第31回 JAMCOオンライン国際シンポジウム
2023年2月~2023年3月
世界的危機の中で「生きることの意味」を考える
途上国や紛争地域での起業と企業経営
はじめに
私どもが起業し、経営に携わる国及び地域は、フィリピン共和国ミンダナオ島ダバオ市とアルメニア共和国エレバン市です。フィリピンミンダナオ島は、アメリカ統治下から新天地を求め入植してきたキリスト教徒と同地域で多数派を占めるムスリムが段階的に土地を収奪され続けたことを端緒とした分離独立・自治拡大のための紛争が続いた地域であり、アルメニア共和国は、19世紀末から20世紀初頭にかけてオスマン帝国によるアルメニア人虐殺や隣国アゼルバイジャンとのナゴルノ・カラバフ自治州を巡る争いが続いている地域です。
このような紛争や情勢が不安定だと言われている地域に積極的に進出し、起業や事業を展開しているわけではありませんが、このような国・地域にこそ仕事や雇用が必要とされ、ビジネスチャンスがあり、さらに資本主義下においては、仕事や雇用の創出こそが地域の発展や平和を持続的にもたらすという仮説をもとにした、弊社の実践と挑戦を皆様にお伝えしていきたいと思います。
フィリピンでの起業に至る背景
私がフィリピンで起業したのは約11年前の2012年です。なぜ、起業に至ったのかという背景を少し触れておきたいと思います。起業する以前は日本のNGO(以下、NGO)の現地(ミンダナオ島ダバオ市)駐在員として勤めていました。NGOは戦前フィリピンに取り残された日系人とその子孫の社会的地位回復と教育に力を注いでおり、現地に幼稚園から大学まで設立、運営を支援するなどの活動を行っていました。しかし、2002年に大学を設立した後、卒業生が輩出される2006年頃から徐々に新たな問題に直面してきます。せっかく大学で学んだ知識や日本語を活かせる仕事が地元ダバオでは極端に少なかったのです。
少し古いデータになりますが、ミンダナオ日本人商工会議所(JCCM)によると、2014年4月時点において日系正会員は19社となっています。これはマニラ日本人商工会議所(JCCIPI)の537社(2014年4月現在)、セブ日本人商工会議所(JCCIC)の118社(2014年4月)と比べても極端に少なく、ミンダナオ島=紛争というイメージが日系企業に認識されていたこと、外務省の危険情報において、多くのミンダナオ島地域がレベル3の「渡航は止めてください。(渡航中止勧告)」またはレベル2の「不要不急の渡航は止めてください。」と指定されていることが大きな理由だと考えられます。そして現在に至るまでミンダナオ島に進出する日系企業はあまり増えていません。
そのため、NGOがダバオで設立した大学に通う学生の多くは、卒業後に仕事を求めてマニラ、セブあるいは日本に渡航してしまいます。若いうちに国内の都市部や海外で働く経験を積むこと自体は本人のキャリアアップにもなりますし、夢を実現するために必要なことであれば、とても有意義なことだと思います。しかしながら、地元に残りたいけれど、仕事がないので仕方なく、あるいは都市部や海外から戻ってきたいけど、仕事がないので戻れないなどのネガティブな理由で優秀な人材を流失し続ける場合、必ずその地域は人材不足から活気を失い、税収を失い、仕事を失い、治安が悪化し、さらに人材が流失するという悪循環に陥るでしょう。ですので、当時は卒業生に雇用を創るということが急務でした。
そのような背景と問題意識を抱えていた頃にご縁があり、卒業生が学んだ言語を地元で活かせるよう翻訳会社を起業するに至りました。当時は日本のアイドルグループのSNSを日本語から英語に随時翻訳し、世界に発信するという業務を受注し、続けてゲームのローカライズ及びカスタマーサポート、書籍や漫画の翻訳や写植など、日本を中心にゲーム、漫画、アニメなどサブカルと言語に焦点を当て、順調に受注量を増やしていくことになりました。社員数も開業当時は数名でしたが、現在はアルバイトも含め150名以上に増え、職種も翻訳者だけでなく、漫画やアニメ関連のデザインやグラフィック業務、あるいは音声認識業務も行うことから勤めていたNGOが設立した大学の卒業生以外にも地元の大学を卒業した学生の雇用やマニラ、セブ、あるいは日本からUターンしてくる人々の雇用にも寄与しています。
弊社に入社した社員に入社の理由を聞いてみると、学んだ言語や知識を活かせる仕事だからというスキルに関すること、地元が好きでダバオで働いていたいという勤務地に関すること、家族と離れたくない、一緒に居たいというフィリピンの国民性に関すること、日本のアニメ、漫画、ゲームなどのサブカルが大好きでという趣味嗜好に関することと様々ですが、学生時代からアルバイトで仕事を手伝ってくれており、現在は弊社の代表取締役を務める女性は、弊社の企業理念やビジョン・ミッションに深く共感したこと、また、フィリピンやダバオの社会問題を企業活動を通じて解決し、地域を発展させていくために、これからも積極的に活動していきたいと話してくれています。
