第16回 JAMCOオンライン国際シンポジウム
2007年1月~3月
テレビで形成される外国のイメージ~中国、韓国、日本
[講演者(3)] 外国イメージとイベントの効果についての一考察~「日本におけるドイツ年」研究から~
はじめに
今回のJAMCO国際シンポジウムでは、韓国、中国のテレビが外国をどのように伝えているかについて、それぞれの国の研究者から調査・分析結果が報告されている。では、日本のテレビは、外国をどのように伝えているのだろうか。
日本のテレビが伝える外国に関する情報や外国イメージについては、筆者も所属する研究グループICFP-Japan(International Communication Flow Project-Japan)1で、いくつかの研究成果がある。このグループでは、1980年初頭から2001年まで、約10年おきに3回にわたって「日本を中心とするテレビ番組の輸出入に関する調査」を行っており、その一環として、日本のテレビ番組の中での、外国制作番組や外国関連番組の量や内容を調べている。
これまでの調査では、日本のテレビ番組における外国制作番組の比率が、第1回調査から第3回調査まで5%内外で変わらずに推移しており、その大半がアメリカ製であること、日本制作番組の中で外国関連要素が含まれる率は、第3回調査の場合6.6%で、第2回調査時点の9%から若干減少していること、番組で言及される国としては、輸入番組同様アメリカが飛びぬけて多いことなどが報告されている。2 デジタル化の進展による多チャンネル化やインターネットによる動画配信の普及等により、外国製あるいは外国関連の番組、外国に関する映像情報の流通経路は飛躍的に増え、情報量も増大している。
とはいえ、一般の人が、簡便に費用もかけずに入手できる情報の経路として地上波テレビが最も大きな影響力を持つ状況は、今のところそれほど大きく変化しているとは考えられない。そして、その地上波テレビにおける外国製あるいは外国関連番組の放送状況も、ここ数年でさほど大幅に変化してはいない様子である。3
そこで、本稿では少し視点を変え、上記のような外国関連情報の流通状況に変化を与えるようなイベントないしキャンペーンが、実際にどのような効果を引き起こすのか、という点について、ひとつの事例研究を紹介したいと思う。
「日本における○○年」
2国間の交流促進や相互イメージ改善をめざして、「日本における○○年」あるいは「○○国における日本年」という催しが時々行われている。インターネットで調べてみると、ここ数年だけでも、1998年に「日本におけるフランス年」(その前年、「フランスにおける日本年」を開催)、2001年が「日本におけるイタリア年」(1995年から96年にかけて「イタリアにおける日本年」)、2003年が「日本におけるトルコ年」、そして、2005年4月から今年3月まで「日本におけるドイツ年」(1999年から2000年にかけて「ドイツにおける日本年」)が開催された。2005年は「日韓友情年」でもあった。さらに今年(2006年)は「日豪(オーストラリア)交流年」「日本・シンガポール観光交流年」であり、また「日本におけるモンゴル年」でもあるという。
これらのうち2005年4月から2006年3月まで開催された「日本におけるドイツ年」に関連し、先に紹介したICFP-Japan研究グループでは、この期間中、テレビを始めとする日本のメディアにおいて「ドイツ」がどのように取り上げられたかを調べ、あわせて、2005年3月、2006年3月に、「ドイツ年」の認知と、その前後でドイツに関するイメージや認識に変化があったかどうかを調べる調査を行った。4 なお2006年は、ワールドカップサッカーの開催年で、その開催地がドイツであったため、「ワールドカップドイツ大会」終了後の2006年7月にも、同様の調査を行って、「ドイツ年」および「ワールドカップ」という大きなイベントの、ドイツイメージに関する影響、効果を調べた。
本報告では、とくにテレビでの「ドイツ年」および「ドイツ」関連番組の放送状況と、世論調査の結果を紹介し、「ドイツ年」の行事によって、テレビのドイツ関連情報がどのように変化したか、それらが人々のドイツイメージとどう関わったのか、「ドイツ年」の行事や「ワールドカップサッカー」が、日本人のドイツイメージになんらかの影響を与えたのか、について考察を試みたい。
「ドイツ年」を知っていた人は16%
ICFP-Japan研究グループが実施した調査によれば、2006年3月末の開催終了期に、このイベントを知っていた人は、およそ16%であった。5 「ドイツ年」開始直前の2005年3月末時点の調査で「ドイツ年」を知っていた人は8%であったので、1年間で認知率は倍増したことになる。16%という認知率が高いといえるのかどうかについては、他の「○○年」に関する比較データがないため評価はむずかしいが、年代によっては20%以上にも達しており、この種の催しとしてはよく知られていた方といえるのではないだろうか。
認知経路はテレビが1位
「ドイツ年」を知っていた人に、何によってそれを知ったかをたずねたところ、3回の調査を通じていずれも「テレビ」を挙げる人が最も多かった。「ドイツ年」開始直前の時点(以下Before調査と呼ぶ)では、知っていた人は8%と1割に満たなかったが、知っていた人の53%はテレビを通じて知ったと答えている。「ドイツ年」終了時の調査(以下After調査)では、知っていた人の64%が、また、「ワールドカップ」終了後の調査(以下After2調査)では62%が、「テレビ」と答えた。以下、認知経路として新聞、ラジオ、雑誌などが続く。時期を経るほどにポスターやパンフレットを挙げる人の率が増えていることも興味深いが、いずれにしてもこうしたイベントを知らせるメディアとして、「テレビ」が大きな力を発揮していることが確認できる。
ドイツ関連番組は大幅増
