第24回 JAMCOオンライン国際シンポジウム
2016年1月~2016年8月
アジアのテレビ放送局の現状と課題
趣旨説明
~アジアのテレビメディアへのまなざし~
テレビは時代の産物である。テレビは時代を伝えるメディアであるが、テレビ自身が時代の状況で、ハードもソフトも多大な影響を受ける。テレビのテクノロジーは時代の最先端技術の集合体と言っても過言ではない。テレビドラマからテレビニュースまで番組についても時代意識の影響で変化していることは、アーカイブと最新番組を比べれば一目瞭然だろう。
こうしたテレビの変化は、海外、とりわけアジアではどのように進んでいるのか、日本とアジアとの国際関係を考え、日本のアジアへの発信力を問う時、この回答を模索することは重要なポイントである。
アジアといっても経済発展のスピードは様々であり、政治的事情も異なる。そもそもテレビの受信機の普及状況、デジタル化、多チャンネルか高精細化か、インターネットとの連携など技術的条件の進展はどのように波及しているのか。また、政治体制や社会構造も多様なこれらの地域で、放送法制、番組基準あるいは海外制作番組の放送はどうなっているのか。
日本のテレビメディアの大きな焦点が3つある。
第一にインターネットへの対応である。平成27年度にNHKはインターネットサービスの改善向上のため、一部のスポーツイベントで試験的に同時配信した。また1万人以内の受信契約者を対象に一定期間、総合テレビの一部を同時配信する試験的な提供を行った。
第二に「4K」「8K」の実用放送に向けた動きである。総務省がまとめた「8K/4K推進のためのロードマップ」(2015年7月公表)によると。2016年にBS等で試験放送を始め、2018年にBSで4Kと4K・8Kの実用放送を行うとなっている。
第三に放送に関する法律規制と放送における表現の自由との問題である。
NHKの報道番組「クローズアップ現代」の放送倫理問題で、総務省の行政指導をBPO放送倫理番組向上機構が批判し、この問題を巡って政府とBPOが真っ向から対立している。
この3つのポイントは、全く別の様で、実は絡み合っているように見える。
テレビ放送のインターネット同時送信は、国際的な流れであり、社会の利便性も高い。この時、電波の希少性を前提としたテレビ界の基本構造は変化を強いられ可能性がある。インターネットが多くの人が発信できるメディアである以上、多くの人がテレビ局に近いことができるかもしれない。しかし、第二のポイント、ハイビジョンの高画質化をさらに促進させ、「4K」「8K」の世界になれば、メジャーなテレビメディアは引き続き希少性を持つだろう。「4K」「8K」で映像を撮影し、編集し、スタジオを設けて、送出するためには、膨大な設備投資が必要であり、スキルの高い人材も大勢抱えねばならない。また、圧縮技術が進歩したとしても放送のための電波帯域の確保は不可欠だ。そう考えれば、遠くない将来を展望する限り、テレビは視聴者の感性に直接訴える「少数の巨人」であり続けるのではないだろうか。「4K」「8K」は電器産業の産業政策のみならず、テレビ放送界の産業政策の側面を持つ。それであれば、第三の「テレビの表現の自由」の問題をどう考えるかは、社会にとって大きな課題となり続けだろう。「国民の知る権利」にどうこたえるのか、とりわけ受信料制度で維持される公共放送NHKにとって「国民の知る権利」に応える「表現の自由」とは何か、制度の安定のカギを握る課題であろう。
日本のテレビ界の展望の安定性を感じながらも不透明となる要素も少なくない。「若者のテレビ離れ」と言われるが、実態と今後の動向はどうか、「4K」「8K」の高画質のモデルになりにくい「報道」分野で、新聞社がインターネットにさらに力を入れてきたとき、「テレビニュース」はどうなるのか、テレビ界のビジネススキームの変化、とりわけインターネットとの関係で見直しを求められるNHK受信料制度はどうなるのか、これらの要素は展開次第で、安定的展望を根底から覆す威力を持っていると考える。
