財団法人 放送番組国際交流センター / Japan Media Communication Center

お問い合わせ

HOME > 第32回 JAMCOオンライン国際シンポジウム > アルメニア共和国における多言語活用事業の展望

JAMCO オンライン国際シンポジウム

第32回 JAMCOオンライン国際シンポジウム

2024年2月~

分断の危機にある世界で今訴えたいこと

アルメニア共和国における多言語活用事業の展望

長谷川 大輔( Daisuke HASEGAWA)
起業家 / 経営者

はじめに

 昨年、「途上国や紛争地域での起業と企業経営」というテーマにおいて、私たちが経営に携わるフィリピン共和国及びアルメニア共和国における、弊社の実践と挑戦を皆様にお伝えして参りました。あれから約一年を迎えますが、特にアルメニア共和国での状況は目まぐるしく変化しています。

 2023年9月19日、アゼルバイジャンはアルメニアとの係争地であるナゴルノ・カラバフで対テロ作戦を開始したと発表し、アルメニア系住民が実効支配する同地域へ攻撃を開始、違法なアルメニア軍事組織に対し、武器の引き渡しと違法な体制の解体を要求し、アルメニア勢力側はアルメニア政府からの支援を得られず、アゼルバイジャン側の要求を受け入れ、翌20日に降伏、アゼルバイジャンは軍事行動開始から24時間でナゴルノ・カラバフの主権を回復したと宣言しました。

 係争地であるナゴルノ・カラバフにはおよそ12万人のアルメニア系住人がいますが、アルメニア軍事組織の降伏翌日から住人は続々とアルメニア側への避難を開始し、2023年9月末には約10万人の避難が完了したとされています。ナゴルノ・カラバフからアルメニア系住民の多くがアルメニア側に避難したことで、アゼルバイジャン側は同地域の実効支配を進めていますが、今後両国間で平和条約が締結されれば、約30年続けられてきた係争地を巡る戦争に終止符が打たれることになります。

 アルメニア国民の感情は、彼らが「土地は血である」という言葉でも推し量れるように、今まで国民が流した血が領土となっているという認識であるため、簡単に諦めることはできないという点は理解できます。しかしながら、戦争や紛争は国や地域の発展を考えたとき、ボトルネックでしかなく、平和条約が締結され、アゼルバイジャンとの領土問題が解決に向かうことで、ナゴルノ・カラバフからのアルメニア系住人の受け入れ問題等は残りますが、アルメニアの国内経済は一旦は低迷するものの、その困難を乗り越え、今後飛躍的に成長する可能性が高まってきたと考えています。

 このようなアルメニア国内情勢の中、長引くロシアとウクライナの戦争による影響や言語能力が豊かな人材が多い理由等を踏まえ、アルメニア共和国における多言語活用事業の展望をテーマに同国で事業を展開する弊社の事例を踏まえつつ、考察していきたいと思います。


ナゴルノ・カラバフとの国境の街ゴリスにて 筆者撮影




ナゴルノ・カラバフからの避難民 筆者撮影



アルメニアについて

アルメニアという国名を聞いて、すぐに正確な位置や「あぁ、あのXXが有名な国だね!」と答えられる日本人の方はさほど多くないのではないでしょうか。2019年から拠点を設け、アルメニアで事業を展開する私ですら、説明するのに多少工夫が必要です。まず一般的なアルメニアの情報を皆様にお伝えしていきます。
日本の外務省が公表している情報によると、アルメニア共和国はアジアとヨーロッパの間にあるコーカサス山岳地帯にある国で、旧ソ連の構成国です。1991年に独立を宣言しました。人口は280万人(2023年:国連人口基金)です。面積は2万9,800平方キロメートル(日本の約13分の1)で東京、神奈川、埼玉、千葉、栃木を併せた面積と同等になります。公用語はアルメニア語となります。西暦301年に世界で初めてキリスト教を国家として受け入れた国として有名です。

地理的には西にトルコ、東にアゼルバイジャン、南にイラン、北にジョージア(旧グルジア)やロシアに挟まれた内陸国です。ロシア、ジョージア、イラン共に良好な関係を維持しています。しかし、トルコとはオスマン帝国時代のアルメニア人虐殺の歴史的問題で、アゼルバイジャンとはナゴルノ・カラバフの領土問題で国交がありません。