今回の研究では、「ドイツ年」開催期間中(2005年4月~2006年3月)、テレビでドイツに関連した番組がどのくらい放送されたかも調べている。6 ただし、収集や分析の規模の限界から、ニュースやワイドショーは対象から除外せざるを得なかった。期間中、日本のテレビで放送されたドイツ関連番組は756本(653時間38分=ドイツ関連部分のみでは578時間59分)で、スポーツ、音楽、教養、娯楽など多岐にわたっていた。ドイツに関連する番組のうち「ドイツ年」に関連した番組は32本(21時間14分)であった。
具体的には、「日本におけるドイツ年記念番組 堤真一の2週間ドイツ旅行」(フジテレビ)「題名のない音楽会 ドイツ年記念人気ベスト30」(テレビ朝日)「NHK音楽祭 バイエルン放送交響楽団」(NHK教育)などである。
「日本におけるドイツ年」関連番組が、前述のとおり32本にとどまったのに対し、2006年6月からドイツで開催されたサッカーワールドカップ大会に関連した番組は、3月までの収集対象期間中にすでに79番組が放送され、調査期間終了後も、大会終了まで増加を続けていた。
残念ながら、同時期に他の外国関連番組がどの程度放送されたか、また「ドイツ年」開催以前にはドイツ関連番組がどのくらいあったか、直接比較できるデータがないので、「ドイツ年」イベントによって、日本のテレビの中でのドイツ関連番組がどの程度増えたのかを正確に測定することはできない。そこで、参考までに、ICFP-Japan研究グループが2002年に行った調査から、2002年のドイツ関連番組の放送時間量を1年分に換算してみた。7 それによると、2002年では、ドイツ製番組の放送が約1,275分、日本制作番組の中でドイツに関連した番組が約6,760分で、あわせておよそ8,035分であった。
このときの調査は、地上波テレビに限定していたので、これと比較するため、今回の「ドイツ年」期間中に放送されたドイツ関連番組(ドイツ関連部分)の地上波テレビでの放送分を計算したところ、14,486分であった。すなわち、2002年の8,035分に対し、2005年4月から2006年3月までの1年間には、およそ1.8倍の時間量の番組が放送されたことになる。今回収集した番組には、「ワールドカップ」関連のサッカーの試合中継やクラシック音楽の演奏会など長時間番組が数多く含まれていたので、時間量比がいっそう大きくなっているとも考えられるが、「ドイツ年」開催中の1年間、日本のテレビにおいて、通常に比べ、かなり多くのドイツ関連番組が放送されたことはまちがいないだろう。
音楽・教養番組が多かったが、よく見られたのはスポーツ、娯楽
期間中に放送されたドイツ関連番組の種類をみると、音楽番組が最も多く、全体の36%を占める。次いで教養番組が22%、教育14%、スポーツ13%、娯楽7%、ドラマ5%、映画3%の順であった。音楽番組ではとくにクラシック音楽が多く、演奏された楽曲の4分の1はベートーベンのものであった。教養番組では、美術、紀行、第2次世界大戦関連などの内容が伝えられていた。音楽番組も、教養番組もとくにNHKに多く、民放では、関連番組(107本)のうちの半数(51番組)が娯楽番組であった。
しかし実際に見られたのは、音楽番組や教養番組より、スポーツ番組や娯楽番組の方だった。個々の番組の視聴率と時間量を掛け合わせて、ジャンルごとの視聴量比率を割り出してみたところ、スポーツ番組、娯楽、教養、映画の順によく見られた、という結果であった。
大半がポジティブイメージ
期間中に放送されたドイツ関連の番組のなかで伝えられたドイツ・ドイツ人のイメージが、ドイツ人にとってポジティブなものか、ネガティブなものかも調べた。
全756番組中、ポジティブと判定されたものが516番組で68%を占め、次いで189番組(25%)は中立的と判定された。ネガティブな番組は51番組7%にとどまった。そのほとんどがナチに関するものであったが、日本とは異なる風俗習慣を面白おかしく伝える番組もあり、これもネガティブと判定された。ナチに関する番組のほとんどは教養番組であったが、異なる風俗習慣については、視聴率の比較的高い娯楽番組の中で紹介されていた。
ドイツといえば・・・
このように数多くのドイツ関連番組が放送されたわけであるが、それらは日本人の持っている「ドイツイメージ」に、なんらかの影響を与えたのだろうか。
今回の研究では、3回の調査を通じて、同じ選択肢でドイツのイメージを調べ、その変化を比較した。「EUの中心地」「観光名所(ロマンティック街道、ライン川など)」「クラシック音楽・作曲家」「経済先進国」「ドイツ文学」など14の項目を提示し、その中から、ドイツと聞いてまず連想するものを3つ選んでもらった。
ドイツと聞いて連想するものとしては、Before調査とAfter調査では「自動車」、After2調査では「ビール」が、最も多くの人から挙げられた。
上位5項目をみると、Before調査では1位「自動車」2位「ビール」3位「第2次世界大戦」4位「サッカー」5位「ソーセージ」であったものが、「ワールドカップ」開催直前でもあったAfter調査では、3位と4位が入れ替わり、「サッカー」が3位に浮上した。しかし「ワールドカップ」終了後のAfter2調査では、「サッカー」は急落して5位に下がった。
また、After2調査での順位は、それまでの2回の調査と異なり、1位「ビール」2位「自動車」3位「ソーセージ」4位「第2次世界大戦」5位「サッカー」で、「ビール」を挙げた人が「自動車」を抜いて最も多くなった。これは、Before調査、After調査がともに3月末時点の調査だったのに対し、After2調査が7月の暑い時期(ビール!)の調査であることと関係しているのかもしれない。
