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JAMCO オンライン国際シンポジウム

第23回 JAMCOオンライン国際シンポジウム

2015年2月~2015年10月

日本のテレビ番組のアジア・中東での理解の実態

第二の箱舟 21世紀における災害への備え

Natalia Ilieva
アジア太平洋放送連合 事務局長補佐官

人生に、そして考え方全てに、消えることのない痕跡を残す出来事がある。 BBC ワールドサービスのジャーナリスト時代、そのような鮮烈な経験が4度あった – 1997年のダイアナ妃の死、2001年9/11アメリカの同時多発テロ、2004年のインド洋大津波、そして2005年のロンドンテロ襲撃だ。

いずれもブッシュ・ハウス(1941年~2012年、ワールドサービスの本部)で当番の時に起き、事実確認と新たな情報を掘り起こすために一所懸命だった。僅ばかり伝わってくるタイの観光の島 – プーケット – の現地の状況を把握するための詳細を求めて、ニュースルーム総出で必死になってハワイの太平洋津波警報センター (Pacific Warning Center) に連絡をしようとした様子は、昨日のことのように覚えている。

それまでプーケット島は冬のヨーロッパから渡っていく観光客に人気の避寒地として知られていた。けれど2004年の12月26日、それは永遠に変わった − 壊滅的な打撃をもたらした大津波とプーケットは常に結び付けられ、瞬時で世界は様変わりし、自然災害に対する捉え方も、備えのありかたも、大きく変わった。

この時は知る由もなかったものの、一番大きな被害があったのは実はインドネシアのアチェで、プーケットではなかったのだが、やはり記者がいる所、あるいは2004年インド洋大津波の時のように、裕福な欧米の観光客がいる所に、報道が集中する傾向がある。ジャーナリストは、情報を伝えるために最善をつくさなくてはならない。ことに苦しんでいるご親族のために。できる限りの信頼できる情報を伝えることは、災害の時には何よりも大切なことであり、多くの場合生死を分けるものだ。

あの時、災害に取り組み、視聴者に情報を伝えるためのジャーナリストのトレーニングが私の仕事の重要な要素になるとは想像すらしていなかったし、2010年、アジア太平洋放送連合(ABU)の仕事をするためにマレーシアに移った後、ふたたび同じような体験をすることになろうとは思ってもいなかった。

2011年3月11日、マレーシアでNHKの仕事仲間が手がけた Early Warning Broadcasting Systems に関するABU のワークショップのさなか、衝撃的なニュースがもたらされた。マグニチュード9の地震と壊滅的な津波が発生し、世界一防災の整った国で18,475人(死者と行方不明者の合計)の命が失われた。

すでに私は国連アジア経済社会委員会(UNESCAP)の支援を受けたABUプロジェクト — Early Warning Broadcast Media Initiative に深く関わっていた。この衝撃的な事態は私自身と所属機関が、活動している各国で今後の災害への備えを実現させるためのコミットメントをさらに奮い立たせた。

ABU加盟国において、災害への備えのための体系だったたゆまぬ取り組みには莫大なニーズがある。アジア太平洋は、世界全体の災害による犠牲者の80%、インフラ損壊の60%という、世界最大の被害地域である。いま示されている未来図は不安を覚えるものだ。気候変動が予測不可能な気象パターンを引き起こし、台風、サイクロン、水害など、さらに強烈な自然災害が発生するようになる。

ここ2年で、ABUの早期警報と災害への備えに対する取り組みは、急速に拡大してきた。さらに、ABUは早期警報と災害への備えにおいて、メディアを政府の信頼されるパートナーにしていくためのグローバル・キャンペーンの先陣を切って取り組んできた。国の災害リスク軽減(DRR: Disaster Risk Reduction)政策と立案にメディアを統合させていくことを目指しているABUのアウトリーチ・キャンペーン Saving Lives: Preparing for Disasters の成果もみられ始めている。ABUは、10カ国で緊急警報と災害への備えに関わる、政府機関、NGOからコミュニティ自体に至るまで、全ステークホルダーを結びつけていくために取り組んでいる。

本論では、過去3年を通じて、レジリエントなコミュニティを築く上でのメディアの役割についてABUが得た知見を共有したい。また、早期警報ならびに災害リスク軽減コミュニケーションについて、アジア全域で実施した30以上のワークショップを通じて得られた教訓についても示していく。

