緒に演じる日が来ることを信じて。核兵器の廃絶と、戦争や構造的な暴力のない真の平和、だれもが安心して暮らせる、思いやりある世界の実現を目指して。
【注】
2022年2月、ロシアのウクライナ侵攻が始まった。その年の12月、東京都多摩市の恵泉女学園大学平和紙芝居研究会KPKA(クプカ:Keisen Peace Kamishibai Association)の学生たちは、「平和の語り部になろう!」というスローガンのもと、市内の小中学生を対象に、紙芝居を使った平和学習の出前授業を開始した。それ以降、KPKAは2023年7月までの7か月間に、多摩市内の小中学校5校、合計15学級に授業を届けている(写真1)。
KPKAの平和学習の特徴は二つある。一つは、広島と長崎への原爆投下を題材とした紙芝居『二度と』NEVER AGAIN(脚本・絵 松井エイコ)(資料1)を教材としていることである。もう一つの特徴は、児童生徒たち自身も紙芝居を実演する紙芝居実演体験をする点である。児童生徒は、1時間目に観客として紙芝居を鑑賞した後、2時間目には演じ手となり、一人数場面ずつ声に出して仲間の前で読む。つまり、「みる紙芝居からやる紙芝居」への転換を体験する(注1)。そして、授業の最後には「平和な未来を創るために自分に何ができるか」を書き記す。これらのプロセスを通してKPKAは、子どもたちに「微力だけど無力じゃない」というメッセージを伝え、「平和の語り部になろう!」と呼びかける。それによって、子どもたちが自分ごととして平和構築に主体的に取り組む行動を促すのがKPKAの平和授業の目的である。
KPKAの発足は2020年2月、新型コロナの感染拡大と同時期だった。スタートするやいなや、活動中止や部員の激減など存続の危機に見舞われたが、オンラインの勉強会や紙芝居交流会を重ね、2022年8月に多摩市が行う「子ども被爆地派遣事業」に同行して広島研修に参加したことがきっかけとなり、同年12月には紙芝居を持って学校を訪問するという平和学習の出前授業を開始した。
本稿では、日本発祥の文化芸術である紙芝居の形式と特性について説明した上で、授業の主教材として使用している平和紙芝居『二度と』に込められた作者の想いを紹介し、『二度と』の出会いや平和学習による学生の変容を報告する。その上で平和学習の構成と要点を説明し、児童生徒が紙芝居の実演と授業から何を感じ、どう行動しようとしているかをまとめる。最後に、分断の危機に直面する現代社会において、KPKAが今後進んで行こうとしている方向性を述べる。
1.紙芝居「Kamishibai」の形式と特性
紙芝居は、英語でKamishibaiと呼ばれ、kamiは絵を、shibaiは芝居を意味する。絵本も紙芝居も絵と文字からなる印刷メディアだが、形式の違いから、異なる特性を持つ。絵本は、一つの辺が綴じられて、ページをめくることで進行する。他方、紙芝居は、日本の伝統家屋の障子やふすまのように、絵をスライドさせて進行する。物語を語る演じ手は、紙芝居舞台と呼ばれる木の枠の中に、8枚から12枚で構成される作品を入れる。それぞれの絵の裏面には脚本と呼ばれる文字が書かれてあり、演じ手は絵の方を観客に見せ、裏面に書かれた脚本を読みながら一枚ずつ水平にスライドさせて画面を抜く。そして次の画面が出たら、新たな裏面の脚本を読むという「抜き差し」によって話が展開する。対面で脚本を読む演じ手の声は臨場感を高め、画面を抜いて次の絵を少しずつ見せることによって観客の集中が高まり、演じ手と観客、また観客同士の間に「共感」の喜びが生まれるというのが、紙芝居の特性である。紙芝居のルーツは平安時代の『源氏物語絵巻』にも描かれているが、紙芝居舞台に作品を入れて、演じ手が抜き差しをしながら演じるという現在の形が完成したのは、1930年頃である。
2.紙芝居『二度と』と学生の変容
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2-1紙芝居『二度と』の内容と構成