ここで興味深いのは、「サッカー」の位置の変化である。Before調査からAfter調査への「サッカー」の上昇は、あきらかに「ワールドカップサッカードイツ大会」の影響と考えられる。しかし、大会終了後の調査では急落していることをみると、このイベントの影響そのものはごく短期的なものだったようだ。
強固なステレオタイプイメージ
いずれにせよ、3回の調査を通じて、上位5項目=「自動車」「ビール」「第2次世界大戦」「サッカー」「ソーセージ」の顔ぶれは変わっていない。先に紹介したように、テレビでは例年に比べ、ドイツに関連する多くの番組が放送されていた。とくにサッカーの試合は、数多く放送され、視聴率も高かった。そのこともあって、「ドイツ=サッカー」というイメージは、かなり上昇したが、どうやら一時的な上昇にすぎず、「ワールドカップ」の終了とともに、低下してしまった。
季節などによって若干の変動はあるものの、「ドイツといえば自動車、ビール、ソーセージ・・」といったステレオタイプ的なイメージに大きな変化はなかったと結論づけることができるだろう。
「日本におけるドイツ年」にかかわったドイツ側の担当者は、今回の催しの一つの目的として、従来の古いドイツイメージ(ビール、ソーセージ、ナチス・・・)ではなく、新しいドイツ(科学技術の先進性やファッション、音楽などのポップカルチャーやライフスタイル)を知ってほしかったという。8 そうした狙いをこめた関連の催しも数多く行われたようであるが、9 少なくともテレビ番組としては、そのようなテーマや題材のものはあまり見受けられなかった。そして、世論調査の結果を見るかぎり、ドイツについてのイメージも大きく変化してはいなかった。もちろん、調査で用いた選択肢の限界もあり、代表的なイメージの周辺で多様なイメージが付加されたり、変更された可能性もあるが、今回の調査では確認できなかった。
「ドイツが好きな人」の比率も変化なし
今回の調査では、「ドイツ・ドイツ人に対する好き・嫌い」と、「ドイツと日本の関係に関する認識を、全体的関係、経済的関係、文化交流の3つの側面からたずねた。
「ドイツ・ドイツ人を好きか、嫌いか」と訪ねた結果は以下のとおりである。After2調査で若干増えているようにみえるが、統計的に有意な差ではない。結果的には、3回の調査で変化はなかったということになる。
また、ドイツとの関係の認識については、全体的な関係、経済関係、文化交流のいずれの側面においても、良好な関係と認識する人が全体の2割前後で、これも3回の調査で変化がみられなかった。10
新聞におけるドイツ関連記事とドイツ・イメージ
ICFP-Japan研究グループでは、2005年4月から2006年3月の全国新聞5紙(朝日、毎日、読売、産経、日経)における、「ドイツ関連記事」と「ドイツ・イメージ」の内容分析も行った。その結果を大雑把にまとめると、以下のような傾向がみられた。
「ドイツ年」関連記事(とくに文化事業)の紹介記事が大幅に増えた。これはすべて、ドイツにとってポジティブなイメージを伝えるものであった。
ドイツ関連記事が増えるタイミングがいくつかあった。それらは「第2次世界大戦終戦60周年関連」「ドイツ経済の浮沈」「ドイツ総選挙関連」などであった。
ドイツに関する新聞記事のトーン、論調は、おおむね中立的だが、どちらかといえばポジティブ・イメージに傾斜していた。
これらの結果をみると、「ドイツ年」関連報道のメディア効果は、テレビより新聞の方が大きかったと考えられる。雑誌、単行本でもドイツ関連の内容のものが例年より多く出版されており、新聞、雑誌、書籍といった印刷メディア全体としては、例年以上にドイツについての情報を伝え、しかもドイツイメージを好意的な方向に導いていたといえる。今回の調査では、設問数の制限から、ドイツ関連のメディア接触については、「ドイツ年」の認知経路と「ワールドカップサッカー」関連テレビ番組の視聴についてしかたずねていないので、印刷メディアへの接触と、ドイツ・イメージの変化の関係までは分析できないが、これらをフォローすると興味深い結果が見出せるかもしれない。
「○○年」の効果と意義
これまで紹介してきた調査結果をまとめると、テレビなどのメディアにおいては、通常に比べてドイツに関する情報の量は増加した。そして、伝えられたものの多くは、ドイツにとってポジティブなものであった。
また、「ドイツ年」の催しについては、主にテレビを通じて、認知が上昇した。
しかし、人々が抱くドイツについてのイメージや好き・嫌い、また日独関係についての認識には大きな変化は見られなかった。「ワールドカップサッカー」は、「ドイツ=サッカー」というイメージを一時的に上昇させたが、イベントの終了とともに急落した。
こうした結果から、「ドイツ年」の一連のイベントも、「ワールドカップサッカー」も、ドイツに対するイメージの刷新にはあまり影響がなかったと結論づけ、こうしたイベントやキャンペーンがもたらす効果を否定的にとらえる向きもあるかもしれない。しかし、はたしてそうなのだろうか。
今回は、「ドイツ年」と「ワールドカップサッカー」関連番組の時期が重なっており、両者の切り分けが難しいことも、それぞれのイベントの効果測定を困難にしているが、少なくともそれらがドイツに関連するテレビ番組の放送量の増加を促したことは確認できた。 同時に、今回の調査から、そうした放送時間量の増加が、直接的に人々の入手する情報量の増加にすぐには結びつかないことも明らかになった。
ワールドカップ関連番組の視聴についてたずねたAfter2調査の結果を詳しくみると、「ドイツ・ドイツ人を好き」という人と「どちらともいえない」という人では、関連番組の視聴に有意な差があり、「ドイツ・ドイツ人を好き」という人は「どちらともいえない」という人たちより、サッカーの試合や関連番組をよく見ていた。なかでも、「サッカー以外のドイツに関連した番組」について、「ドイツ・ドイツ人が好き」という人の23%が見たと答えているのに対し、「どちらともいえない」人では7%しか見ていなかった。
