第26回 JAMCOオンライン国際シンポジウム
2017年12月~ 2018年6月
テレビのインターネットへの取組み―各国の事情と課題―
「放送局」から「メディア」へ
~OTT展開に邁進するアメリカのテレビ局~
<はじめに>
アメリカは世界でもっとも多様な放送が展開されている国だといえる。ラジオ・テレビの放送に加えて、ケーブルテレビや衛星放送が全土に浸透する多チャンネル社会であったが、連邦通信法を改正した「1996年電気通信法」(以下、1996年法)が成立して放送と通信の垣根が事実上なくなったことで、インターネットの普及とともに、アメリカはコンテンツを視聴者に届けるための価格、サービス、利便性の高い伝送手段などをめぐる自由な競争が行われる世界最先端の市場となっている。
<インターネットの普及に伴うアメリカのメディア環境の変化>
1)インターネット上の映像コンテンツの氾濫
アメリカでは、インターネットを経由して提供される映像コンテンツ、ネットに特化した映像サービスやビジネス、新しい事業者が次々と誕生し、OTT(Over-The-Top)も急速に普及している。様々な動画を無料で視聴できるYouTubeをはじめ、SVOD(Subscription Video On Demand、有料の定額制ビデオオンデマンドサービス)のHuluやNetflix、Amazon Fire TVやApple TVなどのOTTサービスも急速に利用者を増やしている。FacebookやTwitter等のソーシャルメディア(以下、SNS)も、映像コンテンツの発信を行うようになった。
アメリカの放送局はこうしたプラットフォームにコンテンツを提供しているのはもちろん、インターネット向けにオリジナルの映像コンテンツの制作なども進めている。さらに最近では独自のOTTサービスを立ち上げる局も出始めるなど、インターネット展開の拡大と充実に取り組んでいる。
一方で、テレビと同じ土俵で競争することがなかった新聞や雑誌などの放送以外の業種のメディアも、インターネットで動画を配信するようになった。中にはビデオ・ジャーナリストが約60人在籍するワシントン・ポストなど(注1)、アメリカの地方放送局などよりも充実した映像取材体制を整備している新聞社もある。ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズといった老舗メディアだけでなく、新興のデジタルメディアも映像コンテンツの充実と発信経路の多面化を図っている。設立からまだ日が浅いVice MediaやCheddarは、クリップ動画の制作のみならず、ニュース番組やドキュメンタリーなどの制作も行っていて、テレビ局にも提供している。
映像コンテンツが氾濫し、次々と新しい事業者や配信の形態が登場しているインターネット上で、アメリカのテレビ局はテレビ視聴が中心だった時代よりさらに厳しい競争に直面しているといってよい。
2)視聴習慣の変化
調査会社Nielsenが2017年3月に発表したテレビ、ラジオ、パソコン、モバイルなど全メディアの視聴状況をまとめたTotal Audience Reportによると、ニュースコンテンツの消費状況についてメディア別ではテレビが減少傾向なのに対し、スマートフォンでの接触が2016年は2時間32分と前年の倍増との結果であった(注2)。また、非営利の調査機関Pew Research Centerが2017年6月に発表した調査結果(注3)では、ニュースをモバイル機器で接触するアメリカ人は、前年の72%から85%へと増加し、中でも65歳以上の高齢者では前年から24ポイント増の67%と大幅に増加した。50~64歳の年層でも79%と、2013年の水準と比べて倍増している。増加した要因として、スマートフォンなどのモバイル機器の所有が高齢者層で増えて新しい技術への適応が全ての年層で進んだことが指摘されている。アメリカでは、タブレットやスマートフォンなどテレビ以外の機器で映像コンテンツを視聴する習慣が若年層を中心に主流になりつつある。「いつでも、どこでも、好きなときに」視聴したいという視聴者ニーズが高まるにつれ、テレビのライブ視聴が減少する傾向が続いている。
3)コード・カッティング(“Cord Cutting”)
アメリカはケーブルテレビや衛星放送が全土に浸透している、世界でも有数の多チャンネル社会である。連邦通信委員会(Federal Communications Commission以下FCC)は全米世帯の約8割がケーブルテレビ、衛星放送やIPTVなどMVPD(Multichannel Video Programming Distributors)と呼ばれる有料の多チャンネルサービスに加入してテレビを視聴していると推計しているが、2013年以降、『コード・カッティング(Cord cutting)』と呼ばれる、ケーブルテレビなどの有料テレビを解約する動きが緩やかに進んでいる(注4)。『コード・カッティング』が進む背景には、若年層を中心にモバイル機器で映像コンテンツを視聴するスタイルが普及したことの影響が指摘されている。百を超える選択肢があっても人が日常的に視聴するチャンネル数は限られている上、有料テレビはセットトップボックス(Set Top Box)に接続したテレビ受信機でしかアクセスできない。このため、MVPD側も加入者がテレビ以外の機器で視聴できる“TV Everywhere”等、ブロードバンド網を活用したサービスなどにも力を入れてきたが、インターネットの映像サービスはケーブルや衛星と比べて価格も安く、しかも見たいものだけを選択できるという新たな選択肢は、消費者にとって魅力あるものだったといえよう。
『コード・カッティング』が進むにつれ、アメリカのMVPDの間では、ケーブル事業よりも収益が伸びているブロードバンド事業で顧客獲得を目指す動きが加速した。そして、百以上のチャンネルをパッケージ料金で提供する『バンドル(一括)契約』から『アラカルト契約』へと、ビジネスモデルも変化しつつある。2016年ごろからは『スキニー・バンドル(Skinny Bundle)』と呼ばれる従来のパッケージよりもチャンネル数を少なくした衛星放送Dish社の“Sling TV”や、DirecTVの“DirecTV Now”といった、OTTサービスの提供にも乗り出している。