2020年3月のパンデミック宣言以降、コロナ禍において弊社があるダバオ市はフィリピンで最も厳しい隔離措置を導入し、飲食店やフィットネスクラブは終日店内営業禁止、その他のオフィス等も従業員の出勤禁止、学校は約二年半以上も児童及び生徒の登校が禁止される等、最低限の日用品や必需品を購入する以外は市民に外出を禁じ、行動を制限する条例が発令され、同年4月にはダバオ地方で17.9%と記録的な失業率を記録、多くの人々が職を失うという状態となりました。幸いにも弊社はインターネットさえ繋がっていれば、在宅で業務の遂行が可能であったことで全社員在宅勤務とし、また漫画、アニメ、ゲームなどの需要が伸びたことで業務を拡大させることができました。結果としてコロナ前の1.5倍以上に雇用を増やし、地元の雇用創出に貢献しています。
フィリピンでの企業経営課題
弊社におけるフィリピンでの企業経営課題のひとつに優秀な人材の確保と育成があります。起業に至る経緯でも少し述べましたが、優秀な人材を流失し続ける場合、会社も地域も発展していきません。とはいえ、起業したばかりで資本力も知名度もない弊社がどれだけの優秀な人材を確保できるかというのは未知数でした。優秀な人材を確保するために有効な手段のひとつは魅力的な給与水準や待遇を提示することだと考えられますが、当時の弊社にはそのような余力はありませんでした。
そのため、私たちは発想を転換し、私たちが成し遂げたいこと、私たちが考える地元の問題や課題にいかにして共感してもらえるかという観点で、その問題や課題を解決していくための仲間をどう増やせるかということに注力し、企業理念、ビジョン・ミッション、行動指針にまとめました。以下、弊社の企業理念、ビジョン・ミッション、行動指針です。
理念 Corporate Philosophy
これは、私のような外国人が直接的に未来永劫関わるのではなく、地元の人間が自分事として地元の問題や課題に対し向き合い、地域をより良くしていってもらいたいという願いが込められています。地域の人々が自分たちの仕事や雇用を自ら創出し、創出した仕事や雇用により、さらに優秀な人材が育成され、持続可能な社会を地域につくる、このサイクルがこそが地域の発展や平和をもたらす有効策になるであろうと信じて実践しています。
ほとんどの日本人が知らないアルメニアとは
アルメニアと聞いて正確な位置や国の様子をわかっている日本の方はごく少数ではないでしょうか。日本の外務省のデータによると、アルメニア共和国は面積が2万9,800平方キロメートル(日本の約13分の1)で東京、神奈川、埼玉、千葉、栃木を併せた面積と同等になります。人口は約300万人ですが、ロシアを筆頭に東ヨーロッパ、欧米を中心として約800万人から900万人程度国外にいるとされています。国家として、また民族としても、世界で最初、301年に公式にキリスト教を受容した国として有名です。
北にロシア、南にイラン、西にトルコと大国に囲まれる形で国家が成り立っていますが、西のトルコとは、オスマン帝国時代に起きたアルメニア人ジェノサイドに関する歴史問題、東のアゼルバイジャンとはナゴルノ・カラバフ帰属を巡る領土問題を今も抱えており、2020年9月にアゼルバイジャンとの間に発生した軍事衝突では多くの国民も巻き込まれて亡くなっています。
国内情勢が不安定な中、国は減少し続ける人口に歯止めをかけるため、旧ソ連時代に培ってきたテクノロジーやIT産業の再興に力を注ぎ、国家としてIT立国を掲げています。世界銀行の統計を確認しても、GDP成長率が2010年以降は平均で約5%、直近の2017年から2019年の平均は約7%を記録しており、COVID-19が世界的に猛威を振るった2020年こそ、-3.3%とマイナス成長となったもの、いち早くCOVID-19から立ち直りを見せ、2021年には5.8%と驚異的な復興を遂げるなど、非常に高いポテンシャルを誇っています。
実際、2000年以降にアメリカIT大手のシノプシス、ナショナルインスツルメンツ、マイクロソフト、オラクル、メンター・グラフィクス、ヴイエムウェア、アマゾン、IBM、ピクスアート、シスコ、ディーリンク、サムスンなど世界的なIT関連企業がアルメニアへの投資、進出を開始しており、現地ITエンジニアの雇用促進に寄与しています。一方で、同国に在アルメニア日本国大使館が2015年に開設されましたが、日系企業においては私の把握している限りでは弊社(CCC International LLC.)以外に、JTI社(日本たばこ産業)が進出しているのみとなっています。
アルメニアでの起業
