第30回 JAMCOオンライン国際シンポジウム
2022年2月~2022年3月
持続可能な世界を目指して~コロナ危機の中の挑戦~
遊びを通して拓く共生の場のデザイン
―難民支援を行うトルコのNGOを事例としてー
要約:本研究では、トルコ人とシリア人がつながり、関わり、ともに生きる場を提供し続けるNGO Xの活動を事例として、社会的結束の促進要因および阻害要因を明らかにする。筆者は、2016年9月から2019年2月の間、トルコに避難するシリア難民の現状と課題についてフィールドワークを行った。調査を通して、とりわけ、分断と衝突が大きな問題となっていることがわかった。このような状況下、トルコ政府は社会的結束を推進し、支援団体はこれを受けて、共生に向けた社会的結束のための活動を開始した。本研究では、その一事例としてNGO Xの活動を紹介し、社会的結束が進む要因とそれを阻害する要因を事例の分析を通して示す。
キーワード:シリア難民、社会的結束、分断、トルコ、オーディエンス、場のデザイン
1. トルコにおけるシリア難民受け入れの現状
2011年3月に始まったシリア危機以降、国境を超えて難民となったシリア人は、2021年10月の段階で565万人を超え(UNHCR 2021)、今世紀最大の人道危機となっている。隣国であるトルコは、シリア難民を最も多く受け入れている国であり、 370万人を超えるシリア人を保護している。トルコ政府は、2011年のシリア危機直後、シリア人を難民としてではなく客人(ゲスト)として迎え入れてきた。しかしシリアからの避難民の数が膨大となり、トルコ政府は2014年に「外国人および国際保護に関する法律(Law on Foreigners and International Protection/LFIP)」 を導入し、Ministry Of Interior Directorate General Of Migration Management (DGMM)が中心となって、シリアからの避難民と状況を把握するために「一時的保護の登録証明書(以下、Temporary Protection Identity Document:TPID)」の手続きを開始し、同時に、他の省庁と連携して制度的にTPIDを持つシリア人に対する社会福祉サービスを提供し始めた。とはいうものの、TPID登録者は政府からの支援を受けることができるが、TPID非登録者は公的支援から漏れてしまい、社会からますます孤立していった。非登録の背景には、難民登録方法が十分に周知されていない、手続きが煩雑、トルコをギリシャやEUへの通過国としてしか認識していない、トルコ政府から登録データが第三者に漏れるかもしれない、といった理由がある(山本 2016)。
トルコに避難するシリア難民の9割は都市難民である。彼らはトルコ人コミュニティで生活をし、住居をはじめとした生活環境の整備を自ら行う。1割は難民キャンプで保護されている。難民キャンプは、トルコ政府(トルコ政府首相府緊急事態管理庁:The Disaster and Emergency Management Presidency of Turkey:以下AFAD)が管理し、緊急支援としてシリア人の生活に必要なもの(short-term basic needs)を提供している。政府からの公的支援もあるが、難民キャンプでは、同じ境遇のシリア人同士が助け合って生活している。
一方で、都市難民は、難民キャンプと異なり、多様な暮らしを営んでいることから、外部から見えにくく、支援も届きにくい。トルコ政府は、TPID登録者に対しても、教育サービス、公的医療機関での保健サービス、社会福祉サービス(佐藤・高山 2018)など生活を支える基礎的なサービスを無料で提供しているが、特に、トルコ社会とのつながりを持たない人々にこれらの情報が行き届いていないという課題がある。
2. 都市部に見られた分断
トルコ人とシリア人の生活空間の分断は、偏見や人種差別、時には衝突を生み出す。シリア内戦直後、シリアに隣接するトルコは、シリア避難民受け入れに寛容であった。たとえば、2018年の筆者によるフィールド調査で、シリア危機直後にトルコに入国したシリア人は、『6年前(2012年)に(私たちが)トルコに来た時、(トルコ人は)大変だろうと、無償でアパートを貸してくれたり、生活に必要だろうと、鍋、食器、ブランケットなど持って来てくれたりした』『トルコとシリアはもともと同じ国だったからシリアのことは他人事じゃないと言ってお世話してくれた』と述べていた。また、あるトルコ人は、『最初は大変だと思って家を開放し、必要なものを提供してきた』という。しかし、必ずと言っていいほど、その語りの先には『しかし』が続く。『最初は歓迎したが』『最初は自分たちにできることをやろうと協力してきたが』というのである。シリア危機が長引くほど、また、難民の数が増えるほど、ホストコミュニティはその影響を受けた。実際に、上下水道や廃棄物処理、保険、医療、教育、福祉といった行政サービスにかかる負担も増加した。また、日々の生活空間における文化的な規範の違い―たとえば、トイレや公園など公共空間の使い方や仕事の仕方など―から、ホストコミュニティの不満が積み重なり、反シリア人感情が高まった。反シリア感情は、偏見や人種差別となり、衝突や分断を引き起こしていた。
3. トルコにおける社会的結束の取り組み
未曽有の大量難民の発生は、それ自体が人道危機であり、人間の安全保障を脅かすが、同時に、受け入れ国は、国家(国民)の利益と外国人(難民)の人権保護のバランスに苦慮する。トルコにおいても同様で、370万人を超える難民の受け入れに対して、経済的、政治的、社会的緊張が生まれている。ムラト(Murat 2014)の調査によれば、トルコ人の多くがシリア難民の存在を負担やリスクと考えており、圧倒的多数が市民権の付与に反対している。 そこで重要となったのが「社会的結束(Social Cohesion)」であった。
国際移住機関(IOM 2017)による移民をテーマとした報告書では、市民の中に双方への信頼が生まれコミュニティを形成していくことを社会的結束と位置づけている。また、欧州評議会(Council of Europe 2010)は、「社会的結束」を「社会正義、民主主義的安全性、持続可能な発展のために必要不可欠」であり「分断された不平等な社会は長期的な安定を保障できない」と示している。つまり、社会的に結束しているコミュニティは、相互協力を惜しまず、民主的な手段によって、文化や宗教、社会的価値観などが違う共同体の構成員が、同じ立場で同じ目的に向かって進んでいくのである。
トルコ語では「ウユム(UYUM)」という単語が「社会的結束」の直訳にあたる。しかしこの言葉は新しくできたもので、同化(Assimilation)、統合(Integration)、融和(Harmonization)、多文化主義(Multi-Culturalism)などの概念が入り混じったものである。シリア難民をどのようにトルコ社会が包括していくかという考え方について、筆者らの省庁、研究者、NGOなどの実践者への聞き取りによると、表1のような包括の度合があると解される。とはいうものの、筆者のトルコでの調査時においては、組織によって使用している概念が異なったり、また、同じ組織内でも混在して使用されたりしていることが見受けられたが、トルコ側のホストコミュニティとシリア難民(ゲスト)の間の衝突を回避しつつ、難民をどのようにホストコミュニティに適合させていくかについては共通していた。
このような中、トルコでは、国際機関やNGOが「社会的結束」の概念を取り入れたプログラムやプロジェクトを実施している。社会的結束の活動に取り組む団体に共通することは、ともにいる場を設定し関わりをつくったり、トルコ社会で生きていくための知識やスキルの習得支援を行ったりするなど、相互理解と共生を試みている点である。一方で、同じ場所に集まっても、お互いが関わろうとしなかったり、対話や協働が生まれなかったりする現状もある。