主な産業は農業、宝石加工(ダイヤモンド)、IT産業で、特にITについては、減少傾向にある人口を背景にした国消滅の危機感から、旧ソ連時代に培ってきたテクノロジーやIT産業の再興に力を注ぎ、国家としてIT立国を掲げています。世界銀行の統計を確認しても、GDP成長率が2010年以降は平均で約5%、直近の2017年から2019年の平均は約7%を記録しており、COVID-19が世界的に猛威を振るった2020年こそ、-3.3%とマイナス成長となったもの、いち早くCOVID-19から立ち直りを見せ、2021年には5.8%、2022年には12.6%と驚異的な復興を遂げるなど、非常に高いポテンシャルを誇っています。

実際、2000年以降にアメリカIT大手のシノプシス、ナショナルインスツルメンツ、マイクロソフト、オラクル、アマゾン、IBM、ピクスアート、シスコ、ディーリンク、サムスンなど世界的なIT関連企業がアルメニアへの投資、進出を開始しており、現地ITエンジニアの雇用促進に寄与しています。一方で、同国に在アルメニア日本国大使館が2015年に開設されましたが、日系企業においては私の把握している限りでは2023年の現在もなお、弊社(CCC International LLC.)以外は、JTI社(日本たばこ産業)が進出しているのみとなっています。


アルメニア人の心の象徴、アララト山(標高5,137m) 筆者撮影



ロシアとウクライナの戦争による国内への影響

 前項で、アルメニアのGDP成長率が2022年に12.6%(世界銀行)を記録したとお伝えしましたが、これにはロシアとウクライナ戦争が深く関わってきます。世界銀行の報告によれば、2022 年、アルメニアが目覚ましい経済成長を遂げ、東ヨーロッパと中央アジアで最も急成長している国となった理由は、ロシアのウクライナ侵攻後にロシアを主にウクライナや近隣諸国や地域からの移民、ロシア系企業の流入、資本の増加したことで促進されたと報告されています。

 現に2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻以降、ビザを必要としないアルメニアに多くのロシア人が移動してきており、ロシアの新聞社モスクワタイムズが報道するところによると、2022年1月から6月までアルメニアに到着したロシア人はアルメニア政府の公式発表で、37万2,086人で、前年同期の15万6,496人から100%以上増加したと言います。

 また、2022年9月21日にプーチン大統領が予備役部分的動員発表、法令に署名をした後は、9月だけで13万2000人以上のロシア国民がアルメニアに到着し、同月中には12万8000人が国外に出国しましたが、およそ39,000人のロシア人がアルメニアに留まり、ロシア人はアルメニアに大きな変革を起こしていると指摘しています。

 変革のひとつは、物価の高騰です。国全体で人口280万人、首都エレバンには約100万人とされていますが、国の人口の約1.4%、首都の人口の約4%が一気に流入してきたので、エレバンの不動産価格が20%上昇し、賃貸価格も軒並み上昇しました。そのため、地元住民がアパートやマンションの賃貸契約を更新できず、都市部を追われるという現象が起こっています。

 次に、ロシア系企業のアルメニア流入です。ロシアがウクライナに侵攻した後、欧米による経済制裁が課せられました。特に国際銀行間通信協会(SWIFT)からロシアの大手銀行を排除したことにより、企業における国際間の取引決済が困難になり、対応策としてロシア企業はSWIFTに加盟しており、アメリカドル(USD)取引も可能で、さらに経済的にも繋がりの深いアルメニアに移転、あるいは新規事務所を開設するなど制裁回避を実施しています。

 最後に、アルメニアの通貨高です。ロシアのウクライナ侵攻以降、主要国では自国の通貨に対してアメリカドル(USD)高傾向が続いていますが、アルメニアに関しては自国の通貨AMD(アルメニアドラム)が高く、アメリカドルが下落するという現象が起きています。相対的にロシアルーブルの取引需要が増え、軍事衝突前の2022年2月は1 USDで480 AMDだったものが、わずか8か月後の2022年10月時点で1 USDで400 AMDと20%もドラム高へと移行し、現在でも元に戻ってはいません。


首都エレバン市内 筆者撮影



言語能力が豊かな人材が多い理由とその背景

 弊社が展開するアルメニアでの主な事業内容はアニメや漫画、あるいはゲームに代表されるいわゆるサブカル系の翻訳やAI音声認識系の業務となります。昨年より取り扱うことのできる言語が5か国増え、現在は常時35か国以上の言語を扱える企業へと成長しています。具体的には弊社のクライアントで日系企業のゲーム会社では、日本語のゲームからFIGS(フランス語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語)などへのカスタマーサポートの提供、また、日本語を介さない言語ペアの依頼も近年増加しており、韓国企業の大手ポータルサイトが運営するwebtoon(縦読み漫画)界の最大手企業では韓国語からドイツ語の言語ペアやフランス語のペア、AIや音声認識分野においてはアメリカのIT企業からFIGSも含む東欧諸国などヨーロッパ複数言語への翻訳依頼などを受注しています。