いのちを救う:災害への備え
レジリエントなコミュニティを築くためのABUメディア・キャンペーン

津波、水害、台風、嵐などの自然の脅威は、必ずしも災害に繋がるとは限らない、が我々の取組みの原点である。災害とは、脆弱な — 自然界の怒りに耐える十分な備えができていない – コミュニティが被害にあった時、はじめて起きるものだ。

砂漠の中心で嵐が発生しても災害とはならないが、同じ嵐が備えのできていない漁村を壊滅させかねない。

突然起きる災害を生き延びることは、運、あるいは入念な事前の計画と備えによって可能になる。運とはその時、どこにいたのかによって決定される、あくまで偶然の産物でしかない。

計画段階では、入念な準備と、国・地方・コミュニティの各レベルで、早期警報発令に関わるすべてのステークホルダー – 気象庁、災害対策当局、NGO、コミュニティ、そしてメディア − 間の優れたコーディネーション(調整と連携)が必要である。ステークホルダー間のコーディネーションを向上させ、メディアを統合させていくことが、近年ABUの人命を救うための取組みの中核と位置づけられてきた。

そして、どの国に生まれたのかという偶然が絡んでくる。地震、津波、台風が発生しても無事である確率は、フィリピンやバングラディシュに比べると、日本の方が遥かに高くなる。日本の災害への備えは、この地域どころか世界でも圧倒的な高水準にある。日本の気象庁とABU創設メンバーのNHKは、世界一迅速で信頼性の高い、事前、途中経過、そして災害後のコミュニケーションの仕組みを作り上げてきた。信頼され、常時改善されてきたこのシステムは、度々多くの人命を救っている。過去40年を通じて開発されており、メディアをコミュニケーションの流れの中心に位置づけている。

ここでは、全メディアが網羅されている。公共放送も、民間のメディアも。全国規模の広域災害は国家の緊急事態で、一人残らず果たすべき役割がある。災害は常に国家的緊急事態であり、公共・商業・民間の全メディアに役割が与えられ、果たさなくてはならない。放送事業者としての最低限の責務であろう。

災害が発生するとき、その影響と余波に取り組まなくてはならないステークホルダーらは、メッセージ、情報、アドバイスを発信するために、例外なくメディアを頼る。災害への備えの立案の初期段階からメディアが関与することが重要だ。

メディアが視聴者との信頼関係を築きあげていれば、災害が襲いかかってくる時、人はそのメディア(特にラジオ)のアドバイスを仰ぐ。全国ネットのラジオ局・放送局は状況の全容を伝え、国際的な報道機関に情報を提供するが、災害前、途中、そして災害後の全フェーズで、地元の放送事業者が視聴者に警戒を呼びかけ、情報を提供し、助言を伝えることは、更に重要な意味を持つ。そこで必要なのは、高リスク地域の住民への対応のための総合的取組み姿勢を確実にするために全国ネットと地域の放送事業者を結びつけ、責任と役割を割振る標準業務手順(SOP:Standard Operating Procedure)を通じてテンプレートを示すことである。

当局の災害警報ならびに対策担当と、被災の危険にさらされている人々の間のインターフェースであるメディアが担うべき役割なのは明白である。災害の備えにかかわる全ステークホルダーを結びつけている共通項であり、想定される災害に備えるためのキーパートナー、そして人命を救うための解決策の一部でなくてはならない。

ABUはDRRとレジリエントで安全なコミュニティを築くためのプロアクティブなメディアの役割モデルを開発した。

DRRにおけるメディアの役割について語るとき、迫り来る危険について警告するためにメディアが自らのネットワークを活用する、明確な4フェーズ(局面)を併せて見ていく必要がある。

フェーズI 災害直前、目的は被害の軽減。メディアは、

  1. 警報を発し、設備があれば緊急地震速報(EEW)、緊急警報放送システム(EWBS)信号を送出する。
  2. 速やかな避難を呼びかける。
  3. 避難先と避難の際にとるべき行動を指示。
  4. 定期的、正確、かつ理解可能な災害状況に関する最新情報を、適切なトーンで伝える。

フェーズII 災害発生時と直後。目的は捜索救助活動の支援。メディアが注力すべきことは、

  1. ライフライン情報として、交通、通信、水、ガス、電気、医療などに関して放送する。
  2. 被害状況について、場所と被害の実態(重要なインフラ – 避難所、道路、空港、港湾、原子力発電所、火災などを重視)について伝える。
  3. 安否確認 – 連絡の取れなくなった家族に関する情報、生存者の氏名などの情報提供。安否に関する情報を準備し、データ放送とインターネット・システムで提供する。