また、前述したように、期間中の1年間、数多くのドイツ関連の音楽番組や教養番組が放送されたが、実際に多くの人に見られたのは、スポーツ番組や娯楽番組であり、それらによってドイツに関するさまざまな側面が伝えられたとはいいがたい。
このように、人々は自分の関心のある情報に選択的に接するため、提供する情報量が増えても、それがそのまま多くの人に到達するとは限らないのである。
従来から、メディア情報は、イメージや認識を変えるというより、もともと持っていたイメージや認識を補強する方向に作用するといわれている。今回の調査結果はそれを裏付けたともいえよう。
このことはたしかに、「○○年」的なイベントやキャンペーンによって、人々のある国へのイメージなり印象に直接的に影響を与えようとすることの難しさを示している。しかし、もしそのような契機がなければ、ある国に対する固定的、ステレオタイプ的なイメージや印象は、日々のメディア活動の中であえて修正されることもなく、むしろ強化され続ける。だからこそ、即効性のある効果は期待できないにしても、「○○年」などのようなある種のキャンペーンなりイベントという形によって刺激を与えることで、メディアに登場する機会を増やしたり、関心のない人たちの関心を掻き立てる必要があるのだ、と言うこともできるのではないだろうか。
テレビの影響力
ただし、こうした政府などの公的な機関が主導する、いわば上から仕掛けた形でのキャンペーンやイベントには一定の限界がありそうだ、ということも今回の事例から学ばなければならないだろう。関心のないところにいくら情報を送り続けても、なかなか接触してはもらえないからである。
しかし、ひとたび関心が掻き立てられると、それが思わぬ規模のブームを巻き起こすこともある。近年、日本を席巻した(中国など東アジア地域全体にも広がりつつある)韓流ブームがその好例である。この韓流ブームは、NHKの衛星放送でのドラマ放送がきっかけではあったが、NHKがとくに韓国イメージ改善のために企画したわけでもなく、ましてや、政府や韓国の外交部門が企画したキャンペーンの類ではない。ブームの主役は、番組の存在を知った日本の中高年女性層であり、彼女らを起点に番組や俳優に関する情報が次々に伝播し、他メディアや他の世代も巻きこむ社会現象となっていった。11 そしてこの番組は、これまでの日本人の韓国イメージにも影響を与えた。
NHK放送文化研究所が行った調査によれば、「冬のソナタ」を見たことのある人は、国民全体の38%にのぼり、そのうちの22%が「冬のソナタ」をきっかけに「韓国への興味が増した」といい、また26%が「韓国のイメージが変わった」と答えている。12 韓流ブームと韓国イメージの変化の関係については、その浸透力や持続力などについて、今後も継続的な研究が必要ではあるが、テレビの持つ影響力の大きさを改めて実感させられた現象であった。
おわりに
「○○年」などの国際的行事や、「ワールドカップ」「オリンピック」などスポーツの国際試合がメディア内容にどんな変化を及ぼすのか、その内容の変化が、人々の相手国イメージにどう作用するのか、あるいはそうした行事の影響と、ドラマや映画のヒットなどがおよぼす影響とは、なぜ、どのように異なるのか、など、テレビと外国イメージに関して追究すべきテーマは多様である。「○○年」にしても、国際スポーツ大会にしても、あるいは個々の番組や作品についても、個別の事例の背景には、それぞれの国と日本との関係の違いもあり、さまざまな事例を同列に比較することは困難である。
それでも、いくつもの事例をつぶさに検証することから、知見を積み重ねていくことが必要だと考える。事例研究の蓄積の中から、多くの国に共通する傾向が浮き彫りになるだろうし、また地域や国ごとの個別性や特徴も明らかになってくるであろう。今回の「ドイツ年」研究は、ドイツ大使館からの研究協力要請がきっかけとなって実現した。この種の効果研究を総合的・体系的に行うことは、予算や機材をはじめデータの収集や分析にあたる人材等、さまざまな資源が必要であり、事例研究の蓄積が必要とは言ったものの、実際には多くの困難が伴うこともまた事実である。そうした意味で、今回の「ドイツ年」研究が実現したことを感謝したいし、また今回の研究成果が、いくつもの事例研究のひとつとして今後の同種の研究の参考材料になれば幸いに思う。
今回のJAMCO国際シンポジウムでは、韓国、中国のテレビが外国をどのように伝えているかについて、それぞれの国の研究者から調査・分析結果が報告されている。では、日本のテレビは、外国をどのように伝えているのだろうか。
日本のテレビが伝える外国に関する情報や外国イメージについては、筆者も所属する研究グループICFP-Japan(International Communication Flow Project-Japan)1で、いくつかの研究成果がある。このグループでは、1980年初頭から2001年まで、約10年おきに3回にわたって「日本を中心とするテレビ番組の輸出入に関する調査」を行っており、その一環として、日本のテレビ番組の中での、外国制作番組や外国関連番組の量や内容を調べている。
これまでの調査では、日本のテレビ番組における外国制作番組の比率が、第1回調査から第3回調査まで5%内外で変わらずに推移しており、その大半がアメリカ製であること、日本制作番組の中で外国関連要素が含まれる率は、第3回調査の場合6.6%で、第2回調査時点の9%から若干減少していること、番組で言及される国としては、輸入番組同様アメリカが飛びぬけて多いことなどが報告されている。2 デジタル化の進展による多チャンネル化やインターネットによる動画配信の普及等により、外国製あるいは外国関連の番組、外国に関する映像情報の流通経路は飛躍的に増え、情報量も増大している。
