第29回 JAMCOオンライン国際シンポジウム
2021年1月~2021年3月
教育支援のための放送や新しいメディアの可能性~コロナ危機の中で~
コロナ禍における学校教育への支援とICT活用
はじめに
歴史上、世界を揺るがせた大きな感染症としては1918年のスペイン風邪をあげることができる。全世界で5億人以上が感染し、5000万人以上の死者が出たとされている。新型コロナウィルスの感染者数は、現在(2020年11月) 4600万人を越え、死者は120万人に達した。スペイン風邪との差は、人類がこの100年の間に入手した知識と医療技術の発達のたまものといえよう。しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大により、わたしたちは未曾有の危機に直面していることは現実であり、しっかりとして受けとめなければならない。世界では感染の二波、三波が襲い、その勢いは衰えるところを知らない。
経済活動は停滞し、世界では16億人の子どもたちが従来の教育を受けることが出来ない状況におかれている。ほとんどの国において学校は閉鎖され、子どもたちは家庭で学習をせざるを得ない。ワクチンがまだ開発されていない現状では、新型コロナウィルスの感染拡大の中で、三密を避け、手洗いを敢行し、ウィルスに感染しない生活習慣を身につけることが求められる。学びを止めないために、従来の対面に変わる授業の方法を取り入れ、さまざまなメディアを活用したオルタナティブな学びと従来の学びのハイブリッドな取り組みを模索していく必要がある。本稿では、筆者の体験をもとにコロナ禍での教育をどのように実践していくことが有効なのか、日本と途上国の状況を鑑みながら検討を加えていきたい。
日本の教育への取り組みと課題
まず、日本の学校教育ではどのような取り組みがされているのかを検討する。日本では新型コロナウィルス感染対策のため、3月はじめより全国の学校が休校になり、子どもたちは家庭で過ごすことになった。子どもが長期に学校に行けなくなることで、生活のリズムがあれたり、学習機会が不足したりするなど、さまざまな点が心配された。休校中はオンライン授業などが期待されたが、日本の学校のICT活用は先進国のなかでは遅れているため、一部の私立学校など先進的な所を除き、ほとんどの初等・中等教育においては、教科書や教材を活用した家庭学習に留まっていた。学校のなかには、学校ホームページを利用して、学年・学級ごとの連絡事項やその日の教科ごとの課題を家庭と連絡を取り合ったりしたところもあるが、多くの学校ではプリントを配布し、子どもたちは家庭で課題に取り組むことが課せられた。
PISA2018の調査1によると日本は学校の授業におけるICTの利用時間が短く、「教室の授業でデジタル機器を使う時間の国際比較」では、1週間のうち、教室の授業でデジタル機器をほとんど利用しないという回答が83。0%もあった。学校にはパソコン教室などにノート型パソコンは配備されているものの、普段の授業ではほとんど使われていないことがわかる。つまり、日本の学校では授業でICTを活用してこなかったため、コロナ禍だからといって直ぐにICTの活用に舵を切ることには無理があったのである。 文部科学省が休校中の家庭学習の取り組み状況について調査2した結果、すべての学校で、「教科書や紙の教材を活用した家庭学習」に取り組んだが、「テレビ放送の活用、授業動画の活用、デジタル教科書などの活用」は10~20%台、「同時双方向型のオンライン指導」は5%でしかなかった。
ICT環境が整備され日常的にICTを活用してきた学校は、コロナ禍でもそれほど問題はなく家庭学習に取り組むことができたが、これまでICTをほとんど活用してこなかった学校では電話やプリント教材などで対応しただけであった。通常の授業でインターネットを利用した学習を取り入れたり、デジタル教材を使った学習を取り入れたりしていない学校が、突然オンライン授業を実施するというわけにはいかない。オンライン授業をするためには、テレビ会議システムなどを使って授業をしたことのある教師がまずいなければならない。そして、パソコンがネットに接続できる家庭環境が整っていなければならない。しかし、そのような環境にある生徒は少ない。生徒に同じ環境を用意できなければ、学びに格差が生じるため、学校としては二の足を踏んでしまう。それを避けるには、家庭学習用にWi-Fiルーターを貸し出したり、ICT技術者を確保したりすることが必要になるが、直ぐに対応できるわけではない。
文科省は、一人一台端末と高速大容量の通信ネットワークGIGAスクール構想を前倒しで実現するために積極的に取り組んでいる。新型コロナウィルスの感染拡大により、この構想を前倒しに実現しようと補正予算を組んだ。途上国においても、ICT環境の整備が求められるが、機材の整備に時間がかかるだけでなく、機材を導入したからといってうまく機能するわけではない。それぞれの国の社会・文化・歴史的な状況を考慮し、検討する必要があるだろう。
