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どの様に受け止められているか

JAMCO オンライン国際シンポジウム

第31回 JAMCOオンライン国際シンポジウム

2023年2月~2023年3月

世界的危機の中で「生きることの意味」を考える

コロナ禍で大学の遠隔教育は
どの様に受け止められているか

青木 繁
TVプロデューサー
東京工業大学 博士課程

1.はじめに

 2020年の春からはじまった新型コロナウイルス感性症の蔓延は、日本の教育、特に高等教育に大きな衝撃をもたらした。中でも大きな変化は、授業が対面形式からインターネットを使ったオンラインに変わったことである。感染という理由があったとしても、これほど急速にインターネットでの教育へ一斉に変更した例は今までどこにもなかった。現在は対面授業に移行しつつあるが、感染の状況次第ではまだ予断を許さない。

 これまでも日本の高等教育は、JMOOCなどのインターネットを使った先駆的な授業に取り組み知見を積み重ね、東京大学や京都大学は海外の大学と連携し国際的な授業展開も行い遠隔教育の知見を蓄積してきた。しかし、ほとんどの大学は、何の準備もないまま半ば強制的に遠隔教育の実施を始め、現在もその延長で授業を行っていると言える。

 振り返って見ても、日本のメディア教育の嚆矢は、NHKラジオ第2放送が1931年から、NHK教育テレビは1959年からで、およそ1世紀近くの歳月をかけ、現在の幼児・学校・生涯教育・教養と多様な放送メディアによる教育コンテンツ体系を充実させてきた。

 2021年のこのシンポジュウムでは、2020年の混乱がどの様なものであったか、大学で教える立場・学ぶ立場の二つの側面から報告した(青木、2021)。今回はその後、高等教育機関はインターネットによる遠隔教育の方法をどの様に受容し、この2年間を歩んできたか、調査や研究報告から俯瞰することが目的である。そして、この日本の経験は、今後、途上国に遠隔教育の普及や、教育コンテンツ提供にとっても大いに参考になると考えている。

2.インターネットで変容する大学教育

 初めは2020年から始まったオンライン授業への受講学生の満足度である。文部科学省(2021)の全国の大学での調査結果は、「満足は13.8%」「ある程度満足43.1%」で半分以上の学生が満足を示した。しかし同時に欠点として、友人と授業を受けることができない、課題が多すぎる、質問など双方向の機会が少ない、理解しづらいなどの問題点も指摘された。

 では、各大学ではどの様な変化があっただろうか個別の授業展開や改革の内容を見てゆく。まず立命館大学の報告が興味深い。(立命館大学教育開発推進機構、2021)立命館大学でも、20年春からは授業がオンラインで実施された。授業の調査では、最初の年である、2020年の春学期は全ての結果で前年度より満足度は下がったという。しかし、20年秋学期、21年春学期と時間が経過するにつれて、満足度はプラスへと転じたという。向上した理由は、教員・学生のWeb授業に対するスキルの向上を上げていったこと、中でも教師から学生への「フィードバック」は満足度を上げる重要な要因であったと指摘している。

 そして、調査結果は次の様に指摘している。対面授業かWeb授業という選択よりも、「学習意欲の促進」「フィードバック」「学びスタイル適合度」などに注目することで、「到達目標の達成」「能動的学習態度」「総合的満足度」などの『授業の質』向上を目指すことだという。つまり、メディアの種類に依存するのではなく、授業の中身の充実度が一番大切であると改めて述べている。

 もう一つの同じ立命館大学の実践報告(西尾、2022)は、インターネットを使った新しい授業について報告している。多クラス合同ハイフレックス授業の展開である。遠隔授業で、2名の教員が1クラスを受け持つ授業の試みである。役割は、ひとりの教師が講義をライブで行い、一方、もう一人は同時に質問をうける「チャット」を担当するという形態でのネット授業である。これはある種のチーム・ティーチングと言える。

 授業では小テスト(6回)と、再提出可能なドリル(13回)を準備し、さらにこの授業の掲示板・コースニュースまで受講生に向けて発信したという。従来の一人の教師と学生という関係の授業と比べると大きな変化で、西尾は「この2年間で得た経験を無批判に元に戻すのではなく、積極的に適切な評価を与えることが今後も必要だと信じております。」と述べている。立命館大学は新しい挑戦を学内の教育開発推進機構を中心に積極的に進めていることがわかる。