全米ケーブル電気通信連盟(National Cable and Telecommunications Association, NCTA)は2016年、団体の名称に『The Internet and Television Association(インターネット&テレビ連盟)』を加えた。インターネットの普及がアメリカの有料テレビビジネスに及ぼした影響の大きさを象徴するとともに、ネット時代にふさわしい事業形態のあり方を模索する事業者の決意を反映したものだといえるだろう。
4)メディア企業のグループ化と垂直統合
アメリカでは、地上ネットワーク局など主な商業放送局や人気のケーブル専門チャンネルは大体メディア事業を多角的に展開する「メディア・コングロマリット(企業複合体)」の傘下にある。例えば地上ネットワーク局ABCは現在The Walt Disney Company(以下、Disney)の傘下にあり、NBC Universalはケーブルテレビ運営会社Comcast傘下、ケーブル専門のニュースチャンネルCNNはTime Warnerの傘下にあるという具合である。アメリカではこれまで、放送、映画や活字などコンテンツメディアの統合とグループ化が進んで、業界再編の動きはケーブルテレビや衛星放送などコンテンツの配信網を持つ企業間のシェア争いにブロードバンド網を持つ通信事業者が加わって、さらに合併や買収という段階を経てきた。大手通信事業者AT&Tが米国内で衛星放送トップだったDirecTVを買収したのに続き、2016年にはCNNなどを傘下に持つ大手メディア企業Time Warnerを854億ドル(約9兆4,000億円)で買収すると発表したことが象徴するように、アメリカではインターネット事業の主導権をめぐる業界再編の動きが、コンテンツの獲得競争と連動する形で本格化している。
<アメリカのテレビ局はどう向き合っているのか>
FCCのまとめによると、アメリカには2017年3月末現在で1,777のテレビ局があり、そのうち商業放送局が1,383局を占め、公共放送PBS加盟局などの非商業局は394ある。
これらの放送局はそれぞれが自社サイトの充実とインターネットによる情報発信の強化を図るとともに、インターネット上のプラットフォームにコンテンツを提供する『メディア』へと進化を遂げている。
ここからは、地上ネットワーク局、地上ローカル商業放送、公共放送、そしてMVPDに番組やチャンネルを供給しているケーブル・ネットワークと、アメリカの放送事業者の最近の主な取り組みについて見ていく。
1)地上ネットワーク局の取り組み
インターネット上で視聴可能な地上ネットワーク局のコンテンツは、かつてはテレビで放送したニュースやバラエティ、ドラマなどの娯楽系番組が中心だったが、最近では各局ともネットに特化したオリジナルコンテンツの開発と制作に力を入れている。モバイル機器などの視聴を意識して、360°カメラで撮影した映像やVR(Virtual Reality)、AR(Augmented Reality)など発展途上の技術を用いた若年層向けコンテンツの制作、NBCUによる“Snapchat”向けニュース番組などの事例に見られるように、テレビ以外のメディア機器での視聴に即したフォーマットや表現方法の模索を行っている。
インターネット展開をめぐり、地上ネットワーク局の意識の変化が見られたのは、2016年の米大統領選挙におけるニュース報道である。例えば米ABC Newsは、Facebookと提携してニュースの放送時間以外はFacebook Liveというライブ配信機能を活用して、選挙の節目のイベントを生で配信する試みを行った。これは期間限定の実験的な取り組みだったが、選挙報道でテレビ、自社サイトに加えて外部のプラットフォームも情報発信の要に据えた発想は、放送局の意識の変化を象徴するものだったといえるだろう。ABC Newsはさらに、最大8つのライブストリームを同時に視聴できるよう自社サイトのリニューアルを行い、iPhone, Android, Apple TV専用のアプリなどもリリースしている。こうしたことからも、テレビ離れが進む若年層をつかむためには、インターネット上の経路とコンテンツの選択肢の充実が不可欠だとの認識をアメリカの地上ネットワーク局が抱いたことが伺える。
CBSは、2016年米大統領選挙では無料のストリーミングチャンネル『CBSN』が視聴できる外部のOTTプラットフォームの拡充に取り組んだ。Apple TV, Roku, Android TVのほか、ゲーム機のXboxやPlayStationなどに立ち上げて、両党大会など節目のイベントではTwitterでCBSNをストリーミングする試みも行った。実は、テレビ放送によく似たニュース中心のCBSNが2014年に開始された当初、テレビ業界の関係者の間ではこのCBSの取り組みを「一番やってはいけないことの好例」「無謀な実験」などと、どちらかというと懐疑的な見方をする人のほうが多かったようである(注5)。しかし、CBSNは2016年11月の米大統領選挙の開票速報において、過去最多の1,900万ストリームを記録する等の実績をあげ、インターネットでニュースを「視聴」する層に老舗の力と存在感をアピールすることに成功した。この日のストリーム数の10%はゲーム機PlayStationから来ていたということで、CBS News Digitalのゼネラル・マネージャーのクリスティ・タナー氏は、筆者とのインタビューで「ゲーム機のユーザーもニュースに関心があることがわかったのは大きな発見だった」と語っている(注6)。
放送局を取り巻くメディア環境の急速な変化への危機感と、CBSN等の先行例が地道に成果をあげつつあることを踏まえてか、アメリカでは他のネットワーク局でも独自のOTTサービスを立ち上げる動きが相次いでいる。2018年に入ってからはFOX Newsが同チャンネルのファン向けに有料のストリーミングチャンネル“FOX Nation”を立ち上げると発表し、NBC Newsも今後、若年層向けのストリーミングサービスを開始することを検討していると報じられた。いずれもCBSNと同様、地上放送とは異なるコンテンツを制作するとしている。CBSの取り組みは、今となっては「先見の明があった」といえるが、成功例といえるか評価は時期尚早である。地上ネットワーク局の、放送からOTTへの拡充が成功するか、勝負はこれからである。
2)地上ローカル局の取り組み
アメリカの地上ローカル局は、直営局でなければ経営と編集権は基本的に地上ネットワーク局から独立した存在である。数が多いため個々の取り組みはここでは追わないが、SNS等の外部プラットフォームも活用してニュースなど地域に密着した情報を発信するなど、ネットワーク局と同様、インターネット上で多面的にコンテンツを発信している。
