第19回 JAMCOオンライン国際シンポジウム
2010年2月1日~2月28日
ドラマ映像の国際交流
[コメント] 日本製テレビドラマの米国市場における展開の可能性:米市場と視聴者の需要にあった供給の必要性
1.はじめに
好き嫌いは別にして、米国のテレビ番組ほど世界中に普及している「商品」はない。日本では1960年代の「ララミー牧場」や「ベン・ケーシー」、「奥様は魔女」から始まり、「刑事コロンボ」や「チャーリーズ・エンジェルズ」、1990年代に入ってからは「NYPDブルー」や「E.R./緊急救命室」、「アリー・マイ・ラブ」や「デスパレートな妻たち」など例はあげきれないほどだ。各世代がテレビ番組からかいま見た米国の社会やライフスタイルに感化されたといっても過言ではないだろう。
世界最強のソフトパワーである米映画やテレビ番組は、米国が外交的に苦境に陥っているアフガニスタンやアラブ諸国でも視聴されている。米国はいうまでもなく世界最大の単独市場で、 映画では国際市場からの収入も重視されているが、圧倒的に輸出過多だ。テレビ番組では2000年以降、リアリティー番組と称されるゲームやバラエティー番組で海外フォーマットの購入が目覚ましいが、海外制作のドラマがそのまま地上波やケーブル・衛星放送のメジャーなチャンネルのプライムタイムに放送されることはほとんどない。米国の視聴者は「国内志向」で、国内での多民族化や政治経済のグローバル化が進んでも内向きのメンタリティーはあまり変わらない。しかし、米国人気質に合った内容や制作の企画段階から米市場を視野に入れれば、海外ドラマも成功することもある。
重村一ニッポン放送会長が日本の放送界の発展形態を詳細に説明されたように、まず米国の放送界のネットワークと制作プロダクションの分業化について説明し、それから米市場の現状と課題を考察した後に、日本製テレビドラマの米国での展開の可能性を探っていきたい。
2.米放送界の発展形態:成熟したシンジケーション市場
米国のテレビ創成期、3大ネットワーク各局は自社制作も行ったが、黄金時代を謳歌していたハリウッドメジャーと呼ばれる映画プロダクション(スタジオ)はテレビ番組の制作も請け負うようになる。1940~1950年代にはジュディー・ガーランドなどのおなじみのスターがレギュラー主演する番組も放送され、映画の売れ行きにも貢献した。3大ネットワークは報道とスポーツ、営業部門は東海岸のニューヨークに本部を置いたが、一部の深夜バラエティー番組を除き、台本があるドラマやコメディーの制作は、俳優や脚本家、監督と彼らが所属するタレント事務所やエンターテインメント専門弁護士、カメラや照明、キャスティングディレクター、大道具・小道具、化粧など「制作工場」の頭脳が集まる西海岸のハリウッドにまかせることにした。
1960年代終わりには3大ネットワークのプライムタイム視聴率は90%となる。番組発注権を持つネットワークの制作プロダクションに対する権限は巨大になった。ネットワークは放送と引き換えに番組の所有権もしくは販売権(シンジケーション権)をも握るようになった。
全米映画協会(MPAA)を中心にまとまったハリウッドメジャーが3大ネットワークの事業拡大を阻止しようとロビー活動を行い、ネットワークよる寡占を憂慮した米連邦通信委員会(FCC)は1970年、3大ネットワークによる番組制作(番組への財政的利権の所有)とシンジケーション権の所有禁止を決めたファイナンシャル・シンジケーション・ルール(俗称フィンシン・ルール)を制定し、同規則は1972年に施行された。
また午後7時から午後8時にはネットワーク配給番組以外の番組を放送することを定めたプライムタイム・アクセス・ルールも1970年に導入された。1977年には司法省が反トラストの見地からネットワークの自主制作番組の放送は最大で週5時間までという規則を確立し、ネットワークは制作能力をさらに奪われた。
その結果、ネットワークは自社シンジケーション部門を分離することになり、 CBSからバイアコムが独立し、ABCからはワールドビジョンが独立した。当初の思惑通り、ハリウッドの8大スタジオのテレビのプライムタイムの番組供給率は1970年の39%から1995年には70%に増えた。クイズやトーク番組などネットワークを経由せずに最初からローカル局に販売するシンジケーション番組も増え、受け皿となる局もネットワーク系列局ではない独立局が増えたほか、独立系制作会社や番組販売と配給を専門に行うシンジケーション会社も大規模化した。