*1 https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2018/06_supple.pdf
*2 https://www.mext.go.jp/content/20200717-mxt_kouhou01-000004520_1.pdf
コロナ禍での途上国との教育協力の取り組み
コロナ禍における日本の教育事情はどの程度、途上国での教育と関係づけられるのだろうか。筆者は、これまで年に数ヶ月途上国を訪問して、教育協力の活動を行ってきた。子ども中心の教育に関するワークショップを実施したり、ICTの授業での活用について研修を行ったりしてきた。しかし、新型コロナウィルスの感染が広がり、途上国を訪問できない状況が続いているため、テレビ会議を活用した研修にならざるを得ない。インターネットを使ってどのような教育協力ができるのか、途上国の研究者・実践者と密に連絡を取りながら、途上国に対する支援の可能性を探っている。これまで、バングラデシュ、フィリピン、カンボジア、マレーシアなどにおいて教育協力を行ってきたので、それらの国での活動を紹介し、コロナ禍での教育支援はどうあるべきか、検討を加えたい。
筆者の体験をもとにコロナ禍における途上国への支援について説明をした。大学教育は、インターネットを使った授業を主に展開しているが、一部の私立学校を除き初等・中等教育ではプリントや教科書を使った家庭学習が主流であるといえる。急激な社会変化が起きた場合でも、学校は子どもたちの学びを止めないように努力するが、ネットへの接続や端末の用意などはすぐに実施できないため、問題解決は容易ではない。当面は、既存の学習リソースをどのように有効活用できるか、途上国の状況にあったICTを活用して教育を継続していくことである。途上国におけるICT活用にどのような可能性があるか、筆者の体験をもとに検討を加えていく。
コロナ禍にける教育支援の方向について検討をしたが、現状ではどうしても学びから取り残される多くの子どもたちが存在する。日本からいくら教育支援を行ってもそれは限定的なものにならざるをえない。ポストコロナ時代に向けて、日本から機器や教材などを届けるだけではなく、新しい協同のスタイルが求められているのではないだろうか。
日本でも学校教育においてICTの活用は十分ではなかったが、新型コロナウィルスの感染拡大で、多くの教師はインターネットの重要性を認識するようになってきた。とくに、場所に限定されることなくコミュニケーションをとることができるので、新しい学びの可能性を示唆している。テレビ会議の利用は飛躍的に増大し、国内だけでなく海外と協同してイベントも柔軟に開催できることを改めて認識した教育関係者は多い。日本と途上国とのテレビ会議は増えてきた。日本と途上国の子どもがネット上で発表するイベントや協同で動画を作成する活動など、身近にあるICT端末を活用して交流することのハードルは下がってきた。
ICTを効果的に活用するには、教師間の協同が求められる。本シンポジウムの発表者である米国のKimuraやフィリピンのPitaganは長年、教員向けの研修やセミナーを継続的に実施してきた方々である。コロナ禍の危機的状況のなかで、彼らが中心となって組織したICT活用の実践コミュニティは、自律的に活動しようとする教師の有益な情報源になっている。 機材や教材の供与などの教育支援は重要であるが、それぞれの国のリーダーが教師コミュニティを組織し、日本との連携を図ることでグローバルな観点から取り組むことができるようになる。コロナ禍は私たちにとってピンチではあるが、これをチャンスととらえ、ICTを積極的に導入し、子どもたちが世界的な課題に関心を持ち、自律的な取り組みをするようになることを期待する。
歴史上、世界を揺るがせた大きな感染症としては1918年のスペイン風邪をあげることができる。全世界で5億人以上が感染し、5000万人以上の死者が出たとされている。新型コロナウィルスの感染者数は、現在(2020年11月) 4600万人を越え、死者は120万人に達した。スペイン風邪との差は、人類がこの100年の間に入手した知識と医療技術の発達のたまものといえよう。しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大により、わたしたちは未曾有の危機に直面していることは現実であり、しっかりとして受けとめなければならない。世界では感染の二波、三波が襲い、その勢いは衰えるところを知らない。
