途上国への番組無償提供の実態と課題
開催にあたって
近年、デジタル技術が飛躍的に進展し、放送コンテンツは国境を越えて瞬時に共有される時代を迎えました。日本で制作された番組が世界の視聴者に届く一方、海外の作品が日本でリアルタイムに視聴される光景も、今や珍しいものではありません。
しかしながら、日本の放送コンテンツが十分に海外へ浸透しているとは、必ずしも言い切れないのが現状です。その背景には、特に音楽著作権を中心とした複雑な権利処理が存在し、これが国際展開を進める上での大きな障壁となっています。
1991年の創立以来、一般財団法人放送番組国際交流センター(JAMCO)は、優れた放送番組の提供を通じて国際交流を促進し、相互理解に寄与する活動を続けてまいりました。しかし、近年は私ども自身も、海外への番組提供においての権利処理の課題に直面しているところです。
今回のシンポジウムでは、放送コンテンツの国際流通における著作権を中心とした課題について、歴史的・制度的、そして国際比較の観点から議論を深めてまいります。はじめに、インド太平洋地域の島嶼国に対して積極的に番組提供を行っているオーストラリアの事例を専門家の皆様に解説いただきます。続いて、世界的なコンテンツ輸出国である韓国の海外展開について、韓国の関係者への取材を基にした分析・考察、そしてコンテンツ輸出を担う実施機関の視点、その2点から読み解きます。
こうした知見は、日本をはじめとしたコンテンツ産業が今後海外展開を推進する上で、重要な示唆をもたらすものと確信しております。
無償コンテンツと現地の選択
PacificAus TVによる太平洋地域放送へのアプローチ
・概要
PacificAus TVは、オーストラリア政府の資金提供を受け、太平洋地域12か国の18放送事業者に対し、民間のテレビ番組を無償で提供する取り組みを行っている。2020年5月に1,710万豪ドルの初期予算で開始し、2025年までに年間約3,000時間のコンテンツを提供する規模にまで拡大した。本事業は、より大きな枠組みである「インド太平洋放送戦略」(5年間で6,880万豪ドル)の一環として運営されている。オーストラリアの商業放送業界の主な団体であるFree TV Australiaが、外務貿易省(DFAT)との助成契約を受け本事業を管理し、衛星放送、インターネット配信、ウェブポータルを通じてコンテンツを配信している。
・政策の設計モデル:チャンネル型と番組提供型
オーストラリアの太平洋地域へ向けた放送政策は、2つの異なるモデルを用いている。ABC(オーストラリア放送協会)は、ABC Australia(テレビ)およびRadio Australia(ラジオ)といった専用放送チャンネルを運営し、ニュース、時事番組、文化教養番組を取り入れて編成し直接配信している。ABCは、コンテンツの選定および編成について編集権を持ち、政府予算(5年間で4,050万豪ドル)によって支えられた従来型の国際放送として機能している。
これに対し、PacificAus TVは、チャンネル運営ではなく、番組提供を基本とする、根本的に異なるモデルで運営されている。本事業は、オーストラリアの商業テレビ番組を既存の太平洋地域の放送事業者に提供するものであり、どの番組を放送し、どのように編成するかについては、各放送事業者が完全な編集上の独立性を保持している。このモデルは、太平洋地域の放送事業者の自律性を尊重し、受動的なコンテンツ受信者ではなく、主体的な意思決定者として位置づけるものである。これは、効果的な地域関与を実現するためには、異なる戦略的な目的に対応する複数の補完的な仕組みが必要であるという考え方に基づいている。
・運営モデルおよび権利取得
Free TV Australiaは、2名未満のフルタイム換算人員という最小限の体制でPacificAus TVを運営しており、技術的な配信業務はMediaHub Australiaに外部委託している。この運営モデルは、新たな政府インフラを構築するのではなく、既存の商業テレビ業界が有する関係性や専門知識を活用する点に特徴がある。
コンテンツの取得にあたっては、複雑な知的財産権の枠組みを扱う必要がある。オーストラリアの商業放送ネットワークであるSeven Network(セブン・ネットワーク)およびNine Network(ナイン・ネットワーク)は、自社で制作したコンテンツの一部について所有権を保持しており、SevenおよびNineが制作したコンテンツについては、両社が権利を保有しており、PacificAus TVに対して直接ライセンス供与を行うことができる。一方、独立系制作会社によって制作されたコンテンツや、国際配給会社から取得されたコンテンツについては、Free TVがBanijay(バニジェイ)、ITV、Fremantle(フリーマントル)といった主要な配給会社を含む権利保有仲介業者を通じて交渉を行う。これらの仲介業者は大規模なコンテンツ・カタログを管理しており、オーストラリア国内向けの放送権とは別に、太平洋地域向けの地域別放送権をライセンスしている。
音楽著作権は、テレビ番組の中に複数の音楽要素が含まれ、それぞれが異なる権利者によって管理されている可能性があるため、特に複雑な課題となる。オーストラリアの放送ネットワークは通常、音楽の権利処理をオーストラリア国内向けにのみ行っており、太平洋地域での配信に対応するためには、権利の再交渉が必要となる。Free TVは、音楽権利が広範に事前クリアされている番組、比較的低コストで権利処理が可能な番組、または音楽要素が最小限に抑えられている番組を優先的に選定している。スポーツ番組やオーストラリアのドラマ作品は、音楽パフォーマンスが前面に出るエンターテインメント番組と比べ、音楽権利の処理に伴う課題が比較的少ない傾向にある。
オーストラリア政府は、すべてのライセンス費用を負担しており、その結果、太平洋地域の放送事業者はコンテンツを完全に無償で受け取ることができる。この無償提供モデルは、コンテンツ取得予算が限られており、高品質なオーストラリア番組を通常は購入できない多くの太平洋地域放送事業者にとって、市場の格差を埋めるものとなっている。
・放送事業者との連携、およびコンテンツ選定
Free TVは、アンケート調査、個別のコミュニケーション、メッセージアプリWhatsApp(ワッツアップ)を含むデジタルプラットフォームを通じた継続的な対話を通じて、太平洋地域の提携放送事業者と定期的に協議を行っている。こうした協議プロセスを通じて、番組に対する嗜好を把握し、視聴者の受け止め方を分析するとともに、新たに生じる放送事業者のニーズに対応している。太平洋地域の放送事業者は、どのジャンルや具体的な番組が視聴者から高い関心を集めているかを示し、その情報がFree TVのコンテンツ取得方針に反映されている。
スポーツ番組は、太平洋地域の視聴者の嗜好を反映し、全体の放送時間の50%以上を占める主要なコンテンツとなっている。スポーツ分野には、ネットボール(スーパー・ネットボールおよび太平洋地域に焦点を当てたシリーズを含む)、オーストラリアン・フットボール各種(AFL、NRL、パシフィック・チャンピオンシップを含む)、クリケット、ラグビー、バスケットボール、サッカーが含まれる。Free TVは、外務貿易省(DFAT)のPacificAus Sportsイニシアティブと連携し、太平洋地域との関連性が高い競技や大会の放送権確保に向けて、各競技団体と緊密に協力している。
スポーツ以外のコンテンツには、オーストラリアのドラマシリーズ(『Neighbours(ネイバーズ)』『Home & Away(ホーム・アンド・アウェイ)』)、リアリティ番組やライフスタイル番組(『MasterChef Australia(マスターシェフ・オーストラリア)』『Better Homes & Gardens(ベター・ホームズ&ガーデンズ)』『The Voice(ザ・ヴォイス)』)、事実に基づく番組・ドキュメンタリー系番組(『60 Minutes (60ミニッツ)』『Paramedics(パラメディックス)』)、および子ども向け番組が含まれる。番組選定にあたっては、放送事業者の嗜好、利用可能なコンテンツ、権利処理の可能性、文化的な適合性といった要素のバランスが考慮されている。
重要な点として、提供される番組の中からどれを編成するかについては、太平洋地域の放送事業者が編集上の独立性を維持している。PacificAus TVの多くのコンテンツが、各放送事業者のゴールデンタイムに編成されていることは、当該番組が視聴者を引きつけ、競争力のある成果を上げているという成果を反映している。18の提携放送事業者のうち14社は広告収入を基盤とする商業放送事業者であり、収益維持のために視聴者獲得が不可欠であることから、ゴールデンタイムでの編成判断は、コンテンツの価値を示す有意義な証拠となっている。
・配信技術
PacificAus TVは、太平洋地域における多様なインフラ環境に対応するため、相互補完的な3つの配信方式を採用している。
· 衛星配信
Intelsat-19衛星を利用した配信は、インターネット接続状況に左右されることなく、安定したコンテンツ配信を可能にしている。標準画質(SD)で1日16時間構成の番組ブロックを送信しており、太平洋地域の放送事業者は、本事業で提供される統合型受信デコーダー機器を通じて信号を受信する。衛星配信により、スポーツのライブ中継が可能となるほか、放送事業者がローカルの保存インフラを必要とせず、信号の一部をそのまま中継する「パススルー」放送にも対応している。
· インターネット・プロトコル(IP)ストリーミング
Secure Reliable Transport(SRT)技術を用いたIPストリーミングにより、同一の番組ブロックをインターネット経由で配信している。画質は、高画質(HD)、標準画質(SD)、および低ビットレートのモニタリング用など、複数の品質レベルが用意されている。Free TVは現在、2つのスポーツイベントを同時に配信できるよう、2系統目のSRT同時配信機能の試験運用を行っている。
· ウェブポータルによるダウンロード配信
ウェブポータルを通じて、MP4形式の個別番組ファイルをオンデマンドで提供し、放送事業者はいつでもダウンロードすることができる。この方式は、編成の自由度が最も高く、リアルタイム配信に技術的な問題が生じた場合のバックアップ手段としても機能している。
・2023年インド太平洋放送レビュー
2023年11月に、外務貿易省(DFAT)およびインフラ・運輸・地方開発・通信・芸術省(DITRDCA)が共同で実施したレビューでは、太平洋地域全体におけるオーストラリアの放送関連投資が評価された。本レビューは、PacificAus TVについて、「視聴者調査ならびに助成金報告書および業績報告書により裏付けられるように、当初の目的を達成している」と結論づけるとともに、「拡大の可能性を含め、太平洋地域の放送事業者からの評価は非常に高い」と指摘している。
レビューにおける主な提言は以下のとおりである:
· 提言7:客観的な成果達成および放送事業者からの肯定的な評価を踏まえ、PacificAus TVへの投資を更新・継続すること
· 提言8:トンガ王国、サモア独立国、ニウエ、クック諸島への成功裏の拡大を踏まえ、さらに多くの太平洋諸国へ展開を拡大すること
· 提言9:ABCおよびSBS/NITVの番組を活用したコンテンツラインアップの拡充を検討し、商業エンターテインメントに加えて、ニュース、時事番組、ドキュメンタリー、先住民(ファースト・ネーションズ)コンテンツへのアクセスを太平洋地域の放送事業者に提供すること
· 提言10:現行の事業実施モデルが引き続き目的に適合しているかを検証するため、事業の実施体制を見直すこと
本レビューは、Free TVの運営を検証・評価し、同組織が専門的な配信水準を維持しながら、契約で定められたコンテンツ提供時間を上回る実績を達成している点を確認した。ABCおよびSBSのコンテンツ統合に関する勧告は、商業放送と公共放送が相互に補完・競合しながら提供されているという、オーストラリア国内の視聴環境を反映したものであり、特に文化的なつながりに焦点を当てたSBSの公共サービス・コンテンツの価値が重視されている。
・拡張性および地理的展開
本プログラムは、高い拡張性を有していることが示されている。2021年のトンガ王国およびサモア独立国への拡大に続き、2024年にはニウエおよびクック諸島、さらに2025年には東ティモール民主共和国へと展開が行われたが、いずれも追加的なコストは最小限に抑えられている。衛星のカバーエリア、インターネット配信インフラ、ウェブポータル・システムはいずれも、投資額を比例的に増加させることなく、新たな放送事業者の参加を受け入れることが可能である。さらに、太平洋地域向けとして権利処理されたコンテンツは、通常、国・地域ごとの再交渉を行うことなく、地域内のすべての国をカバーしている。
2023年のレビューでは、ニューカレドニアおよびフランス領ポリネシアへの拡大の可能性も指摘されている。同レビューは、フランス語圏であることを考慮すると、コンテンツの調整が必要となる可能性を認めつつも、プログラムの基本的なモデル自体は、多様な地域的条件に対応し得るものであるとの見解を示している。
・類似の取り組みに対する示唆
PacificAus TVの経験は、JAMCOのように太平洋地域における放送分野への関与を検討する組織にとって、いくつかの重要な示唆を提供している。
· 協議・対話の仕組み
太平洋地域の放送事業者と定期的に協議を行い、コンテンツの嗜好を把握することで、外部からの前提や想定ではなく、現地視聴者の関心に沿った番組選定が可能となる。ゴールデンタイムの編成に関する太平洋地域放送事業者の専門的判断は、外部からの評価よりも、コンテンツの価値をより強く裏付けるものである。
· 技術的柔軟性
複数の配信経路を用意することで、多様なインフラ環境に対応できる。都市部と遠隔地、国家の規模によって技術的条件が大きく異なるため、単一の技術ですべての太平洋地域の放送環境に最適に対応することはできない。
· 権利処理の複雑性
太平洋地域向けにコンテンツを提供するには、地域別ライセンス、音楽著作権、番組権利など、複雑な権利処理を行う必要がある。政府がライセンス費用を負担することで、コンテンツ取得予算を十分に持たない多くの放送事業者に対して、無償でのアクセスを可能とし、市場の空白を補っている。
· 放送事業者の自律性の尊重
コンテンツ選定を太平洋地域の放送事業者に委ねることは、現地の組織こそが視聴者の嗜好や文化的感受性を最もよく理解しているという認識に基づくものである。このアプローチは信頼関係を構築し、コンテンツの押し付けではなく、真のパートナーシップを示すことにつながる。
· 継続的なコミットメント
複数年にわたる資金提供は、短期的なプロジェクト枠組みでは不可能な、関係構築、運営能力の向上、コンテンツ・カタログの拡充を可能にする。
・結論
PacificAus TVは、太平洋地域の放送事業者の自律性を尊重しつつ、番組提供型モデルが従来型の国際放送を効果的に補完し得ることを示している。本事業は、年間提供時間を1,188時間から2,950時間へと拡大し、12か国にわたる展開を実現するとともに、2023年のレビューにおいても高い評価を受けており、商業コンテンツ配信に対する政府投資の妥当性を裏付けている。
太平洋地域での放送分野への関与を目指す組織にとって、本プログラムは、協議と対話、柔軟性、現地の主体性への敬意、そして継続的な関与の重要性を明確に示している。最終的な成功は、政策目的、放送事業者の運営上のニーズ、そして視聴者の嗜好との整合にかかっており、それは、あらかじめ定められたコンテンツや技術を押し付けるのではなく、太平洋地域の優先事項を尊重するパートナーシップ型のアプローチによって実現される。