シンジケーション市場が発展したのはこのような制度的な背景のほかに、著作権を所有する制作プロダクションがネットワークでの初回放送時には制作費を赤字で制作し、番組がヒットした後で国内での再放送と海外への番組販売などで制作費を回収して利益を確保するビジネスモデルがインセンティブとなった。
制作プロダクションはネットワークから初回放送(およびシーズン中の再放送1回)の権利と引き換えにライセンス料を受け取るが、それでは制作費の全額は回収できない。ネットワークは毎年9月末から翌年5月末までの1シーズンで、ドラマやコメディーを通常22エピソード発注するが、ヒットした番組は何年も連続して発注する。現実は過当競争により新番組の9割が翌シーズン前にキャンセルされる厳しい現状だ。
ヒット番組の基本的な定義は地上波で5年以上放送されエピソード総数が100に達した番組となる。理由は100エピソードあれば、再放送権を買うローカル局が月曜日から金曜日までの平日5日間、同じ時間帯で編成できるためだ。ローカル局のほかにケーブルチャンネル、そして国際市場という異なるプラットフォームでヒット番組は何度も何年も再放送される。またホームビデオやDVDの売り上げのほか、NBC放送のコメディー「チアーズ」から登場人物の一人を主人公にしたコメディー「フレージャー」が企画されたように「スピンオフ」(派生番組)が成功することもある。またマーチャンダイジングからの副収入も期待できる。ヒット番組を制作できれば、番組の著作権を含めた諸権利を所有する制作プロダクションにとって初期投資を回収するだけでなく、副収入源による利益が期待でき、ルーレットでジャックポットに当たったようなものだとも称される。これが「コンテンツが王様」を合い言葉に成功率が低くてもヒット作を求めて各社がしのぎを削る理由だ。
このようにフィンシン・ルールは、放送業界における権力を3大ネットワークから制作プロダクションへシフトさせテレビ番組のシンジケーション市場を発達させた。しかし1990年代には多チャンネル時代の本格化で放送業界の枠組みも変わることになる。
1990年、ケーブルテレビの普及率が53%となり衛星放送も台頭したころ、3大ネットワークのプライムタイム視聴率は60%に落ちていた。また1986年に設立された第4のネットワーク、ニューズコーポレーション傘下のフォックスがFCCに対してフィンシン・ルールの例外適応を求め、それに反対する3大ネットワークは規則廃止を目的にロビー活動を活発に行った。同規則は1991年の一部緩和に続き、1995年までに段階的に廃止され、プライムアクセス・ルールも同時に廃止された。
パワーシフトを成功させたネットワークは再び天下をとるが、1996年のディズニーによるキャピタルシティー/ABCの買収や1999年のバイアコムによるCBS買収に象徴されるように、制作プロダクションがコンテンツの配給チャンネルとしてのネットワークを買収するようになる。番組制作から地上波やケーブルチャンネルという配給部門を一社が所有する垂直統合化が進み、さらに出版部門やマーチャンダイジングを活かせるテーマパークなども傘下に入れたメディア複合体が全ての権利と利益を独り占めするようになった。
この傾向は現在も続く。1986年にGEの一部門となったNBCは2004年にユニバーサル・スタジオを買収したが、2009年12月には米最大手ケーブル事業者コムキャストによる買収が合意され、米放送界は再び新しい時代を迎えようとしている。
3.海外番組の米国における現状
米国を「世界一大きな島」と皮肉たっぷりに呼ぶ外国人は少なくない。国民の多くが海外の歴史・文化に対する興味が少ない上、政治経済大国として自国のシステムや文化が世界一だというナンバーワン主義が浸透していることが要因だ。
テレビ番組にしても隣国カナダの番組も含めて外国の番組がそのまま地上波のプライムタイムで放送されることはほとんどなく、吹き替えが必要ない英国放送協会(BBC)制作のミステリーやドラマが公共放送局(PBS)やケーブルの有料チャンネルHBOで放送されるくらいだ。