フェーズIII 災害後。目的は緊急救援と早期復興のサポート。メディアは必ず、

  1. 被災者の必要としている情報を提供する。
  2. 社会の復旧のための長期的支援を行う。

フェーズIV 平穏時 – 災害と災害のあいま。メディアが注力するのは、

  1. 中長期の復興を支援する。
  2. コミュニティの育成。
  3. DRR に関する政府の行動をチェックする。
  4. レジリエントなコミュニティを構築する。

効果的な緊急警報にとって、おそらく最も重要なのはフェーズIVであろう。だが一番ないがしろにされる傾向がある。本来、メディアは積極的に先んじて動くプロアクティブさよりも、むしろ事態に反応する傾向を有しており、急展開する状況を熱心に追うものの、事態がおさまると急速に関心が薄らいでいく。フェーズIVは、プロアクティブなメディアを形成するための鍵となり、DRRでABUが最重要視している点に含まれている。

フェーズIVには、ふたつの並列したプロセスが含まれている。
A. 災害に対する放送局の準備。

B. 災害に対する住民の準備。

A. 災害に対する放送局の準備

全国、ならびに各地方放送事業者は、災害に対して備える上での各々の責務を認識できるようにしなくてはならない。自然現象の打撃を受けるとき、いかに効果を発揮できるのか、そして災害後、他の通信手段に影響が出ているとき、情報の集結点になる方法も知る必要がある。放送事業者は、災害時のために体系だった備えをしておくべきである。なかでも、

1.組織としての準備

放送局は、標準業務手順(SOP:Standard Operation Procedures)として、誰が、いかなる行動をとるべきかを定めた、緊急放送計画(Emergency Broadcast Plans)を整備しなくてはならない。全スタッフがSOPを熟知し、さらに定期的な訓練を通してSOPを試し、状況の進展に合わせて刷新し続ける必要もある。災害における情送出の最前線であるニュースルームにおいては、全スタッフが対応方法、そして情報を伝達する際、貴重な時間を無駄なく活用する方法について訓練をしておくことは極めて重要である。生死を決定することなのだ。

多くのABUメンバーは正式な緊急放送計画をたてておらず、災害時、その場しのぎの対応をしている。SOPが存在していても、往々にしてあまりにも複雑、スタッフが存在すら知らない、訓練を一度も行っていない、といった状況がみられる。

ABUは、地震、津波、台風、洪水など、様々な危険に対応した緊急放送計画の策定のために、いくつかの放送局をサポートしている。NHKの地震と津波対策、Radio Television Hong Kong の台風対策など、メンバーの中でも最も優れた取組み(ベスト・プラクティス)に基づいたものだ。それでも今後の災害に対して、すべての放送局の用意を整えるまで、長い道のりが残されている。

放送局は、災害時に必要な生放送を担当できる、尊敬されているベテラン・ジャーナリストを構成員とする緊急対応ユニットを作るべきである。極めて重要な点は、情報を伝える人員が生命を救う情報の正しい取材・事実確認・発信に関して訓練され、適切なトーンで伝え、パニックを起こさずに視聴者が警告に応じるようにすることだ。また、伝え手が視聴者に信頼され、尊敬されていることも極めて重要である。

アジア全域で多々みられることだが、多くの放送局ではニュースルームで、緊急警報を発令すべきか否か、ジャーナリストが上司の承諾を得るために大切な時間をいたずらに費やしている。この弱点についてはSOPを採用し、プレッシャーがあっても堂々と仕事ができるベテラン・ジャーナリストの構成する緊急対応ユニットを設けることで対策を講じる必要がある。

被災地に派遣できる急速展開ユニットを整え、十分な機材 – ポータブルカメラ、ヘリコプター等 – を与える。捜索救助活動の間、スムーズに情報を流す助けとして、放送局が是非とも必要としている能力だ。日本のNHKはこの分野の先駆者で、災害時の公共放送事業者のすばらしい手本である。ヘリコプター・クルーを数分間以内に送り出せるのに加えて、災害の状況を把握するための技術や機材にも常時開発・改善を続けている。中国のCCTVも同様の取り組みを行っている。テレビ用特別クルーは、災害の報せがもたらされれば、2時間以内で派遣可能だ。Radio TV Malaysia も急速対応ユニットを編成し、いかなる災害にも応じる体制を整えようとしている。