弊社のアルメニア進出は2019年10月になります。2016年から試験的に案件を現地の企業へ外部委託を開始して、その三年後に現地で法人登記するという流れでしたが、現地調査をする中でアルメニアとフィリピンの共通点を理解、把握できたことはその後の起業と経営に大いに役立ちました。企業進出するきっかけは起業する前に勤めていたNGO時代に出会ったひとりの日本語教師でした。彼はダバオに日本語教師として勤める前はコロンビアで日本語教育に携わっており、世界90か国以上を旅してきた人でした。
ダバオでの赴任中に意気投合し、今後もフィリピンで一緒に何かできたらと考えていましたが、赴任期間が終了する間近に彼はやり残したことがアルメニアにあり、後ろ髪を引かれる想いではあるけれど、アルメニアに戻る決意し、赴任後にダバオを去っていきました。その後、定期的に連絡は取っていたものの転機が訪れたのが2016年でした。その年、急遽アルメニアを訪問する機会があり、ダバオと同じような地域の問題を抱えていることを知りました。また失業率が15%以上と高く、仕事や雇用が乏しいため、人々は仕事を海外に求め国内の人口は減り続けていたのです。
そのような状態でしたが、経営資源のひとつである人材は豊富に存在することがわかりました。特に海外に仕事を求める、あるいは海外から帰国する人材が多いため、ロシア語、英語以外にもフランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、アラビア語等、ヨーロッパ言語を中心に修得している人たちが多く存在していたのです。弊社としてはゲームのローカライズや漫画翻訳などのサービスをアジアやアメリカ向けだけなく、ヨーロッパにも展開していきたいという思惑もあり、まずは現地の企業に業務を委託することから開始しました。
経済面においてもアルメニアとフィリピンに共通点があることがわかりました。IMF(国際通貨基金)のデータでは、2018年におけるフィリピン人一人当たりのGDPは3,252米ドル、アルメニア一人当たりGDP4,220米ドルとなっており、アルメニアでは外資企業に所属するIT人材がGDPの底上げを図っているものの、物価や給与水準もフィリピンとほぼ同等であったのです。そのため、本格的にアルメニアに進出することを決定し、2019年10月に法人登記を終え、稼働を開始することになりました。
アルメニアでの企業経営課題
アルメニア進出に関しては、弊社がダバオで取り組んできたスキームを取り入れるため、フィリピンの会社で取締役兼ジェネラルマネージャーとして活躍していたフィリピン人を現地に派遣、代表取締役に就任してもらっています。ヨーロッパ言語の案件を増やし、雇用を創出することはもちろんですが、フィリピンと同様に入社後数年で会社の幹部を育成すること、社員に対して、会社の企業理念などを浸透させることが求められています。
弊社では、地元で暮らすアルメニア人のみならず、昨今、ロシアとウクライナの戦争による影響でアルメニアに逃れてきた人、シリアの内戦から逃れてきた人、アゼルバイジャンとの軍事衝突で住処を追われた人なども多言語話者は積極的に受け入れており、今ではフィリピンの会社と併せて常時30か国以上の言語を扱える企業へと成長していますが、課題も少なくありません。急激な成長により、リーダーやマネージャー等の人材不足、人材の育成が間に合っていないこと、さらに国内情勢による急激な環境の変化などです。
アルメニアとロシアは旧ソ連ということで、お互いの国をVISA無しで行き来出来る他、就労に関しても厳しい制限を設けていないため、平常時であれば、アルメニア人がロシアに出稼ぎに行くというのが主流ですが、現在は戦火や徴集、あるいは欧米による規制を逃れようと多くのロシア人やロシア企業がアルメニアに避難してきており、それに伴い、現地の家賃や物価などが上昇し、需要と供給のバランスが崩れかけてきています。
エネルギー価格については、ロシアから安定的に供給されているため、日本やフィリピンのような急激な物価変動はないものの、相対的にロシアルーブルの取引需要が増え、世界的にみても珍しく、アメリカドル安、アルメニアドラム高となっており、軍事衝突前の2022年2月は1 USDで480 AMDだったものが、わずか8か月後の2022年10月時点で1 USDで400 AMDと20%もドラム高へと移行しているため、USドル建て決済の弊社としては急激な為替の変動の損失が生じています。
今後の展開や将来構想