さて、以上の日本のテーマを念頭に置きつつアジアのテレビ放送の現状と課題を探るのが今回のシンポジウムの趣旨である。今回は二つの視点から考察したい。
一つは、南アジアのスリランカ、アフガニスタン*、中央アジアのキルギス、そして北アジアのモンゴルと、日頃なじみがないが、国際関係を考察する上で重要なあるいは今後重要になるであろう各国のテレビ事情について、放送局の当事者に報告をお願いした。国営ないし公共放送の国際部門の幹部として活躍されている方々だ。
外務省等のデータをもとに、この4か国の概説に触れておきたい。
アフガニスタンは20年以上の内戦を経て復興途上にある。公用語はダリー語、パシュトゥー語。1919年イギリスの保護領から独立のあと1979年ソ連の軍事介入、ジュネーブ合意によるソ連軍の撤退、その後の内戦状態を経てタリバンが勢力を拡大、国土の大部分を支配した。2001年10月、アメリカの同時多発テロを機とする米・英等によるアル・カイーダとタリバンに対する軍事行動が行われた。その後、和平プロセスが進められ、2014年の大統領選挙では初めての民主的な政権交代が行われた。内戦で経済社会インフラが壊滅的な打撃を受け、復興が進められているが基礎的インフラは未整備の部分が多い。
キルギスは天山山脈を隔てて、中国の西側に位置する。1991年のロシアからの独立以来、民主化と市場経済化が進められている。国語はキルギス語、公用語はロシア語。ヨーロッパへの「シルクロード経済ベルト」を建設しようという中国の「一帯一路」政策で地政学的に注目される。
モンゴルは、公用語はモンゴル語、主な産業は鉱業、牧畜業。中国とロシアに挟まれ、地政学的に重要な位置を占めるとともに、豊富な地下資源に恵まれており、日本への資源やエネルギーの安定供給確保の観点からも重要。
スリランカは、公用語はシンハラ語、タミル語、それぞれの言語を使う民族をつなぐ言語として英語が使われている。1983年以来、少数派タミル人の反政府武装勢力が分離独立を目指して活動し、内戦状態にあったが2009年政府軍が制圧し内戦が終結した。主要産業は紅茶、ゴムなどの農業、繊維業。2004年のインド洋大津波で3万人以上が死亡、約100万人が被災、日本からも復旧支援が行われた。
第二部ともいえる、もう一つのテーマは中国である。アジアは政治的にも経済的にもそして軍事的にも中国の存在を意識せず語れなくなっている。先ほどの4か国にもさまざまな影響を与えている。その中国のテレビメディアと、中国に返還されながら「一国二制度」のもとにある香港のテレビメディアの関係、さらには歴史的首脳会談が行われながら独立志向もある台湾。このテレビメディアとの関係を見ておきたい。
香港は1997年7月1日からは 「中華人民共和国香港特別行政区」である。一国二制度が行われているが、2014年中国政府に抗議するデモが起き「雨傘革命」と言われた。
中国と台湾の関係については、2015年11月中国の習近平国家主席と台湾の馬英九総統がシンガポールで、歴史的な首脳会談を行った。「中国大陸と台湾は、一つの中国に属する」とする「一つの中国」の原則を確認したとされる。2016年1月の台湾の総統選挙では中国に急速に接近するのでなく、『現状維持』を訴えた民進党・蔡英文候補が、馬総統の後継を目指した朱立倫候補を破って当選した。
このように、揺れ動く中国と香港、中国と台湾の関係の中でテレビメディアのそれぞれの関係はどのようになっているのか、ここは日本の研究者の報告をお願いした。
本シンポジウムの意義は、日本からの国際発信を考えるうえで、受け手となるアジアのテレビメディアについての情報を得ることの重要性である。放送衛星を利用して、英語で国際放送を行うことは重要な発信方法である。しかし、同時に、番組、コンテンツを現地語に改編し、現地の基幹放送局から放送する方法の視聴者への伝達力は大きい。この場合、現地の放送事情への知見が欠かせない。
あわせて、アジアのテレビメディアへの関心を深めていくことで、地政学的思考を深め、国際社会の安定につながる活動に寄与できれば幸いと考える。