経済活動は停滞し、世界では16億人の子どもたちが従来の教育を受けることが出来ない状況におかれている。ほとんどの国において学校は閉鎖され、子どもたちは家庭で学習をせざるを得ない。ワクチンがまだ開発されていない現状では、新型コロナウィルスの感染拡大の中で、三密を避け、手洗いを敢行し、ウィルスに感染しない生活習慣を身につけることが求められる。学びを止めないために、従来の対面に変わる授業の方法を取り入れ、さまざまなメディアを活用したオルタナティブな学びと従来の学びのハイブリッドな取り組みを模索していく必要がある。本稿では、筆者の体験をもとにコロナ禍での教育をどのように実践していくことが有効なのか、日本と途上国の状況を鑑みながら検討を加えていきたい。
日本の教育への取り組みと課題
まず、日本の学校教育ではどのような取り組みがされているのかを検討する。日本では新型コロナウィルス感染対策のため、3月はじめより全国の学校が休校になり、子どもたちは家庭で過ごすことになった。子どもが長期に学校に行けなくなることで、生活のリズムがあれたり、学習機会が不足したりするなど、さまざまな点が心配された。休校中はオンライン授業などが期待されたが、日本の学校のICT活用は先進国のなかでは遅れているため、一部の私立学校など先進的な所を除き、ほとんどの初等・中等教育においては、教科書や教材を活用した家庭学習に留まっていた。学校のなかには、学校ホームページを利用して、学年・学級ごとの連絡事項やその日の教科ごとの課題を家庭と連絡を取り合ったりしたところもあるが、多くの学校ではプリントを配布し、子どもたちは家庭で課題に取り組むことが課せられた。
PISA2018の調査1によると日本は学校の授業におけるICTの利用時間が短く、「教室の授業でデジタル機器を使う時間の国際比較」では、1週間のうち、教室の授業でデジタル機器をほとんど利用しないという回答が83。0%もあった。学校にはパソコン教室などにノート型パソコンは配備されているものの、普段の授業ではほとんど使われていないことがわかる。つまり、日本の学校では授業でICTを活用してこなかったため、コロナ禍だからといって直ぐにICTの活用に舵を切ることには無理があったのである。 文部科学省が休校中の家庭学習の取り組み状況について調査2した結果、すべての学校で、「教科書や紙の教材を活用した家庭学習」に取り組んだが、「テレビ放送の活用、授業動画の活用、デジタル教科書などの活用」は10~20%台、「同時双方向型のオンライン指導」は5%でしかなかった。
ICT環境が整備され日常的にICTを活用してきた学校は、コロナ禍でもそれほど問題はなく家庭学習に取り組むことができたが、これまでICTをほとんど活用してこなかった学校では電話やプリント教材などで対応しただけであった。通常の授業でインターネットを利用した学習を取り入れたり、デジタル教材を使った学習を取り入れたりしていない学校が、突然オンライン授業を実施するというわけにはいかない。オンライン授業をするためには、テレビ会議システムなどを使って授業をしたことのある教師がまずいなければならない。そして、パソコンがネットに接続できる家庭環境が整っていなければならない。しかし、そのような環境にある生徒は少ない。生徒に同じ環境を用意できなければ、学びに格差が生じるため、学校としては二の足を踏んでしまう。それを避けるには、家庭学習用にWi-Fiルーターを貸し出したり、ICT技術者を確保したりすることが必要になるが、直ぐに対応できるわけではない。
文科省は、一人一台端末と高速大容量の通信ネットワークGIGAスクール構想を前倒しで実現するために積極的に取り組んでいる。新型コロナウィルスの感染拡大により、この構想を前倒しに実現しようと補正予算を組んだ。途上国においても、ICT環境の整備が求められるが、機材の整備に時間がかかるだけでなく、機材を導入したからといってうまく機能するわけではない。それぞれの国の社会・文化・歴史的な状況を考慮し、検討する必要があるだろう。
*1 https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2018/06_supple.pdf
*2 https://www.mext.go.jp/content/20200717-mxt_kouhou01-000004520_1.pdf
コロナ禍での途上国との教育協力の取り組み
コロナ禍における日本の教育事情はどの程度、途上国での教育と関係づけられるのだろうか。筆者は、これまで年に数ヶ月途上国を訪問して、教育協力の活動を行ってきた。子ども中心の教育に関するワークショップを実施したり、ICTの授業での活用について研修を行ったりしてきた。しかし、新型コロナウィルスの感染が広がり、途上国を訪問できない状況が続いているため、テレビ会議を活用した研修にならざるを得ない。インターネットを使ってどのような教育協力ができるのか、途上国の研究者・実践者と密に連絡を取りながら、途上国に対する支援の可能性を探っている。これまで、バングラデシュ、フィリピン、カンボジア、マレーシアなどにおいて教育協力を行ってきたので、それらの国での活動を紹介し、コロナ禍での教育支援はどうあるべきか、検討を加えたい。
- (1)バングラデシュ