今後の展開や将来構想についてですが、各国に会社を設立、企業進出するにあたり、KID-T GROUP HOLDINGS Co.,Ltd.という持株会社を2018年マレーシアに設立しました。現在はフィリピンで多言語翻訳、ゲームのローカライズやカスタマーサポート、漫画翻訳を手掛けるCreative Connections & Commons, Inc.(2012年設立)、フィリピン国内での事業展開やビジネスコンサルティング業務を手掛けるPistacia,Inc.(2015年設立)、フィリピン国内で旅行代理店業を営むHello World Tous, Inc.(2021年事業譲渡)とアルメニアで多言語翻訳、ゲームのローカライズやカスタマーサポート、漫画翻訳を手掛けるCCC International LLC.(2019年設立)の4社を持株会社傘下の下、展開しています。
今後は、持株会社を中心として、可能性があれば、他の国や地域への投資や進出も検討していきたいと考えていますが、既に事業展開をしているフィリピンやアルメニアにおいては、さらに雇用や事業を増やすため、新しい分野の事業にも挑戦していきたいと思っています。具体的には、漫画事業の拡大、アニメ関連の業務、アニメ制作スタジオ設立などです。また、社員自ら挑戦してみたいというビジネスにも積極的に投資、支援していきたいと考えています。社内においては多言語を取り扱う会社として、様々な国籍や人種、さらに言語を扱う人材を積極的に採用していく予定です。
最後になりますが、あまり自分のやってきたことをきちんと振り返り、検証してまとめるということをやってこなかった私ですが、執筆していく中で自分自身でも曖昧だった物事に気が付いたことや整理ができ、次の構想をまとめるための一助となりました。また、拙い文章ではありますが最後まで読んで頂いた皆様にも感謝申し上げます。ありがとうございました。
私どもが起業し、経営に携わる国及び地域は、フィリピン共和国ミンダナオ島ダバオ市とアルメニア共和国エレバン市です。フィリピンミンダナオ島は、アメリカ統治下から新天地を求め入植してきたキリスト教徒と同地域で多数派を占めるムスリムが段階的に土地を収奪され続けたことを端緒とした分離独立・自治拡大のための紛争が続いた地域であり、アルメニア共和国は、19世紀末から20世紀初頭にかけてオスマン帝国によるアルメニア人虐殺や隣国アゼルバイジャンとのナゴルノ・カラバフ自治州を巡る争いが続いている地域です。
このような紛争や情勢が不安定だと言われている地域に積極的に進出し、起業や事業を展開しているわけではありませんが、このような国・地域にこそ仕事や雇用が必要とされ、ビジネスチャンスがあり、さらに資本主義下においては、仕事や雇用の創出こそが地域の発展や平和を持続的にもたらすという仮説をもとにした、弊社の実践と挑戦を皆様にお伝えしていきたいと思います。
- ビジネスチャンスは安定ではなく、不安定な状態にこそ生まれる
- 仕事や雇用の創出こそが地域の発展や平和をもたらす要因となりうる
フィリピンでの起業に至る背景
私がフィリピンで起業したのは約11年前の2012年です。なぜ、起業に至ったのかという背景を少し触れておきたいと思います。起業する以前は日本のNGO(以下、NGO)の現地(ミンダナオ島ダバオ市)駐在員として勤めていました。NGOは戦前フィリピンに取り残された日系人とその子孫の社会的地位回復と教育に力を注いでおり、現地に幼稚園から大学まで設立、運営を支援するなどの活動を行っていました。しかし、2002年に大学を設立した後、卒業生が輩出される2006年頃から徐々に新たな問題に直面してきます。せっかく大学で学んだ知識や日本語を活かせる仕事が地元ダバオでは極端に少なかったのです。
少し古いデータになりますが、ミンダナオ日本人商工会議所(JCCM)によると、2014年4月時点において日系正会員は19社となっています。これはマニラ日本人商工会議所(JCCIPI)の537社(2014年4月現在)、セブ日本人商工会議所(JCCIC)の118社(2014年4月)と比べても極端に少なく、ミンダナオ島=紛争というイメージが日系企業に認識されていたこと、外務省の危険情報において、多くのミンダナオ島地域がレベル3の「渡航は止めてください。(渡航中止勧告)」またはレベル2の「不要不急の渡航は止めてください。」と指定されていることが大きな理由だと考えられます。そして現在に至るまでミンダナオ島に進出する日系企業はあまり増えていません。
そのため、NGOがダバオで設立した大学に通う学生の多くは、卒業後に仕事を求めてマニラ、セブあるいは日本に渡航してしまいます。若いうちに国内の都市部や海外で働く経験を積むこと自体は本人のキャリアアップにもなりますし、夢を実現するために必要なことであれば、とても有意義なことだと思います。しかしながら、地元に残りたいけれど、仕事がないので仕方なく、あるいは都市部や海外から戻ってきたいけど、仕事がないので戻れないなどのネガティブな理由で優秀な人材を流失し続ける場合、必ずその地域は人材不足から活気を失い、税収を失い、仕事を失い、治安が悪化し、さらに人材が流失するという悪循環に陥るでしょう。ですので、当時は卒業生に雇用を創るということが急務でした。