 インターネットを使った授業改革の論文を検索するとこの「ハイフレックス授業」(hybridとflexibleの造語)という言葉に注目が集まっていることがわかる。中島(2021)は、「ハイフレックス授業」とは「学生の授業参加方法を対面とオンラインのどちらでもえらべるようにすることを指す。」(中島)としている。

 「ハイフレックス授業」では、事前に学習者の動機付け、教育目標、学習評価、学習活動などの綿密な授業設計が事前に行われ、適切なときに適切なメディアを教師が選択して、授業を進めていく。これらが前提の授業形態の選択で実践するには高い専門性が必要である。この言葉が多くの論文で注目されてきたのは、コロナ禍で始まったインターネットを使った遠隔授業の理想型であることがわかる。

 ハイフレックス授業の実践報告論文は既に見つけることができる。薮(2022)は奈良教育大学での「コンピュータを用いた演習科目」授業を報告している。授業はTeamsでの遠隔と教室での受講生とをまじえたものである。論文は機材の設置方法などのノウハウを詳細に示し実践的なもので将来の可能性を述べている。また、黒山(2022)は「臨床心理学概論」と「教育相談とキャリア教育」でハイフレックス授業を行い、評価や、学生の参加などのやり方などを深める点が今後の課題であると実践の経験から指摘している。

 また、ハイフレックス授業を構成する方策への提案としては、村上ら(2020)が、ローテーション型授業(対面、オンライン、協働学習などを交互に行う)、反転学習(動画で予習し教室では個別指導や協働学習)、分散型授業(対面とオンラインに分けた授業を展開)などで具体的な教育的方策を示して適切に授業設計が行われれば効果的・効率的な授業が期待できるとしている。しかし、ハイフレックス授業はそれに適した施設整備が必要だとしている。新型コロナウイルス感性症流行の中でも、この様に新しい意欲的な取り組みや提案が行われ教育メディアの発展を感じた。

3.インターネット授業の影

 インターネット授業はネガティブな部分も起きていることを文部科学省の調査は明らかになっている。大学で(国公私立・短大を含む)中退者・休学者が増えたという調査結果である。(文部科学省、2021年12月)報告では「コロナを理由とした中退者の割合についても増加しており、実人数では約1.4倍(2638人)となっている。」と述べ、また「休学」も約1.3倍に増えたという。原因は簡単には言えないとしながらも、経済的および精神的な問題がその要因ではないかと調査は言っている。

 これを裏付ける報告がある。飯田ら(2021)が909名の大学生を対象にインターネットを使った授業での精神的健康について調査を行った。結果は、オンデマンド型授業の負担感が大きいが、対面のライブ型授業の履修コマ数をとることでその負担が軽減されたという。また、経済的負担と学生の精神的健康は関連があることも明らかにした。

 また、沖(2022)の報告では、インターネットではなく従来の対面学習を望む学生の理由は、「友達ができない」「自宅や下宿で、一人で授業をうけ、課題を提出する生活はメリハリがなく、肉体的、精神的に苦しい」などを挙げている。また、伏木田ら(2022)は、同期型オンライン授業の問題点について、記述した回答を文章分析ソフト・KHコーダーを使い、その結果から「授業に集中することの難しさ」「時間的制約のない利点と友人と会えない問題」「ZOOM機能の問題点」「電子媒体での資料配布」などの問題点を明らかにした。

 これらの指摘は、大学で友人を作り教師と会話するなど、これまでは自然に行われてきたことの重要性を改めて認識させられ、遠隔教育の孤独というべき影の部分である。

4.まとめ

 コロナ感染症が始まったばかりの戸惑いのときから2年以上が過ぎた。大学など高等機関では、その後何が起きているかを知りたくて、今までに発表された論文を調べた。論文からは、今まで改善されてこなかった問題点をネット授業が始まったことで新ためて明らかにした様に思う。今回の変化を契機に幾つもの改善提案が出てきている。

 例えば、FD(Faculty Development)ではネット授業のやり方を学んだり、ZOOMの教授展開のマニュアルがネット上で公開される大学も出てきた。結果、教育改革が叫ばれていながらも達成できなかったことを実現する好機となったのかもしれない。