そこで本研究では、トルコ人とシリア人がつながり、関わり、ともに生きる場を提供し続けるNGO Xの活動を事例として、何が社会的結束の促進要因および阻害要因かを明らかにする。
4. NGO Xにおける社会的結束の実践
4. 1. NGO Xの概要
Xは、イスタンブール郊外にあるギュンギョレン地区で難民支援を行うNGOである。NGO Xは、元は、2011年のシリア危機直後にトルコに避難したシリア人が中心となって教育の機会を失ったシリア人児童生徒にアラビア語で教育を提供する学校(Temporary Education Center:TEC)であった(TECの詳細については山本 2019を参照)。政府の方針で2017年からTECが段階的に廃止されることになり、NGO Xは、TECを閉鎖し、社会的結束のための活動、大人のためのトルコ語教室、障害者のための職業訓練などを始めた。NGO Xの代表のA氏はトルコ系アラブ人で、トルコ語とアラビア語の両言語を話すため、シリア難民とトルコ社会のつなぎ役を果たしてきた。A氏をはじめNPO Xの職員は、シリア人とトルコ人の関係構築となる活動の必要性を強く感じていたことから、地域や支援者の寄付で、社会的結束の活動に力を入れている。
A氏によると、女性と子どもの多くは、内戦による心的外傷、家族やコミュニティとの分離、慣れない新しい生活、家族の関係性の変化などから困難を抱えていた。特に深刻な問題は、彼らが社会的に孤立していることであった。たとえば、学齢期の子どもの中には、日常のトルコ語(生活言語)ができても勉強ではトルコ語(学習言語)がわからず、また、学習のための背景知識やスキーマが十分にないために授業についていけなかったり、学校で居心地が悪くなり学校に行けなくなったりして、社会から孤立してしまう子もいる(2018年3月の段階)。また、トルコ社会から歓迎されていないと感じるシリア人家族は、トルコ社会と積極的に関わろうとしないため、さらにトルコ社会から孤立していた。
NGO Xが子どもの社会的結束活動を行う目的は、シリア人の子どもだけではなく、子どもに同伴する保護者にも、トルコ社会との接点を作ることである。子どものためであれば、家にこもりがちな女性たちも外へ出てこようとする。このように、子どもを中心に活動を行い、その子どもを見守る母親同士もまた関わりを持てる場を提供している。
しかしながら課題もある。トルコ人とシリア人が同じ場所にいるだけでは、関わりは自然には生まれない。他のNGOも同様の課題を抱えていた。 NGO Xは、シリア人とトルコ人が相互理解や共生につながる関わりが生まれる活動を試行錯誤しながら実施してきた。そのひとつが、本研究で取り上げる事例である。
4. 2. 実践の概要
本稿で紹介する事例は、2018年3月3日(土)午前10時から午後4時まで、NGO Xが同地区のソーシャルサービスセンター(Social Service Center:SSC)と連携して実施した1日プログラムである(表2)。インプロ(即興演劇)を土台にした遊び活動で、トルコの文脈を踏まえて活動の名称やルールを工夫して活動をデザインした。
インプロをもとに社会的結束の活動をデザインした理由は次の3つである。第一に、インプロはプレイヤーの参加と関わりによって成り立つ共創活動であること、第二に、身体を中心とした活動のため十分な言語力がなくても参加しやすいこと、第三に、多様な参加の形態(たとえば、プレイヤー、オーディエンス、フォロアー、フォロアーのフォロアーなど)があり、生徒のやりたい/なりたいように参加できることである。
子どもの保護者にも、活動の見学だけではなく、当日の昼食の準備の手伝いのために参加を促した。
4. 3. 実践の参加者
本実践に参加したのは、トルコ人14名とシリア人生徒12名の合計26名で、12-15歳の中学生である。シリア人の募集については、 NGO Xに通う子どもと大人の家族やその友達を対象に行った。トルコ人生徒に関しては、社会的結束活動に理解のある近隣の公立学校の協力を得て参加者を募った。
シリア人生徒の多くは、トルコ公立学校に通いはじめて1年くらいで、トルコ語は多少わかるが、十分に話せるわけではなかった。また、アラビア語で教育を受けるため私学の学校に通うシリア人生徒もいて、彼らはほとんどトルコ語が話せなかった。トルコ人生徒は、母語のトルコ語のみを話したが、中には、アラビア語の初学者もいて、簡単な挨拶ができた。
本プログラムの企画と準備は、ギュンギョレンSSCのソーシャルワーカー3名が行なった。彼女らは、筆者のカウンターパートで、社会的結束のための活動について国内外の事例を分析し、そのためのプログラム開発を行なっていた。ファシリテーターを行うそれら3名のソーシャルワーカーはアラビア語話者でないため、本実践ではやさしい(簡単な)トルコ語で進行した。彼らが、アラビア語での会話を必要とした時は、筆者がアラビア語から英語に通訳し、通訳者が英語からトルコ語に訳すようにして適宜コミュニケーションの補助を行なった。
5. フィールドノートの分析からわかったこと:遊びを通して子どもの変化に着目して
収集したデータは、観察記録、実践中の生徒へのインフォーマルインタビュー、実践後の生徒の感想、NGO Xの職員やファシリテーターとして参加したソーシャルワーカー3名へのインタビューデータである。これらをもとに、フィールドノートを作成し、子どもの変化(特に関係性構築)に着目して分析、以下に考察を含めて示す。なお、文中の二重括弧『』は、関連する部分のフィールドノートを示している。
5. 1. 同じ場所にいてもつながらない、関わらない
『9:00過ぎからシリア人生徒が集まっていた。折り紙をしたり、日本語で名前を書いてみたりしながら交流を始めた。10:00少し前に、トルコ人生徒がまとまって会場に入り、全員が集まったので、ファシリテーターであるソーシャルワーカー3名が今日の流れについて説明した。この段階で、トルコ人とシリア人生徒がそれぞれ友達同士で固まって、双方の間に会話はなかった。』
生徒たちは、それぞれ母語(トルコ人はトルコ語、シリア人はアラビア語)で話しており、お互いの関わりはなかった。会場では、明確にシリア人生徒、トルコ人生徒が分かれていた。そこで、生徒たちのいる場所を変えるために、活動1のLine Upゲームをはじめた。Line Upゲームは、テーマに基づいて1本の線を作るゲームである。
『Line Up ゲームをはじめる。ソーシャルワーカーの質問に対して、生徒たちが自分の立ち位置を決めて1本のラインをつくる。自分の立ち位置を決める際、自分はこの場所かな、と思った近くの人と会話をして、自分の立ち位置を調整していくのだが、そういった会話が皆無だった。生徒らは友達同士が固まって移動していた。ファシリテーターが声かけし、できるだけ生徒たちを分散させた。なんとか1本の線ができたのでファシリテーターが「近くの人となぜその位置なのか話してみよう」と声かけするが、トルコ人、シリア人の間で会話が始まらない。黙ってひとり立っている生徒もいた。(中略)「トルコ語で意見交換をしたら?」とシリア人生徒に声をかけると「私は、トルコ語あまりできない。あの子はできるけど、私は全然」といって、トルコ語で話すことを拒否した。』
導入から活動1が終わるまでトルコ人とシリア人生徒が関わることはほとんどなかった。シリア人生徒12人のうち4人は活動に参加せず、部屋の奥で違うことをして遊んでいた。
5. 2. 関わりが生まれる
次に拍手回しというインプロゲームを行なった。トルコ語のリズムにしてDing Dang Dongという名前にしたゲームである。参加者は円になって、拍手を回していく。最初は、右周り、次に左回り、早く、リズミカルに回していく。相手の目や動きをよく見なければ、うまく拍手を回せないため、しっかり相手をみることになる。ある程度リズムができると、ランダムに拍手を相手に渡していく。拍手を渡す方は相手が受け取りやすいように、受け取る側は相手が渡しやすいように動作を一緒に作っていくゲームである。