そのような背景と問題意識を抱えていた頃にご縁があり、卒業生が学んだ言語を地元で活かせるよう翻訳会社を起業するに至りました。当時は日本のアイドルグループのSNSを日本語から英語に随時翻訳し、世界に発信するという業務を受注し、続けてゲームのローカライズ及びカスタマーサポート、書籍や漫画の翻訳や写植など、日本を中心にゲーム、漫画、アニメなどサブカルと言語に焦点を当て、順調に受注量を増やしていくことになりました。社員数も開業当時は数名でしたが、現在はアルバイトも含め150名以上に増え、職種も翻訳者だけでなく、漫画やアニメ関連のデザインやグラフィック業務、あるいは音声認識業務も行うことから勤めていたNGOが設立した大学の卒業生以外にも地元の大学を卒業した学生の雇用やマニラ、セブ、あるいは日本からUターンしてくる人々の雇用にも寄与しています。
弊社に入社した社員に入社の理由を聞いてみると、学んだ言語や知識を活かせる仕事だからというスキルに関すること、地元が好きでダバオで働いていたいという勤務地に関すること、家族と離れたくない、一緒に居たいというフィリピンの国民性に関すること、日本のアニメ、漫画、ゲームなどのサブカルが大好きでという趣味嗜好に関することと様々ですが、学生時代からアルバイトで仕事を手伝ってくれており、現在は弊社の代表取締役を務める女性は、弊社の企業理念やビジョン・ミッションに深く共感したこと、また、フィリピンやダバオの社会問題を企業活動を通じて解決し、地域を発展させていくために、これからも積極的に活動していきたいと話してくれています。
2020年3月のパンデミック宣言以降、コロナ禍において弊社があるダバオ市はフィリピンで最も厳しい隔離措置を導入し、飲食店やフィットネスクラブは終日店内営業禁止、その他のオフィス等も従業員の出勤禁止、学校は約二年半以上も児童及び生徒の登校が禁止される等、最低限の日用品や必需品を購入する以外は市民に外出を禁じ、行動を制限する条例が発令され、同年4月にはダバオ地方で17.9%と記録的な失業率を記録、多くの人々が職を失うという状態となりました。幸いにも弊社はインターネットさえ繋がっていれば、在宅で業務の遂行が可能であったことで全社員在宅勤務とし、また漫画、アニメ、ゲームなどの需要が伸びたことで業務を拡大させることができました。結果としてコロナ前の1.5倍以上に雇用を増やし、地元の雇用創出に貢献しています。
- 雇用がないなら創ればよい、発想の転換は大切
- 仕事はご縁から生まれる、出会いを欠かさずチャンスをつかもう
- であるべきを疑い、状況に応じ柔軟に対応を
フィリピンでの企業経営課題
弊社におけるフィリピンでの企業経営課題のひとつに優秀な人材の確保と育成があります。起業に至る経緯でも少し述べましたが、優秀な人材を流失し続ける場合、会社も地域も発展していきません。とはいえ、起業したばかりで資本力も知名度もない弊社がどれだけの優秀な人材を確保できるかというのは未知数でした。優秀な人材を確保するために有効な手段のひとつは魅力的な給与水準や待遇を提示することだと考えられますが、当時の弊社にはそのような余力はありませんでした。
そのため、私たちは発想を転換し、私たちが成し遂げたいこと、私たちが考える地元の問題や課題にいかにして共感してもらえるかという観点で、その問題や課題を解決していくための仲間をどう増やせるかということに注力し、企業理念、ビジョン・ミッション、行動指針にまとめました。以下、弊社の企業理念、ビジョン・ミッション、行動指針です。
理念 Corporate Philosophy
- 新しい物語をつくる Create a New Story
日本には数限りない選択肢があります。しかしながら、価値観は画一的であり、社会全体が閉塞していると感じます。生活、人生、人格すべてが商品パッケージ化されているようにさえ感じられる、まさに「マニュアル社会」ではないでしょうか。こういう社会において、定められた価値水準に合わせられない人、クリアできない人は納得の行く人生を歩めるのでしょうか。
逆にフィリピンは、ルールや規範に乏しく、選択肢も限られていますが、多文化が共生しており開放的です。日本とフィリピン、どちらにも問題はありますが、ソサイエティーが幸せになるためには、選択肢が増えるのと同時に、そこに共生する価値観も多様化していかなければなりません。価値観が多様化し、さらにそれらの価値観がお互いに尊重し合える社会には、新たな希望が生まれます。
私たちは、共に働く仲間、共に歩むお客様、共に生きる市民と手を取り合い、未来への選択肢をひとつずつ増やしたいと思っています。ひとつの事業をつくり、雇用をつくり、人財をつくり、その人財がさらに新たな事業をつくる。それにより、地域に選択肢を増やし、新たな価値観を提示する。これをサイクル化し、関わるひとりひとりが、未来へ向けた新しい物語をつくれる社会を目指します。