優秀なテレビ番組を表彰するエミー賞を主催するハリウッドのテレビ番組制作者で作る団体「テレビジョン文化科学アカデミー」の会長を務め、コンサルタントとして活躍するメリル・マーシャル=ダニエルズ氏は、海外制作の番組が米国人視聴者になじまない理由として、出演者や舞台設定の違い以外に、海外番組とは異なる米番組の制作上の特徴を以下のようにあげる。
また、プライムタイムのドラマは、HDカメラが普及し始めるようになっても35ミリフィルムで撮影されることが多い。映画のような照明と画面の深度が好まれるのは人件費と共に制作費高騰につながるが、ある米制作関係者はテレビカメラで撮影された番組は「画面の深度が浅く、画面が平たく見える」といやがる。視聴者も制作費をかけた映画のようなテレビ番組に慣れているため、海外制作の番組が安っぽく見える原因となるのだろう。
日本では、人気タレントを主演にすることがトレンディードラマでは大切で、各ネットワークがタレント事務所と交渉し主演の順番を決めてから台本が書かれることもあると聞く。重村会長も指摘するように、日本のタレントの知名度がゼロに等しい米国ではタレントが画面で存在感のある俳優でなければ通用しない。
また、日本ではドラマはシーズン(クール)を連続して制作・放送されることがほとんどないことも、100エピソードを単位とするシンジケーションを念頭に置く米国の放送局や配給社が避ける理由になっている。また米国のシンジケーション市場で再放送される場合にはエピソードの順番の入れ替えも含めて自由に編成できることが望まれるため、エピソードは基本的に一話完結型になっている。日本ではエピソードの放映順に話が展開される連続ドラマ型になっているため、これも米市場で不向きになる理由だ。この解決策としては10エピソードをミニシリーズという特別番組に編成したり、同じようなジャンルの数番組をまとめてパッケージにする方法もある。
4.変わりつつある状況
高騰する制作費を抑え、かつ新しいアイディアを渇望する米制作者は、この10年で海外番組に注目するようになった。皮切りとなったのはリアリティー番組と呼ばれる台本なしのゲーム番組やバラエティー番組だ。1999年にABCが「フー・ウォンツ・トゥー・ビー・ア・ミリオネア(邦題「クイズ$ミリオネア」)」、翌夏にCBSが「サバイバー」と「ビッグ・ブラザー」を夏の再放送シーズンに放送して大成功させた。それぞれ英国、スウェーデン、オランダで制作放送された番組で、米ネットワークが番組のフォーマットを購入して米国版を制作した。
これを機にコメディーやドラマへの門戸も開け、NBCは2005年に「ザ・オフィス」、2006年にはABCが「アグリー・ベティー」をヒットさせる。これも前述した事情からあらすじや場面、セリフをフォーマットとして購入し、俳優を含めて設定を米国に変えた米国版が制作されている。しかしコメディーはスラップスティックと言われるドタバタ喜劇以外は文化の国境を超えるのは難しく、ドラマまたはドラメディーと呼ばれるコメディー調のドラマが主流となる。
2007年11月から翌年2月まで、地上波の新番組企画シーズンの真最中に脚本家ストライキがあった。番組発注元のネットワーク各社は「言語が共通でストーリー展開が似ている」(ある制作関係者)という理由で英語圏からドラマのフォーマットを購入して多くの新番組を企画した。結局ほとんどが視聴率不振で放送後すぐにキャンセルされ、安易な輸入は失敗するという証明になった。
日本の番組ではアニメのほか、ゲーム番組やバラエティー番組に興味が持たれている。「ポケモン」などは、日本の番組として意識されないことが多い。TBS放送「風雲たけし城」やフジテレビ放送「料理の鉄人」は英語の吹き替え版が米国のケーブルチャンネルで放送され、前者はオリジナルとは全く異なる内容の吹き替えが魅力の一つとなり、後者はテーマや展開の早さ、スポーツの実況中継のようなアナウンスの吹き替えでカルト的な人気となり、アメリカ版も制作されるようになった。フジテレビ制作のクイズ番組「トリビアの泉」を素材にしたアメリカ版「マンサーズ(Manswers)」は、男性向けケーブルチャンネル「スパイク」で2007年から深夜帯で放送されている。 ABCは日本の障害物レース番組を参考に、2008年から「アイ・サバイブド・ア・ジャパニーズ・ゲーム・ショー」や「ワイプアウト」を夏の特別番組として放送している。フォーマット購入こそしていないが「番組の著作権に触れない程度に参考にすることは奨励する」と言う内容のABC社内メモが明らかになり、日本の番組制作関係者の中には懸念する声もあった。