最近のアメリカの地上ローカル局の動向で、放送と通信の融合時代の次の段階を見据えた動きとして注目したいのは、メリーランド州に本拠地があるSinclair Broadcast Group(以下、Sinclair)の去就である。Sinclairはアメリカ全土に200近くの地上局を所有・運営する企業で、大株主で経営にも携わっている創業者一族はトランプ氏を大統領選で支持するなど、保守的な政治信条で知られている。また、同社はアメリカの次世代の地上デジタル放送の規格としてIP通信とも親和性が高い「ATSC 3.0」の技術方式の導入に積極的で、新方式が地上ローカル局に新たなビジネスチャンスをもたらすと期待して、推進のための業界団体の設立にも尽力している。
そのSinclairが2017年4月から5月にかけてトランプ政権下のFCCがメディアの所有規制を緩和すると発表した直後に、50近い地上放送局をTribune Mediaから買収すると発表すると、FCCの規制改革はトランプ支持のSinclairへの利益誘導なのではと疑問の声があがった。さらに2017年7月に同社の経営トップがトランプ氏の元側近による解説番組を傘下の地上局に放送させていたことが報じられると、Sinclairに地上放送局の所有が集中することを懸念する声はさらに高まった。
そうした中でFCCは2017年11月、Sinclairが期待を寄せる「ATSC 3.0」の採用を承認した。この承認は放送局に「ATSC 3.0」の採用と移行を義務付けるものではなく、自主的な積極運用を認める内容にとどまっているが、Sinclairの大型買収の可否をめぐるFCCと司法省の判断と併せて注目に値する。買収が実現すれば、既に全米で最多の地上放送局を所有するSinclairは数を楯に巨大メディア企業とも渡り合える勢力となり、「ATSC 3.0」方式の導入にも弾みがつく。
地上ローカル局の大量買収などから垣間見えるSinclairの構想は、「水平統合」というアメリカのメディア業界再編の新機軸として注目したい。インターネット事業の主導権争いをめぐり巨大メディア企業の買収や合併の「垂直統合」の動きが加速していく中で、Sinclairは地上放送という、古くて新しい視点をアメリカのメディア業界再編の動きに投じたといえる。
3)公共放送の取り組み
アメリカでいう「公共放送」とは、非商業教育局として免許を付与された放送局のことを指し、その多くは1969年に設立された非営利の団体PBS (Public Broadcasting Service)に加盟している。約350あるメンバー局はそれぞれ独立した編集権を持つ一方、バージニア州に本部があるPBSは、自らは番組の制作は行わず、メンバー局が制作した番組や外部から調達した番組を全米のメンバー局に配信することをミッションとしている。
アメリカの公共放送のネット展開で特筆すべき点は、本来コンテンツを制作していないPBS本部が中核となって、“PBS Video”、“PBS Passport”、“PBS KIDS”など、メンバー局全体が活用できる共通のネット向けサービスとプラットフォームの開発と運営に取り組んでいることである。
“PBS Video”は、全米で放送された過去のPBSの一部の番組が一定期間、無料でストリーミング可能なサービスで、PBSやメンバー局のサイトからアクセス可能である。一方、“PBS Passport”は公共放送に一定金額の寄付を行った等の条件を満たした個人が利用できるVODサービスで、「寄付」といういわば個人や団体の任意の行為のインセンティブにする仕組みとなっている。公共放送の財源確保に“PBS Passport”が貢献できるのか、そして持続的なサービスに成長できるか、今後に注目である。
2017年に開始した子供向けの“PBS KIDS”は、放送以外にストリーミングでも同時配信され、アプリなどを通じて視聴することができる無料のサービスである。楽しみながら学べるクイズなどの幼児向けのモバイルコンテンツが充実していて、放送と連動した設計のPBS KIDSのデジタルコンテンツは完成度が高いと、専門家も高く評価している。
一方、個々の公共放送局のインターネットサービスへの取り組み状況を見ていくと、「経営資源の投入は放送とインターネットで3:7、完全なデジタル・ファースト」と、商業放送局と同様、比重を放送からネット展開に移している様子が伺える(注7)。また、電波で視聴する人が減少していることを受けて2016年から2017年にかけて行われたアメリカの周波数オークションを機に放送免許を返上し、放送から撤退する決断をした米フィラデルフィアのWYBEのような公共放送局もある。アメリカではもともと放送よりもケーブルなど有料テレビが主な視聴経路であったが、インターネットの普及が進んだことで、「電波でコンテンツを届けることは非効率で、視聴者にとって利便性はなくなってきている」(注8)と、アメリカの放送関係者の間で放送という伝送路への認識が変わってきていることが伺える。
4)ケーブル・ネットワーク(番組供給事業者)の取り組み
ケーブルなど有料テレビサービス専門のチャンネルでも、HBOによる“HBO Now”などをはじめ独自のOTTサービスを開始する動きが本格化している。最近の象徴的な事例としては2017年8月にDisneyが傘下のスポーツ専門チャンネルESPNとPixarやDisneyのドラマや映画等を配信する自社のOTTサービスを立ち上げる、そのためにNetflixとの配信契約を解消すると発表したことが挙げられる。『コード・カッティング』が進む中、近年はAmazonやTwitterといったインターネット上のプラットフォーム事業者が技術革新と豊富な資金をもとに、放送が独占していたスポーツなどのジャンルでライブのストリーミングサービスを開始する動きが広がっている。人気の有料チャンネルを運営する事業者側はこれに対抗して人気コンテンツの囲い込む必要に迫られたのだといえよう。人気のNetflixから自社コンテンツを撤退させるDisneyの決断に疑問を投げかける声もあったが、それからわずか半年後にはネットワーク局のOTT進出が報じられるなど、アメリカのOTTを取り巻く環境や認識は激しく変化している。アメリカの調査会社The Diffusion Group(以下、TDG)は、2022年までに大手ネットワーク各社がテレビチャンネルをストリーミングする独自のOTTサービスをそれぞれ立ち上げるようになり、多チャンネルをひとまとめにするケーブルテレビや衛星放送の従来型のパッケージプランはさらに加入者が減少していくと予想している(注9)。Disneyの例に見られるように、アメリカでは今後、コンテンツを制作・所有する事業者が仲介者を経ずに、自社コンテンツを視聴者に直接届ける動きを加速させていくものと思われる。