-
ダバオに雇用を増やす
フィリピンの大きな問題のひとつに、貧困問題・経済格差があります。私たちは、これらの問題は教育と雇用促進により改善されると考えています。事業を拡大し、雇用を創出することは多くの企業体が持つ使命ではありますが、私たちは自社による雇用創出と共に、他社のダバオ進出、事業拡大のお手伝いをすることで、より広い視野でダバオに雇用を増やします。
ダバオに事業を増やす
フィリピン人の海外就労者数は1000万人を超えており、現在も増え続けています。海外就労自体は悪いことではありませんが、地元で生活がしたいという人にとっては、仕事を求めて海外へ出なければならないという現状は負担でしかありません。しかし、インターネットを使えば、地元にいながらにして海外の事業に携わることが可能です。私達はダバオ内に新規事業を立ち上げると共に、日本企業のダバオ進出促進、企業活動の一部を受託するBPO事業の拡大、小規模事業立ち上げによって、ダバオに事業を増やします。 -
ダバオに人財を増やす
私達は「人財」とはつまり、地域に事業を増やし、仕事を提供できる人材であると考えています。企業は教育機関ではありません。しかしながら、事業・雇用を創出できる人材を育てていくことは、通常の教育機関では難しいため、企業が独自に行うしかありません。フィリピンでは所得格差が非常に大きく、また中間層以下の人材への管理者教育も不足しています。私たちは一般のスタッフがビジネスリーダーに成長できるような組織を目指しています。リーダーを増やしていくことで、「私は、彼は、貧困層出身だから、中流階級だから」という負の社会意識を払拭し、社会階層意識を破壊したいと思っています。そのために必要な教育と、具体的にモデルとなる人物の排出を行い、ダバオに人財を増やします。 -
行動指針 Core Values
- 自己実現を支え合う Support Self-actualization
- 品質第一主義 Quality First
- オープン、フェア、フラット Open, Fair, and Flat
- 上機嫌 Good Mood
- ギブ&ギブ Give & Give
「自己実現を支え合う」[Support Self-actualization]
ひとりひとりが自分自身の能力を発揮し、目標を達成し、仕事に対して高い満足度を感じられる。またライフワークバランスを大切にし、仕事でも生活でも、充実した人生が送れるよう、支え合う組織である。
「品質第一主義」[Quality First]
クライアントはパートナーとして、またチームメイトは一番身近なクライアントとして、質の高いサービスを提供し、さらに有益なものを提案してゆく。クライアント、チームメイト、パートナーの成功をサポートするために、先ず品質を優先し、課題を自ら発見し、解決してゆける組織である。
「オープン、フェア、フラット」[Open, Fair, and Flat]
オープン、フェア、フラットな組織では、メンバー同士のアプローチに障壁がないため、問題共有・解決が早く、また強固な信頼関係が構築される。そのため、予算や権限の移譲が可能で、チームの成長と独立につながる。私たちはオープンで、フェアで、フラットな組織である。
「上機嫌」[Good Mood]
「職場にポジティブな空気ができている場合、生産性が高まり、創造的な仕事が生まれやすい。上機嫌な人が多いチームはコミュニケーションが促進され、問題解決意識も高まるので成長しやすい」という信念のもと、チーム全体が上機嫌でありつづけることを目指す組織である。
「ギブ&ギブ」[Give & Give]
ウィン・ウィンの先にある「三方良し」、その更に先にある「Give&Give」の精神でチームや社会との絆を大切にし、企業の精神性として、スタッフと家族をはじめとする地域社会の人々の幸せ願える組織である。
これは、私のような外国人が直接的に未来永劫関わるのではなく、地元の人間が自分事として地元の問題や課題に対し向き合い、地域をより良くしていってもらいたいという願いが込められています。地域の人々が自分たちの仕事や雇用を自ら創出し、創出した仕事や雇用により、さらに優秀な人材が育成され、持続可能な社会を地域につくる、このサイクルがこそが地域の発展や平和をもたらす有効策になるであろうと信じて実践しています。
- 企業は人なり
- 資本力がなくとも想いを共有し仲間を増やそう
- 企業理念、ビジョンミッション、行動指針は企業経営の核
ほとんどの日本人が知らないアルメニアとは
