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JAMCO オンライン国際シンポジウム

第21回 JAMCOオンライン国際シンポジウム

2013年3月14日~9月15日

津波防災とアジアの放送局

タイにおける津波対策とメディアの役割

Supanee Nitsmer
タイ、ラムカムヘン大学マスコミ学部 准教授

はじめに

 津波による被害は震源地からおよそ1,000km離れた地域にまで及ぶことがある。津波には局所的(local)な津波と地域的(regional)な津波があり、前者は震源地から100km以内の海岸に害をもたらし、後者は震源地から最大1,000km離れた海岸に害をもたらす。地域的な津波は特定範囲を越えて、非常に限定的かつ局所的な影響を及ぼすこともある(*1)。
 2004年12月26日、日曜日の早朝、インドネシアのスマトラ島の西海岸沖に巨大な海底地震が発生した。地震発生からわずか8分後には最初の津波が至近の陸地に到達した。さらに15分後には津波はスマトラ島北部を襲い、およそ2時間後にはスリランカとタイにまで達した。この結果、被害はインド洋沿岸の12か国(バングラデシュ、インド、インドネシア、ケニヤ、マレーシア、モルディブ、ミャンマー、セーシェル、ソマリア、南アフリカ、スリランカ、タイ)に及び(図1)、20万人が命を奪われ、230万人が家屋を失った。

 インド洋沿岸の人々のほとんどは津波の前兆となる異変(*2)に気づかず、震源地から遠く離れた地域に津波の襲来を知らせる津波警報システムは存在しなかった(*3)。

     図1: 津波によって影響を受けた12の国
図1: 津波によって影響を受けた12の国     (出典:国連人道問題調整部:Indian Ocean Earthquake and Tsunami: Humanitarian Assistance and Relief Operations, CRS Report for Congress (2005))

*1 USAID (2007) Tsunami Warning Center Reference Guide, U.S. Indian Ocean Tsunami Warning System Program (US IOTWS), バンコク。
*2 非常に速い川の流れや大規模な洪水に似た海水の急激な上昇。津波が近づいてくると、貨物列車3台分の通過音ないしはジェット機の轟音のような音が鳴り響く。場所によっては、海水がいったん沖のほうへ急速に引いてから、泡だった海水がどっと押し戻す。「これまでに見たことのないような距離まで海水が引き、広い範囲に渡って海底が露呈して、魚や小舟が砂地に取り残された」という証言も少なくない(Tsunami Smart, 2010)。
*3 Humboldt Earthquake Education (2011) Living on Shaky Ground: How to Survive Earthquakes and Tsunami in Northern California. Putting Down Roots in Earthquake Country Seriesに収録。


本報告書の構成

 報告書の構成は次のようになっている。まず2004年の津波がタイに及ぼした影響を述べた上で、この緊急事態への反応と対応がどうであったかを説明する(「災害発生時」)。第二に、災害からの復旧及び復興を論じる(「災害後」)。第三に、予期しない津波の災害を防止し、軽減する方策を検討する(「備え」)。これらの各項目のもとに、図2は、現状を改善して被害を減らし、今後の再発に備えて防止策をとるうえで、タイのメディア・放送関係者がこれまでどのような役割をどう果たしてきたかを示している。最後に、津波の被害を受けやすい国々の間での効果的な「国際協調」の形を取り上げ、破壊的な災害の影響を軽減し、人命の損失を最小限にするための重要な教訓を示した。

     図2: 2004年の津波災害におけるメディアの役割
図2: 2004年の津波災害におけるメディアの役割

災害発生時:影響と反応

2004年の津波災害は、以下のような時系列で起こった。

  表1: 2004年12月26日の津波の経緯(*4)
表1: 2004年12月26日の津波の経緯

        図3: 2004年津波による影響を受けたタイの地域
図3: 2004年津波による影響を受けたタイの地域         出典: www.mapsofworld.com

影響を受けた地域には2つのタイプがある。ひとつは地震の影響が軽微だった地域である。これらの地域では、地震は感じられたが、建造物、財産、人命には害がなかった。タイの中央に位置する首都のバンコク(地震は高層ビルでだけ感じられた)のほか、北部のチェンマイ、チェンライ、メーホンソーン、ランパンなどがこのタイプに入る。もうひとつのタイプは、大きな損害が発生した地域であり、タイ南部の西海岸(アンダマン海)に位置するクラビ、トラン、パンガー、プーケット、ラノーン、サトゥンの各県がこれに含まれる。

 津波が発生したのは地震の発生からおよそ1時間半後であったにもかかわらず、タイの被害は大きかった。この原因は、それまでタイが津波を経験していなかったことによる。ほとんどのタイ人は津波が何であるかさえ知らなかった。

*4 文化省 (2005年) Events of Disaster Tsunami: 26 December 2004, 津波災害一周年
*5 この無線周波数はタイ政府が所有しており、1991年に民間企業に貸与された。主にバンコクとその近郊のニュースや交通情報を流している。
*6 テレビ局のチャンネルの一つで、内閣官房、首相官邸により運営。詳細はwww.prd.or.th
*7 Viroj Thirakul (2005) Fencing Tsunami Off!, Bookbusiness.com, バンコク, p.150
*8 政府からのリースによるラジオ局。主にニュースを扱い、無線周波数はバンコクとその近郊の97.0MHz。
*9 文化省(2005年)Events of Disaster Tsunami:26 December 2004, 津波災害一周年
*10 ITV (Independent Television)は1996年に設立され、2007年に廃業。
*11 タイ国営マスコミ公社は1977年に設立され、チャンネル9またはモダン9テレビとして知られる。