人種と文化の壁だが、米国の番組では、犯罪捜査チームや医療チーム、学校、飛行機乗客など主人公が複数いるアンサンブルキャストと呼ばれるドラマでは白人だけでなくアフリカ系(黒人)やヒスパニック、アジア系(韓国や中国系が多い)が含まれるのが普通になっている。しかしまだ非白人の単独主人公への抵抗感はあるようだ。フォックス放送のある人気ドラマのプロデューサーからは、日本と米国資本でドラマを共同制作する場合でも「白人主人公の相棒として日本人を登場させて米国と日本でのロケ場面を含めたドラマは想定できるが、逆は考えられない」と本音を聞いた事もある。
米国視聴者は字幕を嫌うことでも知られるが、テレビ受像機の高画質化で以前ほど問題にならないのではないか、という意見もある。独立系映画など海外作品を編成するケーブルチャンネルでは字幕番組も増えている。
5.日本のドラマの米国輸出への提言と今後の課題
「テレビ番組は芸術でも文化でもなく、まず商品である」──前述のメリル・マーシャル氏は、米放送界関係者が常にビジネスマインドでいることを強調する。海外からの番組購入は文化振興という慈善目的ではなく、利益にならなければ米国の購入先には興味も抱いてもらえない。
日本製テレビドラマの米国への輸出は容易ではないが、不可能ではない。まず大切なのは、ターゲットとなる米市場で魅力的な「商品」となるように制作者が企画段階から意識することが必要になるという。米国では脚本が最も重視されるが、「サムライ」や「ニンジャ」、ハイテクなど日本のステレオタイプなイメージ、三宅一生やヨージヤマモトなどの有名ファッションデザイナーのほか、米国で知名度の高い村上隆などポップカルチャーの立役者を切り口にしたテーマやジャンルで米購入者の興味を惹くことも戦略だと語る。SF調の話やホラー、ファンタジーも日本の作品が注目される分野だ。
番組の制作段階では、ビジュアル効果を米国流にするために、撮影や編集段階で米国人スタッフを入れることも得策だという。そして「商品」である作品と同じ程度大切なのが宣伝だ。同氏は、BBCは米国進出にそなえて放送業界に広い人脈を持つ米国人エグゼクティブを雇い、ニューヨークとロサンゼルスで屋外看板を使って宣伝を行い、キーパソンとなるプロデューサーを集めたディナーパーティーを主催するなど緻密なマーケティング戦略を実行して成功したという。「ターゲットを絞って宣伝資金を投入し、プロデューサーや広報、批評家など業界内で口コミで話題となるような方法が最適だ」。
米製のテレビ番組や映画はそれ自体が輸出品としての商品価値が高いこともあり、海賊版コピーの問題以外に米政府が文化交流や経済促進の立場から輸出を奨励したことはないようだ。メリル・マーシャル氏は、日米双方の制作者の意識改革と米国の市場調査のため、JAMCOなど放送番組振興団体が主催して、ハリウッドの制作スタジオの幹部や有名プロデューサー、タレント・エージェントを対象に日本の番組を視聴して討議を行う2~3日間の会議をロサンゼルスや東京で行うことも提案する。『国際ドラマフェスティバル in Tokyo』のカスタムメード版に近い形式になるだろうか。
また、同氏はタイムリース料が比較的安いデジタル・ケーブルチャンネルで数日から一週間のプライムタイムの時間帯を買い上げて、数番組を放送することや、インターネットで番組や映像クリップを実験的に見せるなどデジタル・プラットフォームを活用することも提案する。
米市場では途上国を輸出先にする場合の内外格差は問題にならないため、市場価格で勝負できる。商売ありきの米市場だからこそ、相手先の需要に合った供給を行い、ヒット作が出るまでの長期投資を覚悟できれば日本製テレビドラマの米国進出も夢ではなくなるだろう。
好き嫌いは別にして、米国のテレビ番組ほど世界中に普及している「商品」はない。日本では1960年代の「ララミー牧場」や「ベン・ケーシー」、「奥様は魔女」から始まり、「刑事コロンボ」や「チャーリーズ・エンジェルズ」、1990年代に入ってからは「NYPDブルー」や「E.R./緊急救命室」、「アリー・マイ・ラブ」や「デスパレートな妻たち」など例はあげきれないほどだ。各世代がテレビ番組からかいま見た米国の社会やライフスタイルに感化されたといっても過言ではないだろう。