KPKAの平和学習で使用する『二度と』は、戦後60年に当たる2005年に童心社から出版された。翌年の2006年にはミュンヘン児童図書館が企画する平和のための国際展「ハロー・ディア・エネミー!平和と寛容の国際絵本展」に選ばれ、以来、世界で展示され、翻訳され、実演されている。『二度と』には、戦争や核兵器への怒りと平和への強い願いが込められており、「平和を語る時なくてはならない作品」と評されている(注2)。しかも、『二度と』は演じ手と観客双方の心の奥に働きかける、強さと美しさを兼ね備えた優れた芸術作品であるとも言える。
『二度と』は12場面(12枚)からなる作品である。その前半では、原子爆弾製造の経緯と投下の日時、炸裂時の破壊力、広島と長崎の惨状が白黒写真と共に語られる。後半は、パステル画で描かれた被爆建造物、被爆樹木、8歳の少女の姿と続き、実話が語られる。「二度と原爆を落とさないで」「ノーモアヒロシマ、ノーモアナガサキ」の言葉が繰り返され、みんなの声の中から白い鳥が生まれる(資料2)。戦争のない青い空に向かって白い鳥が飛び立ち、紙芝居『二度と』は終了する。
紙芝居の共感の特性と平和紙芝居について、『二度と』の作者松井エイコは次のように思いを語っている。
共感を生み出す紙芝居はすばらしい力をもっています。そして平和紙芝居の内容 は、「戦争とは何かの本質を捉え、戦争とまっすぐに向き合う中で、それを乗り越 えて生きる希望、めざすことを描く」ことが必要ではないかと考えています。それ は子どもたちに「人間らしく生きる」ことの意味を手渡すことになると。『二度と』 を演じるとそこにいる子どもが、この紙芝居をほしいと言ってくれます。私はみん なが『二度と』を演じてほしい、戦争を体験したことのない私たちが、今こそ、紙 芝居で平和をつないでいきたい、と願います(注3)。 -
2-2 学生の変容
『二度と』の実演に取り組んだKPKAのYさんは、2022年に広島研修に行くまでは『二度と』のテーマの重さと内容の悲惨さに怖さを感じたと語っていた。そして、できれば読みたくないとさえ思っていたことを告白している。しかし、2022年夏、多摩市の子ども被爆地派遣に同行して広島を訪れ、犠牲者の慰霊碑や女子中学生の遺品を見てからは、『二度と』を読むと涙が止まらなくなったと振り返る。と同時に、原爆のことや戦争のことをもっと知りたいと思い、『二度と』の実演に取り組み、世界紙芝居デーである12月7日には大学礼拝で実演した。Yさんは、太平洋戦争の歴史について自分で勉強をはじめ、平和学習の授業を行う中で、幼少期に訪れたフィリピンで出会ったストリートチルドレンのことを思い起こし、将来はアジアに暮らす困難な状況にある子どもたちを支援したいと語っている。
さらに、Mさんの場合は、『二度と』に出会って平和学習の準備をする中で、高校時代の研修でフランスのユダヤ人収容所を訪れた時の衝撃を思い出したと語る。『二度と』の実演練習では、原爆が投下された直後のきのこ雲が立ち上る場面で「ピカッ」「ドーン」と言う度に自分の声に納得できず、試行錯誤を繰り返した。原爆投下時の映像を観たり、知識を増やしたりして努力した。しかし、ユダヤ人収容所で見た子どもが描いた壁の落書きに受けた衝撃が蘇った時、表現への迷いがなくなった。自分と向き合い、戦争の犠牲となった世界中のすべての人々の心を自分の中で感じた時、素直な想いで演じられるようになったと振り返る。Mさんは、卒業後は平和や人権に関わる仕事に就くことを目指している。
このように、紙芝居『二度と』は、実演によって人の内面と深く繋がる作品であり、KPKAの学生たちは授業者としての実践経験と『二度と』の演じ手としての研鑽によって、自分と向き合い、世界に目を向け、地球市民としての生き方を確立しようとしている。