アルメニアと聞いて正確な位置や国の様子をわかっている日本の方はごく少数ではないでしょうか。日本の外務省のデータによると、アルメニア共和国は面積が2万9,800平方キロメートル(日本の約13分の1)で東京、神奈川、埼玉、千葉、栃木を併せた面積と同等になります。人口は約300万人ですが、ロシアを筆頭に東ヨーロッパ、欧米を中心として約800万人から900万人程度国外にいるとされています。国家として、また民族としても、世界で最初、301年に公式にキリスト教を受容した国として有名です。
北にロシア、南にイラン、西にトルコと大国に囲まれる形で国家が成り立っていますが、西のトルコとは、オスマン帝国時代に起きたアルメニア人ジェノサイドに関する歴史問題、東のアゼルバイジャンとはナゴルノ・カラバフ帰属を巡る領土問題を今も抱えており、2020年9月にアゼルバイジャンとの間に発生した軍事衝突では多くの国民も巻き込まれて亡くなっています。
国内情勢が不安定な中、国は減少し続ける人口に歯止めをかけるため、旧ソ連時代に培ってきたテクノロジーやIT産業の再興に力を注ぎ、国家としてIT立国を掲げています。世界銀行の統計を確認しても、GDP成長率が2010年以降は平均で約5%、直近の2017年から2019年の平均は約7%を記録しており、COVID-19が世界的に猛威を振るった2020年こそ、-3.3%とマイナス成長となったもの、いち早くCOVID-19から立ち直りを見せ、2021年には5.8%と驚異的な復興を遂げるなど、非常に高いポテンシャルを誇っています。
実際、2000年以降にアメリカIT大手のシノプシス、ナショナルインスツルメンツ、マイクロソフト、オラクル、メンター・グラフィクス、ヴイエムウェア、アマゾン、IBM、ピクスアート、シスコ、ディーリンク、サムスンなど世界的なIT関連企業がアルメニアへの投資、進出を開始しており、現地ITエンジニアの雇用促進に寄与しています。一方で、同国に在アルメニア日本国大使館が2015年に開設されましたが、日系企業においては私の把握している限りでは弊社(CCC International LLC.)以外に、JTI社(日本たばこ産業)が進出しているのみとなっています。
- 誰もやっていない、知らないはその道のパイオニアになれるチャンス
- 自分の目で見て、感じて、考えて行動することを大切に
アルメニアでの起業
弊社のアルメニア進出は2019年10月になります。2016年から試験的に案件を現地の企業へ外部委託を開始して、その三年後に現地で法人登記するという流れでしたが、現地調査をする中でアルメニアとフィリピンの共通点を理解、把握できたことはその後の起業と経営に大いに役立ちました。企業進出するきっかけは起業する前に勤めていたNGO時代に出会ったひとりの日本語教師でした。彼はダバオに日本語教師として勤める前はコロンビアで日本語教育に携わっており、世界90か国以上を旅してきた人でした。
ダバオでの赴任中に意気投合し、今後もフィリピンで一緒に何かできたらと考えていましたが、赴任期間が終了する間近に彼はやり残したことがアルメニアにあり、後ろ髪を引かれる想いではあるけれど、アルメニアに戻る決意し、赴任後にダバオを去っていきました。その後、定期的に連絡は取っていたものの転機が訪れたのが2016年でした。その年、急遽アルメニアを訪問する機会があり、ダバオと同じような地域の問題を抱えていることを知りました。また失業率が15%以上と高く、仕事や雇用が乏しいため、人々は仕事を海外に求め国内の人口は減り続けていたのです。
そのような状態でしたが、経営資源のひとつである人材は豊富に存在することがわかりました。特に海外に仕事を求める、あるいは海外から帰国する人材が多いため、ロシア語、英語以外にもフランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、アラビア語等、ヨーロッパ言語を中心に修得している人たちが多く存在していたのです。弊社としてはゲームのローカライズや漫画翻訳などのサービスをアジアやアメリカ向けだけなく、ヨーロッパにも展開していきたいという思惑もあり、まずは現地の企業に業務を委託することから開始しました。
経済面においてもアルメニアとフィリピンに共通点があることがわかりました。IMF(国際通貨基金)のデータでは、2018年におけるフィリピン人一人当たりのGDPは3,252米ドル、アルメニア一人当たりGDP4,220米ドルとなっており、アルメニアでは外資企業に所属するIT人材がGDPの底上げを図っているものの、物価や給与水準もフィリピンとほぼ同等であったのです。そのため、本格的にアルメニアに進出することを決定し、2019年10月に法人登記を終え、稼働を開始することになりました。
アルメニアでの企業経営課題