『Ding Dang Dongでは、生徒たちが円になって手を叩きながらリズムを作っていった。最初は右回り、次に左回りでリズムのつくりかたを経験したあと、ランダムに手を叩いて拍手を他の人に投げていく。最初のうちは、知り合い同士のやりとりばかりで一部の生徒しか参加していなかった。また、誰に拍手を投げればいいのか分からない時、生徒らはファシリテーターに拍手を送った。ファシリテーターは何度も自分たちに拍手が戻ってきてしまうため「え?また私?」といいながら、できるだけ全員が参加できるようにいろんなところに拍手を投げる。しかし、投げる相手を見つけることができない生徒は、またファシリテーターに拍手を戻してしまう。知り合い同士だけでやりとりし、なかなか拍手回しの輪が広がらない。そんな時、誰に拍手を回せばいいかわからず俯いていたシリア人生徒に「私に投げて」と声をかけたり、シリア人生徒が拍手を投げようとする相手に対して、周りが「あなたよ、あなたに投げようとしてる(から前をみて)」と受け取る人に声をかけたりしはじめた。さらに、拍手を投げる人が「はい、Bさん」と名前を呼んで相手が受け取りやすくするなどしはじめた。徐々に、拍手のやりとりがスムーズにいくようになった。受け取った拍手を誰に投げればいいか分からず止まってしまった生徒に「私に投げて」と声をかけあうことで、全体に拍手が回せるようになった。そうしているうちに、最初は不安そうな顔をしていた生徒も、拍手を受け取ったり、拍手を投げて受け取ってもらえたりすると、嬉しそうな顔をしはじめた。相手の名前を呼んで拍手を投げているうちに、それまで関わりのなかった生徒同士のやりとりが生まれてきた。リズミカルに、うまく、早くできるようになると、全員が「やった!」と喜び、シリア人もトルコ人も同時に笑い、自然と関わるようになっていた。最初の活動に参加していなかったシリア人生徒4人も途中からこの活動に参加し、他の生徒らと一緒に笑い活動を楽しんでいた。Ding Dang Dongのあと、生徒らはお互い名前を呼び合うようになっていた。』
活動2は、生徒らはDing Dang Dongの遊びを楽しむために、自分たち自身が楽しめる場を作り始めたことを示している。参加できなかった生徒に「あなたよ、あなた」と声をかけたり、名前を呼んで拍手を渡したり、「私に投げて」と声をかけたりすることで、誰もが活動に参加しやすい場となった。
活動3のPraising mistakesは、失敗を賞賛するゲームである。1、2、3の数字をペアで交互に言うゲームである。1ラウンドでは、1と言う代わりに手をたたき、2、3と交互に続けていく。2ラウンドでは、2と言う代わりに足踏みをして、手を叩き、足踏みし、3と交互に続けていく。ラウンド3では、3の代わりに腰をふる。テンポよく進めるうちにどちらかが間違ってしまうのだが、間違ったら、全体にむけて「私は間違ったわ!」と大きな声で喜びを表現する。周りはその声を聞いたら「よかったね!おめでとう!」と賞賛する。本来、間違いとは、ネガティブなものとして捉えられるが、間違いをみんなで喜ぶことで、失敗することを恐れず受け入れ合える関係性をつくる活動である。
『ゲームの説明をすると、生徒たちは「えー」「いやだー」と言っていたが、何人かの男子生徒がそれをやってみせると笑いが生まれた。ランダムにペアをつくるため会場を宇宙空間にみたてて、生徒らをゆっくり移動させ、手を叩いた合図で生徒らに一番近い人とペアにさせた。友達同士で固まりがちだった生徒は全体的にいろんな人とペアになり、シリア人とトルコ人混合のペアも多くできた。最初は間違っても、なかなか自分の声をだせなかった生徒も、ペアに背中を押されて「間違えた・・」というと、全員がその子の方を向いて「間違えたの!よかったね!」と拍手喝采で賞賛する。すると、不安そうな顔をしていた生徒が笑顔になっていく。拍手喝采を受けたくて、わざと間違える生徒も出てきたが、みんなでそれを身体全体と大きな声をつかって表現することで、どの生徒も徐々に声をだしたり、体で感情を表現したりできるようになった。』
活動4のThank you Gameでは、参加者は円になり、そのうちの一人が円の前で、何かポーズをつくる。そして、そのポーズに参加者が加わりポーズを完成させる。最初のポーズを作った人は、後からポーズを追加してくれた人に「ありがとう」と言って交代する。ポーズを追加した人は、ポーズを作り、また円から参加者が一人そのポーズに加わり完成させていく。
『円になって最初に、トルコ人男子生徒がポーズを決めた。そして、別のトルコ人男子生徒がポーズを足した。意味がとらえにくいポーズも、誰かがポーズを追加することで意味が生まれてくることが面白くて、生徒たちは夢中になって参加した。最初は一部の男子生徒が場を占領してしまったが、ファシリテーターが女子生徒にも参加するよう促していくと、男女関係なく参加するようになった。生徒のアイデアは豊かで、完成されたポーズに「わぁ!すごい!」「その発想私にはなかった!」「かっこいい!」と賞賛の声が全体から生まれてきた。全く意味不明なポーズも誰かによって意味が加わる。トルコ人とシリア人の垣根はなく、男女の垣根もなく、誰もが参加するようになった。最初は、ひとりがポーズを決めてもうひとりが加えて完成させるというルールだったが、徐々に複数の生徒がポーズを追加するようになり、ストーリーを作り始めた。たとえば、写真は、私がとったポーズに、トルコ人生徒が花を渡すポーズを加えた。それを、シリア人生徒はカメラをもったポーズをいれた。この活動にシリア人もトルコ人も関係なく全員が参加していた。生徒たちはよく笑い、お互いがトルコ語で(時にアラビア語で)「今の面白かった」「いいね!」「すごい」「考えつかなかったよ」と言い合っていた。』
活動3と4でも、トルコ人・シリア人関係なく全員が遊びに参加し、共に笑い、関わっていた。共通することとして、少なくとも次の2つがわかる。ひとつは、誰かのアクションに対して、必ず誰かが反応をしていたことである。どの遊びも相手がいてこそ成り立つもので、お互いがその遊びを成り立たせるために何らかの形で参加(貢献)していた。それによって、遊びが成り立っていた。2つめは、多様であることが、笑いやおもしろさとなったことである。うまくいくことだけではなく、うまくいかないことが笑いになる、意外な発想が驚きになっていた。間違いや意味のわからないポーズをみんなで笑ったり、誰かのアクションが意味を生み出したりすることを生徒たちは楽しんでいた。
上述した活動で午前が終わり、ランチタイムとなった。ランチタイムでは、同じテーブルにトルコ人とシリア人の生徒が一緒に座って食事をしていた。食事は、保護者が作ったもので、トルコ料理とシリア料理の両方がお皿にあり、お互い料理を紹介したりしながら食事をしていた。食事を終えた男子生徒たちはクッションボールでサッカーをはじめ、トルコ人シリア人関係なく一緒に遊んでいた。
5. 3. 関わりが絶たれる
午後は、活動6のレゴブロックを活用したシリアスプレイを実施した。トルコ人とシリア人の混合グループをつくり、各グループに1人はトルコ語での会話の補助ができる生徒を配置した。各テーブルには、レゴブロックをおき、ファシリテーターの質問に対して、生徒らは各々にレゴブロックを使って自分の考えを表現した。