・謝辞
本報告書に記載された情報の多くは、公表されている資料に基づいている。しかしながら、Free TV AustraliaおよびPacificAus TVから提供された助言は、事業の背景や運営文化を理解するうえで非常に貴重なものであった。ここに、2025年11月10日(月)に実施したインタビューおよび12月2日のフォローアップ・インタビューにおいて、貴重な時間を割いて協力いただいたPacificAus TVディレクターのシェーン・ウッド氏、ならびにFree TV Australia公共政策ディレクターのマイケル・クーナン氏に深く感謝の意を表したい。
本研究は、日本のJAMCOからの支援によって支援を受けて実施された。
目次
エグゼクティブ・サマリー
・概要
・政策の設計モデル:チャンネル型と番組提供型
・運営モデルおよび権利取得
・放送事業者との連携およびコンテンツ選定
・配信技術
・2023年インド太平洋放送レビュー
・拡張性および地理的展開
・類似の取り組みに対する示唆
・結論
謝辞
目次
1 はじめに
2 オーストラリアの政策
・2.1 太平洋地域におけるオーストラリア放送政策:インド太平洋放送戦略
・2.2 差別化された実施形態:チャンネル型と番組提供型
・2.3 PacificAus TV:商業ネットワークを通じた番組提供
・2.4 政策の骨子:豪州・太平洋メディア・放送パートナーシップ
・2.5 戦略的背景:2023年インド太平洋放送レビュー
・2.6 インド太平洋放送におけるSBSの役割
・2.7 財政構造および説明責任の仕組み
・2.8 政策の一貫性と戦略的整合性
3 PacificAus TVの仕組み
・3.1 運営モデルおよびガバナンス構造
・3.2 コンテンツ取得および権利処理
・3.3 放送事業者との連携およびコンテンツ選定
・3.4 配信技術および提供方法
3.4.1 衛星配信
3.4.2 インターネット・プロトコル(IP)ストリーミング
3.4.3 インターネット・ポータルによるダウンロード
・3.5 コンテンツ構成および番組提供の拡大
・3.6 拡張性および地理的展開
4 2023年インド太平洋放送レビュー
・4.1 レビューの方法論および範囲
・4.2 PacificAus TVの実績評価
・4.3 事業継続および拡大に関する提言
・4.4 ガバナンスおよび提供モデルの検証
・4.5 短波ラジオ復活に関する調査結果
・4.6 より広範な放送(デジタル)戦略への示唆
5 結論
6 連絡先
1 はじめに
放送を通じたオーストラリアと太平洋島嶼国との関係は、複雑な地政学的力学を巧みに乗り越えて、地域のメディア環境の現実に適応した公共外交の特徴的な事例である。PacificAus TVイニシアティブは、2020年5月に1,710万豪ドルの初期資金をもって開始された。本事業は、12か国の太平洋地域の放送事業者に対し、オーストラリアの民間テレビ番組を無償で提供し、2025年までに年間約3,000時間のコンテンツを配信している。この番組提供型モデルは、専用チャンネルを通じた従来型の国際放送とは明確に異なるものであり、効果的なソフトパワーの発信、太平洋地域放送事業者の自律性の尊重、既存コンテンツ資源の効率的活用といった政策的選択を反映している。
本イニシアティブは、特定の戦略的文脈の中で生まれた。特に、2017年にABCの短波ラジオ放送が終了して以降、専門家から太平洋地域におけるオーストラリアのメディアの存在感が低下したと指摘される状況が長年続き、地域における影響力の変化や情報環境が他国の影響下におかれることに対する懸念が政策立案者の間で高まっていた。PacificAus TVの設立は、2023年7月に発表された、5年間で6,880万豪ドル超を投じる「インド太平洋放送戦略」の一環として位置づけられており、同戦略は、地域におけるメディア連携の強化、信頼できる情報源へのアクセス向上、ならびに活力ある独立系メディア部門の支援を目的としている。
国際的な観点から見ると、特に日本のように周辺の国や地域への番組提供に関心を持つ国の放送機関にとって、PacificAus TVモデルは、多様な太平洋地域の状況においてコンテンツを配信するための実践的な仕組みを検討するうえで重要な示唆を提供している。本プログラムの運営手法は、Free TV Australiaを通じて商業テレビ業界の専門性を活用し、インフラ環境に応じた複数の配信技術を採用することで地域的条件の異質性に適応したメディア配給を可能としている。また、コンテンツ選定における太平洋地域放送事業者の編集上の独立性を維持している。これは、政府資金による取り組みが、現地の主体性や商業的現実を尊重しながらも、効果的に機能し得ることを示している。
本稿は、PacificAus TVを4つの側面から検討する。
第一に、オーストラリアの放送政策の枠組みを分析し、オーストラリア放送協会(ABC)によるチャンネル型運営と、PacificAus TVによる番組提供型モデルとを区別する。この区別は、異なる政策手段がいかに補完的な目的を果たしているかを理解するうえで極めて重要である。ABCのチャンネルは、コンテンツの直接的な編成やニュース配信を可能にする一方、PacificAus TVは、太平洋地域の放送事業者の自主性を尊重し、地元の組織が視聴者の理解や番組戦略に基づいて選択できるコンテンツ・ライブラリーを提供している。
第二に、本稿はPacificAus TVが実際にどのように運営されているかを説明し、Seven(セブンネットワーク)やNine(ナインネットワーク)といった自社権利を保有するネットワークからの直接ライセンスに加え、Banijay、ITV、Fremantleといった仲介事業者を通じた権利処理を含むコンテンツ取得プロセスを詳述する。これらの商業的取り決めを理解することは、本プログラムの運営上の複雑性と拡張性の双方を明らかにするものである。さらに、衛星伝送、インターネット・プロトコル(IP)によるストリーミング、ポータル型ダウンロードといった配信技術を検討する。これにより、現地のインフラ制約にかかわらずコンテンツへのアクセスを可能にしている点を示すとともに、協議と需要主導型のコンテンツ選定を重視した放送事業者との連携プロセスを分析する。
第三に、2023年11月に実施された「インド太平洋放送レビュー」を評価する。同レビューは、PacificAus TVの実績を検証し、事業の継続、地理的拡大、ならびにABC(オーストラリア放送協会)および、SBS(スペシャル・ブロードキャスティング・サービス)の番組を取り入れることによるコンテンツの多様化を推奨している。視聴者調査および太平洋地域の放送事業者からのフィードバックに基づく肯定的な評価は、本プログラムモデルの実証的な妥当性を裏付けると同時に、変化する地域の優先課題に沿った改善の機会を示している。
最後に、本稿では、太平洋諸島においてコンテンツ配信を目指す他国の類似の取り組みに適用可能な教訓について考察する。PacificAus TVの経験は、地域放送事業者との協議、コンテンツ選定および配信手法における柔軟性、現地の編集上の自律性への敬意、そして時間をかけた関係構築を可能にする継続的な取り組みの重要性を示している。これらの運営原則は特定の国に限定されるものではなく、政策目的や太平洋地域の嗜好、優先事項とのバランスをとった効果的な放送関与の枠組みを提供するものである。
本分析は、「インド太平洋放送戦略」、「豪州・太平洋メディア・放送パートナーシップ」枠組み、ならびに「2023年インド太平洋放送レビュー」などの公式政策文書に基づいている。また、Free TV Australiaが運営するPacificAus TVに関する実務情報や、プログラム管理者へのインタビュー内容も取り入れている。さらに、アデレード大学と連携してABC International Development(オーストラリア放送協会・インターナショナル・デベロップメント)が実施した調査:「メディアの現状:太平洋地域」は、12か国にわたる太平洋地域のメディア環境や、メディア消費の動向、放送事業者の視点に関する地域的背景を提供している。
PacificAus TVに関する学術的・政策的論評は多様であり、番組の文化的妥当性に疑問を呈する批判がある一方で、運営上の成功や放送事業者の満足度を評価する見解も存在する。本稿は、外部からの批評よりも、太平洋地域の放送事業者の視点および視聴者調査データを重視している。これは、現地の放送専門家こそが、自らの視聴者の嗜好や番組編成上のニーズについて最も深い知見を有しているという認識に基づくものである。PacificAus TVのコンテンツの多くが、太平洋地域の放送事業者のゴールデンタイム編成に組み込まれているという事実は、当該番組が視聴者を引きつけ、競争力のある成果を上げているとの専門的判断を反映している。これは、商業的要請を伴い、視聴者を直接的に理解している立場の評価に基づく、コンテンツの価値を示す重要な証拠を提供するものである。
JAMCOのように太平洋地域のメディア連携に関心を持つ組織にとって、PacificAus TVの運営の仕組み、政策枠組み、そして実証された成果を理解することは、同様の取り組みを展開するうえで応用可能な実践的知見を提供するものである。本プログラムが、初期のパイロット段階から、12か国18の放送局にサービスを提供する持続的な運用へと発展し、契約上のコンテンツ提供時間を上回る成果を達成するとともに、パートナーから肯定的な評価を得てきたことは、適切に設計された番組提供が、太平洋地域の主体性を尊重しつつ、押し付けではなくパートナーシップを通じて政策目標を推進し、従来型の国際放送を補完し得ることを示している。
2 オーストラリアの政策
2.1 太平洋地域におけるオーストラリア放送政策:インド太平洋放送戦略
オーストラリアによる太平洋地域における放送分野での関与は、「インド太平洋放送戦略」の下に構築された包括的な政策枠組みに基づいて展開されている。この政府内の省を越えたアプローチは、2023年7月に発表され、5年間で6,880万豪ドルを超える資金が拠出されるものであり、地域全体におけるメディア連携の強化に対する重要なコミットメントを示している。本戦略は、外務貿易省(DFAT)と、インフラ・運輸・地域開発・通信・芸術省が共同で主導しており、放送政策が外交政策上の目的と、通信技術の要請の双方に資するものであるという政府の認識を反映している。
この二つの省が主導することにより、政策実施に適切な専門性が確実に反映される。外務貿易省(DFAT)は、オーストラリアの太平洋地域における広範な関与優先事項に沿った戦略的方向性を提供する一方、通信を所管する省は、放送インフラ、配信技術、放送業界との関係に関する技術的知見を提供する。この体制は、政府が重要なソフトパワー資産と位置付ける放送施策の実施を専門性の高いものとし、技術的な実現可能性を維持しつつ、地域の優先課題に応える投資を確保することを可能にしている。
インド太平洋放送戦略は、太平洋地域との関与に関して3つの重要な政策目標を定めている。第一に、オーストラリアが同地域に対してコミットしていることを示す、魅力的なオーストラリア発のコンテンツ制作および流通を支援すること。第二に、信頼できるニュースおよび情報源へのアクセスを強化すること。第三に、研修や能力開発を通じて、オーストラリアと太平洋地域のメディア実務者間のつながりを強化することである。これらの目標は、従来のアプローチからの政策的な進化を反映しており、急速に変化する当該地域のメディア環境に適した、パートナーシップ、現地の優先事項、そしてマルチプラットフォームによる提供をより重視している。
2.2 差別化された実施形態:チャンネル型と番組提供型
太平洋地域におけるオーストラリアの放送政策における重要な政策の一つに、チャンネルを基盤とする配信と、番組提供型のアプローチとの違いにある。オーストラリア放送協会(ABC)は、ABC Australia(テレビ)やRadio Australia(ラジオ)といった専用放送チャンネルを運営し、ニュース、時事、文化教養番組を編成し、直接的な送信インフラを通じて提供している。これに対し、PacificAus TVは、既存の太平洋地域の放送局に対して民間のテレビ番組を提供するものであり、放送局側は、どの番組をいつ放送するかについて完全な編集上の独立性を保持している。この根本的な違いが、それぞれの取り組みの運営モデル、コンテンツの特性、そして戦略的な目的となっている。
ABCのチャンネル運営は、オーストラリア政府が国内の公共放送局に資金を拠出し、国際向けにコンテンツを制作・送信するという、従来型の国際放送を体現している。アジア太平洋地域全体で視聴可能なテレビチャンネルであるABC Australiaは、ニュース、ドキュメンタリー、ドラマ、子ども向け番組など、ABCの公共放送としての使命に基づいた編成を行っている。
また、Radio Australiaは太平洋地域の複数の拠点でFM送信所を運営し、太平洋地域向けの専門ニュース番組「The Pacific(ザ・パシフィック)」を含むABCのラジオコンテンツを提供している。これらのチャンネルは、直接的なコミュニケーションツールとして機能しており、ABCは視聴者ニーズや政策目標に関する自らの評価に基づいて、番組の優先順位、編集方針、放送スケジュールを決定することが出来る。
ABCの国際事業の運営は、政府からの直接的な資金提供を反映したものとなっている。ABCインターナショナルは連邦予算の編成過程を通じて適正に資金を受け取っており、2022/23年度から5年間で4,050万豪ドルが、コンテンツ制作の拡充、デジタル分野での接触率向上、ならびにRadio Australiaの送信エリア拡大のために割り当てられている。
ABC理事会は、「1983年オーストラリア放送協会法(連邦法)」に基づき番組編成に関する責任を維持しており、政府の資金枠組みの中で運営されつつも、放送局としての編集上の独立性が確保されている。この体制により、ABCは、当該地域の政治動向、気候変動の影響、太平洋地域のコミュニティに影響を与える社会問題などを含む、公共の利益に資する報道、調査報道、時事番組の制作を推進することが可能となっている。
ABCインターナショナル・ディベロップメント(ABC ID)は、ABCの放送チャンネルとは独立して運営されており、外務貿易省(DFAT)の委託を受けて太平洋メディア支援制度(PACMAS)を管理している。PACMASは、コンテンツ配信ではなくメディアの能力向上に重点を置き、太平洋地域のジャーナリストに対する研修の提供、メディア・ガバナンス改革の支援、そして地域全体における専門職としての強化を行っている。アデレード大学と連携してABC IDが実施した調査プロジェクト「メディアの現状:太平洋地域(State of the Media: Pacific Region)」は、この能力開発型アプローチを象徴する事例である。
これらの活動はABCの放送事業を補完するものではあるが、その政策目的は明確に異なっており、オーストラリアのメディアの影響力拡大ではなく、太平洋地域のメディア組織の強靱性と独立性を強化することにある。
2.3 PacificAus TV:商業ネットワークを通じた番組提供