バングラデシュではJICAの草の根プロジェクトの枠組みを活用し、2017年から2019年の2年間、ダッカ市内のNGO学校の支援を行ってきた。NGO学校とは、NGOにより運営されている貧困層の子どもを対象にした学校である。思考力を育成するための授業をするための研修をeラーニングや対面で行ってきた。学校の設備は十分ではなかったので、教師にはインターネットにアクセスができるタブレットを支給して研修を行い、成果を上げてきた。しかし3月下旬から教育機関は閉鎖されてしまった。
2021年にはプロジェクトを再開しようと準備をしていたが、コロナ禍で日本からスタッフを派遣することができず、プロジェクトは頓挫してしまった。それでも支援の可能性を探るために、試験的にeラーニング教材を配信したり、ビデオ会議システムZOOMを使った遠隔研修を実施したりした。しかし、3月以来学校は閉鎖され、給与も十分に支払われないため転職をした教師もいる中では、落ち着いて研修に取り組む状況にない。 - (2)フィリピン
フィリピンへの教育支援は、 1980年に海外ボランティアとして配属されて以来関わってきた。最近ではミンダナオ島にある児童養護施設とその近隣の学校の支援を行っている。ICTを授業で活用するために必要な知識や技能をサポートする研修を実施したりした。本年もコロナ禍が心配されるなか3月はじめにミンダナオ島を訪問したが、外国人からのウイルス感染の危惧があったため学校は訪問することができなかった。
フィリピンでは地方でのインターネット環境が十分でないため、ネット利用者は半数以下に留まっている。休校中は学校からプリントによる課題が出され、家庭で子どもたちが学習するという方法が主にとられている。しかし、プリントを印刷するにも費用がかかるため、生徒全員分のプリントを準備することにも難しいときがある。都市部の私立学校では、オンライン授業が実施されているが、経済格差がそのまま教育格差につながる状況でもある。 - (3)カンボジア
カンボジアでは教員養成校での教育支援を2018年から実施してきた。日本の3大学の学生が参加し、英語教育にアクティブラーニングを導入するワークショップを半年に1度行い、今年も2月にはカンボジアを訪問し活動をしてきた。その時は、まだ学校は休校になっていなかったが、新型コロナウイルスの感染が心配されていた。
この活動は、文科省のEDU-Portニッポン(日本型教育の海外展開推進事業)の一環として行われ、デジタルコンテンツを活用したり、アクティブラーニングの研修をしたりした。コロナ禍で学校は休校になったが、テレビ会議システムを利用し、英語での合同発表を日本の学生と協力し合いながら、定期的に実施している。この教員養成校のように都市部にある学校はインターネットやデジタルコンテンツを利用して学ぶことはできるが、地方の学校の多くはインターネットに接続できないだけでなく、電気がきていないところも多く、プリント教材が中心となって家庭学習を行っている。 - (4)マレーシア
マレーシアに派遣中のJICA専門家の依頼で、マレーシア工科大学とサバ大学の教師向けの「オンラインによる授業デザイン」に関する研修を8、9月にオンラインで行った。マレーシアの大学でも休校になり、大学からの十分な支援がないままにオンライン授業をはじめなければならなくなった。多くの大学生はパソコンを所有しているが、地方に帰省した学生にとってネットへの接続にはトラブルが多かった。筆者が行った教員向け研修では、オンラインのみの授業をどのように設計するべきかインストラクショナル・デザインのモデルを紹介した。しかし、教師の多くはこれまでオンライン授業をした経験がなく、学生とのコミュニケーションもうまくいかず、戸惑っている。今後は、対面とオンラインとのハイブリッドな授業を展開していくことが予定されているが、効果的にオンライン授業をどう実施していくべきか、教員は不安を抱えている。
筆者の体験をもとにコロナ禍における途上国への支援について説明をした。大学教育は、インターネットを使った授業を主に展開しているが、一部の私立学校を除き初等・中等教育ではプリントや教科書を使った家庭学習が主流であるといえる。急激な社会変化が起きた場合でも、学校は子どもたちの学びを止めないように努力するが、ネットへの接続や端末の用意などはすぐに実施できないため、問題解決は容易ではない。当面は、既存の学習リソースをどのように有効活用できるか、途上国の状況にあったICTを活用して教育を継続していくことである。途上国におけるICT活用にどのような可能性があるか、筆者の体験をもとに検討を加えていく。
- (1)ラジオ・テレビなどのマスメディアを活用する。
途上国ではインターネットが全国的に十分に普及していないため、ネット利用よりもラジオ・テレビなどのマスメディアの利用を考える。日本でもNHK教育で学校向けの番組を配信しているが、近年、途上国でも現地の言葉で教育番組をラジオ・テレビで配信している。ラジオ・テレビは一方向の情報の流れではあるが、教師とのコミュニケーションを工夫することで効果を高めることができる。 - (2)インターネットへの接続状況を把握する。