第一日目に関する所感

  • 津波に関するニュースのソースは2つの政府機関(鉱物資源局(DMR)とタイ気象局(TMD))に限られていた。

  • タイ気象局が地震を報告(最初の公式の津波発生報告 *12)したのは2004年12月26日9時00分だったが、それがニュースとして流れたのは9時20分だった。9時20分は通常のラジオニュースの時間ではない。通常、タイの全国ニュースは7時00分、12時00分、19時00分に放送される。

  • タイ気象局の職員は、ウェブサイト(http://www.embassyofindonesia.org/)を通じてインドネシアからより多くの情報を直接得ようとした。気象局内のこの分野の担当部局の長やその他の関係者は気象局に駆けつけ、国内外の気象機関や災害防止機関とコンタクトをとった。気象局には詳細な情報を求める問い合わせが殺到していた。

  • これまでインド洋で津波が発生したことはなかったため、公式な警報を出すには非常に慎重にならざるをえなかった。巨大な津波は通常の想定を超えていたのである。(*13)

  • 津波の第一報はFM100 Radio Stationが、次いでGG News Radio Stationが報じたが、これらは一般的なニュース・ラジオ局であり、その電波はバンコクとその近郊にしか届かなかった。

  • 2004年の時点で、タイには広告を収入源とする無料のテレビチャンネルが6つあった。3、5、7、9、11のチャネルおよびITV (Independent Television)である。これらのチャンネルでは、放送時間のスケジュールは番組編成者と広告主に割り当てられていた。津波のような突発ニュースに時間を割けば、通常の番組スケジュールに支障が出る。(広告の無い公共テレビ局であるタイPBSが開設されたのは2008年。)これらの他には、衛星ケーブル局とIPTV(Internet Protocol Television)が存在していた。

  • 2004年の時点で、タイのラジオ局はすべて国によって所有されていた。民間放送局は国に料金を払って放送時間を購入する仕組みになっていた。ネットワーク局はみずからのニュースや番組を放送できたが、7時、12時、19時にはバンコクの広報庁(Public Relations Department)から送られてくる全国ニュースを放送する義務があった。従って、9時に行われた警報の発表は臨時の政府提供ニュースとなった。

  • 9時20分の警報以降、「現時点では被害は報告されていない」という声明以外、災害防止や避難に関する声明は発表されなかった。地震発生が確認された8時から津波がタイの西海岸に到達する9時30分までの間、重大な警報は何一つ発せられなかった。

  • プーケットのTVチャネル11(*14)はプーケット島を大きな波が襲った直後に津波に関するニュースを流しはじめ、政府に早急の対応を要請するとともに、住民の理解を求めた。同局は津波との襲来と津波が引いた後の様子を報じ、ニュースと情報を流すだけではなく、対策センターへとなり、外国人旅行者の一時的な避難先や、住民と救助機関をつなぐリンクとして機能した。(*15)

このように、メディアは災害報道担当の政府機関から流された情報だけを放送していた。こうした事態は、破壊的な津波に対処するうえでのメディアの弱点と欠陥をあらわにするものだった。津波に関する知識がなかったため、被害を小さくするためにメディアが果たした役割はごく限られていた。タイが津波に襲われたときにどうすればよいか、どうすれば自分の身を守ることができるかをメディアは人々に伝えることができなかった。

 災害当日、メディアは津波に関する知識やその危険を伝えることよりも、もっぱら人々の目を引くニュース(たとえば壊滅的な被害の様子)に焦点を合わせた。津波に関する知識がないことから、メディアは迫り来る災害をすばやく伝えることができず、自ら事実を解明するよりも公式見解を信じる傾向が強かった。(*16)

 しかし初日以降、メディアは状況の深刻さを理解するようになった。被害状況を伝えるうえでタイのマスメディアは大きな役割を果たした。どのような支援がどこでいつ緊急に必要とされているについてもすばやく報道した。義援金も集まり、必要な人々の手に渡った。

 その後は以下のような影響や出来事、反応がメディアにより報道された(表2)。

  表2: タイにおける津波の影響と反応(*17)
表2: タイにおける津波の影響と反応

 タイにおいて2004年の津波の被害がもっとも大きかったのはアンダマン沿岸であり、クラビ、パンガー、プーケット、ラノーン、サトゥン、トランの6つの県が壊滅的な打撃を受けた。人命と財産の喪失は計り知れなかった。被害を受けた地域は広範囲に渡った(407の村、95の郡支部、25の郡)。7,195隻の小型漁船が破壊され、6,764戸の家族が家を失った。水産養殖で生計が立てられなくなった家族は7,487戸に達した。アンダマン沿岸の観光業も大きく影響され、その損害は300億バーツに達した(*19)。適切な津波警報システムが用意されていれば、多くの命が救われたはずである。津波はタイの危機管理と緊急対応システムの大きな欠陥を白日のもとにさらした。関係者全員が力を合わせて効果的な危機管理システムを構築するうえで、メディアは大きな役割を担うことができる。