脚注:*アフガニスタンの地域区分については、日本の外務省等は「中東」:としているが、本シンポジウムでは、アフガニスタンの筆者の原稿に従って「アジア」とした。
こうしたテレビの変化は、海外、とりわけアジアではどのように進んでいるのか、日本とアジアとの国際関係を考え、日本のアジアへの発信力を問う時、この回答を模索することは重要なポイントである。
アジアといっても経済発展のスピードは様々であり、政治的事情も異なる。そもそもテレビの受信機の普及状況、デジタル化、多チャンネルか高精細化か、インターネットとの連携など技術的条件の進展はどのように波及しているのか。また、政治体制や社会構造も多様なこれらの地域で、放送法制、番組基準あるいは海外制作番組の放送はどうなっているのか。
日本のテレビメディアの大きな焦点が3つある。
第一にインターネットへの対応である。平成27年度にNHKはインターネットサービスの改善向上のため、一部のスポーツイベントで試験的に同時配信した。また1万人以内の受信契約者を対象に一定期間、総合テレビの一部を同時配信する試験的な提供を行った。
第二に「4K」「8K」の実用放送に向けた動きである。総務省がまとめた「8K/4K推進のためのロードマップ」(2015年7月公表)によると。2016年にBS等で試験放送を始め、2018年にBSで4Kと4K・8Kの実用放送を行うとなっている。
第三に放送に関する法律規制と放送における表現の自由との問題である。
NHKの報道番組「クローズアップ現代」の放送倫理問題で、総務省の行政指導をBPO放送倫理番組向上機構が批判し、この問題を巡って政府とBPOが真っ向から対立している。
この3つのポイントは、全く別の様で、実は絡み合っているように見える。
テレビ放送のインターネット同時送信は、国際的な流れであり、社会の利便性も高い。この時、電波の希少性を前提としたテレビ界の基本構造は変化を強いられ可能性がある。インターネットが多くの人が発信できるメディアである以上、多くの人がテレビ局に近いことができるかもしれない。しかし、第二のポイント、ハイビジョンの高画質化をさらに促進させ、「4K」「8K」の世界になれば、メジャーなテレビメディアは引き続き希少性を持つだろう。「4K」「8K」で映像を撮影し、編集し、スタジオを設けて、送出するためには、膨大な設備投資が必要であり、スキルの高い人材も大勢抱えねばならない。また、圧縮技術が進歩したとしても放送のための電波帯域の確保は不可欠だ。そう考えれば、遠くない将来を展望する限り、テレビは視聴者の感性に直接訴える「少数の巨人」であり続けるのではないだろうか。「4K」「8K」は電器産業の産業政策のみならず、テレビ放送界の産業政策の側面を持つ。それであれば、第三の「テレビの表現の自由」の問題をどう考えるかは、社会にとって大きな課題となり続けだろう。「国民の知る権利」にどうこたえるのか、とりわけ受信料制度で維持される公共放送NHKにとって「国民の知る権利」に応える「表現の自由」とは何か、制度の安定のカギを握る課題であろう。
日本のテレビ界の展望の安定性を感じながらも不透明となる要素も少なくない。「若者のテレビ離れ」と言われるが、実態と今後の動向はどうか、「4K」「8K」の高画質のモデルになりにくい「報道」分野で、新聞社がインターネットにさらに力を入れてきたとき、「テレビニュース」はどうなるのか、テレビ界のビジネススキームの変化、とりわけインターネットとの関係で見直しを求められるNHK受信料制度はどうなるのか、これらの要素は展開次第で、安定的展望を根底から覆す威力を持っていると考える。
さて、以上の日本のテーマを念頭に置きつつアジアのテレビ放送の現状と課題を探るのが今回のシンポジウムの趣旨である。今回は二つの視点から考察したい。
一つは、南アジアのスリランカ、アフガニスタン*、中央アジアのキルギス、そして北アジアのモンゴルと、日頃なじみがないが、国際関係を考察する上で重要なあるいは今後重要になるであろう各国のテレビ事情について、放送局の当事者に報告をお願いした。国営ないし公共放送の国際部門の幹部として活躍されている方々だ。