とはいえ、一般の人が、簡便に費用もかけずに入手できる情報の経路として地上波テレビが最も大きな影響力を持つ状況は、今のところそれほど大きく変化しているとは考えられない。そして、その地上波テレビにおける外国製あるいは外国関連番組の放送状況も、ここ数年でさほど大幅に変化してはいない様子である。3
そこで、本稿では少し視点を変え、上記のような外国関連情報の流通状況に変化を与えるようなイベントないしキャンペーンが、実際にどのような効果を引き起こすのか、という点について、ひとつの事例研究を紹介したいと思う。
「日本における○○年」
2国間の交流促進や相互イメージ改善をめざして、「日本における○○年」あるいは「○○国における日本年」という催しが時々行われている。インターネットで調べてみると、ここ数年だけでも、1998年に「日本におけるフランス年」(その前年、「フランスにおける日本年」を開催)、2001年が「日本におけるイタリア年」(1995年から96年にかけて「イタリアにおける日本年」)、2003年が「日本におけるトルコ年」、そして、2005年4月から今年3月まで「日本におけるドイツ年」(1999年から2000年にかけて「ドイツにおける日本年」)が開催された。2005年は「日韓友情年」でもあった。さらに今年(2006年)は「日豪(オーストラリア)交流年」「日本・シンガポール観光交流年」であり、また「日本におけるモンゴル年」でもあるという。
これらのうち2005年4月から2006年3月まで開催された「日本におけるドイツ年」に関連し、先に紹介したICFP-Japan研究グループでは、この期間中、テレビを始めとする日本のメディアにおいて「ドイツ」がどのように取り上げられたかを調べ、あわせて、2005年3月、2006年3月に、「ドイツ年」の認知と、その前後でドイツに関するイメージや認識に変化があったかどうかを調べる調査を行った。4 なお2006年は、ワールドカップサッカーの開催年で、その開催地がドイツであったため、「ワールドカップドイツ大会」終了後の2006年7月にも、同様の調査を行って、「ドイツ年」および「ワールドカップ」という大きなイベントの、ドイツイメージに関する影響、効果を調べた。
本報告では、とくにテレビでの「ドイツ年」および「ドイツ」関連番組の放送状況と、世論調査の結果を紹介し、「ドイツ年」の行事によって、テレビのドイツ関連情報がどのように変化したか、それらが人々のドイツイメージとどう関わったのか、「ドイツ年」の行事や「ワールドカップサッカー」が、日本人のドイツイメージになんらかの影響を与えたのか、について考察を試みたい。
「ドイツ年」を知っていた人は16%
ICFP-Japan研究グループが実施した調査によれば、2006年3月末の開催終了期に、このイベントを知っていた人は、およそ16%であった。5 「ドイツ年」開始直前の2005年3月末時点の調査で「ドイツ年」を知っていた人は8%であったので、1年間で認知率は倍増したことになる。16%という認知率が高いといえるのかどうかについては、他の「○○年」に関する比較データがないため評価はむずかしいが、年代によっては20%以上にも達しており、この種の催しとしてはよく知られていた方といえるのではないだろうか。
認知経路はテレビが1位
「ドイツ年」を知っていた人に、何によってそれを知ったかをたずねたところ、3回の調査を通じていずれも「テレビ」を挙げる人が最も多かった。「ドイツ年」開始直前の時点(以下Before調査と呼ぶ)では、知っていた人は8%と1割に満たなかったが、知っていた人の53%はテレビを通じて知ったと答えている。「ドイツ年」終了時の調査(以下After調査)では、知っていた人の64%が、また、「ワールドカップ」終了後の調査(以下After2調査)では62%が、「テレビ」と答えた。以下、認知経路として新聞、ラジオ、雑誌などが続く。時期を経るほどにポスターやパンフレットを挙げる人の率が増えていることも興味深いが、いずれにしてもこうしたイベントを知らせるメディアとして、「テレビ」が大きな力を発揮していることが確認できる。
(ICFP2005-2006)
ドイツ関連番組は大幅増
今回の研究では、「ドイツ年」開催期間中(2005年4月~2006年3月)、テレビでドイツに関連した番組がどのくらい放送されたかも調べている。6 ただし、収集や分析の規模の限界から、ニュースやワイドショーは対象から除外せざるを得なかった。期間中、日本のテレビで放送されたドイツ関連番組は756本(653時間38分=ドイツ関連部分のみでは578時間59分)で、スポーツ、音楽、教養、娯楽など多岐にわたっていた。ドイツに関連する番組のうち「ドイツ年」に関連した番組は32本(21時間14分)であった。
ドイツに関連する番組(チャンネル別)
*1:ドイツ関連部分の時間量(2005/4~2006/3 東京キー局9チャンネル)
(ICFP2005-2006)
(ICFP2005-2006)
具体的には、「日本におけるドイツ年記念番組 堤真一の2週間ドイツ旅行」(フジテレビ)「題名のない音楽会 ドイツ年記念人気ベスト30」(テレビ朝日)「NHK音楽祭 バイエルン放送交響楽団」(NHK教育)などである。
「日本におけるドイツ年」関連番組が、前述のとおり32本にとどまったのに対し、2006年6月からドイツで開催されたサッカーワールドカップ大会に関連した番組は、3月までの収集対象期間中にすでに79番組が放送され、調査期間終了後も、大会終了まで増加を続けていた。
残念ながら、同時期に他の外国関連番組がどの程度放送されたか、また「ドイツ年」開催以前にはドイツ関連番組がどのくらいあったか、直接比較できるデータがないので、「ドイツ年」イベントによって、日本のテレビの中でのドイツ関連番組がどの程度増えたのかを正確に測定することはできない。そこで、参考までに、ICFP-Japan研究グループが2002年に行った調査から、2002年のドイツ関連番組の放送時間量を1年分に換算してみた。7 それによると、2002年では、ドイツ製番組の放送が約1,275分、日本制作番組の中でドイツに関連した番組が約6,760分で、あわせておよそ8,035分であった。