KPKAの学生たちは教職を目指している学生ではない。園芸や人権、日本文化や英語コミュニケーションを専攻する学生達である。これら一般の学生が、紙芝居『二度と』と紙芝居舞台を携えて平和学習の授業者となって地域の小中学校で授業をし、「平和の語り部になろう!」と呼びかけた。
この活動は、広島研修からちょうど1年目の2023年8月5日に一つの形に結実した。それは、広島研修や平和学習出前授業で出会った人々や子どもたちと共に開催した多摩市立中央図書館での平和展でのイベント「小・中・高校生が語る戦争と平和~平和の語り部になろう!紙芝居上演会」である(写真2)。KPKAの学生から指導を受けた11歳から16歳までの子どもたち10名が戦争体験と平和の意味を紙芝居で伝える姿は、観客を感動させ、新聞やテレビでも報道された。
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3-1 「平和の語り部になろう!」の誕生
KPKA(クプカ)は、2020年2月に発足し、紙芝居を持って地域の保育園や福祉施設を回り、「身近なところに笑顔を届け、平和を創る」活動を旨とし、恵泉女学園大学の「愛」「平和」「いのち」に根差した奉仕の精神を実践することを目指していた。
ところが、発足から1か月、新型コロナの感染拡大により外出制限が出され、大学は閉鎖され、予定していた勉強会やイベント出演はすべて中止となった。ようやく対面で活動できたのは2021年暮れになってからだった。地域の保育園や重度障害者の療育施設でのクリスマス紙芝居シアターも開催できるようになっていった。
そのような中、2022年2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まると、KPKAの学生たちの戦争と平和への学びはさらに真剣なものとなり、同年8月6日、多摩市が実施している「子ども被爆地派遣事業」に同行する機会を得て、小中学生と共に広島の戦争遺構を訪ねることとなった。
2泊3日の広島での学びと人々との出会いによって戦争の実相を肌で感じたKPKAは、被爆地研修の成果報告会や市内の平和展で体験報告をし、平和紙芝居である『二度と』や『三月十日のやくそく』(注4)を実演した。さらに「私たちは仲間と一緒に、地域に、世界に、平和の種をまきます!」と市民の前で宣言した。
「平和の種をまく」にはどうすればよいのかを模索し始めたKPKAは、そのヒントを得るべく、『二度と』の作者の松井エイコ氏を大学に招き、松井氏の平和授業を体験させてもらうことにした。この体験勉強会で松井氏の作品への想いや戦争への怒りに触発されたKPKAは、松井氏の対話型授業をモデルとしながら、新たな平和授業のデザインにとり組んだ。それは学習者である児童生徒全員が『二度と』を実演する演じ手体験を含む授業であり、「観客」から「演じ手」への転換を促す授業だった。なぜなら、KPKAの学生たち自身が『二度と』の実演を通して成長し、戦争に自分ごととして向き合い、歩みを経験してきたからである。
キャッチフレーズは「平和の語り部になろう!」と決まり、地域の子どもたちと共に平和の種をまく活動に一歩を踏み出すこととなった。 -
3-2「平和の語り部になろう!」の授業の構成
KPKAの授業の目標は、平和紙芝居を実演することを通して戦争や平和を自分ごととして捉えるきっかけを提供し、「平和のために自分ができることは何か」を考え、言葉にするところまでを支援することである。対話的で深い学びを支えるための3つの柱は以下の通りである。
- 手遊び歌と紙芝居『みんなでぽん!』(注5)によるアイスブレイクによって、初対面の学生と児童生徒が和やかに対話できる雰囲気を創る。
- 紙芝居『二度と』を教材とする。作者が作品に込めた戦争への怒りと平和への希望を心で深く受け止めることができる優れた平和紙芝居である。
- 児童生徒全員が紙芝居の「演じ手」になる。「なすことによって学ぶ」ことに大きな特徴がある。