『活動がはじまると、ほとんどの生徒がレゴをつくることに集中し沈黙の時間となってしまった。ファシリテーターは、「私の強みは何ですか?」「好きなものは何ですか?」「将来どのような町にすみたいですか」といった質問を生徒に投げかけ、レゴで表現させる。しかし、生徒同士での会話が始まらない。生徒らは自分が作ったものを、「見て!」「聞いて!」と言ってファシリテーターのところに持っていく。(中略)ファシリテーターは、グループの友達に作ったものについて話してあげて、と言いグループに戻す。ところが、話したがっていた生徒も、相手がレゴづくりに集中して話し手の方を向いてくれなかったり、言葉の問題でうまくコミュニケーションが取れなかったりして、途中で話そうとするのをやめてしまった。(中略)私は一人ぼっちでいたシリア人生徒を見て、アラビア語で「あなたの強みは?」と聞いた。その子は「ない」と答えた。なんでもいいんだよ、と聞いても「(そんなの)わからない」「知らない」と言い、下を向いたままただレゴを触っていた。しばらくすると、どのグループでも会話がなくなってしまった。会話はなく活動を続けることができなかった。』
活動6において、生徒らの関係を絶ってしまったものとして少なくとも次の2つが言える。ひとつは言語である。活動2−5と異なり、活動6の活動には言語的要素が必要であった。相手にうまく伝えられない、相手もレゴ遊びに集中して話し手に関心を向けてくれないことから、生徒同士は関わることをやめてしまった。トルコ人生徒もグループで自分が作った作品をトルコ語で説明しても、相手がわかっているのか、わかっていないのか判断できず、結局、話を聞いてくれるトルコ人の友達やファシリテーターのところに集まってしまった。もうひとつは、グループ活動の経験である。NGO Xの職員によると、シリア人生徒はグループ活動をほとんど経験したことがない。そのため、自分の考えをグループで発表したり、相手の考えに対して質問したりすることに困難を感じていた。
活動7では、交換ゲームを行なった。交換ゲームは、「私がほしいもの」と「私が貢献できること」を紙のコインの両面にそれぞれ書いて、相手がほしいものを実現するために、自分は何ができるかを考えるゲームである。活動7でも、言語的要素が必要となることから、活動6と同様に会話には発展しなかった。加えて、「私がほしいもの」と「私が貢献できること」が書けないシリア人生徒もいた。活動6と同様に、彼らにとって、このようなグループ活動のルールや進め方に慣れていなかったと考えられる。
活動7の段階で本日のプログラムは終了予定だったが、活動6と7で、午前の活動で見られた生徒間の関わりが絶たれてしまったため、最後に、日本語(カタカナ)で名前を書くという活動8を急遽、筆者が行った。生徒らにとって、全員が日本語に触れるのがはじめてであり、お互い教えあったり、助け合ったりしながら、各々が自分の名前をカタカナで書いた。
生徒らは、本活動の感想を一人1枚ずつ付箋紙に書いて解散した。付箋紙の内容を分類したところ表4に示すように、経験に関する記述と関わりに関する記述であった。この記述からも、本活動が社会的結束の機会となったことがわかる。
6. 考察とまとめ:「遊び」が社会的結束として機能するために
本研究では、NGO Xの社会的結束の活動を事例として、社会的結束の促進要因と阻害要因を分析した。その結果、遊びが社会的結束として機能するには、次の2つの側面を考慮してデザインする必要があることがわかった。
社会的結束は、分断が起こる社会につながりをつくるための重要な取り組みである。一方で、単に人と人をつなげるだけではそれは実現しない。両者が共生に向けて関われるようになるには、両者が「オーディエンスとして参加すること」が鍵となることを本稿では示した。これは、社会的結束の分析の視点となる。また、難民など社会的脆弱な立場にいる者は、文化や言語の違いだけではなく、彼らを取り巻く環境における資源不足によっても分断されがちであることが示された。本事例では、活動の中で、シリア人生徒が直面した困難として、話すことがない、話したいことがない、一緒に遊ぶためのルール理解に時間がかかる、ファシリテーターなど特定の大人にしか助けを求められないなどが明らかになった。
今後の研究の方向性として「オーディエンスとして参加できること」を分析の視点として社会的結束の調査を行う。社会的結束に関しては、そのための指標などもあるが、定性的な調査によって、トルコ人とシリア人生徒の関係構築やシリア人生徒の社会的活動への参加を阻害する社会的要因もさらに探っていく。
付記:本稿は、2018年の日本質的心理学会のポスター発表「関係性を変えるための遊び 難民の社会参画を促す発達の場のデザイン」(岸磨貴子・青山征彦)に大幅に加筆したものである。
参考文献
キーワード:シリア難民、社会的結束、分断、トルコ、オーディエンス、場のデザイン
1. トルコにおけるシリア難民受け入れの現状
2011年3月に始まったシリア危機以降、国境を超えて難民となったシリア人は、2021年10月の段階で565万人を超え(UNHCR 2021)、今世紀最大の人道危機となっている。隣国であるトルコは、シリア難民を最も多く受け入れている国であり、 370万人を超えるシリア人を保護している。トルコ政府は、2011年のシリア危機直後、シリア人を難民としてではなく客人(ゲスト)として迎え入れてきた。しかしシリアからの避難民の数が膨大となり、トルコ政府は2014年に「外国人および国際保護に関する法律(Law on Foreigners and International Protection/LFIP)」 を導入し、Ministry Of Interior Directorate General Of Migration Management (DGMM)が中心となって、シリアからの避難民と状況を把握するために「一時的保護の登録証明書(以下、Temporary Protection Identity Document:TPID)」の手続きを開始し、同時に、他の省庁と連携して制度的にTPIDを持つシリア人に対する社会福祉サービスを提供し始めた。とはいうものの、TPID登録者は政府からの支援を受けることができるが、TPID非登録者は公的支援から漏れてしまい、社会からますます孤立していった。非登録の背景には、難民登録方法が十分に周知されていない、手続きが煩雑、トルコをギリシャやEUへの通過国としてしか認識していない、トルコ政府から登録データが第三者に漏れるかもしれない、といった理由がある(山本 2016)。
トルコに避難するシリア難民の9割は都市難民である。彼らはトルコ人コミュニティで生活をし、住居をはじめとした生活環境の整備を自ら行う。1割は難民キャンプで保護されている。難民キャンプは、トルコ政府(トルコ政府首相府緊急事態管理庁:The Disaster and Emergency Management Presidency of Turkey:以下AFAD)が管理し、緊急支援としてシリア人の生活に必要なもの(short-term basic needs)を提供している。政府からの公的支援もあるが、難民キャンプでは、同じ境遇のシリア人同士が助け合って生活している。
一方で、都市難民は、難民キャンプと異なり、多様な暮らしを営んでいることから、外部から見えにくく、支援も届きにくい。トルコ政府は、TPID登録者に対しても、教育サービス、公的医療機関での保健サービス、社会福祉サービス(佐藤・高山 2018)など生活を支える基礎的なサービスを無料で提供しているが、特に、トルコ社会とのつながりを持たない人々にこれらの情報が行き届いていないという課題がある。
2. 都市部に見られた分断
トルコ人とシリア人の生活空間の分断は、偏見や人種差別、時には衝突を生み出す。シリア内戦直後、シリアに隣接するトルコは、シリア避難民受け入れに寛容であった。たとえば、2018年の筆者によるフィールド調査で、シリア危機直後にトルコに入国したシリア人は、『6年前(2012年)に(私たちが)トルコに来た時、(トルコ人は)大変だろうと、無償でアパートを貸してくれたり、生活に必要だろうと、鍋、食器、ブランケットなど持って来てくれたりした』『トルコとシリアはもともと同じ国だったからシリアのことは他人事じゃないと言ってお世話してくれた』と述べていた。また、あるトルコ人は、『最初は大変だと思って家を開放し、必要なものを提供してきた』という。しかし、必ずと言っていいほど、その語りの先には『しかし』が続く。『最初は歓迎したが』『最初は自分たちにできることをやろうと協力してきたが』というのである。シリア危機が長引くほど、また、難民の数が増えるほど、ホストコミュニティはその影響を受けた。実際に、上下水道や廃棄物処理、保険、医療、教育、福祉といった行政サービスにかかる負担も増加した。また、日々の生活空間における文化的な規範の違い―たとえば、トイレや公園など公共空間の使い方や仕事の仕方など―から、ホストコミュニティの不満が積み重なり、反シリア人感情が高まった。反シリア感情は、偏見や人種差別となり、衝突や分断を引き起こしていた。