<今後の展望と課題>
○今後の展望
地上ネットワーク局のインターネット上の映像コンテンツやサービスを見ると、新しいものが次々と登場しては気が付くと更新が途絶えているという具合に常に変化していて、実験中といった印象を与えるものも多い。今あるものが恒久的なサービスになるのかは不透明で、放送局の配信のプラットフォームやコンテンツのフォーマットは、今後も変化し続けていくだろう。アメリカの調査会社TDGが予想するように、今後主要な放送局が放送からネットへと比重を移行させ、OTT展開に注力していく動きは加速するだろう。
ではアメリカの放送はどうなるのかという問題だが、恐らく当面はインターネットと並存していくものと思われる。『コード・カッティング』などと相まって視聴者数は減少しているが、新聞などアメリカの他の媒体のメディアの読者減少による購読料や広告収入の減少と比べると、視聴者離れによる商業放送のダメージはまだ比較的穏やかである。また、2年ごとに行われる選挙の広告収入も、当面は放送局の経営を下支えするものと思われる。
2018年3月のアメリカの調査会社のまとめによると、2017年のアメリカのMVPD上位事業者の契約者数について、衛星会社Dishの契約数が100万件近く減少する一方で、同社のOTTサービス“Sling TV”は70万件以上増加し、MVPDによるインターネットを活用した新たなサービスが有料テレビの加入者減少の歯止めになっている実態が浮かびあがってきた(注10)。MVPDから放送局が得ている“Retrans (Retransmission Fee)”と呼ばれるチャンネルの再送信料収入は、まだ当面は確保できそうな状況である。
一方、トランプ政権の発足に伴いFCCの委員長に就任した共和党系のA・パイ委員長は、就任直後から前政権が導入した「ブロードバンド個人情報保護規制」の撤廃、2017年4月には地上放送局の所有規制の運用ルールの緩和、2017年12月には「ネット中立性規則」の撤廃を決議するなど、立て続けに規制の緩和や改革を行った。今後もFCCの規制緩和は続くと予想されるが、規制緩和がアメリカの放送業界にどんな影響を及ぼすものとなるかはまだ不透明である。買収や合併などの業界再編の動きと併せて、注視していく必要がある。
○今後の課題
インターネットでの展開を進める上で、アメリカの放送局が直面している最大の課題は、ネットでの拡大が大きな収入に結びつかないということである。インターネット広告はテレビの広告と比べて単価は圧倒的に安い。広告ビジネスモデルの問題は放送局に限らずメディア業界共通の課題だが、地上ネットワーク局はテレビとデジタルの広告枠をパッケージにしてセット販売する戦略で、コストの回収を図っている。しかし、頼みのテレビの視聴者数は減少傾向にあり、悩みは尽きない。
広告モデルに関連する課題としてここで敢えて指摘しておきたいのは、いわゆる“Tech Company”と称されるAmazonやApple, Google, Facebookなどのインターネット上のプラットフォーム事業者が、アメリカのメディア業界で今後どう位置づけられていくのかという問題である。21世紀FoxのR・マードック会長とNBC NewsのA・ラック会長2018年1月、インターネット上のプラットフォーム事業者は、ネットワーク局などが提供するコンテンツの恩恵で莫大な広告収入を得ているとして、貢献度に見合った報酬を提供者側に支払うべきだと発言した。コンテンツ・プロバイダーが高品質のコンテンツ制作に見合う報酬を得られる仕組みが必要だという趣旨だが、裏を返せばネット上のプラットフォーム事業者が情報の発信元としての勢力が強大化しているのに対して、放送局、メディアとしての地位が揺らいでいることの表れでもある。プラットフォーム事業者は、「自分たちはメディアではない」と重ねて表明しているが、そのありようや規制をめぐる議論は、FCCの「ネット中立性規則」の撤廃決議の問題とも交錯して、今後アメリカで白熱していくことが予想される。
放送と通信の垣根を越えて競争が行われているアメリカでは、国民の視聴習慣の変化に伴い、ネットの利用は今後さらに拡大していくと予想される。インターネットの普及と技術革新によって、アメリカでは全メディアが動画の配信を一般的に行うようになり、少なくともインターネット上で「テレビ」「新聞」「デジタル」等の伝統的なメディア媒体の区分けは、ほとんど意味をなさなくなった。こうした環境にあって、放送局も視聴者が求めるところに質の高いコンテンツを届けられなければ、存在価値を認めてもらえなくなってしまう恐れがある。アメリカのテレビメディアは『放送』という伝送路の枠組みを超えて、インターネット上の多様な経路で情報を発信する『メディア』へと進化することを迫られている。
<注釈>
アメリカは世界でもっとも多様な放送が展開されている国だといえる。ラジオ・テレビの放送に加えて、ケーブルテレビや衛星放送が全土に浸透する多チャンネル社会であったが、連邦通信法を改正した「1996年電気通信法」(以下、1996年法)が成立して放送と通信の垣根が事実上なくなったことで、インターネットの普及とともに、アメリカはコンテンツを視聴者に届けるための価格、サービス、利便性の高い伝送手段などをめぐる自由な競争が行われる世界最先端の市場となっている。
<インターネットの普及に伴うアメリカのメディア環境の変化>
1)インターネット上の映像コンテンツの氾濫
アメリカでは、インターネットを経由して提供される映像コンテンツ、ネットに特化した映像サービスやビジネス、新しい事業者が次々と誕生し、OTT(Over-The-Top)も急速に普及している。様々な動画を無料で視聴できるYouTubeをはじめ、SVOD(Subscription Video On Demand、有料の定額制ビデオオンデマンドサービス)のHuluやNetflix、Amazon Fire TVやApple TVなどのOTTサービスも急速に利用者を増やしている。FacebookやTwitter等のソーシャルメディア(以下、SNS)も、映像コンテンツの発信を行うようになった。