*12 地震当日、タイ気象局で夜勤に当たっていた職員は2人だけだった。巨大な地震の発生を知ったこれらの職員は上司に報告を続け、最初の公式声明が出された。
*13 アジア防災センター(Asian Disaster Preparedness Center: ADPC)は、国際連合人道問題調整事務所の前身にあたる国連災害救助機関のイニシアティブのもとに1986年に設立され、アジア諸国の災害管理システムの強化を目的としている。アジア防災センターが1994年にまとめた調査「タイにおける災害管理戦略の強化」(“Strengthened Disaster Management Strategies in Thailand”)には、タイにおける災害の頻度、危険性、脆弱性、管理レベルが相対的に評価されている。これによると、タイでの地震の危険性と地震に対する脆弱性は「低」、管理は「貧弱」、災害リスクは「中」となっていたが、(地域規模または遠距離の)津波はリストに入っておらず、評価外になっていた。その後、津波に加え、鳥インフルエンザ、SARS、テロ、気候変化などがタイにおける新たなリスクとしてリストに加えられた。
*14 プーケットにあるTVチャンネル11ネットワークのローカル局。
*15 ソースはSoutheast Asian Press Alliance(SEAPA)とFriedrich Ebert Stiftung(FES)が2005年4月28-29日にプーケットのロイヤルプーケット・ホテルで発表したTsunami’s Wake: Media and the Coverage of Disasters in Asia。
*16 Knight, Alan (2006) Covering Disaster and the Media Mandate: The 2004 Tsunami, Asia and Asian Communication Quarterly. Vol. 33, No. 1 & 2, Nanyang Technological University, Singapore.
*17 Danai Sundhagul 執筆のRaks Thai and World Vision Reports(Multi-agency Joint After Action Review, Bangkok, April; Proceedings,UNDAC Mission Report; Dec. 28 to Jan,12, 2005)からの抜粋。A. Mashni and Associates (2005)に引用。
*18 死者と行方不明者の数については様々な数値が発表されている。例えば2005年4月19日の時点で、タイ内務省の災害防止軽減局は死者の数を5,395人(タイ人1,961人、外国人1,953人、不明1,481人)、行方不明者2,845人としている(A. Mashni and Associates, 2005)。
*19 災害防止軽減局(2010年)Strategic National Action Plan (SNAP) on Disaster Risk Reduction 2010–2019, 内務省。


災害後:復旧と復興

 津波のあとの主な課題は復旧と復興である。タイ政府と数多くの国際チャリティ団体が優先的に取り組んだのは、被害者がすぐにでも必要としている消費財(食物、衣服、シェルター、医薬品)の供給だった。これに続いて中小規模の住宅の建設とインフラのプロジェクトが優先された。この種の物資や設備の供給は非常に役に立ち、メディアも大きな役割を担う。しかし一般的に、復興の過程でしばしばより大きな課題である被災者、特に地方の被災者の生活の再建は注目されない。このため、長期的で持続的な再建という困難な課題は、津波被害を受けた現地のコミュニティ自身が取り組まなくてはならない(*20)。

 上述の問題に加え、軽度の不安から深刻な鬱まで、精神衛生上の問題に取り組むべきことも明らかであった。最重要課題は生計の建て直しであり、とりわけ収入を生み出す活動の再開につながるプロジェクトが優先された。恒久的なシェルターを建設するうえで、マイノリティや国内避難民(Internally Displaced Persons:IDP)、弱者の権利、土地に対する権利などの問題は避けて通れなかった。タイのIDPの中には、所有していた土地をすべて観光業者に奪われてしまうケースもあった。

 土地の権利を奪われた人たちが津波被害の援助を受けられるようにするうえで、また土地を巡る争いにおいて現地の人々が支援を受けるにあたって、国内外のメディアが担った役割は大きい(*21)。津波の打撃を受けた沿岸地域には(土地の所有権があるかないかにかかわらず)地元民が住みついていたが、その土地が誰も所有していない空白の土地となってしまった(*22)。投資家や有力者はこの「ゴールドコースト」に目を付け、リゾートやホテル、カジノ、エビ養殖場などを建設しようとした。元の住民がその地に戻ってこないようにさえすれば、土地の開発をすることができた。彼らは政治家や政府の高官に働きかけ、自分たちの開発計画を承認させようとした。NGOやボランティアはメディアを通じてこの問題を取り上げ、地元民が土地に対する権利を取り戻せるように援助した。政府は(津波後の)この機会を利用して、被災地における土地利用計画や建築基準を規制しようとした。被災地である6つの県での政府の基本方針は、公有地に低家賃の長期の住宅を建設し、そこに土地保有の法的権利を持っていない家族を移住させることであった。こうしたことから、土地を巡る争いは、復旧と再建に向けた取り組みの中心的な課題となっている。

 タイ政府は12月26日を「防災の日(National Disaster Prevention Day)」と定め、2004年の津波を思い出し、災害に対する警戒心を高める機会としている。毎年この日に近くなるとジャーナリスト、メディア、放送業界は津波に関するニュースを数多く流すが、その内容のほとんどは津波早期警報システムなどの今後の備えを中心としている。上に挙げた諸問題はまだ解決されたわけではないが、徐々に報道量が減っている。