このときの調査は、地上波テレビに限定していたので、これと比較するため、今回の「ドイツ年」期間中に放送されたドイツ関連番組(ドイツ関連部分)の地上波テレビでの放送分を計算したところ、14,486分であった。すなわち、2002年の8,035分に対し、2005年4月から2006年3月までの1年間には、およそ1.8倍の時間量の番組が放送されたことになる。今回収集した番組には、「ワールドカップ」関連のサッカーの試合中継やクラシック音楽の演奏会など長時間番組が数多く含まれていたので、時間量比がいっそう大きくなっているとも考えられるが、「ドイツ年」開催中の1年間、日本のテレビにおいて、通常に比べ、かなり多くのドイツ関連番組が放送されたことはまちがいないだろう。
音楽・教養番組が多かったが、よく見られたのはスポーツ、娯楽
期間中に放送されたドイツ関連番組の種類をみると、音楽番組が最も多く、全体の36%を占める。次いで教養番組が22%、教育14%、スポーツ13%、娯楽7%、ドラマ5%、映画3%の順であった。音楽番組ではとくにクラシック音楽が多く、演奏された楽曲の4分の1はベートーベンのものであった。教養番組では、美術、紀行、第2次世界大戦関連などの内容が伝えられていた。音楽番組も、教養番組もとくにNHKに多く、民放では、関連番組(107本)のうちの半数(51番組)が娯楽番組であった。
しかし実際に見られたのは、音楽番組や教養番組より、スポーツ番組や娯楽番組の方だった。個々の番組の視聴率と時間量を掛け合わせて、ジャンルごとの視聴量比率を割り出してみたところ、スポーツ番組、娯楽、教養、映画の順によく見られた、という結果であった。
(ICFP2005-2006)
大半がポジティブイメージ
期間中に放送されたドイツ関連の番組のなかで伝えられたドイツ・ドイツ人のイメージが、ドイツ人にとってポジティブなものか、ネガティブなものかも調べた。
(ICFP2005-0006)
全756番組中、ポジティブと判定されたものが516番組で68%を占め、次いで189番組(25%)は中立的と判定された。ネガティブな番組は51番組7%にとどまった。そのほとんどがナチに関するものであったが、日本とは異なる風俗習慣を面白おかしく伝える番組もあり、これもネガティブと判定された。ナチに関する番組のほとんどは教養番組であったが、異なる風俗習慣については、視聴率の比較的高い娯楽番組の中で紹介されていた。
ドイツといえば・・・
このように数多くのドイツ関連番組が放送されたわけであるが、それらは日本人の持っている「ドイツイメージ」に、なんらかの影響を与えたのだろうか。
今回の研究では、3回の調査を通じて、同じ選択肢でドイツのイメージを調べ、その変化を比較した。「EUの中心地」「観光名所(ロマンティック街道、ライン川など)」「クラシック音楽・作曲家」「経済先進国」「ドイツ文学」など14の項目を提示し、その中から、ドイツと聞いてまず連想するものを3つ選んでもらった。
(ICFP2005-2006)
ドイツと聞いて連想するものとしては、Before調査とAfter調査では「自動車」、After2調査では「ビール」が、最も多くの人から挙げられた。
上位5項目をみると、Before調査では1位「自動車」2位「ビール」3位「第2次世界大戦」4位「サッカー」5位「ソーセージ」であったものが、「ワールドカップ」開催直前でもあったAfter調査では、3位と4位が入れ替わり、「サッカー」が3位に浮上した。しかし「ワールドカップ」終了後のAfter2調査では、「サッカー」は急落して5位に下がった。
また、After2調査での順位は、それまでの2回の調査と異なり、1位「ビール」2位「自動車」3位「ソーセージ」4位「第2次世界大戦」5位「サッカー」で、「ビール」を挙げた人が「自動車」を抜いて最も多くなった。これは、Before調査、After調査がともに3月末時点の調査だったのに対し、After2調査が7月の暑い時期(ビール!)の調査であることと関係しているのかもしれない。
ここで興味深いのは、「サッカー」の位置の変化である。Before調査からAfter調査への「サッカー」の上昇は、あきらかに「ワールドカップサッカードイツ大会」の影響と考えられる。しかし、大会終了後の調査では急落していることをみると、このイベントの影響そのものはごく短期的なものだったようだ。
強固なステレオタイプイメージ
いずれにせよ、3回の調査を通じて、上位5項目=「自動車」「ビール」「第2次世界大戦」「サッカー」「ソーセージ」の顔ぶれは変わっていない。先に紹介したように、テレビでは例年に比べ、ドイツに関連する多くの番組が放送されていた。とくにサッカーの試合は、数多く放送され、視聴率も高かった。そのこともあって、「ドイツ=サッカー」というイメージは、かなり上昇したが、どうやら一時的な上昇にすぎず、「ワールドカップ」の終了とともに、低下してしまった。
季節などによって若干の変動はあるものの、「ドイツといえば自動車、ビール、ソーセージ・・」といったステレオタイプ的なイメージに大きな変化はなかったと結論づけることができるだろう。
「日本におけるドイツ年」にかかわったドイツ側の担当者は、今回の催しの一つの目的として、従来の古いドイツイメージ(ビール、ソーセージ、ナチス・・・)ではなく、新しいドイツ(科学技術の先進性やファッション、音楽などのポップカルチャーやライフスタイル)を知ってほしかったという。8 そうした狙いをこめた関連の催しも数多く行われたようであるが、9 少なくともテレビ番組としては、そのようなテーマや題材のものはあまり見受けられなかった。そして、世論調査の結果を見るかぎり、ドイツについてのイメージも大きく変化してはいなかった。もちろん、調査で用いた選択肢の限界もあり、代表的なイメージの周辺で多様なイメージが付加されたり、変更された可能性もあるが、今回の調査では確認できなかった。