アメリカの放送局はこうしたプラットフォームにコンテンツを提供しているのはもちろん、インターネット向けにオリジナルの映像コンテンツの制作なども進めている。さらに最近では独自のOTTサービスを立ち上げる局も出始めるなど、インターネット展開の拡大と充実に取り組んでいる。
一方で、テレビと同じ土俵で競争することがなかった新聞や雑誌などの放送以外の業種のメディアも、インターネットで動画を配信するようになった。中にはビデオ・ジャーナリストが約60人在籍するワシントン・ポストなど(注1)、アメリカの地方放送局などよりも充実した映像取材体制を整備している新聞社もある。ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズといった老舗メディアだけでなく、新興のデジタルメディアも映像コンテンツの充実と発信経路の多面化を図っている。設立からまだ日が浅いVice MediaやCheddarは、クリップ動画の制作のみならず、ニュース番組やドキュメンタリーなどの制作も行っていて、テレビ局にも提供している。
映像コンテンツが氾濫し、次々と新しい事業者や配信の形態が登場しているインターネット上で、アメリカのテレビ局はテレビ視聴が中心だった時代よりさらに厳しい競争に直面しているといってよい。
2)視聴習慣の変化
調査会社Nielsenが2017年3月に発表したテレビ、ラジオ、パソコン、モバイルなど全メディアの視聴状況をまとめたTotal Audience Reportによると、ニュースコンテンツの消費状況についてメディア別ではテレビが減少傾向なのに対し、スマートフォンでの接触が2016年は2時間32分と前年の倍増との結果であった(注2)。また、非営利の調査機関Pew Research Centerが2017年6月に発表した調査結果(注3)では、ニュースをモバイル機器で接触するアメリカ人は、前年の72%から85%へと増加し、中でも65歳以上の高齢者では前年から24ポイント増の67%と大幅に増加した。50~64歳の年層でも79%と、2013年の水準と比べて倍増している。増加した要因として、スマートフォンなどのモバイル機器の所有が高齢者層で増えて新しい技術への適応が全ての年層で進んだことが指摘されている。アメリカでは、タブレットやスマートフォンなどテレビ以外の機器で映像コンテンツを視聴する習慣が若年層を中心に主流になりつつある。「いつでも、どこでも、好きなときに」視聴したいという視聴者ニーズが高まるにつれ、テレビのライブ視聴が減少する傾向が続いている。
3)コード・カッティング(“Cord Cutting”)
アメリカはケーブルテレビや衛星放送が全土に浸透している、世界でも有数の多チャンネル社会である。連邦通信委員会(Federal Communications Commission以下FCC)は全米世帯の約8割がケーブルテレビ、衛星放送やIPTVなどMVPD(Multichannel Video Programming Distributors)と呼ばれる有料の多チャンネルサービスに加入してテレビを視聴していると推計しているが、2013年以降、『コード・カッティング(Cord cutting)』と呼ばれる、ケーブルテレビなどの有料テレビを解約する動きが緩やかに進んでいる(注4)。『コード・カッティング』が進む背景には、若年層を中心にモバイル機器で映像コンテンツを視聴するスタイルが普及したことの影響が指摘されている。百を超える選択肢があっても人が日常的に視聴するチャンネル数は限られている上、有料テレビはセットトップボックス(Set Top Box)に接続したテレビ受信機でしかアクセスできない。このため、MVPD側も加入者がテレビ以外の機器で視聴できる“TV Everywhere”等、ブロードバンド網を活用したサービスなどにも力を入れてきたが、インターネットの映像サービスはケーブルや衛星と比べて価格も安く、しかも見たいものだけを選択できるという新たな選択肢は、消費者にとって魅力あるものだったといえよう。
『コード・カッティング』が進むにつれ、アメリカのMVPDの間では、ケーブル事業よりも収益が伸びているブロードバンド事業で顧客獲得を目指す動きが加速した。そして、百以上のチャンネルをパッケージ料金で提供する『バンドル(一括)契約』から『アラカルト契約』へと、ビジネスモデルも変化しつつある。2016年ごろからは『スキニー・バンドル(Skinny Bundle)』と呼ばれる従来のパッケージよりもチャンネル数を少なくした衛星放送Dish社の“Sling TV”や、DirecTVの“DirecTV Now”といった、OTTサービスの提供にも乗り出している。
全米ケーブル電気通信連盟(National Cable and Telecommunications Association, NCTA)は2016年、団体の名称に『The Internet and Television Association(インターネット&テレビ連盟)』を加えた。インターネットの普及がアメリカの有料テレビビジネスに及ぼした影響の大きさを象徴するとともに、ネット時代にふさわしい事業形態のあり方を模索する事業者の決意を反映したものだといえるだろう。
4)メディア企業のグループ化と垂直統合
アメリカでは、地上ネットワーク局など主な商業放送局や人気のケーブル専門チャンネルは大体メディア事業を多角的に展開する「メディア・コングロマリット(企業複合体)」の傘下にある。例えば地上ネットワーク局ABCは現在The Walt Disney Company(以下、Disney)の傘下にあり、NBC Universalはケーブルテレビ運営会社Comcast傘下、ケーブル専門のニュースチャンネルCNNはTime Warnerの傘下にあるという具合である。アメリカではこれまで、放送、映画や活字などコンテンツメディアの統合とグループ化が進んで、業界再編の動きはケーブルテレビや衛星放送などコンテンツの配信網を持つ企業間のシェア争いにブロードバンド網を持つ通信事業者が加わって、さらに合併や買収という段階を経てきた。大手通信事業者AT&Tが米国内で衛星放送トップだったDirecTVを買収したのに続き、2016年にはCNNなどを傘下に持つ大手メディア企業Time Warnerを854億ドル(約9兆4,000億円)で買収すると発表したことが象徴するように、アメリカではインターネット事業の主導権をめぐる業界再編の動きが、コンテンツの獲得競争と連動する形で本格化している。