*20 A. Mashni, S. Reed, V. Sasmitawidjaja, D. SundhagulおよびT. Wright (2005) Multi-Agency Evaluation of Tsunami Response: Thailand and Indonesia, CARE International, World Vision, 8月
*21 E. Scheper (2006) Impact of the Tsunami Response on Local and National Capacities, Tsunami Evaluation Coalition, Thailand Country Report, TEC 4月, 2006年
*22 土地の所有権に関する法的な書類は津波により全て喪失した。
 

備え:次の津波

 2004年に津波に襲われる前、自然災害に対するタイの警報システムは住民とのコミュニケーションという面で問題を抱えていた。警報システムに直接に関係する政府機関は少なくとも3つ存在するが(タイ気象局、災害防止軽減局、鉱物資源局)、これらの機関は災害が実際に発生したと確認するまではなかなか公式の警報を出そうとしない。もちろん、台風の場合など災害がはっきりと目に見える場合は公式の警報が出される。しかし、嵐や津波の予報のように目に見えないケースでは、警報を出して何も発生しなかった場合、業界(たとえば観光業界)から「誤った警報のために商売が台無しになった」という批判を受ける。このため、情報をすばやく流すのが困難になる。また、公式声明には警報の背景情報も示されるが、非常に幅広い内容であるうえ、専門用語が過剰である場合も多く、一般の人が理解するのは容易でない。

 2004年の津波以降、災害への備えへの注目が高まり、災害リスクを小さくすることやコミュニティのレベルで警戒心を高めることなどに重点が置かれるようになった。リスクを小さくするための基礎となる政策、法律、機構が改善され、実効性を持つようになった。

 2005年5月30日、タイ国家災害警報センター(National Disaster Warning Center:NDWC)が設立された。このセンターは情報通信技術省の監督のもとに、各省庁間の調整役となり、災害警報をいち早く出す任務を負っている。さらに「津波災害の防止と軽減化のためのマスタープラン」(2009–2013年)「リスクを小さくするための戦略的国家アクションプラン(SNAP)」(2010–2019年)が内務省の災害防止軽減局(DDPM)によって作成された。これには数多くの機関(*23)がかかわっている。これらのプランを効果的にするため、政府は「国家防災委員会」(National Disaster Prevention and Mitigation Committee)を創設した。委員会の基本任務は、災害を防止し軽減化するために中央や地方の政府機関および民間団体のプランを統合し、発展させることである(表3)。

   表3: 国家防災委員会とその役割
表3: 国家防災委員会とその役割   出典: Strategic National Action Plan (SNAP) on Disaster Risk Reduction (2010–2019), Diagram 10.1.1, p.9.

 2009年、国連開発計画(UNDP)はタイの防災体制を機構、政策、法律の面から調査した。議論の対象となったのは、効果的な「コミュニティあるいは住民を主体とする」早期警報システム(EWS *24)の核となる (1) ガバナンスと機構編成 (2) リスクに関する知識 (3) 監視と警報のシステム (4) 情報の伝達とコミュニケーション (5) 対応能力であった(図4)

       図4: タイの早期警報システムにおける各機関の役割と責任(*25)
図4: タイの早期警報システムにおける各機関の役割と責任

 これらのどの領域でも、政府や民間の数多くの組織が関係してくる。早期警報システムから出る情報を効果的に国民に伝えるうえでメディアに求められるのは、リスクに関する知識と対応能力を備え、監視と警報のシステムを理解することであり、つまりは各種機関と良好な関係を維持することである。

*23 タイの行政制度は中央、州、地方の3段階に分類されている。地方自治局とその系列庁が中央から地方への命令系統に沿う行政の核である。
*24  「コミュニティをベースとした」あるいは「住民を主体とした」防災への注目が高まっている。タイの災害防止軽減局(DDPM)とドイツの技術協力庁(GTZ)は共同でタイ語の「タイにおいてコミュニティをベースとした災害危機管理システム(CBDRM)を導入するための現場スタッフのガイドライン」を作成した。DDPMとGTZのこの作業は2004年12月の津波災害の直後に始まった。ガイドラインは現場スタッフの訓練の土台となるものであり、CBDRM(コミュニティをベースとした災害危機管理システム)の導入は2007年以降となっている。」(Nilubon Supanich, 2006)
*25 UNDP (2009) Institutional and Legislative Systems for Early Warning and Disaster Risk Reduction: Thailand, Regional Program on Capacity Building for Sustainable Recovery and Risk Reduction


必要な情報に関してタイのメディアが指摘した問題点

 「米国のインド洋津波警報システム (US IOTWS) プログラム: 津波アラート早期通報システム(TARNS)」のワークショップ「フレームワークおよびコミュニケーション技術と方法論」ではタイのメディアが多くの問題が指摘され、論じられた(*26)。ワークショップでは、津波がタイを襲ったときにどのように情報を入手し、どのように行動したかについてメディアのさまざまな専門家からの報告があった。メディアが指摘した問題点と懸念は以下のとおりである。

