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JAMCO オンライン国際シンポジウム

第23回 JAMCOオンライン国際シンポジウム

2015年2月~2015年10月

日本のテレビ番組のアジア・中東での理解の実態

防災・復興に貢献する国際文化交流とテレビ映像

小川 忠
独立行政法人国際交流基金 東南アジア総局長 ジャカルタ日本文化センター所長

ポスト3.11の広報・文化外交の取り組み方針

 日本の歴史において、否、世界の歴史においても未曽有のトリプル複合災害(巨大地震、巨大津波、原発メルトダウン)であった2011年の東日本大震災。この未知の事態にあって、被爆の恐怖から在住外国人が日本から離れていった。たとえば来日留学生は前年比3699名減少し、年間来日外客の数は前年の861万人から621万人と、240万人も激減した。放射能汚染によって日本の農作物は危ないという風評が海外で語られ「日本ではもはや人間が住めない」とか「日本経済は立ち直れない」、「日本はもはやアウトだ」という認識が拡がりつつあった。海外からみれば、日本そのものが「被災地」だったのである。

 海外における風評被害に直面する日本が、そして経済的にも、精神的にも壊滅的打撃を受けた被災地が、復興への足がかりを得るには正確な情報を提供し、かつ日本自体が復興への強い意志をもち、あきらめていないことを世界に示し、日本から離れていこうとする人・モノ・情報の流れを取り戻すことが求められていた。

 日本のパブリック・ディプロマシー(広報・文化外交)の一翼を担い、日本と諸外国間の文化交流を推進している国際交流基金も、ポスト3.11のパブリック・ディプロマシーの課題は何か、文化交流が震災復興にいかなる役割を果たしうるのか、組織をあげた検討を行った。その結果、以下の方針に基づき大小合わせて200をこえる東日本大震災関連事業を2011年度に実施した。

  • ①日本社会や日本人についての理解を促進する
    震災後に高まった日本への関心をより深い日本理解につなげる。日本への関心がステレオタイプな「日本特殊論」に陥らないように、日本文化の多様な側面を紹介する。
  • ②日本の被災経験・教訓を国際社会に活かす
    被災体験を国際社会と共有することで、各国の防災教育、防災文化の普及に協力する。
  • ③日本社会の復興・再生・活力回復に役立てる
    被災地、被災者と国際社会の交流と通じて、震災で負った心の傷を癒し、復興への活力や希望を取り戻し、地域社会の絆を強化する機会を提供する。
  • ④各国での日本支援・犠牲者追悼イベントに協力する
    海外各地で行われる日本に連帯しようとする取り組みに対して、国際交流基金の海外拠点を通じて、情報、ノウハウや交流の場の提供などで協力する。

 国際交流基金は、東日本大震災発生から3年を経た今も復興・防災に資する文化交流を重視した取り組みを世界各地で進めているが、2004年にスマトラ島沖地震(インド洋大津波)を経験した災害多発国インドネシアも災害復興・防災の側面から日本への関心は極めて高い。本稿では、国際交流基金の海外拠点であるジャカルタ日本文化センターが実施している文化交流事業の中から代表的事例を紹介するとともに、日本のテレビ番組がこの分野で如何なる貢献をなしうるのかについて私見を述べてみたい。

イスラム寄宿舎で語りあう日本の復興

 まず「①日本社会や日本人についての理解を促進する」という方針に基づく事業例をあげよう。

 筆者は東日本大震災の半年後の2011年9月、ジャカルタ日本文化センターに赴任した。以来、インドネシアの特性とニーズに合致した震災復興事業とは何かを考え続けてきた。その模索のなかで重要なキーワードになると考えるのが「復興における宗教の果たす役割」だ。

 災害復興・防災への取り組みは、通常技術や社会システムの問題として捉えられがちであるが、実は精神・文化も密接に関わる領域である。そしてインドネシアでは、日本と比較して、日常の社会生活のなかで宗教の存在を意識させられることが多い。この国は、世界有数の多宗教国家で、その宗教人口比は、イスラム教徒88.8%、キリスト教徒8.7%、ヒンドゥー教徒1.7%、仏教0.6%、儒教0.1%、その他0.1%となっている。圧倒的多数のイスラム教徒数は、2.1億人にのぼる。世界最大のイスラム人口を擁する国なのである。