3. トルコにおける社会的結束の取り組み
未曽有の大量難民の発生は、それ自体が人道危機であり、人間の安全保障を脅かすが、同時に、受け入れ国は、国家(国民)の利益と外国人(難民)の人権保護のバランスに苦慮する。トルコにおいても同様で、370万人を超える難民の受け入れに対して、経済的、政治的、社会的緊張が生まれている。ムラト(Murat 2014)の調査によれば、トルコ人の多くがシリア難民の存在を負担やリスクと考えており、圧倒的多数が市民権の付与に反対している。 そこで重要となったのが「社会的結束(Social Cohesion)」であった。
国際移住機関(IOM 2017)による移民をテーマとした報告書では、市民の中に双方への信頼が生まれコミュニティを形成していくことを社会的結束と位置づけている。また、欧州評議会(Council of Europe 2010)は、「社会的結束」を「社会正義、民主主義的安全性、持続可能な発展のために必要不可欠」であり「分断された不平等な社会は長期的な安定を保障できない」と示している。つまり、社会的に結束しているコミュニティは、相互協力を惜しまず、民主的な手段によって、文化や宗教、社会的価値観などが違う共同体の構成員が、同じ立場で同じ目的に向かって進んでいくのである。
トルコ語では「ウユム(UYUM)」という単語が「社会的結束」の直訳にあたる。しかしこの言葉は新しくできたもので、同化(Assimilation)、統合(Integration)、融和(Harmonization)、多文化主義(Multi-Culturalism)などの概念が入り混じったものである。シリア難民をどのようにトルコ社会が包括していくかという考え方について、筆者らの省庁、研究者、NGOなどの実践者への聞き取りによると、表1のような包括の度合があると解される。とはいうものの、筆者のトルコでの調査時においては、組織によって使用している概念が異なったり、また、同じ組織内でも混在して使用されたりしていることが見受けられたが、トルコ側のホストコミュニティとシリア難民(ゲスト)の間の衝突を回避しつつ、難民をどのようにホストコミュニティに適合させていくかについては共通していた。
このような中、トルコでは、国際機関やNGOが「社会的結束」の概念を取り入れたプログラムやプロジェクトを実施している。社会的結束の活動に取り組む団体に共通することは、ともにいる場を設定し関わりをつくったり、トルコ社会で生きていくための知識やスキルの習得支援を行ったりするなど、相互理解と共生を試みている点である。一方で、同じ場所に集まっても、お互いが関わろうとしなかったり、対話や協働が生まれなかったりする現状もある。
そこで本研究では、トルコ人とシリア人がつながり、関わり、ともに生きる場を提供し続けるNGO Xの活動を事例として、何が社会的結束の促進要因および阻害要因かを明らかにする。
表1:UYUMのコンセプト(筆者ら調査チームによる作成)
UYUM | ||||
---|---|---|---|---|
強い ――トルコ人コミュニティへの同化の度合い―― 弱い | 双方の信頼によるコミュニティ | |||
同化 Assimilation |
社会統合/包括/適応 Social Integration/ Inclusion/Adaptation |
調和 Harmonization |
多文化主義 Multi-Culturalism |
社会的結束 Social Cohesion |
4. 1. NGO Xの概要
Xは、イスタンブール郊外にあるギュンギョレン地区で難民支援を行うNGOである。NGO Xは、元は、2011年のシリア危機直後にトルコに避難したシリア人が中心となって教育の機会を失ったシリア人児童生徒にアラビア語で教育を提供する学校(Temporary Education Center:TEC)であった(TECの詳細については山本 2019を参照)。政府の方針で2017年からTECが段階的に廃止されることになり、NGO Xは、TECを閉鎖し、社会的結束のための活動、大人のためのトルコ語教室、障害者のための職業訓練などを始めた。NGO Xの代表のA氏はトルコ系アラブ人で、トルコ語とアラビア語の両言語を話すため、シリア難民とトルコ社会のつなぎ役を果たしてきた。A氏をはじめNPO Xの職員は、シリア人とトルコ人の関係構築となる活動の必要性を強く感じていたことから、地域や支援者の寄付で、社会的結束の活動に力を入れている。
A氏によると、女性と子どもの多くは、内戦による心的外傷、家族やコミュニティとの分離、慣れない新しい生活、家族の関係性の変化などから困難を抱えていた。特に深刻な問題は、彼らが社会的に孤立していることであった。たとえば、学齢期の子どもの中には、日常のトルコ語(生活言語)ができても勉強ではトルコ語(学習言語)がわからず、また、学習のための背景知識やスキーマが十分にないために授業についていけなかったり、学校で居心地が悪くなり学校に行けなくなったりして、社会から孤立してしまう子もいる(2018年3月の段階)。また、トルコ社会から歓迎されていないと感じるシリア人家族は、トルコ社会と積極的に関わろうとしないため、さらにトルコ社会から孤立していた。
NGO Xが子どもの社会的結束活動を行う目的は、シリア人の子どもだけではなく、子どもに同伴する保護者にも、トルコ社会との接点を作ることである。子どものためであれば、家にこもりがちな女性たちも外へ出てこようとする。このように、子どもを中心に活動を行い、その子どもを見守る母親同士もまた関わりを持てる場を提供している。
しかしながら課題もある。トルコ人とシリア人が同じ場所にいるだけでは、関わりは自然には生まれない。他のNGOも同様の課題を抱えていた。 NGO Xは、シリア人とトルコ人が相互理解や共生につながる関わりが生まれる活動を試行錯誤しながら実施してきた。そのひとつが、本研究で取り上げる事例である。
4. 2. 実践の概要
本稿で紹介する事例は、2018年3月3日(土)午前10時から午後4時まで、NGO Xが同地区のソーシャルサービスセンター(Social Service Center:SSC)と連携して実施した1日プログラムである(表2)。インプロ(即興演劇)を土台にした遊び活動で、トルコの文脈を踏まえて活動の名称やルールを工夫して活動をデザインした。
インプロをもとに社会的結束の活動をデザインした理由は次の3つである。第一に、インプロはプレイヤーの参加と関わりによって成り立つ共創活動であること、第二に、身体を中心とした活動のため十分な言語力がなくても参加しやすいこと、第三に、多様な参加の形態(たとえば、プレイヤー、オーディエンス、フォロアー、フォロアーのフォロアーなど)があり、生徒のやりたい/なりたいように参加できることである。
子どもの保護者にも、活動の見学だけではなく、当日の昼食の準備の手伝いのために参加を促した。
表2:プログラムの内容とその様子
活動名 | 写真 | |
---|---|---|
導入 | 折り紙や日本語教室 | |
活動1 | Line Up Game | |
活動2 | Ding Dan Dong | |
活動3 | Praising mistakes | |
活動4 | Thank you Game | |