  • 情報を受け取ったテレビ局はニュースとして発表するに先だって、他の機関や被害住民から裏付けをとろうとする。一般にテレビ局は国家災害警報センター(NDWC)のコールセンターに電話して確認をとろうとするが、電話がつながらないこともある。

  • メディアはNDWCの情報を100%信じているわけではない。メディアが多くの場合に依拠するのはタイ気象局(TMD)の情報である。

  • NDWCは組織として歴史が浅いこともあり、メディアはNDWCからファックスを受け取るたびに、他のニュースソースにあたって二重にチェックする。メディアとNDWCの関係はまだ緊密ではない。ただし、NDWCの信頼性は向上しつつある。

  • NDWCの役割、その所在地、コールセンターの電話番号を知らないメディアも存在する。たとえば、最近のインドネシアの津波ではTMDの局長に電話して情報を入手したが、NDWCのスタッフとは一切コンタクトをとらなかったというメディアもあった。

  • TVチャンネル5はNDWCと緊密な関係を築いている。チャンネル5からの出席者は、NDWCとの良好な関係の重要性を指摘した。

  • プーケットのTVチャンネル11はNDWC、DDPM、TMD、アジア災害予防センター(Asian Disaster Preparedness Center:ADPC)など、災害関連の各種組織と緊密に連携してきた。

 通常、メディアのスタッフはメディア・センターに24時間体制で詰めている。緊急事態が発生した場合、2分後には警報のニュースがテレビに流れる。緊急ニュース報道のメインとなるのはTVチャンネル5である。チャンネル5は地元民とも良好な関係を築いている。NDWCはメッセンジャーの役割を担っており、警戒情報の発表には慎重である。なぜなら観光やビジネスの関係者は、警告が発せられたものの結局何も発生しなかった場合、営業に支障が出たとして非難するからである。NDWCに求められるのは、メディアと協力し、何かが発生した場合にはただちに記者会見の場を設けることである。実際、2012年4月11日にアチェで発生した地震と津波に対してメディアが展開した災害報道は、かつてに比べ大きく改善されていた。

*26 USAID (2006) Launching the Framework and Communication Technology and Methodology, 第二回ワークショップ, 津波警報早期通報システム (TARNS) の議事録,米国インド洋津波警報システム (US IOTWS) プログラム


2012年4月11日にアチェで発生した地震と津波に関するタイの警報

 2012年4月11日15時38分、リヒタースケールで8.9の地震がインドネシアのスマトラ沖で発生した。さらにマグニチュード8.8の余震がこれに続いた。地震はアチェの州都から270マイル離れた海底で発生した。地震の揺れはシンガポール、タイ、バングラデシュ、インド、マレーシアで感じられた(高層ビルが1分間以上揺れたケースもあった)。2004年の記憶がまだ生々しい人たちにとって津波警報は恐怖だった。バンダ・アチェの海岸にいた人々は泣き叫び、誰もがいちもくさんに内陸のほうへ逃げた。

 この地震の発生を受け、NDWCは津波警報を出し、アンダマン沿岸のクラビ、パンガー、プーケット、ラノーン、サトゥン、トランの住民に対して安全のために高台へ避難するよう指示した。インラック・シナワット首相は関係諸機関と緊急会合を開いた。メディアはニュース速報や新しい出来事を報じ続けた。

 米国海洋大気庁の太平洋津波警報センターは「この地震によってかなりの規模の津波が発生し、波の高さは最大で3.5フィートに達した。地震は縦揺れではなく横揺れであり、したがって大量の海水が満ち引きするといったことがなかったため、巨大な津波の発生は抑えられた」と記している。

 タイの情報通信技術相によれば、津波の高さは10cmほどにすぎず、大きな損害を引き起こすことなく通常の状態に戻った。国家災害警報センター(NDWC)は同日の20時45分に津波警報と避難命令の解除を決めた(*27)。

*27  www.reuters.com/article/2012/04/11


タイの津波警報システム

 2004年12月26日のインド洋津波災害を受け、タイの早期警報システム(Early Warning Systems:EWS)の開発は非常に注目され、多くの資金が投入された。とりわけ重視されているのが技術と機器の整備であり、多くの先進国が専門知識と経験を提供して支援し、緊密な協力が実現している(*28)。

 衛星を利用した国家災害早期警報システム(図5)がタイで立ち上がった。これはタイの歴史上初めての災害警報システムである。このシステムは、ラジオ局、沿岸警報タワー、携帯電話網を通じて一斉に災害警報を発信する。タイの災害予防戦略の基本要素となるのは、津波をはじめとするいろいろなタイプの災害リスクへの国民の意識を高めることである。したがって、リスクに関する知識やNDWCなどから出される警報に関する知識を広めるうえで、マスメディアの役割は大きい。タイの災害早期警報システムはインド洋に隣接する他の国の役にも立つ。過去の教訓をふまえ、タイの災害警報システムはラジオ、テレビ、携帯電話ネットワーク、(津波の危険がある地域に設置された)津波警報タワーを通じて一斉に警報を発するようになっている。

 図6はタイ気象局(TMD)を中心としたタイ国内の各種組織、さらにはハワイの太平洋津波警報センター(Pacific Tsunami Warning Center:PTWC)、日本の気象庁(JMA)、アンダマン海の海底津波計(Deep Ocean Assessment and Reporting of Tsunami;DART)といった海外の機関や施設を示している。海外の機関は、ファックス、電話、電子メール、ホットライン、ウェブサイト、衛星などのさまざまなデータ通信モードを通じてタイのNDWCに地震(EQ)/津波(T)情報を提供する。送られてきたデータと情報は5-10分以内に処理、解析され、どれくらいの重大度の警報を出すか、あるいは警報を解除するかどうかの判断の土台となる。

   図5: タイの国家早期警報システム
図5: タイの国家早期警報システム    資料: C. Saengpassa and P. Sarnsamak (2012) Tsunami Warning System Finally Ready, After 8 Years, The Nation, 2012年12月25日.