PacificAus TVは、根本的に異なるモデルで運営されており、商業放送の業界団体であるFree TV Australiaとの助成金による枠組みを通じて、太平洋地域の放送局にオーストラリアの商業テレビ番組を提供している。オーストラリア政府が放送権の取得および権利処理に必要な費用を負担することで、Free TV Australiaは、12の太平洋諸国にある18の提携放送局に対し、番組を無償で供給している。重要なのは、太平洋地域の放送局は完全な編集権を保持しており、各局は自らの視聴者の嗜好に合致するかを選択し、各地域の放送戦略に基づいて放送スケジュールを決定している。
この番組提供モデルは、いくつかの政策的配慮を反映している。第一に、既存の商業テレビコンテンツを活用することで、独自番組を新たに制作する場合に伴う制作コストの重複を回避している点である。第二に、太平洋地域の放送局の自律性を尊重し、提携機関を受動的なコンテンツの受け手ではなく、能動的な意思決定者として位置付けている点である。第三に、特定の市場ギャップへの対応である。すなわち、多くの太平洋地域の放送局はコンテンツ購入予算が限られており、オーストラリアの番組に無償でアクセス出来ることは、通常であれば確保が難しい編成枠を埋める選択肢を提供している。
番組提供とチャンネル運営との違いは、戦略的に重要な意味を持っている。ABCのチャンネルは、ニュース報道、民主的価値観、地域理解といった政策目標の達成を支える特定のコンテンツを、オーストラリア政府が太平洋地域の視聴者に確実に届けることを可能にしている。これに対し、PacificAus TVは、コンテンツの選定を太平洋地域の放送局自身に委ねており、現地の組織こそが視聴者の嗜好や文化的配慮を最もよく理解しているという認識に基づいている。
このアプローチは、太平洋地域の主体性を重視し、放送局の独立性を尊重するものであり、一方的なコンテンツ提供ではなくパートナーシップを重視するという、インド太平洋放送戦略の方針とも合致している。
2.4 政策の骨子:豪州・太平洋メディア・放送パートナーシップ
「オーストラリア―太平洋メディア・放送パートナーシップ」は、より広範なインド太平洋放送戦略の枠内で設定され、オーストラリアが太平洋諸国と行う放送分野での関与を規定する具体的な政策枠組みを提供している。このパートナーシップ文書では、コンテンツの制作と流通、信頼できるメディア情報源へのアクセス、業界間の連携および能力強化という3つの重点分野が示されている。同枠組みは、デジタル移行に対応し、太平洋地域の優先事項を反映しつつ、協力を通じて強固なメディア環境を支える未来志向の取り組みを重視している。
このパートナーシップの政策原則は、過去のオーストラリアによる同地域でのメディア関与に対する批判にも正面から対応している。2017年に実施されたABCの太平洋向け短波ラジオ放送の停止を含む従来の施策は、大きな論争を招き、その結果生じたオーストラリアメディアの空白を、中国をはじめとする競合国が埋める状況を招いた。現行の戦略では、Radio AustraliaのFM送信機能の復活および拡充を含め、ABCのコンテンツ配信インフラを拡大することが明確に打ち出されている。これは、特にインターネット接続が依然として限定的な農村部や遠隔地のコミュニティにおいて、ラジオが主要な情報源として重視されているという太平洋地域の嗜好に応える政策修正である。
さらに、このパートナーシップの枠組みは、共同制作やコンテンツ開発を優先し、一方通行のコンテンツ輸出から、真の創造的パートナーシップへと舵を切っている。この政策転換は、効果的なソフトパワーの発揮には相互性が不可欠であり、単にオーストラリアの視点を発信するのではなく、太平洋地域の声を拡大する必要があることを認識したものである。また、先住民(ファースト・ネーションズ)のコンテンツや視点を重視している点も、戦略上の重要な改善点の一つである。
2.5 戦略的背景:2023年インド太平洋放送レビュー
2023年11月に、外務貿易省(DFAT)と通信分野を所管する省が共同で実施した「インド太平洋放送レビュー」は、太平洋地域における現在のオーストラリアの放送政策を理解するうえで重要な背景を記している。このレビューでは、短波ラジオ放送の再開に向けた選択肢を評価し、PacificAus TVの有効性を検証するとともに、地域メディアとの関与に対する政府投資を最大化するための機会が検証された。その結果は、ABCの事業運営およびPacificAus TVの双方の戦略的方向性に反映されている。
本レビューで提起された論点については、以下の第4章で詳述する。
2.6 インド太平洋放送におけるSBSの役割
インド太平洋放送レビューでは、オーストラリアの同地域における放送分野での関与を強化するうえで、SBS (スペシャル・ブロードキャスティング・サービス)の役割を強化する可能性が指摘された。SBSは、法律にも明記されている多文化主義を基盤とする放送理念と、多言語によるコンテンツ制作能力を有しており、東南アジアおよび南アジアの視聴者にとっては特に重要性が高い。一方で、太平洋地域は主言語として英語が中心であるため、SBSコンテンツの適合性は限定的である。それでもなお、同レビューでは、まずSBSの積極的な関与が提言されている。その中では、ABCとのコンテンツ共有の取り決め、PacificAus TVの提供番組へのSBSおよびNITV(ナショナル・インディジナス・テレビ)の番組の組み込みの可能性、ならびに重点市場におけるSBSコンテンツへの適切なアクセスモデルの検討が含まれている。
この政策展開は、SBSの独自の強みを評価しつつ、構造的な制約も踏まえたものである。特に、1991年特別放送サービス法(連邦法)は、国際放送ではなく国内放送を前提とて放送理念を定めており、SBSの地域的役割を最大限に活用する上での制約となり得る。しかし、レビューの提言は段階的なアプローチを示している。すなわち、ABCが既存の国際放送チャンネルを通じて、関連性の高いSBSコンテンツを取得・配信することを促すこと、また、太平洋地域の放送局側に関心がある場合には、PacificAus TVにおいて選定されたSBS番組を組み込めるようにすることである。これらの慎重な取り組みは、放送局の独立性を維持しつつ、政府の方針に沿った協力の可能性を探るものとなっている。
2.7 財政構造および説明責任の仕組み
太平洋地域におけるオーストラリアの放送政策を支える財政構造は、複数の資金ルートから成り、それぞれに異なる説明責任の仕組みが設けられている。ABCインターナショナルは、連邦予算を通じた直接的な歳出配分を受けており、資金拠出の決定は大臣声明で公表され、予算関連文書に詳細が記載される。この資金は、コンテンツ制作、送信インフラの維持管理、デジタル・プラットフォームの開発など、ABCの運営コストを支えるものである。ABCの理事会は、これらの予算配分に対する受託者責任を負い、年次報告書や上院評価委員会(Senate Estimated committees)への出席を通じて説明責任を果たしている。
PacificAus TVは、インフラ・運輸・地域開発・通信・芸術省(DITRDCA)が運営する競争的な助成金制度を通じて実施されている。助成金の採択団体であるFree TV Australiaは、提供コンテンツの最低時間数、放送局との協議義務、技術的な配信基準など、あらかじめ定められた成果要件を満たす必要がある。助成金に関する報告義務により、公的資金の支出に対する説明責任を果たし、事業の成果は設定されたプログラム目標に照らして評価される。この助成金制度は、実施組織の運営上の柔軟性を維持しながら、政府による必要な監督機能を担保されている。
PACMASおよびその他のメディア開発プログラムは、太平洋地域のメディアの復元力、ジャーナリスト育成、ならびに業界全体の発展を支援する組織に助成金を提供する、DFATの地域メディア支援基金(Regional Media Support Fund)を通じて運営されている。この資金スキームによって、機材提供、専門能力開発プログラム、「メディアの現状(State of the Media)」調査のような研究事業など、多様な活動を支援している。DFATは助成金プロセスを管理し、より広範な開発援助の優先事項との整合性を確保している。
この資金配分の枠組みは、資源配分を通じて政策上の優先順位を反映している。インド太平洋放送戦略における総額6,880万豪ドルの拠出の内訳は、約59%(4,050万豪ドル)がABCの業務拡大に、41%(2,840万豪ドル)がPacificAus TVに充てられており、チャンネル型放送と番組提供型の双方が、それぞれ異なるが、重要な戦略的役割を果たすという政府の評価を示している。このバランスの取れた投資は、効果的なメディア関与には複数のアプローチが必要であること、すなわち、ABCのチャンネルによる直接的なニュース・情報提供、PacificAus TVによる商業娯楽番組の提供、そしてPACMASや関連施策による能力開発支援が不可欠であることを示すものとなっている。
2.8 政策の一貫性と戦略的整合性
太平洋地域におけるオーストラリアの放送政策は、2016年に打ち出され、その後拡充された「パシフィック・ステップアップ」政策をはじめとする、より広範な外交政策の枠組みと整合性を有している。同政策は、押しつけ型の支援ではなく、パートナーシップを重視し、外部のアジェンダよりも太平洋地域の優先事項を尊重し、取引的な関係よりも長期的な関係構築を重視することを基本理念としている。放送政策も、協議の仕組み、放送局の独立性の尊重、コンテンツ提供と並行した能力開発への投資を通じて、これらの原則を反映している。
ペニー・ウォン外務大臣(上院議員)が表明している「太平洋地域における実行可能で、強靱かつ独立したメディア」を支援するという政策は、放送分野での関与を、単なるオーストラリアの影響力の投射ではなく、民主的ガバナンスや情報の強靱性への貢献として位置付けている。この枠組みは、外部勢力間の競争に対する太平洋諸国の敏感さに応えるものであり、太平洋諸国が地域情勢を大国間競争という観点だけで捉えるのではなく、自国の発展と安全保障上の利益を優先していることとしている。メディア分野の強化とパートナーシップに焦点を当てることで、オーストラリアの政策は、信頼の構築と価値観の共有を示しつつ、競争が激化する地域情勢の中での存在感を維持しようとしている。
3 PacificAus TVの仕組み
3.1 運営モデルおよびガバナンス構造
PacificAus TVは、オーストラリア政府が商業放送業界の業界団体であるFree TV Australiaに資金を提供し、太平洋地域の提携放送局に対してオーストラリアのテレビ番組を無償で取得・権利処理・配信するという、特徴的な官民連携の枠組みの下で運営されている。このモデルは、Free TVが有する商業放送ネットワーク、制作会社、権利者との既存の関係を活用することで、政府が独自のインフラや業界専門知識を新たに構築することなく、効率的なコンテンツ取得および配信を可能にしている。この取り組みは、太平洋地域向けのコンテンツ配信を管理する新たな政府機関を設立するのではなく、既存の商業テレビ業界の能力と知見を活用するという、実務的な政策判断となっている。
PacificAus TVにおけるFree TV Australiaの組織体制は、常勤換算で2名未満という少人数のコアチームから成り、PacificAus TVのディレクターの指揮のもと、Free TVの最高経営責任者(CEO)に報告する体制となっている。このスリムな運営モデルは、本プログラムが制作会社や放送チャンネルではなく、コンテンツ配信プラットフォームとして機能していることを示している。コアチームは、太平洋地域の放送局との戦略的関係の構築、提携先の嗜好に基づくコンテンツ選定の調整、放送権処理の交渉、技術的な配信体制の監修を担っている。運営面および技術面の支援業務は専門事業者に外部委託されており、特にMediaHub Australiaが、衛星アップリンク設備、IP(インターネット・プロトコル)配信インフラの運用、ならびに技術的トラブル対応を担っている。
DFATとFree TVとのガバナンス関係は、成果要件、報告義務、パフォーマンス指標を定めつつ、実施主体であるFree TVの運営上の柔軟性を認める助成金契約を通じて運用されている。Free TVは、年間で一定以上のコンテンツ提供時間を満たす義務を負っており、現在では2,000時間を超えている。また、太平洋地域の提携放送局と定期的に協議を行い、コンテンツの嗜好を把握するとともに、専門的な技術配信基準を維持しなければならない。さらに、プログラムの活動内容や成果を記録した定期的な報告書を提出する義務も課されている。
一方、DFATは監督責任を保持し、助成金の目的に照らして実績を評価するとともに、2023年インド太平洋放送レビューを含む定期的な評価結果に基づき、プログラムの継続、拡大、または修正に関する判断を行っている。
このガバナンス体制は、政府と番組編成上の意思決定との間に意図的に距離を保つよう設計されている。DFATの役割は、コンテンツの選定や編集方針の統制ではなく、戦略的方向性の提示、資金配分、そして成果の監修に重点を置いている。Free TVは、太平洋地域の放送局との協議結果、商業的な入手の可能性、放送権処理の実現の可能性を踏まえて、取得する番組を決定する。一方、実際にどの番組をいつ放送するかについての最終判断は、太平洋地域の放送局自身が行う。
この多層的な意思決定構造により、番組編成は、オーストラリア政府による「適切なコンテンツ」の判断ではなく、現地放送局が把握する太平洋地域の視聴者の嗜好を反映したものとなることが保障されている。
3.2 コンテンツ取得および権利処理
PacificAus TV向けのコンテンツ取得プロセスでは、特に地域別ライセンス権や音楽著作権の処理に関して、複雑な知的財産の枠組みを乗り越える必要がある。オーストラリアの商業テレビ番組は通常、商業放送市場を前提とした特定の地域権を付与する形でライセンスされており、オーストラリアとニュージーランドの権利が一括して扱われることが多い一方で、太平洋地域は標準的なライセンス契約から除外される場合が少なくない。そのため、太平洋地域向けの配信に必要な権利処理では、既存のライセンスに追加の地域を組み込む交渉を行うか、コンテンツの権利者や配給会社から太平洋地域向けの権利を別途取得する必要がある。
Free TVのコンテンツ取得戦略は、番組の権利構造に応じて複数のルートを活用している。Seven(セブン・ネットワーク)およびNine(ナイン・ネットワーク)が制作または委託制作したコンテンツについては、これらの放送局が一部の番組の所有権を保持しており、PacificAus TVに対して直接ライセンス供与を行うことができる。この直接的な関係により、主要なスポーツ番組、ニュース・時事番組、リアリティ番組、各局の自社制作部門が手がける子ども向け番組など、オーストラリアの商業テレビコンテンツの相当部分について、権利処理が簡素化されている。
各ネットワークが、PacificAus TVの予算制約に見合う条件でコンテンツを提供する姿勢を示している背景には、商業的な判断がある。太平洋地域は市場規模が比較的小さく、直接的な商業販売が成立しにくい場合が多いことに加え、オーストラリアのコンテンツ流通を促進する政府支援型の取り組みに対する業界全体の協力的な姿勢も影響している。