「ドイツが好きな人」の比率も変化なし
今回の調査では、「ドイツ・ドイツ人に対する好き・嫌い」と、「ドイツと日本の関係に関する認識を、全体的関係、経済的関係、文化交流の3つの側面からたずねた。
「ドイツ・ドイツ人を好きか、嫌いか」と訪ねた結果は以下のとおりである。After2調査で若干増えているようにみえるが、統計的に有意な差ではない。結果的には、3回の調査で変化はなかったということになる。
(ICFP2005-2006)
また、ドイツとの関係の認識については、全体的な関係、経済関係、文化交流のいずれの側面においても、良好な関係と認識する人が全体の2割前後で、これも3回の調査で変化がみられなかった。10
新聞におけるドイツ関連記事とドイツ・イメージ
ICFP-Japan研究グループでは、2005年4月から2006年3月の全国新聞5紙(朝日、毎日、読売、産経、日経)における、「ドイツ関連記事」と「ドイツ・イメージ」の内容分析も行った。その結果を大雑把にまとめると、以下のような傾向がみられた。
「ドイツ年」関連記事(とくに文化事業)の紹介記事が大幅に増えた。これはすべて、ドイツにとってポジティブなイメージを伝えるものであった。
ドイツ関連記事が増えるタイミングがいくつかあった。それらは「第2次世界大戦終戦60周年関連」「ドイツ経済の浮沈」「ドイツ総選挙関連」などであった。
ドイツに関する新聞記事のトーン、論調は、おおむね中立的だが、どちらかといえばポジティブ・イメージに傾斜していた。
これらの結果をみると、「ドイツ年」関連報道のメディア効果は、テレビより新聞の方が大きかったと考えられる。雑誌、単行本でもドイツ関連の内容のものが例年より多く出版されており、新聞、雑誌、書籍といった印刷メディア全体としては、例年以上にドイツについての情報を伝え、しかもドイツイメージを好意的な方向に導いていたといえる。今回の調査では、設問数の制限から、ドイツ関連のメディア接触については、「ドイツ年」の認知経路と「ワールドカップサッカー」関連テレビ番組の視聴についてしかたずねていないので、印刷メディアへの接触と、ドイツ・イメージの変化の関係までは分析できないが、これらをフォローすると興味深い結果が見出せるかもしれない。
「○○年」の効果と意義
これまで紹介してきた調査結果をまとめると、テレビなどのメディアにおいては、通常に比べてドイツに関する情報の量は増加した。そして、伝えられたものの多くは、ドイツにとってポジティブなものであった。
また、「ドイツ年」の催しについては、主にテレビを通じて、認知が上昇した。
しかし、人々が抱くドイツについてのイメージや好き・嫌い、また日独関係についての認識には大きな変化は見られなかった。「ワールドカップサッカー」は、「ドイツ=サッカー」というイメージを一時的に上昇させたが、イベントの終了とともに急落した。
こうした結果から、「ドイツ年」の一連のイベントも、「ワールドカップサッカー」も、ドイツに対するイメージの刷新にはあまり影響がなかったと結論づけ、こうしたイベントやキャンペーンがもたらす効果を否定的にとらえる向きもあるかもしれない。しかし、はたしてそうなのだろうか。
今回は、「ドイツ年」と「ワールドカップサッカー」関連番組の時期が重なっており、両者の切り分けが難しいことも、それぞれのイベントの効果測定を困難にしているが、少なくともそれらがドイツに関連するテレビ番組の放送量の増加を促したことは確認できた。 同時に、今回の調査から、そうした放送時間量の増加が、直接的に人々の入手する情報量の増加にすぐには結びつかないことも明らかになった。
ワールドカップ関連番組の視聴についてたずねたAfter2調査の結果を詳しくみると、「ドイツ・ドイツ人を好き」という人と「どちらともいえない」という人では、関連番組の視聴に有意な差があり、「ドイツ・ドイツ人を好き」という人は「どちらともいえない」という人たちより、サッカーの試合や関連番組をよく見ていた。なかでも、「サッカー以外のドイツに関連した番組」について、「ドイツ・ドイツ人が好き」という人の23%が見たと答えているのに対し、「どちらともいえない」人では7%しか見ていなかった。
また、前述したように、期間中の1年間、数多くのドイツ関連の音楽番組や教養番組が放送されたが、実際に多くの人に見られたのは、スポーツ番組や娯楽番組であり、それらによってドイツに関するさまざまな側面が伝えられたとはいいがたい。
このように、人々は自分の関心のある情報に選択的に接するため、提供する情報量が増えても、それがそのまま多くの人に到達するとは限らないのである。
従来から、メディア情報は、イメージや認識を変えるというより、もともと持っていたイメージや認識を補強する方向に作用するといわれている。今回の調査結果はそれを裏付けたともいえよう。
このことはたしかに、「○○年」的なイベントやキャンペーンによって、人々のある国へのイメージなり印象に直接的に影響を与えようとすることの難しさを示している。しかし、もしそのような契機がなければ、ある国に対する固定的、ステレオタイプ的なイメージや印象は、日々のメディア活動の中であえて修正されることもなく、むしろ強化され続ける。だからこそ、即効性のある効果は期待できないにしても、「○○年」などのようなある種のキャンペーンなりイベントという形によって刺激を与えることで、メディアに登場する機会を増やしたり、関心のない人たちの関心を掻き立てる必要があるのだ、と言うこともできるのではないだろうか。
テレビの影響力