   図6: タイの津波警報システム
図6: タイの津波警報システム    出典: Preparedness for Earthquake and Tsunami in Thailand (DDPMのホームページ Website: http://www.disaster.go.th/に掲載)

*28 UNESCO/UNDP (2009)やESCAP (2009)といった国際機関のほかにも、米国(USAID :2006, 2007)、ノルウェー (NGI: 2006)、スウェーデン (SEI: 2009)、日本がタイのEWSに対して技術支援を提供している。


教訓:タイと日本のメディア

 2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災が北海道から神奈川県にかけて大きな被害を引き起こした。死者15,800人、家屋の全壊128,500戸、半壊240,000戸に加え、330,000人が避難生活を余儀なくされた(*29)。菅直人首相は「第二次大戦から65年、これは日本にとってもっとも厳しくもっとも困難な危機である」と述べた(*30)。

 この危機に対処するうえで、放送界は非常に重要な役割を果たした。NHKと日本語衛星放送(JSTV)は通常の番組を取りやめ、状況の進展を刻一刻と伝えた。他の全国テレビ網も災害の状況を中断することなく報じ続けた。Ustream Asiaは2011年3月12日以降NHK、TBS、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ神奈川、CNNからの番組を、インターネットを通じてライブで放送した。日本のインターネット・ウェブキャストYokosoNewsは、日本のテレビから集めた最新ニュースをリアルタイムで英語に翻訳して流した。NHKはすべての警報を日本語、英語、中国語、韓国語、ポルトガル語の5か国語で伝えた(日本には中国人、韓国人、ブラジル人のコミュニティがある)。ただ、日本のニュースメディアはしばしばパニックの回避に留意するあまり慎重にすぎるきらいがあり、専門家や政府の曖昧な声明に依拠しがちだった。

 2004年にタイを大津波が襲った際には、タイの国民だけでなくメディアも津波について何も知らなかった。2011年の7月から12月まで続いた最悪の洪水はタイの国民とメディアをパニックに陥れた。しかしメディア、特にTPBS(2008年に開局したThai Public Broadcasting Services)は危機が去るまでの間、洪水の状況を追跡し、実情調査に基づいて報道した。2004年の破壊的な津波が引き起こした被害から学んだ教訓に加え、予防策などの備えが整備されたこともあり、今後の災害にはメディアもより効果的に対応できるものと思われる。

*29 https://www.jamco.or.jp/2012_symposium/en/(2012年12月10日にアクセス)
*30 http://en.wikipedia.org/Wikipedia/2001_T%c5%8Dhoku_earthquake_tsunami#site_note-321(2012年12月10日にアクセス)


結論

 2004年の津波は、津波の地質学的原因や沿岸地帯に対するその影響など、津波を理解するための国際的な海洋研究コミュニティの協力を加速化させるきっかけとなった(*31)。この破壊的な津波を受け、タイをはじめとする世界各国は沿岸地帯のコミュニティにとっての津波のリスクを再評価し、今後の災害に備えて対応の戦略を確立しようとしている。

 タイでは、災害リスク軽減(disaster risk reduction:DRR)と早期警報システム(early warning system:EWS)の面での進歩が見られる。EWSに向けたタイの国家的努力は、インド洋津波警報システム(Indian Ocean Tsunami Warning System:IOTWS)の確立との関連で推進されている。

IOTWSがスタートしたのは、ユネスコ(UNESCO)の政府間海洋学委員会(Intergovernmental Oceanographic Commission:IOC)の指導のもとに2005年に開催された災害防止世界会議においてである。こうした国際協力がタイのEWSの機能を充実させている。

 2008年、ストックホルム環境機関(Stockholm Environment Institute:SEI)は、各地方の関係者やパートナーと話し合ったうえで、これまでの努力にもかかわらず、国際的にも地方レベルでも政策当事者や活動家の間で災害リスク軽減(DRR)が十分でないという認識が広がっていると判断した。「兵庫行動枠組」(*32)(Hyogo Framework for Action:HFA)で推奨されている対策の実現が遅れているのである。兵庫行動枠組はすべての国に対して災害リスクを小さくするために2015年までに効果的な措置をとるよう求めている。これまでの実績から明らかなように、タイは防災の計画とその実施に向けてこれまで以上に努力を重ねている。

*31 Di Jin and Jian Lin (2011) Managing Tsunamis through Early Warning Systems: A Multidisciplinary Approach, ELSEVIER, Ocean & Coastal Management 54 (2011) 189-199.
*32 災害防止に向けた国際協力に関する省庁間の早期警報小委員会 (2006年) Japan’s Natural Disaster Early Warning Systems and International Cooperative Efforts, Government of Japan, 3月