2.技術の備え。災害時、放送局がスムーズに運営される万全の体制を整えるのは必須。主に注力するべき点は、

災害に対してレジリエントになるよう、あらゆる対策を講じておく。建屋構造、機材のバックアップ、具体的にはバックアップの発電機、Radio-in-a-Box 等のバックアップの機材も含む。

放送センターの送信設備を維持する。メインの放送設備が大破した場合、放送機能をバックアップの他の放送局に移転させるべきである。

コントリビューションとディストリビューション・ネットワークを維持する。

コントリビューション・ネットワークは、外部からの素材を集め、放送局に送り込む。例えばOB(Outside Broadcasting地上波)、SNG(Satellite News Gathering衛星)、IPネットワーク、リモコン操作カメラ、ヘリコプター等を含む。

ディストリビューション・ネットワークは、送信所や家庭まで放送事業者の番組を送り込む。例えばTTL(Transmitter to Transmitter Link), STL (Studio to Transmitter Link), 光ファイバー、加えてバックアップ発電機、緊急警報等の送信設備を含む。

3. スタッフの訓練が、緊急警報が効果をあげるか否かを決定するアクションである。そのために必要なことは、

局の緊急放送計画(SOP)に関する、全スタッフのためのトレーニング・プログラムを策定する。全員がSOPを熟知しなくてはならない。新規採用者の受け入れプログラムに組み込む必要がある。また、緊急警報発令や災害対策担当の当局、通信機材の変更等に応じて、随時SOPの改変を踏まえて、訓練も刷新されるべきである。

スタッフ全員が参加する緊急放送計画(SOP)の定期的な訓練を実施する。放送局職員ひとりひとりが、災害時の自分の役割を熟知していなければ、いかなる見事な計画も機能しない。ここでもNHKが毎晩実施している震災時の訓練は、放送事業者の責務を更に高レベルに引き上げる、輝かしい例としてあげられる。

4. 災害リスク軽減(DRR)を全コンテンツでメインストリーム化。

「災害時のメディアの役割は極めて重要だ」とよく言われている。残念ながら、「災害時のメディアの役割」は、人命を救うには手遅れの場合が多い。すでに災害が発生し、メディアは悲劇的な事態に対して反応しているに過ぎないからだ。

高リスク地域では、メディア、特にラジオとテレビは、平穏時にプロアクティブな役割を作り上げていくべきである。プロデューサーとエディターが、視聴者の心を惹きつけ、楽しみながら学べるように、情報量の多い、予防的な番組を製作するために積極的に動くことがもとめられる。

このようなプロアクティブなDRRへの取り組みを発揮できるよう、メディアの現場は災害や災害への備えについてリポートし、災害への備えについて楽しみながら学べる番組を製作し、社会の隅々まで届く、質の高い番組編成をしていくべきである。
残念ながら、アジア太平洋地域のメディアの現場は、災害への備えやDRRのためのメディアのプロアクティブな介入をする体制には未だ至っていない。ABUは事態打開と放送事業者の組織の中にプロアクティブな災害への備えの体制を作りこんでいくために必要な段取りを明らかにした。

緊急警報のために必要なこと

  1. アジア太平洋全域で緊急警報と災害報道のためのニュースルームの訓練を実施する。いま、多くの事業者はこのスキルを有しておらず、従来よりも頻繁により大規模な災害が発生するという今後の見通しを考えると、悲劇ですらある。緊急時のメッセージに不可欠な要素と適切な表現や文言、そしてその際にふさわしいトーンについてのトレーニングをニュースルームに対しておこなうべきである。
  2. ニュースルームと、気象庁や災害対策担当部局などの災害警報センターが常時連絡し合えるよう、サポートする。ニュースルームは常に緊急警報を確認する慣習を文化として根付かせ、上に示した機関の窓口とネットワークも最新の情報で常時アップデートする必要がある。
  3. 放送事業者と災害警報センター間を取り持ち、警報メッセージのための共通言語を「調整」していく。この場合、「言語」と表現は、科学的に正しく、同時に一般人にも理解できなくてはならない。往々にして災害警報センターの伝えるメッセージは数字と専門用語であふれかえり、一般人には完全に理解し難い内容になっている。2013年の台風ハイヤンでは、フィリピンのタクロバンの多くの被災者は危険が迫っていることを知りながら、Storm Surge (ストーム・サージ。高潮) が、台風の引き起こす巨大な波が内陸部深くまで到達することを意味すると把握していなかったため、避難しなかった。かなりのタクロバン市民は、もし津波警報が発令されていたら避難をした、と語っている。ABUはただデータを流すだけでなく、想定される災害の被害規模について、真に伝わる理解可能な情報を発信していくための共通言語の「調整」をいくつかの国でサポートしている。
  4. ニュースルームのエディターとリポーターに対して、沿岸部を始め、様々な自然のハザード(危険・脅威)に関する地域と国で定められている警報システムについてトレーニングを行う。各方面から寄せられる警報を評価し、解釈するために実に大切なことだ。ニュースルームのスタッフは、誰がステークホルダーなのか、そして緊急事態の際にいかにして決定がなされるのか、知る必要がある。