独立系制作会社が制作したコンテンツや、国際的な配信会社から取得したコンテンツについては、Free TVは通常、オリジナル版の制作者と直接交渉するのではなく、権利を保有する仲介事業者を通じて交渉を行う。Banijay(バニジェイ)、ITV、Fremantle (フリーマントル)など、オーストラリア市場で事業を展開する主要な配給会社は、多数のエンターテインメント番組のカタログと権利を保有している。これらの配信会社は、商業放送ネットワーク向けの国内放送権と同時に、国際配信権を個別に管理している。Free TVは、こうした仲介事業者との交渉において、PacificAus TV が政府資金によって運営され、非商業的な配信モデルである点を活用し、太平洋地域における権利を手頃な条件で確保することに注力している。これらの交渉を通じて、PacificAus TV がカバーする太平洋地域は、新たな権利市場として形成されてきた。
権利処理のプロセスには、いくつかの明確な要素が含まれる。放送権は、どの地域でコンテンツを受信できるか、またどのような配信手段を通じて提供されるかを定める。これには、地上波放送、衛星放送、IP(インターネット・プロトコル)によるストリーミング配信などが含まれる。フォーマット権は、『MasterChef(マスターシェフ)』や『The Voice(ザ・ヴォイス)』のような国際的フランチャイズ番組において重要となり、各国の制作会社が国際的な権利保有者から番組フォーマットのライセンスを受けて制作を行う。音楽著作権は特に複雑であり、テレビ番組には通常、テーマ曲、劇伴音楽、BGM、実演(パフォーマンス)権など、複数の音楽要素が含まれるため、それぞれが異なる権利者によって管理されている可能性がある。
音楽ライセンスは、太平洋地域向け配信における権利処理の中でも、最も複雑な側面の一つである。オーストラリアの商業放送局は通常、その放送エリアおよび商業的利益を反映し、音楽権利をオーストラリア国内、場合によってはニュージーランドまでに限定してクリアしている。これらの権利を太平洋地域まで拡張するには、元の音楽権利者との再交渉が必要となるか、追加地域での権利処理が不可能、あるいは非常に高額になる番組については受け入れを断念せざるを得ない場合もある。例えば、『The Voice Australia(ザ・ヴォイス・オーストラリア)』の音楽権利は、オーストラリア国外で配信されることを前提にクリアされている。一方で、『Australian Idol(オーストラリアン・アイドル)』の音楽権利は国際配信向けにはクリアされていない。Free TVでは、コンテンツ選定の段階で音楽の権利処理の複雑性を考慮し、音楽権利がすでに広範にクリアされている番組、費用対効果が高い条件で処理出来る番組、あるいは音楽使用が最小限に抑えられている番組を優先している。
番組のジャンルによっては、音楽権利に関する課題が比較的少ないものもある。例えばスポーツコンテンツは、実況解説や観客の歓声が中心で、音楽の使用が限定的で付随的であるため、権利処理が比較的容易である。オーストラリアのドラマや子ども向け番組は、国際販売を見越して制作側が音楽権利をあらかじめ広範な国際配信向けにクリアしていることが多い。一方で、歌唱コンテストなど音楽が大きな役割を果たすリアリティ番組のフォーマットでは、より広範な交渉が必要となる。Free TVが取得できるのは、音楽権利のクリアランス費用が、太平洋地域の視聴者にとっての番組価値および配信事業に見合った水準にある番組に限られる。
コンテンツ取得を支える商業的な取り決めは、番組や権利保有者ごとに異なる。コンテンツ取得には、制作費や権利保有者の評価を反映したライセンス料が伴う。オーストラリア政府は、PacificAus TVへの助成金を通じてすべてのライセンス費用を負担しており、これにより太平洋地域の放送事業者は、コンテンツを完全に無償で受け取ることができる。この太平洋地域のパートナーにとってのゼロコストモデルは、限られたコンテンツ取得予算しか持たない放送局が、通常であれば手が届かない高品質なオーストラリア番組へのアクセスを可能にする、極めて重要な特徴となっている。
3.3 放送事業者との連携およびコンテンツ選定
Free TVと太平洋地域のパートナー放送事業者との関係は、番組編成の嗜好を把握し、提供コンテンツに対する視聴者の反応を評価し、新たに生じる放送事業者のニーズに対応することを目的とした、定期的な協議プロセスを通じて運営されている。これらの協議は、複数のチャンネルを通じて行われる。具体的には、ジャンルの嗜好や関心のある特定の番組を放送事業者に問う定期的なアンケート調査、放送局ごとの、個別の要望に対するやりとり、そして技術サポートやコンテンツ調整のために WhatsApp を含むデジタル・プラットフォームを通じた継続的な対話である。このようなマルチチャンネルのアプローチは、太平洋諸国における多様なコミュニケーションの嗜好やインフラ環境を反映したものであり、形式的で構造化されたフィードバックと、関係性を重視した非公式なやり取りの双方に対応している。
コンテンツ選定のプロセスでは、放送事業者の要望、利用可能な番組、権利処理の実現可能性、そして文化的適合性といった内容を総合的に調整しながら進められる。Free TVは、どのジャンルが太平洋地域の視聴者に最も支持されているか、またどのオーストラリア番組が高い視聴者関心を集めているかについて、太平洋地域の放送事業者と協議を行っている。スポーツ番組は一貫して最優先のジャンルとして位置付けられており、2025年には総放送時間の50%以上を占め、技術的に可能な場合には衛星およびIP(インターネット・プロトコル)配信によってライブ中継が提供されている。このスポーツ重視の方針は、オーストラリアの各種フットボール、クリケット、ネットボールなど、太平洋地域の選手の参加や文化的な関連性を有するスポーツに対する、太平洋地域の視聴者の強い関心を反映したものである。
スポーツ以外にも、太平洋地域の放送事業者は一貫して、多様なオーストラリア番組のジャンルを求めている。特に『Neighbours(ネイバーズ)』や『Home & Away(ホーム・アンド・アウェー)』のような長寿ドラマシリーズは、定期的な編成が可能であること、文化的に親しみやすいこと、そして多くの太平洋地域の放送局が自国制作できない高い制作水準を備えている点から、人気を誇っている。料理コンテスト、住宅改修番組、タレント発掘番組などを含むリアリティ番組やライフスタイル番組は、家族向けの娯楽コンテンツとして、またゴールデンタイムの編成に適した番組として重宝されている。子ども向け番組は重要な時間帯を担っており、オーストラリアの子ども向けコンテンツは、年齢への適合性、教育的価値、そしてアメリカや、他の国際的コンテンツと比べて、より強い文化的共鳴という点で評価されている。
太平洋地域の放送事業者は、提供されている番組の中から、どの番組を編成するかを自ら選択できる編集上の独立性を重視している。コンテンツ提供者が編成を決定する放送チャンネルとは異なり、PacificAus TV は、放送事業者が自社の編成戦略、視聴者の嗜好、放送スケジュールのニーズに応じて番組を選択できるコンテンツ・ライブラリーとして機能している。一部の放送事業者は、利用可能なコンテンツの大部分を活用し、視聴者の支持が高いと判断されるオーストラリア番組をゴールデンタイムに編成している。一方で、PacificAus TV のコンテンツをより選択的に活用し、地元制作番組や他のコンテンツ提供元を補完する形で、特定の編成ニーズに合致するオーストラリア番組のみを利用する放送事業者も存在する。
太平洋地域の多くの放送局において、PacificAus TV の番組がゴールデンタイムに編成されているという事実は、現地の放送専門家によってコンテンツの価値が評価されていることを示す重要な証拠である。太平洋地域の放送事業者は、競争環境や商業的要請に直面しており、18のパートナー放送事業者のうち14局は、広告収入を基盤とする商業放送事業者として、収益維持のために視聴者の獲得が不可欠である。そうした放送事業者が、価値の高いゴールデンタイム枠にオーストラリア番組を編成していることは、当該番組が視聴者を引きつけ、他の選択肢と比較して競争力を持ち、放送事業者の目的に合致しているという専門的判断を反映している。この放送事業者の主体性の原則は、外部の提供者が番組編成を一方的に押し付けるコンテンツ配信モデルとは一線を画す点であり、PacificAus TV の特徴を際立たせている。
Free TV の協議プロセスは、放送事業者が利用可能なオーストラリア番組に慣れ親しむにつれて進化してきた。初期の番組サイクルでは、基礎的な嗜好を把握し、利用可能なコンテンツの幅を紹介するために、より包括的なアンケート調査が行われていた。近年の協議では、太平洋地域の放送事業者が、取得を希望する特定の番組名を挙げるなど、より具体的な要望を示し、視聴者の嗜好の変化に伴う新たなコンテンツニーズを明確にするようになっている。このような要望の高度化は、Free TV と太平洋地域の放送事業者との関係が強化されていることを示しており、パートナー組織がオーストラリアのテレビ制作への理解を深めると同時に、Free TV 側も太平洋地域の放送環境に関する知見を一層深めていることを反映している。
3.4 配信技術および提供方法
PacificAus TV は、太平洋地域の放送事業者が、それぞれの技術的能力、利用可能な帯域幅、運用上の要件に応じてコンテンツにアクセスできるよう、3つの相補的な配信方法を採用している。具体的には、衛星配信、IP(インターネット・プロトコル)によるストリーミング配信、そしてポータルサイトを通じたファイルダウンロードである。このマルチプラットフォーム型のアプローチは、信頼性の高い高速インターネットが利用可能な都市部から、衛星受信が唯一の現実的な配信手段となる遠隔地まで、多様なインフラ環境が混在する太平洋諸国の実情を踏まえたものである。
複数のアクセス手段を提供することで、各放送事業者の個別の技術的条件に左右されることなく、最大限の参加が可能となっている。
3.4.1 衛星配信
Intelsat-19 を利用した衛星配信は、主要な配信手段であり、インターネット・インフラに制約がある場合でも、すべての太平洋地域のパートナー放送事業者に対して信頼性の高いコンテンツ配信を実現している。Free TV は、MediaHub が運営するオーストラリア国内の衛星アップリンク設備を維持しており、1日16時間を超える構成されたコンテンツブロックを、標準画質(SD)で送信している。太平洋地域の放送事業者は、PacificAus TV プログラムの一環として提供される統合受信デコーダー(IRD)機器および付随する衛星アンテナを通じてこの信号を受信し、スケジュールされたコンテンツ送信を自動的に受信することができる。
衛星配信モデルには、いくつかの運用上の利点がある。特に信頼性は重要であり、衛星送信は、障害や帯域制限、サービス品質のばらつきが生じ得る地上インターネット・インフラに依存せずに機能する。衛星を通じて送信される構造化されたコンテンツブロックにより、放送事業者が「パススルー放送」と呼ばれる運用が可能となり、太平洋地域の放送事業者は、ローカルでの保存、処理、送出設備を必要とせずに、衛星信号の一部を直接自局の送信システムへ中継することができる。これは、技術的能力が限られた小規模放送事業者にとって、運用要件を大幅に簡素化するものである。
衛星配信は、ライブスポーツ中継を可能にする点でも重要であり、PacificAus TV は、オーストラリアのスポーツイベントのライブ映像を、衛星を通じて太平洋地域の放送事業者へ直接提供し、同時放送できる体制を強化している。スポーツコンテンツでは、放送が遅延すると視聴者の関心や商業的価値が低下するため、このライブ配信機能は特に高い価値がある。複数の太平洋地域に向けて主要なスポーツイベントを同時にライブ配信できる能力は、インターネットベースの代替手段と比べて運用コストが高いにもかかわらず、衛星技術が持つ独自の価値を示している。
衛星配信インフラには、定期的な保守およびトラブルシューティングが必要である。Free TV の技術サポートチームは、主に遠隔操作で、衛星受信に関する問題、機器設定、信号品質の最適化について、太平洋地域の放送事業者に継続的なサポートを提供している。こうした遠隔トラブルシューティングの能力は、ツバルやナウル共和国などの厳しい環境下での衛星設備運用の経験を通じて培われてきたものであり、技術スタッフが現地を訪問することなく、現地放送事業者が衛星受信システムを構築・維持できるよう支援することに成功している。
3.4.2 インターネット・プロトコル(IP)ストリーミング
Secure Reliable Transport(SRT)によるインターネット・プロトコル配信は、十分なインターネット帯域幅を確保できる太平洋地域の放送事業者にとって、代替的な配信手段となっている。この技術は、衛星で放送されている1日16時間のコンテンツブロックと同一の内容を、衛星受信ではなくインターネット接続を通じて配信するものである。SRTストリーミングでは、複数の画質レベルが提供されており、高精細(HD)、標準画質(SD)、低ビットレートのモニタリング用ストリーミングなどが含まれる。これにより、パートナー放送事業者は、利用可能な帯域幅や視聴要件に応じて、適切な画質を選択することができる。さらに、バックアップ用のゲートウェイが用意されていることで、主要な配信元に技術的な問題が発生した場合でも冗長性が確保され、信頼性が高められている。
インターネット配信には、衛星受信に比べていくつかの利点がある。放送事業者は、衛星アンテナの設置や保守が不要となり、インフラコストや運用の複雑さを軽減できる。十分な帯域幅を有する放送事業者にとっては、高画質映像による配信が可能となり、より優れた画質を提供できる事も利点である。また、複数の画質オプションにより、インターネット接続速度が変動する場合でも、その時点の帯域状況に応じてストリーミングを切り替えることで、サービスの継続性を維持することが可能となっている。
Free TV による SRT ストリーミング技術の導入は、本プログラムにおける継続的な技術革新を反映している。同組織は現在、2系統同時の SRT ストリーミング配信機能の試験運用を行っており、編成上の必要に応じて、2つのスポーツイベントを同時に配信が可能となる。この技術的発展は、スポーツコンテンツ需要の高まりや、太平洋地域の関心を集める複数のオーストラリアのスポーツイベントが同時に開催される場面があるという太平洋地域の放送事業者からのフィードバックに対応したものである。
3.4.3 インターネット・ポータルによるダウンロード
ウェブベースのコンテンツ・ポータルは、太平洋地域の放送事業者に対し、MP4形式の個別番組ファイルを、各放送事業者の編成ニーズに応じ都合に合わせた時間にダウンロードできるオンデマンド型のアクセスを提供している。このポータルは、ファイルベースのワークフローを好む放送事業者にとっての主要な配信手段であると同時に、衛星受信やインターネット・ストリーミングに技術的な問題が生じた場合のバックアップ手段としても機能している。ポータルの構成は、インターネット接続が可能な標準的なコンピュータ機器のみを必要とするため、アクセスに際する技術的な障壁を最小限に抑えている。
ポータルを通じた配信は、放送局が自分たちの都合に合わせて自由に番組をダウンロードし思い通りの番組表を組み立てることが出来る。衛星配信やストリーミングで送出される1日16時間の構成済みコンテンツブロックは、あらかじめ定められたスケジュールに従って放送される。一方、ポータルでは、放送事業者が特定の番組をオンデマンドでダウンロードし、ファイルを保存して、自社独自の放送スケジュールに組み込むことが出来る。この柔軟性は、特に高度な送出システムを備え、ファイルベースのワークフローを管理できる制作・技術チームを有する放送事業者にとって大きな利点であり、PacificAus TV のコンテンツを、地元制作番組や他のコンテンツ提供元と組み合わせて、精緻に調整されたスケジュールを構築することが出来る。