 アルメニア国内で多言語を扱える人材が多く存在することは弊社にとってはアドバンテージですが、なぜ、多言語を扱える人材が多くいるのかということは、同国が辿ってきた歴史に深く関わりがあると考えています。

 まず、知って頂きたいのは、ディアスポラ(離散民)の存在です。国内の人口280万人に対して、海外にはおよそ700万から900万人のアルメニア人が海外にいると言われています。一般的に国外にいるアルメニア人はディアスポラ(離散民)と呼ばれていますが、彼らが移住している代表的な国を例に挙げますと、ロシアに250万人、アメリカに150万人、フランスに60万人とされています。余談ですが、日本政府が公表している在留外国人統計データ(2018年12月)によりますと、日本在住のアルメニア人数は63人だということです。

 なぜ、ディアスポラが多いのかということですが、アルメニアは島国の日本とは異なりメソポタミアの北側に広がるアルメニア高地が地理的に東西南北の十字路であり、アジアやヨーロッパの文明やキリストやイスラムに代表される宗教の十字路でもありました。そのため、古代ギリシア、アラブ帝国、ロシア帝国、オスマン帝国、ペルシャ帝国、モンゴル帝国らに支配され、従属してきた歴史があります。

 トルコとはオスマン帝国時代のアルメニア人虐殺の歴史的問題で現在もなお国交や歴史認識の問題が解決されていませんが、1915年から始まったオスマン帝国によるアルメニア系住人へのジェノサイド(虐殺)で150万人が殺害されたと考えています。この様に苛烈で悲劇的な歴史的背景から、アルメニア人が海外に多く散らばり、国内人口の3倍ものディアスポラが生まれたのです。海外に多くのアルメニア人が移住したことで必然的に移住先の言語を取得する人も増加したと言えます。

 また、ロシアについてはアルメニアが旧ソ連の構成国であったことからも政治、経済などの結びつきが今でも強く、お互いの国をVISA無しで行き来出来る他、就労に関しても厳しい制限を設けていません。また、ソ連崩壊前に生まれた人々は教育もソ連式であったため、今でもロシア語が不自由なく話すことができますし、若い世代も英語を話す人が増えているとは言え、ロシア語を理解している人は非常に多いと言えます。

 さらに海外にはおよそ700万から900万人のアルメニア系住民が海外にいると言われていることは前項で述べましたが、海外で成功した人も多く、代表的な例を挙げますと、元プロテニス選手のアンドレ・アガシ氏(父親がアルメニア系)、シャンソン歌手のシャルル・アズナブール氏(母親がアルメニア系)、政治家で元カリフォルニア州知事のジョージ・デュークメジアン氏(両親ともにアルメニア人)、女優でモデルのキム・カダーシアン氏(父親がアルメニア系)など、世界各国の様々な分野でディアスポラやその子孫たちが活躍しています。


ディアスポラがアルメニア国内に設立したTumo center でITを無料で学ぶ子供たち 筆者撮影



多言語活用事業の展望

 弊社が拠点を設けるフィリピンやアルメニア、どちらもそうなった歴史的な背景は異なりますが、フィリピンは人口の1割以上の約1000万人、アルメニアはおよそ700万から900万人が海外に出稼ぎ、あるいは移住しているという状況です。また、アルメニアはナゴルノ・カラバフ問題でアゼルバイジャン、ジェノサイドを巡る歴史認識の問題でトルコと、フィリピンは南沙諸島や南シナ海の問題で中国と、国内のミンダナオ島では政府とイスラム系反政府勢力の紛争を抱えるなど、多くの国内外の問題で類似点が見られます。

 しかしながら、どちらの国も人々の言語能力は非常に高く、アルメニアは母語のアルメニア語の他、ロシア語や英語、フランス語など、トリリンガルが当たり前のようにいますし、フィリピンは母語のフィリピン語以外に、英語やスペイン語などを理解する国民を多く輩出しています。

 弊社としては、このような言語における高いポテンシャルを持ち、多言語人材が豊富な両国において、今後も取り扱い言語を増やし、得意とするアニメや漫画、あるいはゲームに代表されるいわゆるサブカル系の翻訳やAI音声認識系の業務を増やしていくと共に、言語に関わる様々な案件を受託していくことで言語の総合商社として、さらに地域への雇用機会の創出や異文化理解に貢献していく次第です。