 沖(2022)はこの2年間を振り返り次の様に述べている。「学生は、Web授業に「適応」した。まるでネットショッピングに慣れた若者がリアルの買い物に躊躇するように、Web授業に慣れた若者が対面授業に戸惑う。」そして、続けて、「これまで以上に「質」を重視し、対面ならではのインタラクティブな授業が作られなければ、彼らの不満は爆発するかもしれない。」としている。コロナ感染症は大学に「教育改革」というパンデミックをもうひとつ起こしているのかもしれない。

参考文献

  • 青木繁、2021、「私的遠隔教育体験論」『教育支援のための放送や新しいメディアの可能性〜コロナ危機の中で〜』放送番組国際交流センターp57-70

  • 飯田昭人・水野君平・入江智也・川崎直樹・斉藤美香・西村貴之、2021、「新型コロナウイルス感染拡大における遠隔授業環境や経済的負担感と大学生の精神的健康の関連」、『心理学研究』第92巻第5号pp.367-373

  • 沖 裕貴、2022、「コロナ禍における高等教育の実態 ―そのとき学生・教員はどのように感じ、何を期待したかー」、『名古屋高等研究』第22号p7-p22

  • 黒山竜太、2022、「大学におけるコロナ禍でのハイフレックス型授業の展開についての検討」『日本教育心理学会』第64回総会発表論文集p.209

  • 伏木田稚子・大浦弘樹・光永久文彦・吉川遼・加藤浩、2022、「初年次生からみた同期型オンライン授業の問題 ―自由記述の分析に基づく考察―」、『名古屋高等研究』第22号p261-p280

  • 中島英博、「新たな教育方法の導入と先導者の役割」『名古屋高等研究』第21号p89-p97

  • 文部科学省、2021、「令和3年度後期の大学等における授業の実施方針等について」、<閲覧2022年11月28日、https://www.mext.go.jp/content/20211118-mxt_kouhou01-000004520_1.pdf

  • 文部科学省、2021、「新型コロナウイルス感染症の影響による学生等の学生生活に関する調査(結果)」、<閲覧2022年11月28日、https://www.mext.go.jp/content/20210525-mxt_kouhou01-000004520_1.pdf

  • 文部科学省、2022、「令和4年度の大学等における学修者本位の授業の実施と新型コロナウイルス感染症への対策の徹底等に係る留意事項について(周知)」、<閲覧2022年11月28日、https://www.mext.go.jp/content/20220318-mxt_kouhou01-000004520_01.pdf

  • 立命館大学教育開発推進機構、2021、「2021年度春学期授業アンケートの分析結果」、『ITLニュース』No.53p1-p8

  • 榊原暢久、2022、「遠隔授業で学生の学修を促進する評価とは 〜形成的評価とフィードバックの具体例〜」、『ITLニュース』No.55p2

  • 薮哲郎、2021、「ハイフレックス授業の方法について」『次世代教員養成センター研究紀要』8巻p137-141

  • 村上正行・浦野悠・根岸千悠、2020「大学におけるオンライン授業の設計・実践と今後の展望」『コンピュータ&エデュケーション』Vol.49p19-26

青木 繁

TVプロデューサー
東京工業大学 博士課程

 1950年生まれ。横浜国立大学、国際基督教大学大学院で教育学・視聴覚教育を専攻。その後、日本放送協会(NHK)に入局、教養番組部、生涯教育番組部、経済情報番組部、NHKアーカイブス、学校放送番組部などで、番組制作をディレクター、チーフプロデューサー、部長として担当。日本放送出版協会に出向中は、マルチメディア推進室でデジタル出版も担当した。編成局では、教育コンテンツの国際コンテンツのコンペ「日本賞」(Japan Prize)、アジア放送連合の国際共同制作「ABU未来への航海」、毎年秋に開かれる「教育フェア」の各事務局長。

 NHK退職後は、NHKエンタープライズで、「NHKオンデマンド」担当の部長や、国際事業センターで海外販売担当の執行役員、その後、ニューヨークのNHKコスモメディアアメリカ副社長(NHK Cosmomedia America Inc., Senior Vice President)

 現在は、東京工業大学環境・社会理工学院・人間科学系(Tokyo Institute of Technology, Department of Social and Human Science)の博士課程で宗教社会学を勉強中。

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