 ところでこの国には、プサントレンと呼ばれるイスラム独自の教育制度があり、主に10代の少年少女が親元を離れた寄宿舎でイスラム教の教えを中心とした教育をうける。その数は1万数千にのぼると言われており、名門プサントレンの卒業生たちは、イスラム界のみならず、政治・経済・学術・文化と各界で活躍している。

 震災から三年、ジャカルタ日本文化センターは、こうした有力プサントレンを訪問し、「文化は震災にいかにたち向かえるか 日本からの教訓」という趣旨の講演+東日本大震災関連ドキュメンタリー映像上映を行ってきた。将来のインドネシアの指導者となるだろう青年たちに、日本はいかに復興の道を歩んでいるか、そのなかで文化(宗教)が災害からの復興や防災という面から大きな役割を果たし得ることを伝えようという趣旨である。

 こうした催しでよく上映するのが「NHKスペシャル 東北 夏祭り~鎮魂と絆と~」である。震災のあった年の夏、岩手県陸前高田市で、大切な家族・友人を失った人々が津波で傷ついた山車や太鼓を修復し、開催があやぶまれた「動く七夕まつり」を実現するまでの記録映像で、インドネシア語の字幕を付してある。

 災害からの復興過程において不可欠なのは、地域社会の「絆」であることを復興の現場に関わる人々は痛感している。東日本大震災では若者の流出、高齢化が進む地域を津波が直撃した。再び地域社会をどう構築していくのか。社会統合の観点から宗教文化は、宗教行事や祭りの実施を通じて大きな役割を果たし得る。上記「東北 夏祭り」は、そうしたスピリチュアルなものがもつ力をインドネシアのイスラム青年たちに、分かりやすく提示してくれる。鎮魂や祈りといった現代日本人の宗教意識を海外の日本になじみない人々に説明するのにも、この映像記録は格好の実例素材といえよう。

 催し後のアンケート回答などを見ると、2004年のアチェ大津波や2006年のジョクジャカルタ地震の際に、いち早く救援に駆けつけてくれたのは日本だという声、同じ災害多発国としての連帯意識が語られている。また東日本大震災において人々がパニックに陥らず互いに助け合った姿に敬意を表するとともに、その背景には宗教倫理があるのかと問い、より深く日本を理解したいと関心を示す者もいる。

 毎回催しを終えて感じるのだが、ふだん日本とは縁がない、日本人とも話したことがないインドネシアの青年たちが、東日本大震災の発生後に被災者が示した勇気、自制、寛容の心、厳しい状況のなかでも再び立ち上がろうとする不屈の精神に感動し、「がんばれ、日本!」と声援をおくってくれている。そのことに、こちらが感動するのである。

映像で共有する若者たちの防災教育

 「②日本の被災経験・教訓を国際社会に活かす」という方針に基づいて企画開発した事業として、防災教育をテーマとする若者コンペティションを挙げたい。

 大学や名門プサントレンで若者と接して感じるのが、「インド洋津波の際に救援にかけつけてくれた日本のために何かをしたい」「地震・津波・洪水・火山噴火などの自然災害に晒されるインドネシアのために何かをしたい」という彼らの社会貢献意識の高さである。

 ジャカルタ日本文化センターではこれに着目して、インドネシア社会科学院との共同事業として、インドネシア青年を対象とする防災教育のモデル・プロジェクトを提案してもらう「日本・インドネシア防災教育 若者コンペティション」を2012~2013年度と実施した。日本大使館とも相談して、コンペの優秀者には、外務省の訪日招聘プログラムで、被災地を中心とする日本への研修旅行に参加してもらうことを特典として位置付けた。これにより、インドネシア青年に日本の防災・復興に関する知見を伝え、彼らのインドネシア防災・復興への主体的な関与を奨励するのである。

 2012年度第一回応募が556名であったのに対して、2013年度第二回の応募は1276名と倍増した。2013年度は、1276名のなかから選ばれた防災教育に取り組む大学生24名を表彰した。表彰された24名は、外務省の「JENESYS2.0」事業によって日本に招かれ、防災を含めた現代日本の今に触れる機会が与えられた。