ダウンロード方式は、リアルタイム配信手段が機能しなくなった場合の対応も提供する。放送受信やストリーミングが利用不可能になった場合でも、放送事業者はポータルにアクセスして、放送予定の番組をダウンロードし、編成を維持することが出来る。このバックアップ機能は、衛星受信に影響を及ぼす熱帯性気象現象や、インターネット・インフラの障害によってストリーミングの信頼性が低下した際に、特に有効性が実証されている。
3.5 コンテンツ構成および番組提供の拡大
PacificAus TV のコンテンツ量は、2020年のプログラム開始以降、大幅に拡大してきた。2020年12月時点の1,188時間から、2024年には2,833時間へと増加し、2025年には2,950時間に達することが見込まれている。この成長軌道は、太平洋地域の放送事業者によるオーストラリア・コンテンツへの需要の高まりと、Free TV がコンテンツ取得および権利処理能力を拡充してきた成果を示している。こうしたボリュームの拡大は、権利交渉、配信運用、コンテンツ選定プロセスにおける効率化の進展を反映したものである。
スポーツ番組はコンテンツ構成の中核を占めており、2025年には全放送時間の50%以上を占めている。スポーツ分野には、太平洋地域における関心や参加度が異なる、さまざまなオーストラリアの競技種目が含まれる。ネットボールは特に重要な位置を占めており、スーパー・ネットボールの試合、オーストラリア代表ネットボールチーム「ダイアモンズ」のテストマッチ、そして太平洋地域のネットボール選手を紹介することを目的とした Pacific Aus Sports ネットボール・シリーズが含まれている。オーストラリアン・フットボールでは、AFL および AFLW の試合や決勝戦に加え、AFL パシフィック・カップトーナメントが提供されている。ナショナル・ラグビー・リーグ(NRL)の番組には、過去のレギュラーシーズン試合(※最新シーズンの試合は含まれない)に加え、太平洋諸国が参加する NRL パシフィック選手権およびPrime Minister’s XIII(首相選抜13人制ラグビーチーム)試合が含まれている。
国際競技であるフットボール(サッカー)も、スポーツコンテンツの重要な構成要素である。クリケットのコンテンツには、オーストラリアの男女代表による国際試合の全フォーマット、Big Bash League (ビッグ・バッシュ・リーグ)およびWomen’s Big Bash League (ウィメンズ・ビッグ・バッシュ・リーグ)の大会、さらに Ashes tests (アッシュズ・テスト)を含む主要な国際シリーズが含まれている。ラグビーユニオン、バスケットボール、その他の競技も追加のコンテンツとして提供されており、番組選定は太平洋地域の放送事業者の意向や視聴者の関心に基づいて決定される。Free TV は、DFATの PacificAus Sportイニシアティブと協議し、各競技団体と緊密に連携しながら、太平洋地域に特に関連性の高い大会や試合の権利を確保しており、番組編成に太平洋地域の参加を伴う競技や試合が確実に組み込まれるように体制を整えている。
スポーツ以外の番組は、エンターテインメント、ドラマ、ファクト系(報道・教養)、および子ども向けの各カテゴリーで構成されている。人気のエンターテインメント番組には、料理コンテスト(『MasterChef Australia(マスターシェフ・オーストラリア)』『My Kitchen Rules(マイ・キッチン・ルールズ)』)、住宅リフォーム番組(『Better Homes & Gardens(ベター・ホームズ・アンド・ガーデンズ)』)、タレント発掘番組(『The Voice(ザ・ヴォイス)』)、リアリティ番組(『Survivor Australia(サバイバー・オーストラリア)』『SAS Australia(SASオーストラリア)』)などが含まれる。ドラマコンテンツには、『Neighbours(ネイバーズ)』『Home & Away(ホーム・アンド・アウェー)』といった長寿シリーズに加え、『Doctor Blake Mysteries(ドクター・ブレイク・ミステリーズ)』『McLeod’s Daughters(マックローズ・ドーターズ)』などのオーストラリア制作作品、さらに『Human Error(ヒューマン・エラー)』のような近年のドラマ作品が含まれている。ファクト系番組には、『Paramedics(パラメディックス)』『Emergency(エマージェンシー)』といった救急医療や、警察などの緊急サービスを扱ったリアリティ番組、ドキュメンタリーシリーズ、そして『60 Minutes(60ミニッツ)』のようなニュース・マガジン番組が含まれる。
子ども向け番組は、若年層の視聴者に適した年齢相応のコンテンツを提供しており、文化的な親和性や質の高さから、オーストラリア制作の子ども向け番組が高く評価されている。番組内容は、教育的コンテンツ(『Play School Art Time(プレイ・スクール・アート・タイム)』『Play School Science Time(プレイ・スクール・サイエンス・タイム)』)から、オーストラリア制作の子ども向けドラマ(『Mako Mermaids(マコ・マーメイド)』『Rock Island Mysteries(ロック・アイランド・ミステリーズ)』)、エンターテインメント番組まで多岐にわたる。これらの子ども向けコンテンツの選定は、太平洋地域の放送事業者からの要望や協議を通じたフィードバックを反映しており、現地視聴者に適した質の高い子ども向け番組に対する高い需要を示している。
番組編成は、放送事業者との継続的な協議、およびコンテンツの入手状況によって変化している。Free TV は、ジャンル別および特定番組に関する嗜好調査を定期的に実施しており、太平洋地域の放送事業者が、新たな関心分野を示したり、自局の視聴者に適合すると考える特定のオーストラリア番組を要望したりできるようにしている。この需要主導型のアプローチにより、コンテンツ選定は、適切な番組内容についてあらかじめ決められた前提に従うのではなく、太平洋地域の嗜好に柔軟に対応したものとなっている。番組のパフォーマンスや視聴者の反応に関する協議を含む放送事業者からのフィードバックの仕組みは、継続的なコンテンツ取得の意思決定に重要な役割を果たしている。
3.6 拡張性および地理的展開
PacificAus TV のモデルは、追加コストを最小限に抑えつつ、提供地域の拡大を実証してきた。本プログラムは当初、パプアニューギニア、ソロモン諸島、フィジー共和国、バヌアツ共和国、キリバス共和国、ツバル、ナウル共和国、サモア独立国を対象として開始され、2021年にはトンガ王国が追加された。2024年には、ニウエおよびクック諸島へと拡大され、以下の3つの新たなパートナー放送事業者が加わった:
(a) ニウエの公共放送事業者である BCN
(b) クック諸島の商業放送事業者である CITV および Vaka TV
この拡大は、配信インフラ、コンテンツ・カタログ、運用システムがすでに整備されていたため、比較的わずかな追加リソースのみで実現された。
2025年における東ティモール民主共和国の追加は、従来の太平洋諸島諸国の枠を超え、PacificAus TV の地理的対象範囲を東南アジア東縁部へと拡大するものとなった。この拡大にあたっては、言語的配慮を含む、いくつかの運用上の調整が必要であった。東ティモール民主共和国の公共放送局である RTTL は、英語に加えて主にテトゥン語およびポルトガル語で放送を行っている。また、ティモールの視聴者に対するコンテンツの文化的適合性についての評価も求められた。しかしながら、既存の PacificAus TV のインフラおよび運用モデルは、この拡大に対応可能であり、本プログラムは多様な地域への適用性を有することを示した。
この提供範囲の拡大は、いくつかの設計上の特徴に基づいている。Intelsat-19 の衛星カバーエリアは、太平洋地域全体に加え、東南アジアの一部を含んでおり、新たな放送事業者は追加のアップリンク設備や衛星容量への投資を行うことなく、衛星伝送を受信することが可能である。同様に、IP ストリーミングも効率的に拡張可能であり、新規の放送事業者は新たな専用リソースを必要とせず、既存のインフラにアクセスできる。ポータル型のダウンロードシステムも、十分なサーバー容量があれば、放送事業者数に制限なく対応できる。これらの配信技術により、地理的拡大のコストを比例的増加なしに実現でき、プログラムの拡張を商業的に成立させている。
コンテンツの権利処理は、一度太平洋地域向けに確保されると、国ごとに個別の交渉を行うことなく、通常は当該地域すべての国を対象に適用される。権利保有者は一般的に「太平洋(Pacific)」を一つの地域ブロックとしてコンテンツをライセンスしており、当初 PacificAus TV 参加国向けに権利処理されたコンテンツは、後から追加される国々に対しても、ライセンスの再交渉を必要とせずに引き続き利用可能である。これにより、拡大手続きが簡素化され、地理的拡張を制約しかねない追加的な権利処理コストを回避することができる。
2023年のインド太平洋放送レビューでは、ニューカレドニアおよびフランス領ポリネシアを含む追加地域への拡張の可能性が指摘された。これらのフランス語圏の太平洋地域は、主に英語圏である既存のパートナー国には当てはまらない言語上の配慮が必要となり、視聴者のアクセシビリティを高めるためには、フランス語への吹き替えや字幕対応が求められる可能性がある。それにもかかわらず、同レビューがこれらの地域を拡大候補として挙げていることは、適切な言語的・文化的調整を行えば、PacificAus TV のモデルがさらに広い地理的範囲にも対応可能であると政府が評価していることを示している。
4 2023年インド太平洋放送レビュー
4.1 レビューの方法論および範囲
2023年11月の「2023年インド太平洋放送レビュー」は、外務貿易省(DFAT)と、インフラ・運輸・地域開発・通信・芸術省(DITRDCA)が共同で実施した、インド太平洋地域におけるオーストラリアの放送政策および投資に関する包括的に評価するものである。この政府内の省を越えたレビュー・プロセスは、放送分野における関与が戦略的に重要視されていること、ならびに多額の財政的責任が伴っていることを反映している。インド太平洋放送戦略のもとでの支出は、5年間で6,880万豪ドル超にのぼった。本レビューの調査範囲は、主に三つの分野を対象としていた。すなわち、①太平洋地域における短波ラジオ放送サービスの再開の可能性の評価、②PacificAus TV プログラムを継続するための選択肢の検討、③インド太平洋のメディア環境において、オーストラリアの納税者による投資効果を最大化する機会の検討である。
本レビューは、国内外の関係者に対して意見聴取や情報収集、そして協議を体系的に実施した。国内での協議では、ABC、SBS、商業放送ネットワークを含むオーストラリアの放送機関、メディア開発の実務者、太平洋地域研究やソフトパワーの発信に関する学術専門家、ならびに地域関連の責任を担う政府機関が参加した。国際的な協議は、インド太平洋地域各地のオーストラリア外交拠点を通じて実施され、太平洋諸国の政府関係者、現地の放送事業者、メディア組織、地域機関からの意見が取り入れられた。この協議プロセスは、オーストラリアの政策的視点と地域の優先事項や需要とのバランスを図ることを目的としており、効果的な放送分野での関与には、外部から一方的に方針を押し付けるのではなく、太平洋地域の歴史や文化、社会事情や嗜好、メディア環境などを深く理解することが不可欠であるとの認識に基づいている。
また、本レビューは、その結論を「絶えず変化し進化し続ける環境」の中に明確に位置づけ、技術革新、視聴者嗜好の変化、競争環境の変動によってメディア環境が急速に変容することを認識している。このような設定は、継続的なディスラプションを特徴とする分野において恒久的な政策枠組みを確立することの難しさを示すものであり、オーストラリアの放送戦略は固定的な前提に依拠するのではなく、柔軟性と迅速な対応力を維持すべきであることを示唆している。そのため、本レビューの提言は、特定の技術や配信モデルに長期的に固定するのではなく、エビデンスに基づく意思決定、視聴者嗜好に関する調査、そして定期的な政策の見直しを重視する内容となっている。
4.2 PacificAus TV の実績評価
本レビューにおける PacificAus TV の評価は概ね肯定的であり、「視聴者調査、助成金報告および実績報告によって示されているとおり、PacificAus TV プログラムは当初の目標を達成している」と結論づけている。この評価は、コンテンツに対する高い評価を示す視聴者調査、プログラムの活動内容や成果物を記録した助成金報告、ならびに設定された目標に対する指標の達成状況が記された実績報告など、複数のエビデンスに基づいている。特筆すべき点として、本レビューは「太平洋地域の放送事業者からのフィードバックは非常に好意的であり、拡張の可能性についても前向きである」と指摘している。これは、本プログラムの直接的な受益者である太平洋地域の放送機関が、自らの運用経験および視聴者理解に基づき、本イニシアティブを高く評価していることを示している。
さらに本レビューは、Free TV Australia によるプログラム運営の成功を強調し、「同組織は PacificAus TV プログラムを適切に管理し、太平洋地域で放送されることが求められていたオーストラリア番組の契約上の放送時間数を上回る成果をあげた」と述べている。この成果は、助成金契約において定められていた最低要件を超えるものであり、Free TV は当初約1,000時間とされていた提供コンテンツ枠を、2024年までに年間約3,000時間へと拡大させた。本レビューは、この放送時間数の拡大を、オーストラリア番組に対する放送事業者側の需要の高さと、Free TV がコンテンツの調達および配信業務を効果的に拡張できたことを評価している。
本レビューは、既存の配信モデルの肯定的な側面を認めつつ、改善の余地がある点も指摘している。商業テレビネットワークが有する既存のコンテンツ配信体制については、「これらのネットワークは太平洋地域向けのコンテンツ配信において良好な体制を確立している」と評価された。一方で、「インド太平洋地域の視聴者に特化したコンテンツを制作には、より高度な専門性と重点的な取り組みが必要である」との課題も示された。この指摘は、主として国内視聴者向けに制作された既存のオーストラリア商業テレビ番組を配信することと、異なる文化的背景、情報ニーズ、コンテンツ嗜好を持つ地域の視聴者のために特化した番組を制作することとの間に存在する緊張関係を浮き彫りにしている。
また、本レビューは、視聴者調査によって「本プログラムが太平洋地域においてオーストラリアの発信力強化という目的を達成してきたことが実証された」と強調し、プログラムの戦略的妥当性に対する実証的な裏付けを示している。このような調査に基づく評価は、実際の視聴者受容データではなく、コンテンツの文化的適合性に関する前提に基づいて PacificAus TV の有効性を疑問視していた従来の論評とは対照的である。本レビューはプログラムが成功しているかどうかを判断する際に、外部からの批評ではなく、太平洋地域の人々がどのように受け止めているのかを最も重視した。