以上の学習や実演を経て、子どもたちが授業の中で何を感じ考えたかを設問ごとに紹介する。
設問:「授業でどんなころが心に残りましたか。自由に書いてください。」
* 紙芝居を読んで、聞いた時よりも、声に出した時の方が、戦争の苦しみや悲しみが、よく伝わってきました。
* 紙芝居で戦争の恐ろしさを「絵」と「言葉」によって実感させられました。
* 紙芝居を通して平和について学んだ。平和は幸せだと思った。ずっと平和がいいと思った。戦争は嫌だと思った。怖いと思った。
設問:「平和な未来を創るために、あなたには何ができると思いますか?自由に書いてください」。
* 自分で今おこっているウクライナとロシアの戦いをとめることはできないが、戦争のおそろしさをみんなでうったえることで戦争をなくして平和なせかいをつくれたらと思います。
* 昔戦争があってものすごい数の人が亡くなったことを忘れない。戦争のひさんさや残こくさを知らない人に二度と戦争をしないことを教えてあげる。
* 1人1人の平和の意識が大切だと思うので私は普段の生活から争いを亡くそうと思います。ケンカしてもすぐに仲なおりしたり、誰かにムカついても心をおちつかせて「まぁいいや」と思ってみたりしたいです。
また、8月5日の平和紙芝居上演会に出演した児童生徒は、次のように感想を書いている。
* とても満ち足りた気分になりました。今後もこのような活動をやっていきたいと思いました。
* 顔をあげた時に、見てくれている人が笑顔で真剣に聴いてくれていて嬉しかったです。恵泉の方や紙芝居をとおして、平和の幅が広がり、とても嬉しいです。
* 人によって読みかたが違ってそこから平和にこめる思いがちがうことを感じ、そこに面白さを感じた。この上演会を通して、平和についての学びも深まったし、平和に対しての想いも強くなったし、平和の輪も広がったと思う。この活動に参加して、伝えることの難しさと楽しさを知れた。ありがとうございます。
さらに、一人の児童は、授業の体験と紙芝居上演会を終え、以下のように綴っている。
「ぼくは、平和出前授業を受けた時にも、平和について関心がありました。でも、平和紙芝居上演会に向けて練習をしていく中で、「戦争」と「平和」について見方が変わりました。例えば、『二度と』の中の壊れた本棚の写真。衝撃でした。沢山あったはずの本は全て灰燼と化してしまったのです。それは、本好きなぼくにとって、とても大きな衝撃でした。写真の中の瓦礫が、本当は何だったのかが分かると、急にその光景がまざまざと目に浮かぶのです。そして、そこでどれだけの人が犠牲になったのかと思いました。その時から、戦争への憤りがはっきりしてきました。」
以上から、『二度と』の実演体験を含む平和学習は、内面の変化を促し、平和構築に対する意識を高めていることが伺える。優れた作品との出会によって戦争の理不尽さと平和の尊さを伝えて行こうと呼びかける若い学生たちの真摯な姿勢は、地域の人々の心を打ち、支援者が広がっている(注6)。
5.今後の展望~世界の子どもたちに向けて「平和の語り部になろう!」
恵泉女学園大学は2023年3月をもって学生の募集停止を決定し、2027年には閉学することが理事会によって発表された。しかし、恵泉女学園大学の理念はKPKAの活動と共にこれからも広がり、受け継がれ、次の世代に手渡されるだろう。「世界平和の構築に貢献する人間の育成」はいつの時代にも必要とされるからである。
KPKAは、2022年12月に韓国や中国からの留学生5名を含む学生15名で平和学習の出前授業を開始した。そして2023年9月には、小学生から社会人まで9名が加わり、新しい市民サークルとしての歩みを始めている。KPKAはこれからも地域で「平和の語り部になろう!」と呼びかけて仲間を増やし、仲間と共に学び、紙芝居の実演と対話を通して戦争の実相と平和の尊さを伝え続けて行く。