世界最強のソフトパワーである米映画やテレビ番組は、米国が外交的に苦境に陥っているアフガニスタンやアラブ諸国でも視聴されている。米国はいうまでもなく世界最大の単独市場で、 映画では国際市場からの収入も重視されているが、圧倒的に輸出過多だ。テレビ番組では2000年以降、リアリティー番組と称されるゲームやバラエティー番組で海外フォーマットの購入が目覚ましいが、海外制作のドラマがそのまま地上波やケーブル・衛星放送のメジャーなチャンネルのプライムタイムに放送されることはほとんどない。米国の視聴者は「国内志向」で、国内での多民族化や政治経済のグローバル化が進んでも内向きのメンタリティーはあまり変わらない。しかし、米国人気質に合った内容や制作の企画段階から米市場を視野に入れれば、海外ドラマも成功することもある。
重村一ニッポン放送会長が日本の放送界の発展形態を詳細に説明されたように、まず米国の放送界のネットワークと制作プロダクションの分業化について説明し、それから米市場の現状と課題を考察した後に、日本製テレビドラマの米国での展開の可能性を探っていきたい。
2.米放送界の発展形態:成熟したシンジケーション市場
米国のテレビ創成期、3大ネットワーク各局は自社制作も行ったが、黄金時代を謳歌していたハリウッドメジャーと呼ばれる映画プロダクション(スタジオ)はテレビ番組の制作も請け負うようになる。1940~1950年代にはジュディー・ガーランドなどのおなじみのスターがレギュラー主演する番組も放送され、映画の売れ行きにも貢献した。3大ネットワークは報道とスポーツ、営業部門は東海岸のニューヨークに本部を置いたが、一部の深夜バラエティー番組を除き、台本があるドラマやコメディーの制作は、俳優や脚本家、監督と彼らが所属するタレント事務所やエンターテインメント専門弁護士、カメラや照明、キャスティングディレクター、大道具・小道具、化粧など「制作工場」の頭脳が集まる西海岸のハリウッドにまかせることにした。
1960年代終わりには3大ネットワークのプライムタイム視聴率は90%となる。番組発注権を持つネットワークの制作プロダクションに対する権限は巨大になった。ネットワークは放送と引き換えに番組の所有権もしくは販売権(シンジケーション権)をも握るようになった。
全米映画協会(MPAA)を中心にまとまったハリウッドメジャーが3大ネットワークの事業拡大を阻止しようとロビー活動を行い、ネットワークよる寡占を憂慮した米連邦通信委員会(FCC)は1970年、3大ネットワークによる番組制作(番組への財政的利権の所有)とシンジケーション権の所有禁止を決めたファイナンシャル・シンジケーション・ルール(俗称フィンシン・ルール)を制定し、同規則は1972年に施行された。
また午後7時から午後8時にはネットワーク配給番組以外の番組を放送することを定めたプライムタイム・アクセス・ルールも1970年に導入された。1977年には司法省が反トラストの見地からネットワークの自主制作番組の放送は最大で週5時間までという規則を確立し、ネットワークは制作能力をさらに奪われた。
その結果、ネットワークは自社シンジケーション部門を分離することになり、 CBSからバイアコムが独立し、ABCからはワールドビジョンが独立した。当初の思惑通り、ハリウッドの8大スタジオのテレビのプライムタイムの番組供給率は1970年の39%から1995年には70%に増えた。クイズやトーク番組などネットワークを経由せずに最初からローカル局に販売するシンジケーション番組も増え、受け皿となる局もネットワーク系列局ではない独立局が増えたほか、独立系制作会社や番組販売と配給を専門に行うシンジケーション会社も大規模化した。
シンジケーション市場が発展したのはこのような制度的な背景のほかに、著作権を所有する制作プロダクションがネットワークでの初回放送時には制作費を赤字で制作し、番組がヒットした後で国内での再放送と海外への番組販売などで制作費を回収して利益を確保するビジネスモデルがインセンティブとなった。