4.3 事業継続および拡大に関する提言
本レビューは、その肯定的な評価を踏まえ、PacificAus TV の将来に関していくつかの提言を示した。提言7では、「PacificAus TV への投資を更新する」と明確に述べられており、プログラム継続に対する政府の明確な支持が示されている。この提言の根拠としては、以下の点が強調された:
(a)「本プログラムはその目的を達成している」という客観的な成果、
(b)「パートナー放送事業者からのフィードバックが好意的である」というステークホルダーの高い満足度。
この提言により、プログラムの将来をめぐる政策的不確実性は解消され、ABC による公共放送活動と並行して、商業コンテンツ配信への持続的な投資を行うという政府のコミットメントが確認された。
提言8では、地理的拡張が提案されており、「PacificAus TV をより多くの太平洋諸国へさらに拡大する」とされている。本レビューは、2021年におけるトンガ王国、及びサモア独立国の追加が成功したことを指摘するとともに、「放送事業者からの前向きなフィードバックは、他国へのさらなる拡大が可能であることを示している」と述べている。この提言は、プログラムの実証されたスケーラビリティと、オーストラリアのコンテンツへのアクセスに対する太平洋地域放送事業者の関心の高さを反映している。さらに本レビューは、ニューカレドニアおよびフランス領ポリネシアを潜在的な候補地域として挙げ、フランス語圏ではコンテンツの調整が必要となる可能性を認めつつも、基本的なプログラムモデルは多様な地域環境に対応可能であるとの見解を示している。
本レビューにおける最も実質的なプログラム面での提言である提言9では、「PacificAus TVから提供する番組の種類を増やす方法を検討する」ことが提案された。この提言は、コンテンツの多様化に対応するいくつかの具体的要素を含んでいる。
本レビューは、商業テレビ番組に限定するのではなく、「ABC および SBS/National Indigenous Television(NITV)によるコンテンツを通じて PacificAus TV の番組構成を多様化する」可能性を検討することを提唱している。このような多様化により、太平洋地域の放送事業者は、商業系の娯楽コンテンツに加えて、ABC が制作するニュース、報道番組、ドキュメンタリー番組にもアクセスできるようになり、放送事業者側の番組編成の自律性を維持しつつ、より幅広いコンテンツ提供が可能となる。
実際には、PacificAus TV はニュース、時事、ドキュメンタリー番組を直接提供している。ニュース番組を直接提供している Seven Network(セブン・ネットワーク)は、CNN や NBC などの国際的な提携先とともに、太平洋地域向けの放送権処理を行っている。
本レビューにおけるコンテンツ多様化の根拠には、いくつかの重要事項が反映されている。太平洋地域の放送事業者や地域のステークホルダーからは、商業娯楽番組にとどまらず、地域課題を扱い、太平洋地域の人々の視点を紹介し、教育的価値を有するコンテンツへの需要が強く示されていた。ABC および SBS の番組は、こうしたニーズに応えると同時に、商業コンテンツと競合するのではなく、それを補完する役割を果たし得る。特に、NITV によるファースト・ネーションズ(先住民)コンテンツは、先住民オーストラリア人と太平洋地域のコミュニティとの間に存在する文化的なつながりを踏まえると、きわめて高い価値を有するものである。これらの番組は、共通の歴史、類似した課題、文化的共鳴を反映しており、商業制作ではしばしば欠落しがちな視点を提供する。
さらに重要な点として、本レビューは、政府に対し、「インド太平洋地域の視聴者に関心がある場合には、PacificAus TV の提供事業者に対し、ファースト・ネーションズコンテンツを含む SBS 制作コンテンツを組み込むことを求めるべき」であると勧奨している。この「義務付け」を示す表現は、コンテンツの多様化が単なる任意の拡充ではなく、政策的優先事項であることを示唆している。一方で、「視聴者の関心がある場合には」という条件付けにより、需要主導の原則が維持され、SBS コンテンツの提供が現地の関心を無視して一方的に押し付けられることのないよう配慮されている。
4.4 ガバナンスおよび提供モデルの検証
提言10において、「Free TV、ABC、SBS の役割を見直す」との言及がなされたことは、仮に別のガバナンス体制の方が政策目的の達成により適していることを示すエビデンスが得られた場合には、代替案に対しても前向きに検討する姿勢があることを示している。協議の過程では、「現行プログラムとは異なる運営モデル」が提案されていたものの、本レビューではそれらの代替案の具体的内容や相対的な利点については詳述されていない。こうした検討余地を設けることで、Free TV が管理する現行モデルが引き続き最適であるのか、あるいは更新時において別の体制がプログラムの有効性を高め得るのかを、体系的に検証することが可能となる。想定される代替案としては、ABC や SBS がより大きな役割を担うモデル、異なる商業ネットワークとの関係性構築、あるいはガバナンス構造自体の変化などが考えられる。
このようなガバナンス上の柔軟性は、最適な制度設計は事前に必ずしも確定できるものではないという現実を踏まえた、実務的な政策立案の姿勢を反映している。本レビューは、既存の実施モデルを基本的に支持しつつも、運用上の経験や状況の変化に応じて実施方法を調整する余地を確保したものである。このバランスの取れたアプローチにより、時期尚早な組織再編を避けつつ、問題が顕在化した場合のみ対応するのではなく、計画的に実施モデルの評価が行われることが担保されている。
4.5 短波ラジオ復活に関する調査結果
本レビューによる短波ラジオ放送再開の評価は、オーストラリアの放送戦略における技術選択および投資の優先順位を理解する上で重要な背景を示している。ABC が2017年に太平洋向け短波放送を停止して以降、遠隔地への到達能力、他のインフラが機能しない災害時にも利用可能である点、インターネット接続が限定的な視聴者にサービスを提供できる点など、短波放送が持つ独自の強みを強調し、サービス再開を求める強い働きかけが行われてきた。本レビューは、こうした主張を慎重に検討すると同時に、再開に要するコスト、視聴者の嗜好、代替技術の選択肢を総合的に評価した。
その結果、本レビューは次のように結論づけている。「コスト、視聴者の嗜好、またはその他の優先事項に重大な変化が生じ、現在の費用対効果が変わらない限り、太平洋地域におけるオーストラリアの短波放送の再開を追求すべきではない」。この再開否定の勧告は、複数の知見に基づいている。送信インフラの再構築、短波周波数のリース、継続的な運用維持には多大なコストが必要となること、対象者からは短波よりも FM、AM、デジタルサービスを好む傾向が太平洋地域で拡大していることが示されており、短波への大規模投資は到達できる視聴者が減少する可能性が高いことが挙げられる。現時点では短波放送のすべての利点に完全に代替し得る技術は存在しないものの、将来的には、より費用対効果の高い形で同等の機能を提供し得る新技術が登場する可能性も指摘されている。
オーストラリアによる短波放送の再開には否定的な勧告を行った一方で、本レビューは、太平洋地域の一部において短波技術が引き続き価値を有していることも認めている。提言3では、「ABC の運営上の独立性を引き続き認識し尊重しつつ、短波放送を聴取している視聴者とのつながりを維持するため、Radio New Zealand International(ラジオ・ニュージーランドRNZ)との既存の取り決めを拡充するよう ABC を支援する」ことが提案された。ラジオ・ニュージーランドは短波送信能力を維持しており、同レビューは、RNZ のインフラを通じて ABC のコンテンツ配信を支援することで、オーストラリアが独自の送信施設に投資することなく、短波リスナーに対応できる可能性を提案している。このアプローチは、地域に既存するインフラを活用すると同時に、短波ラジオを利用し続けている一部の太平洋地域の視聴者の存在を認めるものである。
この短波に関する判断は、本レビューがどの様な基準で優先順位を決めているかを端的に表している。特定の視聴者層に評価されている技術や、災害対応力といった特定の目的に対する技術に投資するのではなく、本レビューは「視聴者調査によって示される、太平洋地域の視聴者のニーズや嗜好に合致する放送サービスへの投資を優先すべきである」と勧告している。このエビデンスに基づくアプローチは、実際に価値のある機能を備えている場合であっても、理論的な技術的優位性よりも、測定可能な視聴者の嗜好を重視するものである。この手法により、オーストラリアの放送投資は、適切と考えられる技術やコンテンツについてのオーストラリア側の前提ではなく、太平洋地域で確認されたニーズに応じて行われるべきであるという原則が明確に示されている。
4.6 より広範な放送戦略への示唆
PacificAus TV に関する本レビューの知見は、インド太平洋放送戦略をどの様に進めるべきかを考えるうえで、重要な指針となった。プログラムの円滑な運営と、太平洋地域の放送事業者からの肯定的な評価は、ABC による公共放送活動と並行して、商業コンテンツ配信に投資するという政策判断の妥当性を裏付けるものであった。このモデルが有する提供先の拡大、運用効率、そして放送事業者の高い満足度は、政府資金による商業コンテンツ提供が、公共放送に取って代わるものではなく、それを補完する形で、包括的な放送関与の有効かつ価値ある取り組みであることを示している。
また、コンテンツの多様性や提供モデルの見直しに関するレビューの提言は、放送戦略が本来持つ複雑さを十分に踏まえたものである。単一のコンテンツの種類、配信技術、あるいは制度的枠組みだけで、すべての目的や視聴者に最適に対応することはできない。効果的な戦略には、複数の相互補完的なアプローチが求められる。すなわち、チャンネルと番組提供、娯楽コンテンツと情報コンテンツ、従来型放送とデジタル・プラットフォーム、直接送信とパートナーシップ活用といった組み合わせである。本レビューのバランスの取れた提言は、安易な現状維持や拙速な構造改革のいずれも避け、成功している要素を維持しつつ改善の機会を明確にするものである。
本レビューの進め方そのものが、政府のエビデンスに基づいて政策を立案し、戦略を定期的に見直していく姿勢を明確に示していた。包括的な協議の実施、視聴者調査の実施、既存プログラムを明確に定められた目標に照らして評価することにより、本レビューは、急速に変化するメディア環境に適した政策を作っていく柔軟で実践的な姿勢を体現している。
また、提言10を通じて将来的なレビューの仕組みが制度化されたことで、この評価重視のアプローチが定着し、放送戦略がその有効性に関するエビデンスを無視した膠着的な方針に陥ることなく、変化する状況に応じて継続的に適応していくことが担保されている。
5 結論
PacificAus TV は、太平洋地域の放送事業者の自律性を尊重しつつ、地域のメディア市場の実情に対応しながら、従来型の国際放送を効果的に補完し得る番組提供モデルであることを示している。この事業は、2020年12月の1,188時間から、2025年には2,950時間へと提供時間を増やし、対象地域も8か国・18放送事業者から12か国・18放送事業者へと地理的に拡大しており、これは運用面での持続的な成功と、オーストラリアのコンテンツに対する太平洋地域放送事業者の需要の高さを裏付けるものである。視聴者調査およびパートナーからのフィードバックに基づく2023年インド太平洋放送レビューの肯定的評価は、ABC の公共サービス放送チャンネルやメディア能力開発プログラムと並んで、商業コンテンツ配信への政府投資が包括的な放送戦略の有効な構成要素であることを示している。
本プログラムの運用モデルは、太平洋のメディア市場に関与する他国による類似の取り組みにとっても適用可能な、いくつかの示唆を提供している。
第一に、太平洋地域の放送事業者がコンテンツの嗜好や編成上のニーズを明確に出来る協議の仕組みは、番組選定が外部からの想定ではなく、現地の視聴者の関心に合致するものとなるために不可欠である。Free TV Australia が定期的に実施しているアンケート調査や、各放送事業者との個別のコミュニケーション、さらにはフィードバックに基づいてコンテンツ提供を調整する姿勢は、あらかじめ定められた編成戦略よりも、需要主導型のアプローチが重要であることを示している。どのコンテンツをゴールデンタイムに編成するかに関する太平洋地域の放送事業者による専門的判断は、視聴者の獲得と維持を最優先とする現地の知見や商業的要請を反映しており、外部からの批評よりも、番組価値をより強く裏付けるものである。
第二に、複数の配信経路を通じてコンテンツへのアクセスを可能にする技術的柔軟性は、太平洋地域における多様なインフラ環境に対応するうえで有効である。衛星配信はインターネット接続状況に左右されない安定したサービスを提供し、IP ストリーミングは通信環境が整った市場において高品質な視聴を可能にする。また、ポータル型のダウンロードは、編成上の柔軟性を高めるとともに、配信システムに障害が生じた場合のバックアップ手段としても機能する。このマルチプラットフォーム型のアプローチは、単一の技術ではすべての太平洋地域の放送環境に最適に対応できないという現実を踏まえたものであり、都市部と遠隔地、比較的規模の大きな国、小さな国、資源の豊富な放送事業者と限られた事業者との間で大きく異なるインフラ能力の差異を認識している。運用の複雑性は増すものの、多様な配信技術への投資は、より多くの放送事業者がコンテンツを利用できる状況を確保し、幅広い参加を可能にするうえで重要な役割を果たしている。
第三に、権利処理の枠組みは、太平洋地域向けコンテンツ確保に伴う複雑性と、実行可能であることの双方を示している。地域別ライセンス契約や、音楽著作権・番組権利の処理などに対応するには高度な専門性と業界内のネットワークが不可欠であり、コンテンツの取得は、放送ネットワークからの直接ライセンスに加え、Banijay、ITV、Fremantle といった権利保有仲介事業者との交渉を通じても行われている。オーストラリア政府がすべてのライセンス費用を負担することで、太平洋地域の放送事業者は無償でコンテンツにアクセスすることが可能となっており、多くのパートナーがコンテンツ確保のための十分な予算を持たないという実際の市場の制約を埋めている。
この財政モデルは、PacificAus TV を商業的なコンテンツ販売と明確に区別し、太平洋市場からの収益獲得を目的とした商業輸出ではなく、太平洋地域の放送の持続可能性を支援する開発援助として本イニシアティブを位置づけるものである。
第四に、チャンネル型放送と番組提供型モデルの違いは、重要な戦略的示唆を有している。ABC の専用チャンネルは、ニュース報道、民主的価値の促進、地域理解を深めるといった政策目的を支えるため、オーストラリア政府が特定のコンテンツを確実に太平洋地域の視聴者に届けること可能にしている。これに対し、PacificAus TV はコンテンツの選定を太平洋地域の放送事業者自身に委ねており、現地の組織こそが視聴者の嗜好や文化的配慮を最もよく理解しているという認識に基づいている。特徴の異なるアプローチを組み合わせることで、効果的な放送分野での関与には単一の解決策ではなく、複数の相互補完的な仕組みが必要であり、包括的な戦略の中で異なる政策手段がそれぞれ異なる役割を果たすことを示している。