<アメリカのテレビ局はどう向き合っているのか>
FCCのまとめによると、アメリカには2017年3月末現在で1,777のテレビ局があり、そのうち商業放送局が1,383局を占め、公共放送PBS加盟局などの非商業局は394ある。
これらの放送局はそれぞれが自社サイトの充実とインターネットによる情報発信の強化を図るとともに、インターネット上のプラットフォームにコンテンツを提供する『メディア』へと進化を遂げている。
ここからは、地上ネットワーク局、地上ローカル商業放送、公共放送、そしてMVPDに番組やチャンネルを供給しているケーブル・ネットワークと、アメリカの放送事業者の最近の主な取り組みについて見ていく。
1)地上ネットワーク局の取り組み
インターネット上で視聴可能な地上ネットワーク局のコンテンツは、かつてはテレビで放送したニュースやバラエティ、ドラマなどの娯楽系番組が中心だったが、最近では各局ともネットに特化したオリジナルコンテンツの開発と制作に力を入れている。モバイル機器などの視聴を意識して、360°カメラで撮影した映像やVR(Virtual Reality)、AR(Augmented Reality)など発展途上の技術を用いた若年層向けコンテンツの制作、NBCUによる“Snapchat”向けニュース番組などの事例に見られるように、テレビ以外のメディア機器での視聴に即したフォーマットや表現方法の模索を行っている。
インターネット展開をめぐり、地上ネットワーク局の意識の変化が見られたのは、2016年の米大統領選挙におけるニュース報道である。例えば米ABC Newsは、Facebookと提携してニュースの放送時間以外はFacebook Liveというライブ配信機能を活用して、選挙の節目のイベントを生で配信する試みを行った。これは期間限定の実験的な取り組みだったが、選挙報道でテレビ、自社サイトに加えて外部のプラットフォームも情報発信の要に据えた発想は、放送局の意識の変化を象徴するものだったといえるだろう。ABC Newsはさらに、最大8つのライブストリームを同時に視聴できるよう自社サイトのリニューアルを行い、iPhone, Android, Apple TV専用のアプリなどもリリースしている。こうしたことからも、テレビ離れが進む若年層をつかむためには、インターネット上の経路とコンテンツの選択肢の充実が不可欠だとの認識をアメリカの地上ネットワーク局が抱いたことが伺える。
CBSは、2016年米大統領選挙では無料のストリーミングチャンネル『CBSN』が視聴できる外部のOTTプラットフォームの拡充に取り組んだ。Apple TV, Roku, Android TVのほか、ゲーム機のXboxやPlayStationなどに立ち上げて、両党大会など節目のイベントではTwitterでCBSNをストリーミングする試みも行った。実は、テレビ放送によく似たニュース中心のCBSNが2014年に開始された当初、テレビ業界の関係者の間ではこのCBSの取り組みを「一番やってはいけないことの好例」「無謀な実験」などと、どちらかというと懐疑的な見方をする人のほうが多かったようである(注5)。しかし、CBSNは2016年11月の米大統領選挙の開票速報において、過去最多の1,900万ストリームを記録する等の実績をあげ、インターネットでニュースを「視聴」する層に老舗の力と存在感をアピールすることに成功した。この日のストリーム数の10%はゲーム機PlayStationから来ていたということで、CBS News Digitalのゼネラル・マネージャーのクリスティ・タナー氏は、筆者とのインタビューで「ゲーム機のユーザーもニュースに関心があることがわかったのは大きな発見だった」と語っている(注6)。
放送局を取り巻くメディア環境の急速な変化への危機感と、CBSN等の先行例が地道に成果をあげつつあることを踏まえてか、アメリカでは他のネットワーク局でも独自のOTTサービスを立ち上げる動きが相次いでいる。2018年に入ってからはFOX Newsが同チャンネルのファン向けに有料のストリーミングチャンネル“FOX Nation”を立ち上げると発表し、NBC Newsも今後、若年層向けのストリーミングサービスを開始することを検討していると報じられた。いずれもCBSNと同様、地上放送とは異なるコンテンツを制作するとしている。CBSの取り組みは、今となっては「先見の明があった」といえるが、成功例といえるか評価は時期尚早である。地上ネットワーク局の、放送からOTTへの拡充が成功するか、勝負はこれからである。
2)地上ローカル局の取り組み
アメリカの地上ローカル局は、直営局でなければ経営と編集権は基本的に地上ネットワーク局から独立した存在である。数が多いため個々の取り組みはここでは追わないが、SNS等の外部プラットフォームも活用してニュースなど地域に密着した情報を発信するなど、ネットワーク局と同様、インターネット上で多面的にコンテンツを発信している。
最近のアメリカの地上ローカル局の動向で、放送と通信の融合時代の次の段階を見据えた動きとして注目したいのは、メリーランド州に本拠地があるSinclair Broadcast Group(以下、Sinclair)の去就である。Sinclairはアメリカ全土に200近くの地上局を所有・運営する企業で、大株主で経営にも携わっている創業者一族はトランプ氏を大統領選で支持するなど、保守的な政治信条で知られている。また、同社はアメリカの次世代の地上デジタル放送の規格としてIP通信とも親和性が高い「ATSC 3.0」の技術方式の導入に積極的で、新方式が地上ローカル局に新たなビジネスチャンスをもたらすと期待して、推進のための業界団体の設立にも尽力している。
そのSinclairが2017年4月から5月にかけてトランプ政権下のFCCがメディアの所有規制を緩和すると発表した直後に、50近い地上放送局をTribune Mediaから買収すると発表すると、FCCの規制改革はトランプ支持のSinclairへの利益誘導なのではと疑問の声があがった。さらに2017年7月に同社の経営トップがトランプ氏の元側近による解説番組を傘下の地上局に放送させていたことが報じられると、Sinclairに地上放送局の所有が集中することを懸念する声はさらに高まった。