活動5 | Lunch | |
活動6 | レゴ・シリアスプレイ | |
活動7 | 交換ゲーム | |
活動8 | 日本語講座 |
本実践に参加したのは、トルコ人14名とシリア人生徒12名の合計26名で、12-15歳の中学生である。シリア人の募集については、 NGO Xに通う子どもと大人の家族やその友達を対象に行った。トルコ人生徒に関しては、社会的結束活動に理解のある近隣の公立学校の協力を得て参加者を募った。
シリア人生徒の多くは、トルコ公立学校に通いはじめて1年くらいで、トルコ語は多少わかるが、十分に話せるわけではなかった。また、アラビア語で教育を受けるため私学の学校に通うシリア人生徒もいて、彼らはほとんどトルコ語が話せなかった。トルコ人生徒は、母語のトルコ語のみを話したが、中には、アラビア語の初学者もいて、簡単な挨拶ができた。
本プログラムの企画と準備は、ギュンギョレンSSCのソーシャルワーカー3名が行なった。彼女らは、筆者のカウンターパートで、社会的結束のための活動について国内外の事例を分析し、そのためのプログラム開発を行なっていた。ファシリテーターを行うそれら3名のソーシャルワーカーはアラビア語話者でないため、本実践ではやさしい(簡単な)トルコ語で進行した。彼らが、アラビア語での会話を必要とした時は、筆者がアラビア語から英語に通訳し、通訳者が英語からトルコ語に訳すようにして適宜コミュニケーションの補助を行なった。
5. フィールドノートの分析からわかったこと:遊びを通して子どもの変化に着目して
収集したデータは、観察記録、実践中の生徒へのインフォーマルインタビュー、実践後の生徒の感想、NGO Xの職員やファシリテーターとして参加したソーシャルワーカー3名へのインタビューデータである。これらをもとに、フィールドノートを作成し、子どもの変化(特に関係性構築)に着目して分析、以下に考察を含めて示す。なお、文中の二重括弧『』は、関連する部分のフィールドノートを示している。
5. 1. 同じ場所にいてもつながらない、関わらない
『9:00過ぎからシリア人生徒が集まっていた。折り紙をしたり、日本語で名前を書いてみたりしながら交流を始めた。10:00少し前に、トルコ人生徒がまとまって会場に入り、全員が集まったので、ファシリテーターであるソーシャルワーカー3名が今日の流れについて説明した。この段階で、トルコ人とシリア人生徒がそれぞれ友達同士で固まって、双方の間に会話はなかった。』
生徒たちは、それぞれ母語(トルコ人はトルコ語、シリア人はアラビア語)で話しており、お互いの関わりはなかった。会場では、明確にシリア人生徒、トルコ人生徒が分かれていた。そこで、生徒たちのいる場所を変えるために、活動1のLine Upゲームをはじめた。Line Upゲームは、テーマに基づいて1本の線を作るゲームである。
『Line Up ゲームをはじめる。ソーシャルワーカーの質問に対して、生徒たちが自分の立ち位置を決めて1本のラインをつくる。自分の立ち位置を決める際、自分はこの場所かな、と思った近くの人と会話をして、自分の立ち位置を調整していくのだが、そういった会話が皆無だった。生徒らは友達同士が固まって移動していた。ファシリテーターが声かけし、できるだけ生徒たちを分散させた。なんとか1本の線ができたのでファシリテーターが「近くの人となぜその位置なのか話してみよう」と声かけするが、トルコ人、シリア人の間で会話が始まらない。黙ってひとり立っている生徒もいた。(中略)「トルコ語で意見交換をしたら?」とシリア人生徒に声をかけると「私は、トルコ語あまりできない。あの子はできるけど、私は全然」といって、トルコ語で話すことを拒否した。』
導入から活動1が終わるまでトルコ人とシリア人生徒が関わることはほとんどなかった。シリア人生徒12人のうち4人は活動に参加せず、部屋の奥で違うことをして遊んでいた。
5. 2. 関わりが生まれる
次に拍手回しというインプロゲームを行なった。トルコ語のリズムにしてDing Dang Dongという名前にしたゲームである。参加者は円になって、拍手を回していく。最初は、右周り、次に左回り、早く、リズミカルに回していく。相手の目や動きをよく見なければ、うまく拍手を回せないため、しっかり相手をみることになる。ある程度リズムができると、ランダムに拍手を相手に渡していく。拍手を渡す方は相手が受け取りやすいように、受け取る側は相手が渡しやすいように動作を一緒に作っていくゲームである。
『Ding Dang Dongでは、生徒たちが円になって手を叩きながらリズムを作っていった。最初は右回り、次に左回りでリズムのつくりかたを経験したあと、ランダムに手を叩いて拍手を他の人に投げていく。最初のうちは、知り合い同士のやりとりばかりで一部の生徒しか参加していなかった。また、誰に拍手を投げればいいのか分からない時、生徒らはファシリテーターに拍手を送った。ファシリテーターは何度も自分たちに拍手が戻ってきてしまうため「え?また私?」といいながら、できるだけ全員が参加できるようにいろんなところに拍手を投げる。しかし、投げる相手を見つけることができない生徒は、またファシリテーターに拍手を戻してしまう。知り合い同士だけでやりとりし、なかなか拍手回しの輪が広がらない。そんな時、誰に拍手を回せばいいかわからず俯いていたシリア人生徒に「私に投げて」と声をかけたり、シリア人生徒が拍手を投げようとする相手に対して、周りが「あなたよ、あなたに投げようとしてる(から前をみて)」と受け取る人に声をかけたりしはじめた。さらに、拍手を投げる人が「はい、Bさん」と名前を呼んで相手が受け取りやすくするなどしはじめた。徐々に、拍手のやりとりがスムーズにいくようになった。受け取った拍手を誰に投げればいいか分からず止まってしまった生徒に「私に投げて」と声をかけあうことで、全体に拍手が回せるようになった。そうしているうちに、最初は不安そうな顔をしていた生徒も、拍手を受け取ったり、拍手を投げて受け取ってもらえたりすると、嬉しそうな顔をしはじめた。相手の名前を呼んで拍手を投げているうちに、それまで関わりのなかった生徒同士のやりとりが生まれてきた。リズミカルに、うまく、早くできるようになると、全員が「やった!」と喜び、シリア人もトルコ人も同時に笑い、自然と関わるようになっていた。最初の活動に参加していなかったシリア人生徒4人も途中からこの活動に参加し、他の生徒らと一緒に笑い活動を楽しんでいた。Ding Dang Dongのあと、生徒らはお互い名前を呼び合うようになっていた。』
活動2は、生徒らはDing Dang Dongの遊びを楽しむために、自分たち自身が楽しめる場を作り始めたことを示している。参加できなかった生徒に「あなたよ、あなた」と声をかけたり、名前を呼んで拍手を渡したり、「私に投げて」と声をかけたりすることで、誰もが活動に参加しやすい場となった。
活動3のPraising mistakesは、失敗を賞賛するゲームである。1、2、3の数字をペアで交互に言うゲームである。1ラウンドでは、1と言う代わりに手をたたき、2、3と交互に続けていく。2ラウンドでは、2と言う代わりに足踏みをして、手を叩き、足踏みし、3と交互に続けていく。ラウンド3では、3の代わりに腰をふる。テンポよく進めるうちにどちらかが間違ってしまうのだが、間違ったら、全体にむけて「私は間違ったわ!」と大きな声で喜びを表現する。周りはその声を聞いたら「よかったね!おめでとう!」と賞賛する。本来、間違いとは、ネガティブなものとして捉えられるが、間違いをみんなで喜ぶことで、失敗することを恐れず受け入れ合える関係性をつくる活動である。