気候変動への備えのためのアクション

  1. 気候変動とその悪影響への適応に関する総合的なキャパシティ・ビルディング・プログラム。気候変動は複雑であり、質の高い、正確で視聴者に語りかける番組を製作するための「翻訳」を行うにあたって、ジャーナリストの徹底的な勉強がもとめられる。多くの組織の最優先事項にされるべきことであり、国際社会は、このような取り組みをサポートするべきである。
  2. 気候変動と適応、そして視聴者の生命と生活手段に重大な影響をおよぼすDRRにかかわる内外の問題を特定できる能力を持つ、エディターとリポーターの専門チームをつくる。驚くことに、途上国のABUメンバーのほとんどは環境問題のリポーターを抱えていない。このような専門ジャーナリストを育成し、任命するのは最重要課題である。
  3. 気候変動問題の話題を取り上げるための場をつくり、インパクトについての議論を促し、今後の災害に備え、耐えられるよう、視聴者に広く呼びかける。気候変動、環境、そして災害への備えを定期的に番組で取り上げることの大切さを放送事業者の幹部が十分認識していないことも、現状と関係している。

    喜ばしいことに変化の兆しが現れはじめている。タイの公共放送事業者、Thai PBSは毎週土曜日の午後の枠で、これらの問題を取り上げる番組をスタートさせた。非常に人気があり、災害が頻発するタイにとって価値のあるサービスとなっている。災害への備えと気候変動への適応に関する社会への教育にステークホルダーを関与させる、長期的戦略の一環として、ABUは Maldives Broadcasting Corporation と Pakistan Television Corporation がこのようなユニットをつくるのを助けている。
  4. ABUは、ABUメンバーに対して著作権フリーで提供される関連番組バンクを築き上げつつある。世界を見渡せば、諸問題と災害の軽減策や備えを浮かび上がらせる素材が充実している。ABUは、この類の番組を入手するために国連の該当機関と接触している。

B. 災害に対する住民の準備

社会と災害警報センターである気象庁や国の災害対策当局の間のインターフェースとして、メディアは政府機関の警報発令を伝えるメッセンジャーに留まらない責務を担っている。メディアは視聴者を啓発し、危険に耐えるために何が必要かを伝え、DRRを各人とコミュニティの日常に落としこむための方法の準備を助けるために尽力しなければならない。すべての視聴者のターゲット層 − こども、青少年、女性、高齢者など – に対してアピールするクリエィティブな番組を通じて達成可能である。

1. 緊急警報への対応に関して、市民を備えさせる

いかに正確な警戒警報がタイムリーに発令されても、住民が然るべき対応を認識していなければ、命を救うことはできない。当局が迫り来る台風にレッド・アラートを発令しても、速やかに安全な高台に避難せよという意味が事前に理解されていなかった場合、メッセージは失敗したことになる。事前の警告、避難ルート、アクション・プラン、サバイバル方法、そして社会をあげての対応策は、若年層にも年齢を重ねた判断力に優れた視聴者にも同時にアピールする、楽しいながら極めて重要な意味をもつ番組を製作することができる。このような情報はドラマや娯楽番組に埋め込むことも可能であり、放送局のすべての番組でメインストリーム化させることもできる。

2. 気候変動のインパクトと適応に関して、視聴者を広く啓蒙する

上でも述べたように、プロアクティブなアプローチをとるために、メディアは専門ユニットを導入する必要がある – 経済、政治、またはビジネスの担当班を設けるのと同様に – 専任の記者、あるいは少人数のグループによって構成し、環境問題と気候変動への対応、さらにDRRと緊急警報の過程などについても担当することになる。
しかし、放送事業者には遥かに多くのことが可能であり – ニュース、時事問題、ドキュメンタリー、ドラマ、エンタテインメント – すべての番組編成に災害への備えと災害リスク軽減を織り込む、メインストリーム化ができる。