そうした中でFCCは2017年11月、Sinclairが期待を寄せる「ATSC 3.0」の採用を承認した。この承認は放送局に「ATSC 3.0」の採用と移行を義務付けるものではなく、自主的な積極運用を認める内容にとどまっているが、Sinclairの大型買収の可否をめぐるFCCと司法省の判断と併せて注目に値する。買収が実現すれば、既に全米で最多の地上放送局を所有するSinclairは数を楯に巨大メディア企業とも渡り合える勢力となり、「ATSC 3.0」方式の導入にも弾みがつく。
地上ローカル局の大量買収などから垣間見えるSinclairの構想は、「水平統合」というアメリカのメディア業界再編の新機軸として注目したい。インターネット事業の主導権争いをめぐり巨大メディア企業の買収や合併の「垂直統合」の動きが加速していく中で、Sinclairは地上放送という、古くて新しい視点をアメリカのメディア業界再編の動きに投じたといえる。
3)公共放送の取り組み
アメリカでいう「公共放送」とは、非商業教育局として免許を付与された放送局のことを指し、その多くは1969年に設立された非営利の団体PBS (Public Broadcasting Service)に加盟している。約350あるメンバー局はそれぞれ独立した編集権を持つ一方、バージニア州に本部があるPBSは、自らは番組の制作は行わず、メンバー局が制作した番組や外部から調達した番組を全米のメンバー局に配信することをミッションとしている。
アメリカの公共放送のネット展開で特筆すべき点は、本来コンテンツを制作していないPBS本部が中核となって、“PBS Video”、“PBS Passport”、“PBS KIDS”など、メンバー局全体が活用できる共通のネット向けサービスとプラットフォームの開発と運営に取り組んでいることである。
“PBS Video”は、全米で放送された過去のPBSの一部の番組が一定期間、無料でストリーミング可能なサービスで、PBSやメンバー局のサイトからアクセス可能である。一方、“PBS Passport”は公共放送に一定金額の寄付を行った等の条件を満たした個人が利用できるVODサービスで、「寄付」といういわば個人や団体の任意の行為のインセンティブにする仕組みとなっている。公共放送の財源確保に“PBS Passport”が貢献できるのか、そして持続的なサービスに成長できるか、今後に注目である。
2017年に開始した子供向けの“PBS KIDS”は、放送以外にストリーミングでも同時配信され、アプリなどを通じて視聴することができる無料のサービスである。楽しみながら学べるクイズなどの幼児向けのモバイルコンテンツが充実していて、放送と連動した設計のPBS KIDSのデジタルコンテンツは完成度が高いと、専門家も高く評価している。
一方、個々の公共放送局のインターネットサービスへの取り組み状況を見ていくと、「経営資源の投入は放送とインターネットで3:7、完全なデジタル・ファースト」と、商業放送局と同様、比重を放送からネット展開に移している様子が伺える(注7)。また、電波で視聴する人が減少していることを受けて2016年から2017年にかけて行われたアメリカの周波数オークションを機に放送免許を返上し、放送から撤退する決断をした米フィラデルフィアのWYBEのような公共放送局もある。アメリカではもともと放送よりもケーブルなど有料テレビが主な視聴経路であったが、インターネットの普及が進んだことで、「電波でコンテンツを届けることは非効率で、視聴者にとって利便性はなくなってきている」(注8)と、アメリカの放送関係者の間で放送という伝送路への認識が変わってきていることが伺える。
4)ケーブル・ネットワーク(番組供給事業者)の取り組み
ケーブルなど有料テレビサービス専門のチャンネルでも、HBOによる“HBO Now”などをはじめ独自のOTTサービスを開始する動きが本格化している。最近の象徴的な事例としては2017年8月にDisneyが傘下のスポーツ専門チャンネルESPNとPixarやDisneyのドラマや映画等を配信する自社のOTTサービスを立ち上げる、そのためにNetflixとの配信契約を解消すると発表したことが挙げられる。『コード・カッティング』が進む中、近年はAmazonやTwitterといったインターネット上のプラットフォーム事業者が技術革新と豊富な資金をもとに、放送が独占していたスポーツなどのジャンルでライブのストリーミングサービスを開始する動きが広がっている。人気の有料チャンネルを運営する事業者側はこれに対抗して人気コンテンツの囲い込む必要に迫られたのだといえよう。人気のNetflixから自社コンテンツを撤退させるDisneyの決断に疑問を投げかける声もあったが、それからわずか半年後にはネットワーク局のOTT進出が報じられるなど、アメリカのOTTを取り巻く環境や認識は激しく変化している。アメリカの調査会社The Diffusion Group(以下、TDG)は、2022年までに大手ネットワーク各社がテレビチャンネルをストリーミングする独自のOTTサービスをそれぞれ立ち上げるようになり、多チャンネルをひとまとめにするケーブルテレビや衛星放送の従来型のパッケージプランはさらに加入者が減少していくと予想している(注9)。Disneyの例に見られるように、アメリカでは今後、コンテンツを制作・所有する事業者が仲介者を経ずに、自社コンテンツを視聴者に直接届ける動きを加速させていくものと思われる。
<今後の展望と課題>
○今後の展望
地上ネットワーク局のインターネット上の映像コンテンツやサービスを見ると、新しいものが次々と登場しては気が付くと更新が途絶えているという具合に常に変化していて、実験中といった印象を与えるものも多い。今あるものが恒久的なサービスになるのかは不透明で、放送局の配信のプラットフォームやコンテンツのフォーマットは、今後も変化し続けていくだろう。アメリカの調査会社TDGが予想するように、今後主要な放送局が放送からネットへと比重を移行させ、OTT展開に注力していく動きは加速するだろう。
ではアメリカの放送はどうなるのかという問題だが、恐らく当面はインターネットと並存していくものと思われる。『コード・カッティング』などと相まって視聴者数は減少しているが、新聞などアメリカの他の媒体のメディアの読者減少による購読料や広告収入の減少と比べると、視聴者離れによる商業放送のダメージはまだ比較的穏やかである。また、2年ごとに行われる選挙の広告収入も、当面は放送局の経営を下支えするものと思われる。