ただし、こうした政府などの公的な機関が主導する、いわば上から仕掛けた形でのキャンペーンやイベントには一定の限界がありそうだ、ということも今回の事例から学ばなければならないだろう。関心のないところにいくら情報を送り続けても、なかなか接触してはもらえないからである。
しかし、ひとたび関心が掻き立てられると、それが思わぬ規模のブームを巻き起こすこともある。近年、日本を席巻した(中国など東アジア地域全体にも広がりつつある)韓流ブームがその好例である。この韓流ブームは、NHKの衛星放送でのドラマ放送がきっかけではあったが、NHKがとくに韓国イメージ改善のために企画したわけでもなく、ましてや、政府や韓国の外交部門が企画したキャンペーンの類ではない。ブームの主役は、番組の存在を知った日本の中高年女性層であり、彼女らを起点に番組や俳優に関する情報が次々に伝播し、他メディアや他の世代も巻きこむ社会現象となっていった。11 そしてこの番組は、これまでの日本人の韓国イメージにも影響を与えた。
NHK放送文化研究所が行った調査によれば、「冬のソナタ」を見たことのある人は、国民全体の38%にのぼり、そのうちの22%が「冬のソナタ」をきっかけに「韓国への興味が増した」といい、また26%が「韓国のイメージが変わった」と答えている。12 韓流ブームと韓国イメージの変化の関係については、その浸透力や持続力などについて、今後も継続的な研究が必要ではあるが、テレビの持つ影響力の大きさを改めて実感させられた現象であった。
おわりに
「○○年」などの国際的行事や、「ワールドカップ」「オリンピック」などスポーツの国際試合がメディア内容にどんな変化を及ぼすのか、その内容の変化が、人々の相手国イメージにどう作用するのか、あるいはそうした行事の影響と、ドラマや映画のヒットなどがおよぼす影響とは、なぜ、どのように異なるのか、など、テレビと外国イメージに関して追究すべきテーマは多様である。「○○年」にしても、国際スポーツ大会にしても、あるいは個々の番組や作品についても、個別の事例の背景には、それぞれの国と日本との関係の違いもあり、さまざまな事例を同列に比較することは困難である。
それでも、いくつもの事例をつぶさに検証することから、知見を積み重ねていくことが必要だと考える。事例研究の蓄積の中から、多くの国に共通する傾向が浮き彫りになるだろうし、また地域や国ごとの個別性や特徴も明らかになってくるであろう。今回の「ドイツ年」研究は、ドイツ大使館からの研究協力要請がきっかけとなって実現した。この種の効果研究を総合的・体系的に行うことは、予算や機材をはじめデータの収集や分析にあたる人材等、さまざまな資源が必要であり、事例研究の蓄積が必要とは言ったものの、実際には多くの困難が伴うこともまた事実である。そうした意味で、今回の「ドイツ年」研究が実現したことを感謝したいし、また今回の研究成果が、いくつもの事例研究のひとつとして今後の同種の研究の参考材料になれば幸いに思う。
- 1.2000年にICFP-Japanに名称を変更。それまではITFP-Japan(International Television Flow Project-Japan)。1979年の結成以来、国際間のコミュニケーション流通とメディアの関係について、さまざまな研究を行っている。
- 2.原由美子、川竹和夫、杉山明子(2004) 「日本のテレビ番組の国際性~テレビ番組国際フロー調査結果から~、『NHK放送文化研究年報』 48号
- 3.2003年4月から始まった「冬のソナタ」を端緒とする韓国ドラマブームの影響で、一時期、地上波民放テレビでも韓国製ドラマの定時放送が行われるなどしたため、外国製番組の放送量が一時的に増加したが、2006年の時点では、民放の定時枠はなくなっており、ブームの前の状況に戻っていると思われる。
- 4.この研究は、在日ドイツ連邦共和国大使館および(財)放送文化基金の助成によって行われた。また世論調査に関しては、(株)ビデオリサーチの協力を得た。
- 5.調査の制約上、東京30キロ圏、13~59歳男女と調査対象が限定されていたため、以下に紹介する諸データは、日本人全体の意識や認識ではないことに留意する必要がある。
- 6.調査対象は、NHK総合、NHK教育、日本テレビ、TBS、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京とNHK衛星第1、第2の9チャンネル。収集機関は2005年4月~2006年3月。
- 7.注2に同じ
- 8.「日本におけるドイツ年」の企画にも参画した、Dr.ウーヴェ・シュメルター東京ドイツ文化センター(ゲーテ・インスティテュート)所長の発言。(2006年10月28日に行われたICFP報告会「メディアの伝えるドイツイメージ」)
- 9.「日本におけるドイツ年」公式HPによると、参加行事数は1600件弱に及んだ。http://www.doitsu-nen.jp/ 同じ20%前後という比率ではあるが、必ずしも、同一の人たちがいつも肯定的な回答(好き、緊密、協力等)を回答しているわけではない。
- 10.林香里(2005)「ドラマ『冬のソナタ』の<政治的なるもの>~女性の感情、女性の生活、そして日韓関係について~」東京大学大学院情報学環紀要 情報学研究 No.69、城西国際大学ジェンダー・女性学研究所編(2006)『ジェンダーで読む<韓流>文化の現在』現代書館 など
- 11.三矢恵子(2004)「世論調査から見た『冬ソナ』現象~「冬のソナタ」に関する世論調査から~」『放送研究と調査』12月号。
原 由美子
日本放送協会 放送文化研究所 メディア研究部担当部長
上智大学文学部仏文学科卒業 1978年より日本放送協会放送文化研究所勤務 現在に至る。 主な研究テーマは、テレビ番組の国際性・国際理解への効果などに関する研究、人々の情報行動・テレビ視聴行動に関する研究 など