 優秀学生を選ぶプロセスでは、防災教育が広くインドネシア社会に共有されるように幾つかの仕掛けを我がセンターの職員たちが考えた。その一つとして、書類選考から第二次選考に進んだ26チーム・104名(男女各2名、合計4名によるチーム制が応募条件)に、自分たちの防災活動をアピールする短編ビデオを作成し、Youtubeに投稿することを課したのである。

 この投稿に基づき、①自分たちの活動が直面する災害リスクへの理解の確かさ・深さ(防災理解の深さ)、②提案されている防災アイディア(問題解決提案能力)、③短編ビデオのアピール力(コミュニケーション能力)、以上3点を基準とする専門家による審査によって優秀学生を選出した。

 彼らの取り組みを広く社会に紹介するために、この26チームの短編ビデオをジャカルタ日本文化センターのフェイスブックに公開したところ、審査期間中だけでも3800の「いいね!」が寄せられた。この選考方法は、ソーシャル・メディアを活用した、新しい防災知識の社会的共有手法として、今後他事業でも活用が考えられるだろう。
(以下は、私がとりわけ感心した一本「Blinds’Clue」)
 http://www.youtube.com/watch?v=RkiBkef77t8
(26本全編ご覧になりたい方はこちらから)
 https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=585550104850637&id=150311718374480

 このコンペに寄せられた映像を見ると、いかにインドネシアが直面している災害が多様であるかに驚かされる。地震、津波以外にも、火山の噴火、集中豪雨による地滑り、都市部の洪水などを想定した防災活動が映像のなかに描かれている。これら災害に対応する取り組みも、身体障害者や子ども、老人などを対象にした避難訓練、マンガやキャラクターを使った防災教育、地域住民とのコンセンサス作りなど多様だ。あらためてインドネシアが「自然災害のデパート」と呼ばれるゆえんを再認識する。

 最後に、インドネシアで復興・防災に関するパブリック・ディプロマシーに携わっている立場から、この分野において日本のテレビ番組に期待したい国際貢献について触れておきたい。それは、被災体験、復興記録映像の国際的共有である。

 冒頭で述べた通り、東日本大震災は、地震+津波+原発メルトダウンが連続して発生した未曽有の大災害である。それゆえに、その経験、そこから学んだ教訓は、将来起こりうる災害からより多くの命を守るために、国際社会にとって貴重な資産となるはずだ。

 NHK東日本大震災デジタル・アーカイブスは、NHKが取材した膨大な被災情報とニュース映像、被災者たちの証言を収集・分類しており、後世の人びとが防災・減災の観点から教訓を学びとることができるように編集されている。これを英語ほか各国言語でもアクセスできるようにして国際的に共有していくことは、日本のテレビ放送が果たしうる重要な国際貢献であると確信する。

 また前節で紹介したインドネシア青年たちの防災教育ユーチューブ映像のようなアジア各国に流れる防災、復興映像を収集・保存するとともに、各国において災害デジタル・アーカイブス立ち上げを促し、その国際的なネットワーク化のイニシャティブをとることも、災害の多発するアジア地域でなしうる日本のテレビ放送ならではの国際貢献といえよう。


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小川 忠

独立行政法人国際交流基金 東南アジア総局長 ジャカルタ日本文化センター所長

学歴:
1982.3 早稲田大学教育学部英語英文学科 学士号取得
2012.9 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 博士号取得

職歴:
1982       国際交流基金入社
2007.1-2011.8  日米センター事務局長
2008.4-2011.9  上記に加え、日本研究・知的交流部長兼任
2011.9-     国際交流基金東南アジア総局長、ジャカルタ日本文化センター所長

著作:  
1993  『インドネシア 多民族国家の模索』(岩波新書)
2000  『ヒンドゥー・ナショナリズムの台頭 軋むインド』(NTT出版)
2002  『インド 多様性大国の最新事情』(角川選書)
2003  『原理主義とは何か 米国、中東から日本まで』(講談社現代新書)
2007  『テロと救済の原理主義』(新潮選書)
『パブリック・ディプロマシー 「世論の時代」の外交戦略』
2012  「戦後米国の沖縄文化戦略」(岩波書店)他

受賞:
2000  「ヒンドゥー・ナショナリズムの台頭 軋むインド」(NTT出版、アジア調査会アジア・太平洋賞特別賞受賞)
 

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