『ゲームの説明をすると、生徒たちは「えー」「いやだー」と言っていたが、何人かの男子生徒がそれをやってみせると笑いが生まれた。ランダムにペアをつくるため会場を宇宙空間にみたてて、生徒らをゆっくり移動させ、手を叩いた合図で生徒らに一番近い人とペアにさせた。友達同士で固まりがちだった生徒は全体的にいろんな人とペアになり、シリア人とトルコ人混合のペアも多くできた。最初は間違っても、なかなか自分の声をだせなかった生徒も、ペアに背中を押されて「間違えた・・」というと、全員がその子の方を向いて「間違えたの!よかったね!」と拍手喝采で賞賛する。すると、不安そうな顔をしていた生徒が笑顔になっていく。拍手喝采を受けたくて、わざと間違える生徒も出てきたが、みんなでそれを身体全体と大きな声をつかって表現することで、どの生徒も徐々に声をだしたり、体で感情を表現したりできるようになった。』
活動4のThank you Gameでは、参加者は円になり、そのうちの一人が円の前で、何かポーズをつくる。そして、そのポーズに参加者が加わりポーズを完成させる。最初のポーズを作った人は、後からポーズを追加してくれた人に「ありがとう」と言って交代する。ポーズを追加した人は、ポーズを作り、また円から参加者が一人そのポーズに加わり完成させていく。
『円になって最初に、トルコ人男子生徒がポーズを決めた。そして、別のトルコ人男子生徒がポーズを足した。意味がとらえにくいポーズも、誰かがポーズを追加することで意味が生まれてくることが面白くて、生徒たちは夢中になって参加した。最初は一部の男子生徒が場を占領してしまったが、ファシリテーターが女子生徒にも参加するよう促していくと、男女関係なく参加するようになった。生徒のアイデアは豊かで、完成されたポーズに「わぁ!すごい!」「その発想私にはなかった!」「かっこいい!」と賞賛の声が全体から生まれてきた。全く意味不明なポーズも誰かによって意味が加わる。トルコ人とシリア人の垣根はなく、男女の垣根もなく、誰もが参加するようになった。最初は、ひとりがポーズを決めてもうひとりが加えて完成させるというルールだったが、徐々に複数の生徒がポーズを追加するようになり、ストーリーを作り始めた。たとえば、写真は、私がとったポーズに、トルコ人生徒が花を渡すポーズを加えた。それを、シリア人生徒はカメラをもったポーズをいれた。この活動にシリア人もトルコ人も関係なく全員が参加していた。生徒たちはよく笑い、お互いがトルコ語で(時にアラビア語で)「今の面白かった」「いいね!」「すごい」「考えつかなかったよ」と言い合っていた。』
活動3と4でも、トルコ人・シリア人関係なく全員が遊びに参加し、共に笑い、関わっていた。共通することとして、少なくとも次の2つがわかる。ひとつは、誰かのアクションに対して、必ず誰かが反応をしていたことである。どの遊びも相手がいてこそ成り立つもので、お互いがその遊びを成り立たせるために何らかの形で参加(貢献)していた。それによって、遊びが成り立っていた。2つめは、多様であることが、笑いやおもしろさとなったことである。うまくいくことだけではなく、うまくいかないことが笑いになる、意外な発想が驚きになっていた。間違いや意味のわからないポーズをみんなで笑ったり、誰かのアクションが意味を生み出したりすることを生徒たちは楽しんでいた。
上述した活動で午前が終わり、ランチタイムとなった。ランチタイムでは、同じテーブルにトルコ人とシリア人の生徒が一緒に座って食事をしていた。食事は、保護者が作ったもので、トルコ料理とシリア料理の両方がお皿にあり、お互い料理を紹介したりしながら食事をしていた。食事を終えた男子生徒たちはクッションボールでサッカーをはじめ、トルコ人シリア人関係なく一緒に遊んでいた。
5. 3. 関わりが絶たれる
午後は、活動6のレゴブロックを活用したシリアスプレイを実施した。トルコ人とシリア人の混合グループをつくり、各グループに1人はトルコ語での会話の補助ができる生徒を配置した。各テーブルには、レゴブロックをおき、ファシリテーターの質問に対して、生徒らは各々にレゴブロックを使って自分の考えを表現した。
『活動がはじまると、ほとんどの生徒がレゴをつくることに集中し沈黙の時間となってしまった。ファシリテーターは、「私の強みは何ですか?」「好きなものは何ですか?」「将来どのような町にすみたいですか」といった質問を生徒に投げかけ、レゴで表現させる。しかし、生徒同士での会話が始まらない。生徒らは自分が作ったものを、「見て!」「聞いて!」と言ってファシリテーターのところに持っていく。(中略)ファシリテーターは、グループの友達に作ったものについて話してあげて、と言いグループに戻す。ところが、話したがっていた生徒も、相手がレゴづくりに集中して話し手の方を向いてくれなかったり、言葉の問題でうまくコミュニケーションが取れなかったりして、途中で話そうとするのをやめてしまった。(中略)私は一人ぼっちでいたシリア人生徒を見て、アラビア語で「あなたの強みは?」と聞いた。その子は「ない」と答えた。なんでもいいんだよ、と聞いても「(そんなの)わからない」「知らない」と言い、下を向いたままただレゴを触っていた。しばらくすると、どのグループでも会話がなくなってしまった。会話はなく活動を続けることができなかった。』
活動6において、生徒らの関係を絶ってしまったものとして少なくとも次の2つが言える。ひとつは言語である。活動2−5と異なり、活動6の活動には言語的要素が必要であった。相手にうまく伝えられない、相手もレゴ遊びに集中して話し手に関心を向けてくれないことから、生徒同士は関わることをやめてしまった。トルコ人生徒もグループで自分が作った作品をトルコ語で説明しても、相手がわかっているのか、わかっていないのか判断できず、結局、話を聞いてくれるトルコ人の友達やファシリテーターのところに集まってしまった。もうひとつは、グループ活動の経験である。NGO Xの職員によると、シリア人生徒はグループ活動をほとんど経験したことがない。そのため、自分の考えをグループで発表したり、相手の考えに対して質問したりすることに困難を感じていた。
活動7では、交換ゲームを行なった。交換ゲームは、「私がほしいもの」と「私が貢献できること」を紙のコインの両面にそれぞれ書いて、相手がほしいものを実現するために、自分は何ができるかを考えるゲームである。活動7でも、言語的要素が必要となることから、活動6と同様に会話には発展しなかった。加えて、「私がほしいもの」と「私が貢献できること」が書けないシリア人生徒もいた。活動6と同様に、彼らにとって、このようなグループ活動のルールや進め方に慣れていなかったと考えられる。
活動7の段階で本日のプログラムは終了予定だったが、活動6と7で、午前の活動で見られた生徒間の関わりが絶たれてしまったため、最後に、日本語(カタカナ)で名前を書くという活動8を急遽、筆者が行った。生徒らにとって、全員が日本語に触れるのがはじめてであり、お互い教えあったり、助け合ったりしながら、各々が自分の名前をカタカナで書いた。
生徒らは、本活動の感想を一人1枚ずつ付箋紙に書いて解散した。付箋紙の内容を分類したところ表4に示すように、経験に関する記述と関わりに関する記述であった。この記述からも、本活動が社会的結束の機会となったことがわかる。
表3:生徒が書いた付箋紙の内容
経験に関する記述 | 関わりに関する記述 |
---|---|
|
|
本研究では、NGO Xの社会的結束の活動を事例として、社会的結束の促進要因と阻害要因を分析した。その結果、遊びが社会的結束として機能するには、次の2つの側面を考慮してデザインする必要があることがわかった。
- (1)オーディエンスとしてパフォーマンスすることが社会的結束の鍵概念
社会的なつながりを生む鍵は、言語的要素と、遊び(パフォーマンス)におけるオーディエンスとしての役割、があることがわかった。
生徒らは、遊びを通して、他者と機能的な関係を構築しながら協働する中で情動的に発達していた。発達心理学者のロイス・ホルツマンは、これを「情動的発達ゾーン」という概念で示している(ホルツマン 2014、 p。ix、 ホルツマン 2020,p.118)。生徒らは、遊びを通して関わり、共に創造することを楽しみながら、関係を構築し、それと同時に自分たちのやりたいことを想像/創造し、集団的に達成していた。ホルツマンの言葉でいうならば、生徒らは「グループ作りのプロセスに参加することによって成長がもたらされ、そのなかで人は生き生きとなれることを実感する」経験をしていた(Holzman 2016:茂呂訳 2018, p.54)。