人々と手を携えて平和を守り抜くためのKPKAの実践は、一匹の蝶の羽ばたきのようにささやかな活動かもしれない。しかし、この小さな羽ばたきが、世界中の人々の平和への願いや祈りと重なり、やがて大きなうねりとなって、戦争や抑圧や構造的な暴力の闇を消し去る日が必ず訪れると信じている。
KPKAはこれからも紙芝居『二度と』を実演し、「平和の語り部になろう!」と子どもたちに呼びかけながら、日本全国に、そして世界に、戦争と平和の意味を伝える授業を届けるために飛び立つ覚悟である。
おわりに
KPKAは青い空に向かって仲間と共にこれからも飛び続けて行く。日本の子どもたちが世界の子どもたちと手をつなぎ、『二度と』を一緒に演じる日が来ることを信じて。核兵器の廃絶と、戦争や構造的な暴力のない真の平和、だれもが安心して暮らせる、思いやりある世界の実現を目指して。
【注】
- (注1)「みる紙芝居からやる紙芝居へ」という表現は多摩市教育長千葉正法(チバ マサノリ)氏考案の表現である。KPKAが2023年度博報賞に応募する際の推薦文に書かれていた用語をお借りした。
- (注2)正司顕好(ショウス カネヨシ)、浅井拓久也(アサイ タクヤ) 「平和紙芝居に関する基礎的な研究『二度と』を事例として」 小池学園研究紀要 No.17 2019 p.98
- (注3)正司顕好、浅井拓久也(2019)p.97
- (注4)紙芝居『三月十日のやくそく』は、1945年3月10日未明、アメリカのB29爆撃戦闘機300機からの焼夷弾攻撃によって、2時間で10万人が犠牲になった東京大空襲を描いた紙芝居である。作者の少年時代の実体験に基づいた実話である。(脚本 早乙女勝元サオトメカツモト 絵 伊藤秀男イトウヒデオ 童心社 2020)
- (注5)紙芝居『みんなでぽん!』(脚本・絵 まついのりこ 童心社 1987)は、観客参加型の紙芝居である。観客の参加(応答)によってストーリーが展開する構成になっており、演じ手の「みんなでぽん!」の掛け声に合わせて観客が一斉に「ぽん!」と手をたたくと新しい友達が次々とやってくるというストーリーで、多様性と思いやり、協働の楽しさなどが作品のテーマとなっている。英語版のタイトルは、EVERYBODY CLAP!である。
- (注6)KPKAは東京Ⅱゾンタクラブの支援を受け、恵泉女学園大ゴールデンZクラブ」としての奉仕活動も行っている。また、多摩市、多摩市教育委員会、多摩市立小中学校、多摩大学附属聖ヶ丘中学高等学校、多摩市立図書館、多摩市平和・人権課、こども広場OLIVEの方々からの応援と協力を受けて活動している。
- 紙芝居文化の会 紙芝居とは~紙芝居の形式と特性~” https://www.kamishibai-ikaja.com/kamishibai.html
- 松井エイコ『二度と』童心社 2005
- まついのりこ『紙芝居~共感のよろこび』童心社 1998
- まついのりこ『紙芝居の演じ方Q&A』童心社 2006
- 正司顯好(Shosu Akiyoshi)、浅井拓久也「平和紙芝居に関する基礎的な研究『二度と』を事例として」『小池学園研究紀要』 No.17 pp.78~99 2019 https://core.ac.uk/download/pdf/270210247.pdf
- 角田将士(ツノダ マサシ)『学校で戦争を教えるということ』 学事出版 2023
資料1 |
資料2 |
写真1 KPKAの大学生による授業 |
写真2 小・中・高校生による平和紙芝居上演会 |
岩佐 玲子
恵泉女学園大学 人文学部教授
教職課程運営委員長。多摩市教育委員教育長職務代理者。紙芝居文化の会運営委員。
専門は教育学、教育方法学、教師教育。
2020年2月恵泉女学園大学平和紙芝居研究会KPKAを立ち上げ、学生の指導に当たる。
ボランティアとして保育園、小学校などを訪問して紙芝居シアターを開催している。
好きな言葉は「夢を語れば仲間がふえる。仲間がふえれば夢はかなう。」