外務省等のデータをもとに、この4か国の概説に触れておきたい。
アフガニスタンは20年以上の内戦を経て復興途上にある。公用語はダリー語、パシュトゥー語。1919年イギリスの保護領から独立のあと1979年ソ連の軍事介入、ジュネーブ合意によるソ連軍の撤退、その後の内戦状態を経てタリバンが勢力を拡大、国土の大部分を支配した。2001年10月、アメリカの同時多発テロを機とする米・英等によるアル・カイーダとタリバンに対する軍事行動が行われた。その後、和平プロセスが進められ、2014年の大統領選挙では初めての民主的な政権交代が行われた。内戦で経済社会インフラが壊滅的な打撃を受け、復興が進められているが基礎的インフラは未整備の部分が多い。
キルギスは天山山脈を隔てて、中国の西側に位置する。1991年のロシアからの独立以来、民主化と市場経済化が進められている。国語はキルギス語、公用語はロシア語。ヨーロッパへの「シルクロード経済ベルト」を建設しようという中国の「一帯一路」政策で地政学的に注目される。
モンゴルは、公用語はモンゴル語、主な産業は鉱業、牧畜業。中国とロシアに挟まれ、地政学的に重要な位置を占めるとともに、豊富な地下資源に恵まれており、日本への資源やエネルギーの安定供給確保の観点からも重要。
スリランカは、公用語はシンハラ語、タミル語、それぞれの言語を使う民族をつなぐ言語として英語が使われている。1983年以来、少数派タミル人の反政府武装勢力が分離独立を目指して活動し、内戦状態にあったが2009年政府軍が制圧し内戦が終結した。主要産業は紅茶、ゴムなどの農業、繊維業。2004年のインド洋大津波で3万人以上が死亡、約100万人が被災、日本からも復旧支援が行われた。
第二部ともいえる、もう一つのテーマは中国である。アジアは政治的にも経済的にもそして軍事的にも中国の存在を意識せず語れなくなっている。先ほどの4か国にもさまざまな影響を与えている。その中国のテレビメディアと、中国に返還されながら「一国二制度」のもとにある香港のテレビメディアの関係、さらには歴史的首脳会談が行われながら独立志向もある台湾。このテレビメディアとの関係を見ておきたい。
香港は1997年7月1日からは 「中華人民共和国香港特別行政区」である。一国二制度が行われているが、2014年中国政府に抗議するデモが起き「雨傘革命」と言われた。
中国と台湾の関係については、2015年11月中国の習近平国家主席と台湾の馬英九総統がシンガポールで、歴史的な首脳会談を行った。「中国大陸と台湾は、一つの中国に属する」とする「一つの中国」の原則を確認したとされる。2016年1月の台湾の総統選挙では中国に急速に接近するのでなく、『現状維持』を訴えた民進党・蔡英文候補が、馬総統の後継を目指した朱立倫候補を破って当選した。
このように、揺れ動く中国と香港、中国と台湾の関係の中でテレビメディアのそれぞれの関係はどのようになっているのか、ここは日本の研究者の報告をお願いした。
本シンポジウムの意義は、日本からの国際発信を考えるうえで、受け手となるアジアのテレビメディアについての情報を得ることの重要性である。放送衛星を利用して、英語で国際放送を行うことは重要な発信方法である。しかし、同時に、番組、コンテンツを現地語に改編し、現地の基幹放送局から放送する方法の視聴者への伝達力は大きい。この場合、現地の放送事情への知見が欠かせない。
あわせて、アジアのテレビメディアへの関心を深めていくことで、地政学的思考を深め、国際社会の安定につながる活動に寄与できれば幸いと考える。
脚注:*アフガニスタンの地域区分については、日本の外務省等は「中東」:としているが、本シンポジウムでは、アフガニスタンの筆者の原稿に従って「アジア」とした。
村神 昭
ジャーナリスト
東京大学経済学部経済学科卒業。NHK報道局編集主幹、編成局担当局長、放送文化研究所長。JAMCO専務理事を経て現職。