制作プロダクションはネットワークから初回放送(およびシーズン中の再放送1回)の権利と引き換えにライセンス料を受け取るが、それでは制作費の全額は回収できない。ネットワークは毎年9月末から翌年5月末までの1シーズンで、ドラマやコメディーを通常22エピソード発注するが、ヒットした番組は何年も連続して発注する。現実は過当競争により新番組の9割が翌シーズン前にキャンセルされる厳しい現状だ。
ヒット番組の基本的な定義は地上波で5年以上放送されエピソード総数が100に達した番組となる。理由は100エピソードあれば、再放送権を買うローカル局が月曜日から金曜日までの平日5日間、同じ時間帯で編成できるためだ。ローカル局のほかにケーブルチャンネル、そして国際市場という異なるプラットフォームでヒット番組は何度も何年も再放送される。またホームビデオやDVDの売り上げのほか、NBC放送のコメディー「チアーズ」から登場人物の一人を主人公にしたコメディー「フレージャー」が企画されたように「スピンオフ」(派生番組)が成功することもある。またマーチャンダイジングからの副収入も期待できる。ヒット番組を制作できれば、番組の著作権を含めた諸権利を所有する制作プロダクションにとって初期投資を回収するだけでなく、副収入源による利益が期待でき、ルーレットでジャックポットに当たったようなものだとも称される。これが「コンテンツが王様」を合い言葉に成功率が低くてもヒット作を求めて各社がしのぎを削る理由だ。
このようにフィンシン・ルールは、放送業界における権力を3大ネットワークから制作プロダクションへシフトさせテレビ番組のシンジケーション市場を発達させた。しかし1990年代には多チャンネル時代の本格化で放送業界の枠組みも変わることになる。
1990年、ケーブルテレビの普及率が53%となり衛星放送も台頭したころ、3大ネットワークのプライムタイム視聴率は60%に落ちていた。また1986年に設立された第4のネットワーク、ニューズコーポレーション傘下のフォックスがFCCに対してフィンシン・ルールの例外適応を求め、それに反対する3大ネットワークは規則廃止を目的にロビー活動を活発に行った。同規則は1991年の一部緩和に続き、1995年までに段階的に廃止され、プライムアクセス・ルールも同時に廃止された。
パワーシフトを成功させたネットワークは再び天下をとるが、1996年のディズニーによるキャピタルシティー/ABCの買収や1999年のバイアコムによるCBS買収に象徴されるように、制作プロダクションがコンテンツの配給チャンネルとしてのネットワークを買収するようになる。番組制作から地上波やケーブルチャンネルという配給部門を一社が所有する垂直統合化が進み、さらに出版部門やマーチャンダイジングを活かせるテーマパークなども傘下に入れたメディア複合体が全ての権利と利益を独り占めするようになった。
この傾向は現在も続く。1986年にGEの一部門となったNBCは2004年にユニバーサル・スタジオを買収したが、2009年12月には米最大手ケーブル事業者コムキャストによる買収が合意され、米放送界は再び新しい時代を迎えようとしている。
3.海外番組の米国における現状
米国を「世界一大きな島」と皮肉たっぷりに呼ぶ外国人は少なくない。国民の多くが海外の歴史・文化に対する興味が少ない上、政治経済大国として自国のシステムや文化が世界一だというナンバーワン主義が浸透していることが要因だ。
テレビ番組にしても隣国カナダの番組も含めて外国の番組がそのまま地上波のプライムタイムで放送されることはほとんどなく、吹き替えが必要ない英国放送協会(BBC)制作のミステリーやドラマが公共放送局(PBS)やケーブルの有料チャンネルHBOで放送されるくらいだ。
優秀なテレビ番組を表彰するエミー賞を主催するハリウッドのテレビ番組制作者で作る団体「テレビジョン文化科学アカデミー」の会長を務め、コンサルタントとして活躍するメリル・マーシャル=ダニエルズ氏は、海外制作の番組が米国人視聴者になじまない理由として、出演者や舞台設定の違い以外に、海外番組とは異なる米番組の制作上の特徴を以下のようにあげる。
- (1) 米国の番組は俳優ではなく台本主体で話の展開のペースが早い。
- (2) 明るく強い照明を使う傾向が強い。
- (3) 台本は一時間番組の場合本編48分中にCMブレークを4~5回入れることを想定しており、視聴者が流出しないように場面のつなぎのセリフや映像カットが緻密に計算されている。