それを可能としたのは身体を中心とした活動であった。活動2、3、4の活動は身体的活動が中心で、言語的要素が少なく、誰もが簡単に参加できるパフォーマンスゲームであった。言語的要素が少ない活動において児童は「参加しやすい」だけではなく、「オーディエンスになりやすく」なっていた。
オーディエンスとは、演劇の言葉でいう観衆を意味する。本実践においては、生徒らが何か行ったり、見せたり、行為することに対して、まわりが良い観衆、すなわち、オーディエンスになれることが、関係性構築の条件であった。参加者がオーディエンスとして振る舞えると、誰もが参加しやすい環境が生まれていた
一方、活動1、5、6は言語に頼るところがあったためか、全員がオーディエンスとして振る舞えなかった。そのため、参加者の関心が多方面に向かい、一体感のある活動とならなかった。身を乗り出して聞く、話す、関わろうとするオーディエンスになることによって、全体としての一体感を生み出すだけではなく、参加者全員が、一歩前へ足を出しやすい環境を生みだしていた。特にシリア人生徒の行動と関わり方に顕著な変化がみられた。
パフォーマンスにおける言語構造と言語による権力関係が生じることもわかった。言語的要素が多い活動1と5、6では、生徒は他の生徒に意識を向けていなかった。代わりに、母国語で話ができるファシリテーターの大人または手元にある道具(レゴブロック)に関心が向いて一人の世界に入っていた。この状態では、オーディエンスとしてのパフォーマンスは生まれず、一体感がなくなってしまった。
- (2)シリア人生徒を取り巻く環境における資源の不足
活動1、5、6では、シリア人生徒は、グループで活動したり、自分の意見を全体に向けて話をしたり、他の人の話を聞いたりすることがなかなかできなかった。これはシリア人生徒の問題というよりむしろ、彼らがそういった経験をする場が制限されていると考えられる。シリア人生徒の多くは、学校と家庭で多くの時間を過ごす。学校は2シフト制であり、午前(または午後)の授業がおわればすぐに教室を出なくてはならない(次シフトの生徒が教室を使うから)ため学校で遊ぶことはほとんどない(学校は勉強する場としてある)。家庭においても、経済的余裕のあるシリア人家族は多くなく、交通費の支出も生活に影響があるため遊びに出かけることは多くない。近くの公園で遊ぶこともあるが、ホストコミュニティとの軋轢が強い地域では、多くのシリア人生徒は家でインターネットやテレビを見て過ごす。そういう環境におかれる生徒は、協働的に学んだり、問題解決したり、ルールを作りながら一緒に遊んだりする経験があまりない。このような活動を通して、シリア生徒の生活空間における資源が制限されていることが明らかになった。
社会的結束は、分断が起こる社会につながりをつくるための重要な取り組みである。一方で、単に人と人をつなげるだけではそれは実現しない。両者が共生に向けて関われるようになるには、両者が「オーディエンスとして参加すること」が鍵となることを本稿では示した。これは、社会的結束の分析の視点となる。また、難民など社会的脆弱な立場にいる者は、文化や言語の違いだけではなく、彼らを取り巻く環境における資源不足によっても分断されがちであることが示された。本事例では、活動の中で、シリア人生徒が直面した困難として、話すことがない、話したいことがない、一緒に遊ぶためのルール理解に時間がかかる、ファシリテーターなど特定の大人にしか助けを求められないなどが明らかになった。
今後の研究の方向性として「オーディエンスとして参加できること」を分析の視点として社会的結束の調査を行う。社会的結束に関しては、そのための指標などもあるが、定性的な調査によって、トルコ人とシリア人生徒の関係構築やシリア人生徒の社会的活動への参加を阻害する社会的要因もさらに探っていく。
付記:本稿は、2018年の日本質的心理学会のポスター発表「関係性を変えるための遊び 難民の社会参画を促す発達の場のデザイン」(岸磨貴子・青山征彦)に大幅に加筆したものである。
参考文献
- Council of Europe (2010) New Strategy and Council of Europe Action Plan for Social Cohesion. https://www.coe.int/t/dg3/socialpolicies/socialcohesiondev/source/2010Strategy_ActionPlan_SocialCohesion.pdf (2021年10月31日閲覧)
- ガラーウィンジ山本 香(2019)シリア難民が営む学校教育の役割―トルコ都市部において難民の主体性が創出する価値―、国際開発学会27巻1号、p.77-92
- IOM(2017) “Integration and Social Cohesion: Key Elements for Reaping the Benefits of Migration.” Global Thematic Paper. Integration and Social Cohesion. https://www.iom.int/sites/default/files/our_work/ODG/GCM/IOM-Thematic-Paper-Integration-and-Social-Cohesion.pdf (2021年10月31日閲覧)
- Lois Holzman(著)茂呂雄二(訳)(2014)遊ぶヴィゴツキー: 生成の心理学へ, 新曜社
- Lois Holzman(著)岸磨貴子・石田喜美・茂呂雄二(編訳)(2020)「知らない」のパフォーマンスが未来を創る―知識偏重社会への警鐘, ナカニシヤ出版
- Murat, M. E. (2014). Syrians in Turkey: Social Acceptance and Integration, Hacettepe University, Migration and Politics Research Center-HUGO http://fs.hacettepe.edu.tr/hugo/dosyalar/TurkiyedekiSuriyeliler-Syrians%20in%20Turkey-Rapor-TR-EN-19022015.pdf
- 高山由美子,佐藤真江(2018).トルコ国シリア難民支援における福祉行政の現状に関する考察──社会サービスセンターの活動を事例に──ルーテル学院研究紀要,51, 95-105.
- UNHCR(2018). Syria Regional Refugee Response. https://data2.unhcr.org/en/situations/syria (2021年10月14日)
- 山本剛(2016). 難民支援に関する一考察──トルコにおけるシリア難民支援を事例として──, 早稲田大学大学院社会科学研究科ソシオサイエンス, 22, 17-35.
岸磨貴子
明治大学
岸磨貴子(きし まきこ)。
明治大学国際日本学部准教授。教育工学専門。研究テーマは「多様性をつなげる教育、多様性がつながる学習環境デザイン」。国内では、学校教育において総合的な学習の時間をはじめ「探究学習」を研究対象とし、インプロなどパフォーマンスを軸とした協働的な学びのための教育プログラムや教材を開発している。国外では、中東(シリア、パレスチナ、トルコ)を中心に、難民など社会的に脆弱な立場におかれる子どもを含む誰もが個性や経験、強みなど多様性を発揮し共に発達していけるような場のデザインについての実践および研究を行なっている。