放送期間と視聴者が、将来の災害に対しての備えをするならば、多大なリソースが必要になる。多くの途上国にとって、けっして容易に配分できるものではない。しかし、トレーニングと番組コンテンツに投入できる潤沢な予算は実に有利ではあるものの、プロアクティブになろうとするなか、もっとも大切なのは態度である。まず放送事業者が視聴者と繋がりをつくりだすための方法や手段について学び、政府やNGOは協力が大いに効率を向上させ、最終的に人命を救うことに繋がることを理解する、といった必要がある。なによりも、政府はDRRについて視聴者に対して啓蒙できるように、ジャーナリストを訓練することが国の安全保障への投資であり、予算で優先されるべきだということを理解しなくてはならない。

メディアをDRRソリューションのキーパートナーにするための、ABUの国際的取り組み

気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)は、2014年の最新の報告書で、気候変動は事実であり、食料や水の安全保障に影響をおよぼし、必ず世界各国の社会・経済の発展を脅かすことになるのは明白だとしている。気候変動の適応と緩和は、今後50年にわたって、世界の政治・経済・社会をめぐるアジェンダを占めることになる課題なのだ。このグローバルな脅威に対して、協力して効果のある対応をはかることは、人類の存続と発展を決定する。

国連の主導的機関は、気候変動のチャレンジへのグローバルな対応のための計画策定を開始している。甚大な被害を起こした2004年のインド洋大津波の直後、国連国際防災戦略事務局(UNISDR: The United Nations Office for Disaster Risk Reduction)はDRRについての兵庫行動枠組(Hyogo Framework for Action)を立ち上げた。世界中に災害に強い国とコミュニティを構築するための10年計画である。160カ国以上の政府が加わり、すべての政策において、DRRをメインストリーム化することを約束している。これらのゴールを実現するために、政府は市民社会と協力し – 科学、プライベート・パートナーシップ、地方行政、国会議員、障害、そして女性など − 10のステークホルダー・グループが設けられた。2012年に加わったメディアは、一番新しいグループである。ABUはメディア・ステークホルダー・グループのリーダーをつとめ、2014年6月、バンコクで開催された第6回アジア防災閣僚級会議において、メディアのコミットメントのステートメントのプレゼンテーションをおこなった。

この他、ABUは欧州放送連合(EBU:European Broadcasting Union), アラブ諸国放送連合(ASBU:Arab States Broadcasting Union)、アフリカ放送連合(AUB:Africa Union of Broadcasting)等、他の放送連合に働きかけ、2015年3月、仙台で開催される第3回国連防災世界会議でメディアの共同声明の発表を呼びかけている。この会議から、兵庫行動枠組の後継が動き始める。

災害対策、DRRプロセス、政策の全ステークホルダーの共通項として、メディアは気候変動の最前線で戦うべきである。行動と政策を変化させ、影響を与えるうえで最も効率的でコスト効果の高い働きをするのはメディアであり、気候変動が今後起こすチャレンジに対して、各国とコミュニティの備えについて、意思決定担当者、一般人を問わず、意識を形成するリーダーでなくてはならない。

最後に旧約聖書の中の最も偉大な物語を振り返りたい。地球をすべて覆い尽くす大洪水から人間と動物を救うために、船を、箱舟を作ったノアの物語を。
いま、21世紀に生きる私たちは箱舟を刷新し、ふたたび作らなくてはならない。知識のための箱舟を、そして自然の猛威に対して脆弱になっていく一方のファミリーを − ファミリー・オブ・ネイションズ、つまり、家族のように結びついている国際社会を救うために。そのための新たな考え方と新たな創造性をもったアプローチが必要になる。気候変動のつくり出す未来は、わたしたちの過去の経験とは全く異なるものになる。もはや既存の解決策は、人類が生き延び、繁栄する助けとはならない。知識の箱舟を作り始めるための第一歩を踏み出すのは、われわれメディアの責務なのだ。

Natalia Ilieva

アジア太平洋放送連合 事務局長補佐官

ソフィア大学経済学部(ブルガリア)
オタワ大学(カナダ)/ケント大学(英国)Joint MBA degreeプログラム修了
ブルガリア出身。BBCやヨーロッパと北米、アジアの商業放送局のNGOや慈善団体で20年以上にわたり出版、ラジオ、テレビの各業界で記者として活動。ABUでは戦略的開発、人材、渉外、マーケティング部門担当。

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