- (4) ヒット番組としてシンジケーションで成功することを想定し、何年シリーズ化されても題材がつきないような話の設定が考えられる。
また、プライムタイムのドラマは、HDカメラが普及し始めるようになっても35ミリフィルムで撮影されることが多い。映画のような照明と画面の深度が好まれるのは人件費と共に制作費高騰につながるが、ある米制作関係者はテレビカメラで撮影された番組は「画面の深度が浅く、画面が平たく見える」といやがる。視聴者も制作費をかけた映画のようなテレビ番組に慣れているため、海外制作の番組が安っぽく見える原因となるのだろう。
日本では、人気タレントを主演にすることがトレンディードラマでは大切で、各ネットワークがタレント事務所と交渉し主演の順番を決めてから台本が書かれることもあると聞く。重村会長も指摘するように、日本のタレントの知名度がゼロに等しい米国ではタレントが画面で存在感のある俳優でなければ通用しない。
また、日本ではドラマはシーズン(クール)を連続して制作・放送されることがほとんどないことも、100エピソードを単位とするシンジケーションを念頭に置く米国の放送局や配給社が避ける理由になっている。また米国のシンジケーション市場で再放送される場合にはエピソードの順番の入れ替えも含めて自由に編成できることが望まれるため、エピソードは基本的に一話完結型になっている。日本ではエピソードの放映順に話が展開される連続ドラマ型になっているため、これも米市場で不向きになる理由だ。この解決策としては10エピソードをミニシリーズという特別番組に編成したり、同じようなジャンルの数番組をまとめてパッケージにする方法もある。
4.変わりつつある状況
高騰する制作費を抑え、かつ新しいアイディアを渇望する米制作者は、この10年で海外番組に注目するようになった。皮切りとなったのはリアリティー番組と呼ばれる台本なしのゲーム番組やバラエティー番組だ。1999年にABCが「フー・ウォンツ・トゥー・ビー・ア・ミリオネア(邦題「クイズ$ミリオネア」)」、翌夏にCBSが「サバイバー」と「ビッグ・ブラザー」を夏の再放送シーズンに放送して大成功させた。それぞれ英国、スウェーデン、オランダで制作放送された番組で、米ネットワークが番組のフォーマットを購入して米国版を制作した。
これを機にコメディーやドラマへの門戸も開け、NBCは2005年に「ザ・オフィス」、2006年にはABCが「アグリー・ベティー」をヒットさせる。これも前述した事情からあらすじや場面、セリフをフォーマットとして購入し、俳優を含めて設定を米国に変えた米国版が制作されている。しかしコメディーはスラップスティックと言われるドタバタ喜劇以外は文化の国境を超えるのは難しく、ドラマまたはドラメディーと呼ばれるコメディー調のドラマが主流となる。
2007年11月から翌年2月まで、地上波の新番組企画シーズンの真最中に脚本家ストライキがあった。番組発注元のネットワーク各社は「言語が共通でストーリー展開が似ている」(ある制作関係者)という理由で英語圏からドラマのフォーマットを購入して多くの新番組を企画した。結局ほとんどが視聴率不振で放送後すぐにキャンセルされ、安易な輸入は失敗するという証明になった。
日本の番組ではアニメのほか、ゲーム番組やバラエティー番組に興味が持たれている。「ポケモン」などは、日本の番組として意識されないことが多い。TBS放送「風雲たけし城」やフジテレビ放送「料理の鉄人」は英語の吹き替え版が米国のケーブルチャンネルで放送され、前者はオリジナルとは全く異なる内容の吹き替えが魅力の一つとなり、後者はテーマや展開の早さ、スポーツの実況中継のようなアナウンスの吹き替えでカルト的な人気となり、アメリカ版も制作されるようになった。フジテレビ制作のクイズ番組「トリビアの泉」を素材にしたアメリカ版「マンサーズ(Manswers)」は、男性向けケーブルチャンネル「スパイク」で2007年から深夜帯で放送されている。 ABCは日本の障害物レース番組を参考に、2008年から「アイ・サバイブド・ア・ジャパニーズ・ゲーム・ショー」や「ワイプアウト」を夏の特別番組として放送している。フォーマット購入こそしていないが「番組の著作権に触れない程度に参考にすることは奨励する」と言う内容のABC社内メモが明らかになり、日本の番組制作関係者の中には懸念する声もあった。