また、2023年のレビューにおいて ABC および SBS のコンテンツを統合することが提言された点は、商業放送と公共放送(ABC・SBS)が相互に補完しつつ競合する形で提供されているという、オーストラリア国内の視聴体験を反映したものである。とりわけ、文化的なつながりを扱う SBS の公共サービス・コンテンツは重要な意義を持つ。提案されている統合により、太平洋地域の放送事業者は、娯楽コンテンツに加えて、ニュース、時事番組、ドキュメンタリー、ファースト・ネーションズ関連番組にもアクセスできるようになり、選択の自由を維持しつつ、より幅広いコンテンツの選択肢が提供されることになる。この発展は、放送分野における関与が多面的である事を踏まえた政治的成熟を示すものであり、単純なコンテンツ輸出の枠を超えて、多様な放送事業者の目的に応えるキュレーション型コンテンツ・ライブラリーへの移行を示唆している。
JAMCO のように太平洋地域での放送分野への関与の選択肢を検討する組織にとって、PacificAus TV の経験は、いくつかの重要な成功要因を示している。継続的な政府のコミットメントと複数年にわたる資金拠出は、短期的なプロジェクト枠組みでは実現が困難な、関係構築、運用能力の強化、コンテンツ・カタログの拡充を可能にする。既存の商業的ネットワークや権利処理に関する専門性を有する業界団体との連携は、効率的なコンテンツ調達および配信運営に寄与する。
また、太平洋地域の放送事業者の独立性や編集上の判断を尊重することは、コンテンツの押し付けではない真のパートナーシップを示し、信頼関係の構築につながる。さらに、定期的な協議と、放送事業者からのフィードバックに応じた柔軟な調整は、番組の妥当性を確保するとともに、パートナーの継続的な関与を維持する。これらの原則は、各国の状況に応じて異なる形で運用され得るものの、太平洋地域の主体性を尊重しつつ政策目的を推進する効果的な放送イニシアティブの基盤となる要素である。
太平洋地域のメディア環境は、デジタル化への移行やソーシャルメディア・プラットフォームの拡大により今後も進化し続けることを踏まえると、放送戦略は固定的な前提に基づくのではなく、柔軟性と即応性を維持する必要がある。2023年のレビューにおいて、提言10を通じて評価の仕組みが確立されたことは、こうした姿勢を政策として取り組むことであり、配信モデルやコンテンツの提供手法が、その有効性に関するエビデンスや状況の変化に照らして継続的に検証されることを担保している。
この評価重視の姿勢は、最適な放送関与の手法が恒久的に確定できるものではなく、運用上の経験、技術的進展、そして太平洋地域の嗜好の変化に基づいて、不断の改善が求められることを認識したものである。
PacificAus TV の成功は最終的に、オーストラリアの政策目標、太平洋地域の放送事業者の運用上のニーズ、そして視聴者の嗜好との整合性に支えられている。本プログラムは、太平洋地域の放送事業者にとって、価値あるコンテンツを提供しており、ゴールデンタイムでの積極的な編成や拡大要請が寄せられていることからもその活用度の高さが示されている。同時に、放送事業者自身がコンテンツ選定を行う権限を尊重することで太平洋地域の自律性を担保しつつ、文化的な存在感や人と人とのつながりを通じて、オーストラリアのソフトパワー強化にも寄与している。また、運用面での拡張性や、契約上の要件を上回る放送時間の提供を通じて、公共投資としての効率性も示している。これらの利点が相互に作用することで、本イニシアティブが継続的な支持と高い評価を受けている理由が説明され、適切に設計された番組提供モデルが、包括的な地域関与戦略の中で、従来型の国際放送を効果的に補完し得ることが示唆されている。
国際的な観点から見ると、PacificAus TV は、太平洋地域における放送分野での関与には、地域特有の条件を理解することが不可欠であることを示している。具体的には、コンテンツ調達予算が限られた小規模なメディア市場、通信環境が整った地域から遠隔地まで幅広く存在するインフラ状況、編集上の独立性を重視する放送事業者の意向、そして娯楽、スポーツ、情報、文化番組にまたがる多様な視聴者の関心である。これらの現実に対し、柔軟で協議重視かつ相互尊重のアプローチによって対応するイニシアティブは、地域の実情を無視してあらかじめ定めたコンテンツや技術を押し付けるプログラムよりも、成功する可能性が高いことを示している。太平洋地域のメディア環境は、放送を通じて地域的なつながりを強化しようとする国々にとって、課題と機会の双方を内包しており、取り組みの実効性は、単なる資金投入やコンテンツ量ではなく、プログラム設計が太平洋地域の優先事項やニーズとどれだけ整合しているかに大きく左右される。
6 連絡先
AI・トラスト・ガバナンス・センター
(Centre for AI, Trust, and Governance)
L6.09号室 A14 ザ・クアドラングル
シドニー大学
ニューサウスウェールズ州 2006
電話:+61 4 1264 6477
メール:robert.nicholls@sydney.edu.au
ellissa.nolan@sydney.edu.au
ウェブサイト:sydney.edu.au
CRICOS 登録番号:00026A
韓国放送コンテンツの海外配信支援によるKコンテンツのグローバル展開戦略
序論
Kコンテンツは海外市場で急速に広がっている。映画、音楽、ゲーム、デジタルコミックだけでなく、Kドラマを含む大衆文化全体にその拡大が及んでいる。新型コロナウィルス感染症拡大による非対面型の環境とグローバルコンテンツプラットフォームによって、Kコンテンツの拡散に拍車がかかった。
『Kpop Demon Hunters(KPOPガールズ!デーモン・ハンターズ)』の世界的な人気が示すように、Kコンテンツの人気は特定のジャンルに限らず、あらゆるコンテンツに広がっている。
韓流ドラマの誕生と発展は、1997年に中国で放送されたドラマ『What Is Love?(恋愛は科学?!)』を皮切りに、日本での『冬のソナタ』の放送、そして『大長今(宮廷女官チャングムの誓い)』の公開へと続いた。これが韓流ブームの第一段階のピークである。ドラマブームが一時的に落ち着いた後、地域をまたいでコンテンツを提供するサービス、いわゆる「グローバルOTTプラットフォーム」の登場により、韓国ドラマは再び人気を取り戻した。
Kコンテンツの強力な勢いと影響力は一夜にして起きたものではない。最近の『Kpop Demon Hunters』の現象も、突然の関心の増加によるものではない。韓国政府は1998年に「放送・映像産業振興計画」を開始し、四つの重点を推進した:放送番組制作の活性化、海外市場の開拓、放送コンテンツのインフラ拡充、専門人材の育成である。現在、政府は「第6次放送・映像産業中長期振興計画(2023–2027)」を策定し、映像コンテンツ産業規模を40兆ウォン、輸出額18億米ドルへ拡大するための政策を進めている。
海外配信支援事業の目的と内容
放送コンテンツ海外配信支援事業(海外向け韓国放送番組配信の支援)は、放送・映像産業振興計画の一環として始まった。当初の目的は、韓国放送番組を海外に配信することで文化交流を促進し、新市場を開拓することだった。韓国コンテンツの海外市場での影響力が拡大している現在でも、本事業は潜在的な韓流市場・新興市場など、韓国コンテンツが深く浸透していない国や地域へ高品質の放送コンテンツを無償で提供している。
この事業は2006年に文化体育観光部とKOCCA(韓国コンテンツ振興院)によって開始され、2023年にArirang TV(韓国国際放送財団)へ移管、2025年現在に至っている。アニメーションの海外配信支援事業(2019年開始)も2020年からArirang TVに移管された。
当初の予算は約1億4千万ウォンであったが、海外配信需要の拡大に伴い、予算は着実に増加してきた。支援対象国は2006年の3か国から、2009年には15か国、2024年には24か国に増え、それぞれ毎年5~10本の番組が配信されている。
毎年実施される本事業は二つの目標を掲げている。一つ目は韓国放送番組の再制作・ローカライズ支援、二つ目は韓流がまだ浸透していない地域への配信である。
事業の方向性は、毎年、韓国放送コンテンツへの反応や海外の調査結果をもとに、翌年度計画へ反映される。ただし、本事業の核心は「韓国放送コンテンツの継続的な配信」である。また、新規海外地域の開拓や世界同時配信も進められている。さらに、KOCCA の海外展開事業と連携して、新興市場の開発に向けた配信やプロモーションも行われる。
Kコンテンツの海外配信支援事業は、主に3つの要素で構成される。一つ目は、コンテンツの募集と選定。当年度の政府予算規模に基づき、海外配信するコンテンツ数が決定される。前年の放送コンテンツの主要な輸出地域や、その地域ごとの嗜好に関する調査による公募で、放送局や制作会社から作品を募集する(地上波放送局:KBS、MBC、SBS、EBS、総合編成チャンネル: Channel A, TV Chosun, JTBC, MBN; 制作スタジオ:Studio Dragon, SLL, CJ E&M。)応募できる作品は、応募者がコンテンツの全ての著作権・利用権を保有しているものに限られる。放送局・制作会社は海外配信を希望する地域も指定する。
応募期間終了後、作品は審査を経て政府の外交部に送られ、各国の韓国文化団体、ファンクラブ、世宗学堂、大学の韓国語学科、現地放送局などの意見を基に評価される。候補作品の英文紹介資料が在外公館へ提供され、嗜好を調査するためのアンケートが作成される。
<表1>海外配信支援事業の調査対象および放送対象国
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部門 |
海外配信対象国 (調査中の国) |
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アフリカ (41) |
英語圏:ガーナ、ナイジェリア、南アフリカ、ルンワンダ、ウガンダ、ジンバブエ、カメルーン、ケニア、タンザニア、ガンビア、ナミビア、南スーダン、リベリア、レソト、ルワンダ、マラウイ、モーリシャス、ボツワナ、セーシェル、シエラレオネ、ソマリア、エスワティニ、エリトリア、ザンビア
仏語圏:ガボン、マダガスカル、セネガル、コートジボワール、コンゴ、ギニア、ニジェール、マリ、ブルンジ、ブルキナファソ、ベナン、中央アフリカ共和国、ジブチ、チャド、トーゴ、コモロ、コンゴ民主共和国 |
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MENA(中東・ 北アフリカ) (16) |
レバノン、リビア、モロッコ、バーレーン、サウジアラビア、アルジェリア、オマーン、ヨルダン、エジプト、イラク、カタール、クウェート、チュニジア、パレスチナ、UAE (アラブ首長国連邦)、(イラン) |
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中南米 (14) |
(スペイン語)グアテマラ、ニカラグア、ドニミカ共和国、ベネズエラ、ボリビア、アルゼンチン、エルサルバドル、ホンジュラス、ウルグアイ、ジャマイカ、コスタリカ、コロンビア、パラグアイ、キューバ |
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その他 |
ウズベキスタン、カザフスタン、モンゴル(文化外交上必要な場合は追加可能) |
* IP保有企業は、特定の配信国を除外する場合がある。
地域および国別の作品ランキングは、各回答国における各作品を点数化することで決定される。最終的な作品の選定は、公式データに基づく嗜好、配信地域ごとに配信可能な国の規模、権利保有会社が対応可能な配信地域、ならびに即時配信の可否(字幕の有無など)といった要素を総合的に考慮して行われる。
また、韓流がまだ十分に浸透していない市場を中心に、韓国放送コンテンツの普及を強化するため、政府は既存の配信実績、国の規模、韓国ドラマやコンテンツに対する嗜好などを考慮しつつ、配信の拡大や吹き替え・字幕版制作の推進を進めている。
支援およびローカライズの対象となる放送コンテンツには、ドラマ、ドキュメンタリー、アニメーションが含まれる。アニメーションについては、2019年以降、アニメーション海外配信支援事業が創設され、別途進められている。
一方、従来ドラマ配信に重点が置かれてきたことを踏まえ、政府はドキュメンタリーやバラエティ番組など、さまざまなジャンルへと対象を拡大している。しかし、韓国ドラマに対する国際的な嗜好が非常に強いため、海外配信においてはドラマが全体の中で大きな割合を占めている。
外国語版制作、およびローカライズを支援する費用は、作品ごとに一定額の複製費用において支給される。
<表2>海外配信支援事業の実施手続き
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ステップ1 対象番組の選定 |
→ |
ステップ 2 ローカライズ(字幕・吹替)用の外国語版制作 |
→ |
ステップ3 現地配信 |
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需要調査 公募 コンテンツ選定 契約 |
英語およびその他の言語 (フランス語、スペイン語、 ポルトガル語、ロシア語) |
海外放送事業者との 配信契約の締結 (無償) 承認、満足度調査 |
一方、2006年以降、韓国放送コンテンツの海外配信は、主に韓流がまだ十分に広がっていない地域を中心に行われてきた。事業の配信動向を踏まえ、新たな地域を基準に対象国が選定されている。
韓流が広まっていない新規市場において韓国放送コンテンツの普及を強化するため、既存の配信実績、国の規模、韓国放送コンテンツに対する嗜好などの要因に基づき、配信範囲の拡大または縮小が行われている。また、吹き替えや字幕版制作も進められている。
前述のとおり、海外に配信される放送コンテンツの本数は、再制作、ローカライズ、放送権料の規模によって決定される。5本から10本の作品は毎年選定される。2019年に開始されたアニメーション海外配信支援事業は、放送コンテンツと同様の手続きに基づいて実施されており、毎年15本から20本の作品が海外放送向けに選定されている。
<表3>放送番組の海外配信地域別動向(2006~2025年)
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2006~2010 |
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2008~2009 |
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2010~2011 |
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2011~ |
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MENA (アラビア語) |
→ |
中南米 (スペイン語) |
→ |
CIS (ロシア語) |
→ |