2018年3月のアメリカの調査会社のまとめによると、2017年のアメリカのMVPD上位事業者の契約者数について、衛星会社Dishの契約数が100万件近く減少する一方で、同社のOTTサービス“Sling TV”は70万件以上増加し、MVPDによるインターネットを活用した新たなサービスが有料テレビの加入者減少の歯止めになっている実態が浮かびあがってきた(注10)。MVPDから放送局が得ている“Retrans (Retransmission Fee)”と呼ばれるチャンネルの再送信料収入は、まだ当面は確保できそうな状況である。
一方、トランプ政権の発足に伴いFCCの委員長に就任した共和党系のA・パイ委員長は、就任直後から前政権が導入した「ブロードバンド個人情報保護規制」の撤廃、2017年4月には地上放送局の所有規制の運用ルールの緩和、2017年12月には「ネット中立性規則」の撤廃を決議するなど、立て続けに規制の緩和や改革を行った。今後もFCCの規制緩和は続くと予想されるが、規制緩和がアメリカの放送業界にどんな影響を及ぼすものとなるかはまだ不透明である。買収や合併などの業界再編の動きと併せて、注視していく必要がある。
○今後の課題
インターネットでの展開を進める上で、アメリカの放送局が直面している最大の課題は、ネットでの拡大が大きな収入に結びつかないということである。インターネット広告はテレビの広告と比べて単価は圧倒的に安い。広告ビジネスモデルの問題は放送局に限らずメディア業界共通の課題だが、地上ネットワーク局はテレビとデジタルの広告枠をパッケージにしてセット販売する戦略で、コストの回収を図っている。しかし、頼みのテレビの視聴者数は減少傾向にあり、悩みは尽きない。
広告モデルに関連する課題としてここで敢えて指摘しておきたいのは、いわゆる“Tech Company”と称されるAmazonやApple, Google, Facebookなどのインターネット上のプラットフォーム事業者が、アメリカのメディア業界で今後どう位置づけられていくのかという問題である。21世紀FoxのR・マードック会長とNBC NewsのA・ラック会長2018年1月、インターネット上のプラットフォーム事業者は、ネットワーク局などが提供するコンテンツの恩恵で莫大な広告収入を得ているとして、貢献度に見合った報酬を提供者側に支払うべきだと発言した。コンテンツ・プロバイダーが高品質のコンテンツ制作に見合う報酬を得られる仕組みが必要だという趣旨だが、裏を返せばネット上のプラットフォーム事業者が情報の発信元としての勢力が強大化しているのに対して、放送局、メディアとしての地位が揺らいでいることの表れでもある。プラットフォーム事業者は、「自分たちはメディアではない」と重ねて表明しているが、そのありようや規制をめぐる議論は、FCCの「ネット中立性規則」の撤廃決議の問題とも交錯して、今後アメリカで白熱していくことが予想される。
放送と通信の垣根を越えて競争が行われているアメリカでは、国民の視聴習慣の変化に伴い、ネットの利用は今後さらに拡大していくと予想される。インターネットの普及と技術革新によって、アメリカでは全メディアが動画の配信を一般的に行うようになり、少なくともインターネット上で「テレビ」「新聞」「デジタル」等の伝統的なメディア媒体の区分けは、ほとんど意味をなさなくなった。こうした環境にあって、放送局も視聴者が求めるところに質の高いコンテンツを届けられなければ、存在価値を認めてもらえなくなってしまう恐れがある。アメリカのテレビメディアは『放送』という伝送路の枠組みを超えて、インターネット上の多様な経路で情報を発信する『メディア』へと進化することを迫られている。
<注釈>
- (注1)「2016年米大統領選にみるアメリカのテレビメディアの変容~最新報告 ネットと融合した巨大情報空間~」藤戸あや著、『放送研究と調査』2017年6月号、NHK放送文化研究所
- (注2)“The Nielsen Total Audience Report: Q4 2016”The Nielsen Company (US), LLC (2017年3月)
- (注3)“Growth in mobile news use driven by older adults”By Kristine Lu, FACT TANK News in the Numbers, Pew Research Center (2017年6月12日)
- (注4)FCC 報告『Annual Assessment of the Status of Competition in the Market for the Delivery of Video Programming, 18th Report(2017年1月)』より
- (注5)“CBSN: Wave of the future, or a money losing ‘pet-project’?” Dylan Byers, CNN Money, 2016年8月11日
- (注6)「2016年米大統領選にみるアメリカのテレビメディアの変容~最新報告 ネットと融合した巨大情報空間~」藤戸あや著、『放送研究と調査』2017年6月号、NHK放送文化研究所
- (注7)「アメリカの公共放送のマルチプラットフォーム展開~フィラデルフィアの聞き取り調査から」大墻敦著、『放送研究と調査』2018年3月号、NHK放送文化研究所
- (注8)「アメリカの公共放送のマルチプラットフォーム展開~フィラデルフィアの聞き取り調査から」大墻敦著、『放送研究と調査』2018年3月号、NHK放送文化研究所
- (注9)“The Future of Direct-to-Consumer Video Services – Analysis & Forecasts, 2018-2028”Mike Berkley, Senior Advisor, The Diffusion Group
- (注10)“Major Pay-TV Providers lost about 1,495,000 subscribers in 2017: Satellite TV services had more net losses in 2017 than in any Previous Year”, Leichtman Research Group, Inc. (LRG) 2018年3月12日プレスリリース
藤戸あや
NHK放送文化研究所 メディア研究部 海外メディア研究グループ 上級研究員
慶應義塾大学法学部政治学科卒業
同 大学院法学研究科政治学専攻 修士
1995年日本放送協会入局
2016年より現職