人種と文化の壁だが、米国の番組では、犯罪捜査チームや医療チーム、学校、飛行機乗客など主人公が複数いるアンサンブルキャストと呼ばれるドラマでは白人だけでなくアフリカ系(黒人)やヒスパニック、アジア系(韓国や中国系が多い)が含まれるのが普通になっている。しかしまだ非白人の単独主人公への抵抗感はあるようだ。フォックス放送のある人気ドラマのプロデューサーからは、日本と米国資本でドラマを共同制作する場合でも「白人主人公の相棒として日本人を登場させて米国と日本でのロケ場面を含めたドラマは想定できるが、逆は考えられない」と本音を聞いた事もある。
米国視聴者は字幕を嫌うことでも知られるが、テレビ受像機の高画質化で以前ほど問題にならないのではないか、という意見もある。独立系映画など海外作品を編成するケーブルチャンネルでは字幕番組も増えている。
5.日本のドラマの米国輸出への提言と今後の課題
「テレビ番組は芸術でも文化でもなく、まず商品である」──前述のメリル・マーシャル氏は、米放送界関係者が常にビジネスマインドでいることを強調する。海外からの番組購入は文化振興という慈善目的ではなく、利益にならなければ米国の購入先には興味も抱いてもらえない。
日本製テレビドラマの米国への輸出は容易ではないが、不可能ではない。まず大切なのは、ターゲットとなる米市場で魅力的な「商品」となるように制作者が企画段階から意識することが必要になるという。米国では脚本が最も重視されるが、「サムライ」や「ニンジャ」、ハイテクなど日本のステレオタイプなイメージ、三宅一生やヨージヤマモトなどの有名ファッションデザイナーのほか、米国で知名度の高い村上隆などポップカルチャーの立役者を切り口にしたテーマやジャンルで米購入者の興味を惹くことも戦略だと語る。SF調の話やホラー、ファンタジーも日本の作品が注目される分野だ。
番組の制作段階では、ビジュアル効果を米国流にするために、撮影や編集段階で米国人スタッフを入れることも得策だという。そして「商品」である作品と同じ程度大切なのが宣伝だ。同氏は、BBCは米国進出にそなえて放送業界に広い人脈を持つ米国人エグゼクティブを雇い、ニューヨークとロサンゼルスで屋外看板を使って宣伝を行い、キーパソンとなるプロデューサーを集めたディナーパーティーを主催するなど緻密なマーケティング戦略を実行して成功したという。「ターゲットを絞って宣伝資金を投入し、プロデューサーや広報、批評家など業界内で口コミで話題となるような方法が最適だ」。
米製のテレビ番組や映画はそれ自体が輸出品としての商品価値が高いこともあり、海賊版コピーの問題以外に米政府が文化交流や経済促進の立場から輸出を奨励したことはないようだ。メリル・マーシャル氏は、日米双方の制作者の意識改革と米国の市場調査のため、JAMCOなど放送番組振興団体が主催して、ハリウッドの制作スタジオの幹部や有名プロデューサー、タレント・エージェントを対象に日本の番組を視聴して討議を行う2~3日間の会議をロサンゼルスや東京で行うことも提案する。『国際ドラマフェスティバル in Tokyo』のカスタムメード版に近い形式になるだろうか。
また、同氏はタイムリース料が比較的安いデジタル・ケーブルチャンネルで数日から一週間のプライムタイムの時間帯を買い上げて、数番組を放送することや、インターネットで番組や映像クリップを実験的に見せるなどデジタル・プラットフォームを活用することも提案する。
米市場では途上国を輸出先にする場合の内外格差は問題にならないため、市場価格で勝負できる。商売ありきの米市場だからこそ、相手先の需要に合った供給を行い、ヒット作が出るまでの長期投資を覚悟できれば日本製テレビドラマの米国進出も夢ではなくなるだろう。
(ブロノフスキー)村中 智津子
ジャーナリスト、文筆家、インテグラル・メディア社ディレクター
1966年生まれ、鎌倉出身。 国際キリスト教大学教養学部卒業、英レスター大学およびシティーユニバーシティーでコミュニケーションと国際ジャーナリズム修士号を取得。 ソニー株式会社、読売新聞社欧州総局および本社英字新聞部、フジテレビジョンの米現地法人フジサンケイ・コミュニケーションズ・インターナショナル社ニューヨーク本社に勤務。 2009年にフリーとなる。雑誌にメディアや社会文化についてのコラムを連載。著書に『ニューヨーカーはどこまで強欲か』(扶桑社・2009年)がある。