大学教育において、同時双方向型のオンライン授業は難しいところもあるが、インターネットの活用は、途上国においても有効である。とくに、英語を使うことができれば、MOOCなど無料で利用できる学習リソースやYouTubeなどの映像教材も有効に活用することができる。多くの学生はスマホを所有しているので、スマホを活用したオンライン授業には多くの学生が参加できる。 - (3)教育コンテンツをわかりやすく提示する。
インターネット上の膨大な学習リソースにアクセスできるが、学習者はそれらをどのように活用できるか混乱する。教師は、膨大な教材を分類し、どの順番で学習するべきか、アドバイスすることが求められる。ネット上の教材はそのままでは使いにくいが、わかりやすく配置することで効率的に学習を促すことができる。 - (4)スマートフォンは有効な学習ツールである
ノートパソコンを所有している人は多くないが、スマートフォンは多くの人が日常的に利用している。スマホを学習に利用することは、コロナ禍での学習に有効に機能している。ウェブ上の情報を受け取るだけでなく、課題の提出なども行える。加えて、動画を撮影したり、グループでの話し合いをしたり、アクティブラーニングにも有効である。 - (5)自律的な学習者を育てる
コロナ禍では直接的な接触はなるべく避け、家庭学習が中心となるため、教師や友人とのコミュニケーションも十分とれなくなる。学習者は、学習計画を立て、自律的に取り組むことが求められる。従来の学校での暗記暗唱型の学びではなく、自ら問題を見つけ、計画を立てて解決に取り組むことができる力が求められる。
コロナ禍にける教育支援の方向について検討をしたが、現状ではどうしても学びから取り残される多くの子どもたちが存在する。日本からいくら教育支援を行ってもそれは限定的なものにならざるをえない。ポストコロナ時代に向けて、日本から機器や教材などを届けるだけではなく、新しい協同のスタイルが求められているのではないだろうか。
日本でも学校教育においてICTの活用は十分ではなかったが、新型コロナウィルスの感染拡大で、多くの教師はインターネットの重要性を認識するようになってきた。とくに、場所に限定されることなくコミュニケーションをとることができるので、新しい学びの可能性を示唆している。テレビ会議の利用は飛躍的に増大し、国内だけでなく海外と協同してイベントも柔軟に開催できることを改めて認識した教育関係者は多い。日本と途上国とのテレビ会議は増えてきた。日本と途上国の子どもがネット上で発表するイベントや協同で動画を作成する活動など、身近にあるICT端末を活用して交流することのハードルは下がってきた。
ICTを効果的に活用するには、教師間の協同が求められる。本シンポジウムの発表者である米国のKimuraやフィリピンのPitaganは長年、教員向けの研修やセミナーを継続的に実施してきた方々である。コロナ禍の危機的状況のなかで、彼らが中心となって組織したICT活用の実践コミュニティは、自律的に活動しようとする教師の有益な情報源になっている。 機材や教材の供与などの教育支援は重要であるが、それぞれの国のリーダーが教師コミュニティを組織し、日本との連携を図ることでグローバルな観点から取り組むことができるようになる。コロナ禍は私たちにとってピンチではあるが、これをチャンスととらえ、ICTを積極的に導入し、子どもたちが世界的な課題に関心を持ち、自律的な取り組みをするようになることを期待する。
久保田賢一
関西大学 名誉教授
大阪経済法科大学 客員教授
NPO法人 学習創造フォーラム 代表
経歴:
米国インディアナ大学大学院教育システム工学専攻終了。PH.D.(Instructional Systems Technology)、高校教員、青年海外協力隊員、国際協力専門家、関西大学教授、英国レディング大学客員研究員、米国ハワイ大学客員教授など歴任。
専門:国際教育開発、開発コミュニケーション、学習環境デザイン
主な著書:
「ジェンダー・開発・NGO」(共訳、新評論、1997年)
「開発コミュニケーション:地球市民によるグローバルネットワークづくり」(明石書店、1999年)
「構成主義パラダイムと学習環境デザイン」(関西大学出版、2003年)
「参加型開発:貧しい人々が主役になる開発に向けて」(共著、日本評論社、2003年)
「国際協力論を学ぶ人のために」(共著、世界思想社、2005年、新版2016年)
「ライフワークとしての国際ボランティア」(明石書店、2005年)
「日本の教育をどうデザインするか」(共著、東信堂、2016年)
「大学のゼミから広がるキャリア:構成主義に基づく「自分探し」の学習環境デザイン」(北大路書房、2020年)