 また、日系企業としては、素晴らしい伝統や文化を築いてきたにも関わらず、人口減少や過疎化から税収や経済が落ち込む日本の地方や地域と海外を直接繋げ、インバウンド及びアウトバウンド需要を掘り起こすとともに、多言語を扱える人材が豊富にいるという強味を生かし、日本の地方や地域のセールスやマーケティング分野でお手伝いできるサービスを展開していきたいと考えています。

 具体的には、インバウンドセールス&マーケティング分野では弊社グループで2021年に旅行代理店を事業譲渡しましたので、日本の地方や地域へのインバウンド観光や対策を強化促進していく他、アウトバウンドセールス&マーケティング分野では、日本の伝統、文化、商品やサービスの多言語化や現地での商談会の開催、講演、海外留学やインターン事業など、日本人や日系企業に対して、より海外に目を向けてもらう事業を推進していく予定です。

分断の危機にあると言われている現在の世界において

 弊社における多言語人材を活用した事業展開をアルメニアの国内事情も踏まえてお伝えしてきましたが、多言語を扱える人材が多い、既に多言語を学ぶ環境があるということは、分断の危機にあると言われている現在の世界において、どういう意味を持つのかということを最後に少し振り返って考えてみたいと思います。

 アルメニア人に言語能力が豊かな人材が多い理由とその背景については、前項で述べましたが、支配と従属、苛烈で悲劇的な歴史から生き残りの手段としてその環境が育ってきたということが理由のひとつであると考えられます。また、海外にいるディアスポラは移住先の国や地域に根付き、良き市民として行動し、さらには世界で活躍している人も多く存在しているわけです。つまり、アルメニアをひとつの参考例として考えれば、分断を克服、あるいは改善するキーワードを挙げるとすれば、多言語理解する、異文化理解する、教育を受ける、良き市民となる、海外移住や海外体験する等にあるのではないでしょうか。

 世界の言語の百科事典と呼ばれているEthnologue(キリスト教系の少数言語の研究団体国際SIL)によれば、現在、7,168の言語がこの世の中に存在するそうです。そのうち家庭や地域社会の枠を超えた制度によって使用され、維持されるまでに発展している言語が492言語、その言語が正式な制度によって維持されているわけではないが、家庭や地域社会ではすべての子どもがその言語を学び、使用することがまだ普通である言語が3,593言語、もはや子どもたちがその言語を学び、使うことが当たり前ではなくなっている絶滅危惧種が3,072言語、もはやその言語は使われておらず、誰もその言語に関連した民族的アイデンティティを保持していない絶滅種が451言語あるそうです。

 弊社は、多種多様な言語を取り扱う会社として、様々な国籍や宗教、バックグラウンドを持つスタッフが多数在籍していますが、今後も取り扱い言語を拡張し、言語に関する様々な案件を増すことで、雇用を増やし、ビジネスリーダーを育て、企業活動からその国や地域に貢献していくと共に、多言語活用を促進していくことで、異文化を理解し合える、相互理解を深める活動に寄与していく次第です。

 最後になりますが、アルメニアという日本人にとってあまり馴染みのない、コーカサス地方の未知な国で事業を展開する弊社や、アルメニアという国そのものを昨年に引き続きJAMCOオンライン国際シンポジウムにてご紹介させて頂く機会を頂きましたこと、また、拙い文章ではありますが最後まで読んで頂いた皆様にも大変感謝申し上げます。この記事を読んだことがきっかけでアルメニアという国に興味を抱いていただければ嬉しく思います。ありがとうございました。


長谷川大輔( Daisuke HASEGAWA)



長谷川 大輔( Daisuke HASEGAWA)

起業家 / 経営者

アニメ、漫画、ゲーム翻訳やカスタマーサポートを行う「Creative Connections & Commons Inc.」(フィリピン)を設立、経営

CCCのヨーロッパ拠点となる「 CCC International LLC」(アルメニア)を設立、経営

IT開発や人材、ダバオの情報ポータルダバオッチを運営する「Pistacia, Inc」を設立、経営

旅行会社「Hello World Tours」(フィリピン)を事業譲渡、経営

持株会社KID-T GROUP HOLDINGS Co.,Ltd(マレーシア)を設立、経営

ミンダナオ日本人商工会議所理事、ダバオ市商工会議所、日本翻訳連盟会員

東京都出身

元NGO(国際協力団体)職員

フィリピンダバオ市在住

好きな言葉:人間が想像できることは、人間が必ず実現できる、Think outside the box

この講演に対するコメントやご質問をお寄せください

これまでのシンポジウム

Copyright Japan Media Communication Center All rights reserved. Unauthorized copy of these pages is prohibited.