参考A:略語リスト

  • ADPC: Asian Disaster Preparedness Center(アジア防災センター)
  • CBDRM: Community-Based Disaster Risk Management(コミュニティ・ベースの災害リスク管理)
  • DART: Deep Ocean Assessment and Reporting of Tsunami(深海での津波の評価と報告)
  • DDPM: Department of Disaster Prevention and Mitigation(災害防止軽減局)
  • DMR: Department of Mineral Resources(鉱物資源局)
  • DRM: Disaster Risk Management (災害リスク管理)
  • DRR: Disaster Risk Reduction(災害リスク軽減)
  • EWS: Early Warning System(早期警報システム)
  • FES: Friedrich Ebert Stiftung(フリードリッヒ・エベルト基金)
  • FTP: File Transfer Protocol(ファイル転送プロトコル)
  • HFA: Hyogo Framework for Action 2005-2015(兵庫行動枠組2005-2015年)
  • ICG: Intergovernmental Coordination Group(政府間調整グループ)
  • ICG/ITSU: International Coordination Group for the Tsunami Warning System in the Pacific(太平洋地域における津波警報システムのための政府間調整グループ)
  • IDPs: Internally Displaced Persons(国内難民)
  • IOTWS: Indian Ocean Tsunami Warning System(インド洋津波警報システム)
  • JMA: Japan Meteorological Agency(日本気象庁)
  • MoPH: Ministry of Public Health(公衆保健省)
  • NGI: Norwegian Geotechnical Institute(ノルウェー地質工学機関)
  • NDWC: National Disaster Warning Centre(国家災害警報センター)
  • NGO Non-governmental organization(非政府組織)
  • NOAA: National Oceanic and Atmospheric Administration (United States)(米国海洋大気庁)
  • PTWC: Pacific Tsunami Warning Center(太平洋津波警報センター)
  • Raks: Thai Rak Thai Foundation(タイラック・タイ財団)
  • SEI: Stockholm Environment Institute(ストックホルム環境機関)
  • SOP: Standard Operating Procedure(標準行動手順)
  • SEAPA: Southeast Asian Press Alliance(東南アジア報道連合)
  • TMD: Thai Meteorological Department(タイ気象局)
  • UNDAC: United Nations Disaster Assessment and Coordination(国連災害評価調整チーム)
  • (UN)OCHA: Office for the Coordination of Humanitarian Affairs(国連人道問題調整部)
  • UNDP: United Nations Development Program(国連開発プログラム)
  • UNESCO: United Nations Educational, Scientific, and Cultural Organization(国連教育科学文化機関)
  • UNESCO/IOC: United Nations Educational, Scientific, and Cultural Organization,/Intergovernmental Oceanographic Commission(国連教育科学文化機関/政府間海洋学委員会)
  • UNFPA: United Nations Population Fund(国連人口基金)
  • UN/ISDR: United Nations International Strategy for Disaster Reduction(国連国際防災戦略)
  • USAID: United States Agency for International Development(米国国際開発庁)
  • WV: World Vision(ワールドビジョン)


参考B:タイのマスメディア

 タイには6つのフリーのテレビチャンネルがある。チャンネル3はチャンネル9の監督下にある。チャンネル5はタイ国軍によって運営されている。チャンネル7はタイ国軍が所有し、バンコク放送&テレビ有限会社(Bangkok Broadcasting & Television Company Limited)にリースされている。チャンネル9は国家企業法人化法(State Enterprise Corporatization Act)によって民営化された。チャンネル11は、教育と国の広報活動を促進する目的で政府によって設立された。タイPBSはタイの最初の公共テレビ放送局である。このほか、多くの衛星チャンネルやIPTV(Internet Protocol Television)が存在する。

タイには政府が所有ないし認可するラジオ局が約550存在する。ほとんどのラジオ局は2年間の期限で商業用放送を認可されている。このほか、およそ6,000のコミュニティ・ラジオがタイ全土で活動している。紙媒体のメディアである新聞や雑誌は独立性が高く、民間によって経営されている。


参考文献

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  • 災害防止軽減局 (2010) Strategic National Action Plan (SNAP) on Disaster Risk Reduction 2010 – 2019, 内務省

  • Di JinおよびJian Lin (2011) Managing Tsunamis through Early Warning Systems: A Multidisciplinary Approach, Ocean & Coastal Management,
    http://www.whoi.edu/fileserver.do?id= ELSEVIER, 75463&pt=2&p=68128, 2012年12月27日にアクセス

  • 防災のための国際協力に関する省庁間の早期警報小委員会 (2006) Japan’s Natural Disaster Early Warning Systems and International Cooperative Efforts, 日本政府, 3月

  • ESCAP(2009) Tsunami Early Warning System in the Indian Ocean and Southeast Asia, 満たされていない地方のニーズに関する報告書, 国連

  • 日本政府(2006), Japan’s Natural Disaster Early Warning Systems and International Cooperative Efforts 防災のための国際協力に関する省庁間の早期警報小委員会

  • フンボルト地震教育 (2011) Living on Shaky Ground: How to Survive Earthquakes and Tsunamis in Northern California, 「地震国に住む」シリーズの一部

  • Knight, Alan (2006) Covering Disaster and the Media Mandate The 2004 Tsunami, Media, Asia and Asian Communication Quarterly. Vol. 33, No. 1 & 2., シンガポール・南洋理工大学防災学科(2010)

  • Mashni A., S. Reed, V. Sasmitawidjaja, D. Sundhagul, T. Wright (2005) multi-Agency Evaluation of Tsunami Response: Thailand and Indonesia, CARE International, ワールドビジョン, 8月

  • 文化省 (2005) Events of Tsunami Disaster: 26 December 2004, 津波災害一周年

  • 内務省. Strategic National Action Plan (SNAP) on Disaster Risk Reduction 2010 – 2019.