アルメニア進出に関しては、弊社がダバオで取り組んできたスキームを取り入れるため、フィリピンの会社で取締役兼ジェネラルマネージャーとして活躍していたフィリピン人を現地に派遣、代表取締役に就任してもらっています。ヨーロッパ言語の案件を増やし、雇用を創出することはもちろんですが、フィリピンと同様に入社後数年で会社の幹部を育成すること、社員に対して、会社の企業理念などを浸透させることが求められています。
弊社では、地元で暮らすアルメニア人のみならず、昨今、ロシアとウクライナの戦争による影響でアルメニアに逃れてきた人、シリアの内戦から逃れてきた人、アゼルバイジャンとの軍事衝突で住処を追われた人なども多言語話者は積極的に受け入れており、今ではフィリピンの会社と併せて常時30か国以上の言語を扱える企業へと成長していますが、課題も少なくありません。急激な成長により、リーダーやマネージャー等の人材不足、人材の育成が間に合っていないこと、さらに国内情勢による急激な環境の変化などです。
アルメニアとロシアは旧ソ連ということで、お互いの国をVISA無しで行き来出来る他、就労に関しても厳しい制限を設けていないため、平常時であれば、アルメニア人がロシアに出稼ぎに行くというのが主流ですが、現在は戦火や徴集、あるいは欧米による規制を逃れようと多くのロシア人やロシア企業がアルメニアに避難してきており、それに伴い、現地の家賃や物価などが上昇し、需要と供給のバランスが崩れかけてきています。
エネルギー価格については、ロシアから安定的に供給されているため、日本やフィリピンのような急激な物価変動はないものの、相対的にロシアルーブルの取引需要が増え、世界的にみても珍しく、アメリカドル安、アルメニアドラム高となっており、軍事衝突前の2022年2月は1 USDで480 AMDだったものが、わずか8か月後の2022年10月時点で1 USDで400 AMDと20%もドラム高へと移行しているため、USドル建て決済の弊社としては急激な為替の変動の損失が生じています。
今後の展開や将来構想
今後の展開や将来構想についてですが、各国に会社を設立、企業進出するにあたり、KID-T GROUP HOLDINGS Co.,Ltd.という持株会社を2018年マレーシアに設立しました。現在はフィリピンで多言語翻訳、ゲームのローカライズやカスタマーサポート、漫画翻訳を手掛けるCreative Connections & Commons, Inc.(2012年設立)、フィリピン国内での事業展開やビジネスコンサルティング業務を手掛けるPistacia,Inc.(2015年設立)、フィリピン国内で旅行代理店業を営むHello World Tous, Inc.(2021年事業譲渡)とアルメニアで多言語翻訳、ゲームのローカライズやカスタマーサポート、漫画翻訳を手掛けるCCC International LLC.(2019年設立)の4社を持株会社傘下の下、展開しています。
今後は、持株会社を中心として、可能性があれば、他の国や地域への投資や進出も検討していきたいと考えていますが、既に事業展開をしているフィリピンやアルメニアにおいては、さらに雇用や事業を増やすため、新しい分野の事業にも挑戦していきたいと思っています。具体的には、漫画事業の拡大、アニメ関連の業務、アニメ制作スタジオ設立などです。また、社員自ら挑戦してみたいというビジネスにも積極的に投資、支援していきたいと考えています。社内においては多言語を取り扱う会社として、様々な国籍や人種、さらに言語を扱う人材を積極的に採用していく予定です。
最後になりますが、あまり自分のやってきたことをきちんと振り返り、検証してまとめるということをやってこなかった私ですが、執筆していく中で自分自身でも曖昧だった物事に気が付いたことや整理ができ、次の構想をまとめるための一助となりました。また、拙い文章ではありますが最後まで読んで頂いた皆様にも感謝申し上げます。ありがとうございました。
フィリピン ダバオ市 |
ダバオの会社スタッフ |
アルメニアの首都エレバン |
アルメニアの首都エレバン |
アルメニア会社の設立パーテイー |
長谷川大輔氏 |
長谷川大輔( Daisuke HASEGAWA)
起業家/経営者
アニメ、漫画、ゲーム翻訳やカスタマーサポートを行う「Creative Connections & Commons Inc.」(ダバオ)を設立、経営
CCCのヨーロッパ拠点となる「 CCC International LLC」(アルメニア)を設立、経営
IT開発や人材、ダバオの情報ポータルダバウオッチを運営するPistacia, Incを設立、経営
ミンダナオ日本人商工会議所、ダバオ市商工会議所、日本翻訳連盟会員
東京都出身
元NGO(国際協力団体)職員
フィリピンダバオ市在住
好きな言葉:人間が想像できることは、人間が必ず実現できる、Think outside the box