  • ノルウェー地質工学機関(2006)Tsunami Risk Mitigation Strategy for Thailand http://www.ngi.no

  • ノルウェー地質工学機関(2006)Tsunami Risk Mitigation Measures with Focus on Land Use and Rehabilitation, ノルウェー外務省.http://www.ngi.no

  • Margesson, Rhoda(2005)Indian Ocean Earthquake and Tsunami: Humanitarian Assistance and Relief Operations, 議会へのCRS報告書 外務、防衛、貿易部門、2005年2月10日更新

  • Saengpassa, Chularat, Pongphon Sarnsamak(2012)Tsunami Warning System Finally Ready, After 8 Years, The Nation, 2012年12月25日

  • Scheper, E.(2006)Impact of the Tsunami Response on Local and National Capacities, Tsunami Evaluation Coalition, Thailand Country Report, TEC 2006年4月

  • 東南アジア報道連合(SEAPA)とフリードリッヒ・エベルト基金(FES)(2005)(タイの津波を受けて)Media and the Coverage of Disasters in Asia, 2005年4月28-29日、ロイヤル・シティ・ホテル(プーケット)

  • Supanich, Nilubon(2006)Guidelines for Field Practitioners to implement the Community-Based Disaster Risk Management in Thailand: CBDRM, DDPM(GTZとADPCによってサポート), 2006年11月24日

  • Thirakul, Viroj(2005)Fencing Tsunami Off!: Operation of the Century, Business.Com, バンコク

  • Thomalla F., C. Metusela, S. Naruchaikusol, R. K. Larsen, C. Tepa(2009)Disaster Risk Reduction and Tsunami Early Warning Systems in Thailand: a case study on Krabi Province, ストックホルム環境機関のプロジェクト報告書

  • United Nations Development Program(2009)Institutional and Legislative Systems for Early Warning and Disaster Risk Reduction: Thailand, 持続可能な復旧と防災のためのキャパシティ構築地域プログラム

  • USAID(2006)Launching the Framework and Communication Technology and Methodology, 第二回ワークショップ、津波警報早期通報システム(TARNS)の議事録、米国インド洋津波警報システム(US IOTWS)プログラム

  • USAID(2006)Proceedings of Tsunami Alert Rapid Notifications System 22 (TARNS), Second Workshop: Launching the Framework and Communication Technology and Methodology, 米国インド洋津波警報システム (US IOTWS) プログラム

  • USAID(2007)Tsunami Warning Center Reference Guide, 米国インド洋津波警報システム(US IOTWS)プログラム、バンコク

  • Weber, K.E.(2005)Tsunami 2004: Nam Chai Thai, ナショナル・アイデンティティ・ボード

  • http://www.dmr.go.th/  2013年1月25日にアクセス

  • http://www.disaster.go.th/  2013年1月25日にアクセス

  • https://www.jamco.or.jp/2012_symposium/en/  2012年12月アクセス

  • http://www.ndwc.go.th/ 2013年1月12日にアクセス

  • http://www.irfnewsorg/news-events/news-detail/  2013年3月12日にアクセス

  • http://www.tmd.go.th/ 2013年1月29日にアクセス


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Supanee Nitsmer

タイ、ラムカムヘン大学マスコミ学部 准教授

1978年 Chulalongkorn大学(バンコク、タイ) 卒業(首席)
1983年 グラフィック・リプロダクションの検定取得(コロンボ・プラン)
1991年 Thammasat大学(タイ、バンコク) マスコミュニケーション修士号
1992年 NHKコミュニケーション・トレーニング・センターでテレビ番組プロデュースの検定取得(JICA)
1995年 Capilanoカレッジ(ビクトリア、カナダ)でテレビ番組プロデュースの証書取得(カナダ基金)
2009-2011年 マスコミュニケーション学部長
2012-現在 マスコミュニケーション学部 大学院学科長

職歴: ラムカムヘン大学(Ramkhamhaeng University)マスコミュニケーション学部とTVチャンネル5の共同プロジェクトである「青年テレビ番組制作」のプロジェクト長(1995-2005年)として、青年向けテレビ番組を制作し、チャンネル5で放送。
「テレビ番組の適切な評価付け:タイTVチャンネル7のケーススタディ」(The Appropriate Post Rating for Television Program: A Case Study of Thai TV Channel 7)を共同執筆(Research Working Paper, 2008)。大学ではテレビ脚本、ジャーナリズム入門、フォトジャーナリズムの講義担当。

これまでのシンポジウム

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