MENA, CIS, アフリカ, 中南米 |
海外放送に関する契約手続き
韓国放送コンテンツの海外配信は、各国の外交的・文化交流上の必要性に応じて、無償または低価格で提供されている。
当初、海外配信国は各社(著作権保有者)の海外進出計画に基づいて選定されていたが、その後、配信は政府およびArirang TVが直接担当する形へと移行した。韓国放送コンテンツ海外配信支援事業は、放送局や権利保有者が自ら販売・放送することが難しい国において、政府とArirang TVが直接コンテンツのマーケティングおよび放送を行うプログラムである。そのため、権利関係の問題解決に伴うリスクは、著作権保有者が負うというのが政府の方針である。
海外放送用の著作権は、対象地域および国、購入価格などに関する交渉を経て取得される。これには、マスターファイル、マーケティング資料、広報・宣伝資料などが含まれる。
韓国放送コンテンツの海外配信に関する著作権は、以下の手順で確保される。
まず、特定の番組についてすべての権利を保有している放送局や制作会社が、特定の国や地域において無償配信が可能な作品を推薦する。海外放送向けコンテンツの募集段階から、政府およびArirang TVは、音楽、脚本家、出演者などに対し、海外販売に関連する著作権問題がすでに解決されている作品を募集している。
一方で、最も重要な問題の一つが、映像内に露出するブランド名である。コンテンツ提出時には、放送予定の海外各国において問題となる可能性のあるブランドが含まれていないかを、コンテンツ保有者が確認のうえ提出することを求めている。問題があると判断された場合には、権利保有者が映像内のブランドをぼかすなどの対応を行ったうえで提出を受け付ける。この点に関しては、当該コンテンツを提出した権利保有者が発生しうる問題に対応するという契約を締結している。
第二に、番組が海外放送の対象地域、プラットフォーム、映像内容のいずれにおいても問題がないことを確認したうえで、専門家委員会が当該番組の無償海外配信の可能性を評価する。番組が選定されると、配信に関する権利契約が放送局または制作会社(著作権保有者)と締結される。放送権料は、新作かどうか、国内視聴率、無償配信対象国に対する文化割引など、さまざまな要素を考慮して算定され、海外の市場価格を基準として決定される。
韓国放送コンテンツ海外配信支援事業とは異なり、一般的な海外販売に関する著作権問題の解決には、やや複雑な手続きが伴う。
韓国の著作権法において、著作者の公衆送信権は大きく放送権、送信権、デジタル音声送信権に区分されている。このうち、海外販売において特に問題となるのが放送権である。韓国著作権法第73条(放送権)では、実演者に対してその実演を放送する権利を付与している。
海外販売に関する権利は、大きく「映像権(可視的権利)」と「音声権(可聴的権利)」の2種類に分けられる。映像権については、脚本家の台本使用や出演者の実演に関して追加費用が発生する場合がある。海外著作権から生じる収益は個別に交渉される。通常、国内の基本原稿料に加えて、海外著作権販売による収益は契約に基づく追加収入として算定される。人気作家など影響力のある脚本家は、制作会社との間で利益分配比率を有利に交渉できる立場にある。
次に、収益は制作会社に分配される。海外著作権販売による収益は、通常、まず制作会社が受領し、その後、契約に基づいて一定割合が脚本家に分配される。放送番組の海外販売に伴う実演者(俳優、声優、歌手など)の収入は、制作会社と実演者との契約内容、著作権法および著作隣接権法、ならびに収益精算方法によって異なる。出演時の契約に海外販売に関する権利が明確に含まれていない場合、追加収益の分配ができず、問題が生じる可能性がある。
韓国放送実演者権利協会(KoBPRA)は、実演者(俳優など)に代わって著作隣接権使用料を徴収・分配している。同協会は放送局やプラットフォームから隣接権使用料を徴収し、一定割合の管理手数料を差し引いたうえで実演者に分配する。
放送コンテンツ海外配信支援事業における放送権は、海外での再放送であるため、韓国放送実演者権利協会との協議によって比較的容易に解決できる。しかし、一般的な海外販売における放送権はVOD、OTT、フォーマット販売など、さまざまな流通経路を通じて行使されるため、販売チャネルごとに収益構造が異なる。これらのチャネルから生じる収益を実演者にどのように算定・分配するか、その透明性を確保するのは依然として大きな課題である。
過去には、海外市場の規模が限定的であったため、実演者と制作会社との契約において、海外販売収益の分配に関する明確な規定が設けられていないケースが多かった。その結果、韓流ブームによって海外収益が急増したにもかかわらず、実演者が正当な配分を得られないといった問題が生じていた。しかし近年では、収益分配に関する規定をより明確に盛り込んだ契約が増えている。
放送番組を海外で販売する際、国内放送向けに取得した音楽使用権は、通常、海外販売までをカバーしていない。そのため、海外配信を行うには、海外販売用の追加の音楽著作権使用料について、別途契約を結び精算する必要がある。海外販売時の音楽著作権問題を解決する方法は、主に以下の三つである。
第一に、海外販売に支障のある著作権上問題のある音楽をコンテンツから削除し、著作権上問題のない音楽や適切な代替音源に差し替えて再編集する方法である。
第二に、音楽著作権管理団体または権利者と個別に契約を締結し、海外販売対象地域における追加の音楽使用権を確保する方法である。海外放送における音楽の著作権分配率は、国内ストリーミングサービスにおける分配率(例:クリエーター10.5%、制作会社48.3%)とは異なる。具体的な分配比率は、番組が放送される国の著作権規定や契約条件を通じて確認する必要がある。これは、コンテンツ著作権者と音楽著作権者との個別交渉によって決定される機密事項である。制作会社は、多くの場合、コンテンツ制作段階から契約によって海外放送に関する著作権問題を解決している。著作権のない音楽に関する追加契約や変更については、コンテンツ著作権者が直接対応する。著作権フリー音楽への変更については、KOCCAが音楽と効果音の分離(M/E)や効果音・音楽の差し替えなど、ポストプロダクションに対する支援を提供している。
第三に、番組制作段階から著作権フリー(または商用利用可能なライセンス)音楽や自社制作音楽を使用する方法であり、これにより著作権問題のリスクを低減できる。
契約書の主な構成要素は、以下のとおりである。
〈使用期間:原則36か月、必要に応じて権利者との合意により放送権の延長が可能〉
〈契約地域〉
〈契約権利:放送権―地上波、衛星、ケーブル、IPTVによる非独占放送(モバイル、OTT、VODは除外)、放送回数〉
〈著作権〉
〈契約金額:購入費用〉
〈契約金額の支払方法〉
〈提供方法〉
〈譲渡または担保権設定の禁止〉
〈契約解除および損害賠償〉
〈合意管轄〉など
権利者との契約が締結され、映像およびマーケティング資料が提出されると、Arirang TVは政府から配分される予算を用いて、1週間以内に放送局の法人口座へ契約金額を支払う。外国語版制作が行われたコンテンツについては、制作完了後、韓国放送コンテンツ海外配信支援事業の対象地域・国以外での販売を可能とするため、直ちに利用権を付与している。
韓国放送コンテンツ海外配信支援事業は、韓国放送コンテンツが供給されていない、または十分に浸透していない20~40か国に対し、毎年5~10本の放送コンテンツを提供してきた。その結果、韓国放送コンテンツの認知度向上および韓国のブランドイメージ強化に極めて重要な役割を果たしている。
韓国政府による放送コンテンツ(アニメーションを含む)の海外配信・拡大に向けた取り組みは、単なる無償配信支援にとどまらない。放送コンテンツの権利保有者に対して、吹き替え、字幕版制作、技術支援などのポストプロダクション支援を提供することで、韓国放送コンテンツが海外視聴者に積極的に流通し、日常生活の一部として定着するための基盤を整えている。さらに、MIP LONDON、MIPCOM、TIFFCOM、ATFといった主要な海外マーケットへの参加を支援しているほか、大手放送局の人気コンテンツや著作権を保有する映像制作会社の海外投資誘致やネットワーク活性化を目的とした「シリーズ・オン・ボード」事業、OTTグローバル配信促進支援事業も推進している。
他の韓国政府機関による類似の海外配信支援
文化体育観光部(MCST)の「韓国放送コンテンツ海外配信支援事業」と類似した事業として、科学技術情報通信部(MSIT)および韓国放送通信委員会(KCC)が、韓国語放送コンテンツの海外ローカライズ支援事業を現在推進している。
韓国放送通信振興院(KCA)が運営する「韓国語普及支援事業」は、主に海外の韓国語放送局向けのコンテンツ制作および配信を支援するものであり、その主な目的は、在外韓国人が韓国語放送を視聴し、韓国語コンテンツを楽しめるようにすることである。
この事業は、2004年に韓国放送通信委員会が発行した「海外韓国語放送実態調査報告書」を契機として始まった。2007年には、KCCが「海外韓国語放送支援事業」の基本計画を策定し、本格的な支援事業を開始した。
2025年には、文化体育観光部(MCST)およびKCCが、AIやデジタル技術を活用した海外韓国語放送局によるコンテンツ制作を支援している。本事業では、主にAI技術を活用した海外韓国語放送コンテンツ向けの字幕制作支援(AIベースのローカライゼーション)を行っている。さらに、「AI吹き替え特化K-FAST拡大支援事業(グローバル競争力強化)」を通じて、AI吹き替え技術を活用したKチャンネルの拡大も支援している。
結論:韓国の海外配信支援事業を振り返って
2023年時点で、Kコンテンツの輸出額は133億4,000万米ドルに達し、2005年と比べて約10倍に増加した。放送コンテンツの輸出も、Kコンテンツ全体の成長と共に着実に拡大している。グローバルOTTプラットフォームでの人気を背景に、放送コンテンツ輸出は過去4年間で年平均成長率(CAGR)10.7%を記録し、2023年には約6億7,000万米ドル規模に達した。
今日のKドラマの人気は、韓国の視聴者の著名人に対する熱心なファンダム文化に根ざしており、こうした新たな関係性の中でグローバルな感覚を獲得しながら進化してきたものである。韓流ブーム以降、海外の視聴者が流行重視の韓国ドラマに飽きを感じるようになると、より専門性が高く洗練されたドラマへの需要が高まった。この需要が新たなジャンルの登場を後押しした。
さらに、グローバルOTTプラットフォームの登場により、こうした新ジャンルの韓国ドラマは国際的な文化的影響力を増す可能生が出てきた。独自の色彩と意味を持つ韓国の物語は、今や世界へと広がり続けている。この拡大を持続させるため、韓国政府は放送コンテンツ(OTTを含む)の制作支援および海外輸出を後押しする政策を継続的に推進している。
[1] 海外配信支援事業における放送状況および満足度に関する調査結果を見ると、最も要望の多いジャンルはKドラマであり、字幕版制作支援に加えて、新たな放送コンテンツの外国語版制作に関する需要調査では、現地言語による吹き替えへの需要が高いことが示された。字幕および吹き替え事業においては、韓国側が現地の制作会社を選定し、現地の言語や文化に合わせて外国語版制作を行っている。
韓国コンテンツ産業の軌跡
~現場へのインタビューからひも解く海外展開~
はじめに
近年、韓国の映像コンテンツは、ドラマ、映画、バラエティ番組など多様なジャンルにおいて国際的な評価を高めている。グローバルOTTプラットフォームを通じた配信拡大により、韓国制作のコンテンツが同時多発的に世界各地で視聴される環境が整い、その影響力はかつてない水準に達している。こうした状況を背景に、韓国コンテンツ産業はしばしば「国家主導による成功モデル」として語られてきた[1]。
実際、韓国政府が公表してきた各種報告書や政策文書では、文化産業を成長産業と位置づけ、国際競争力を高めるために、政府がさまざまな支援に取り組んでいることが強調されている[2]。しかし、放送局や制作会社、研究機関の関係者に取材を行うと、こうした説明とは距離のある語りが少なからず聞かれる。これらの関係者は「必死に生き残ってきた」「運が良かった」と語る一方で、政府の支援は「結果としては享受しているかもしれないが、現場の実感としては必ずしも強くなかった」と述べることが多い[3]。
本稿は、このような「成功神話」と「現場の実感」とのあいだに存在する認識の相違に着目し、韓国コンテンツ産業の歩みについて放送産業を中心に再検討することを目的とする。とりわけ、政府主導の政策評価では見えにくい制作現場の視点に光を当て、関係者へのインタビューを分析素材として用いることで、韓国コンテンツ産業の実態とその課題を明らかにし、日本をはじめとしたコンテンツ産業が海外展開を進めるうえで有益な示唆を提供するものである。
1 韓流コンテンツの成長動向
まず、韓国コンテンツ産業の現状を数量的側面から確認しておきたい。統計データを見る限り、韓国の放送映像コンテンツは近年、堅調な成長を遂げている。2023年における韓国の放送映像コンテンツ輸出額は約10億4,721万ドルに達し、前年比で10.5%の増加を記録した[4]。これは過去最高水準であり、韓国コンテンツが国際市場において高い需要を維持していることを示している。
この成長を支えている要因として、グローバルOTTプラットフォームの存在は欠かせない。Netflix、Disney+、Apple TVなどの事業者は、韓国市場に対して積極的な投資を行い、制作段階から海外配信を前提とした作品づくりを後押ししてきた。こうしたグローバルOTTによる投資の実態は、個別作品の制作費からも明確に確認できる[5]。Netflixは、韓国ドラマへの投資を最も早期かつ継続的に拡大してきた事業者である。2019年の『キングダム』シーズン1・2では総制作費300億ウォンを投じ、以降も『人間レッスン』(2020年、総制作費300億ウォン)、『Sweet Home -俺と世界の絶望-』(2020年、総制作費300億ウォン)など、高水準の制作費を投入してきた。2021年の『イカゲーム』は総制作費253億ウォンと比較的抑制された予算であったが、世界的ヒットを記録し、OTT投資の費用対効果を象徴する事例となった。
その後、Netflixの投資規模はさらに拡大し、『ナルコの神』(2022年、総制作費350億ウォン)、『ザ・グローリー ~輝かしき復讐~』(2022年、総制作費600億ウォン)など、大作・長編志向が顕著となる。2024年の『イカゲーム2』と2025年の『イカゲーム3』は、総制作費が1,000億ウォンと、同時制作した結果、両シーズン合計で制作費が約1000億ウォンに達したと報じられている[6]。その結果、韓国ドラマ史上においても突出した制作費水準となった。このことからも、Netflixが韓国コンテンツをグローバル戦略の中核に位置づけていることがうかがえる。
また、Disney+も2022年以降、韓国ドラマへの本格投資を進めている。『グリッド』(2022年、総制作費500億ウォン)や『ムービング』(2023年、総制作費650億ウォン)など、SF・アクション色の強いジャンルに重点的に資金を投じており、マーベル作品などで培った映像制作ノウハウとの親和性がうかがえる。一方で、『カジノ』(2022年、総制作費200億ウォン)のように制作費を抑えた作品も存在し、作品ジャンルやターゲット市場に応じて投資額を調整する柔軟な戦略が特徴である。
これに対し、Apple TVは、2021年の韓国市場参入時に公開した『Dr. ブレイン』において、全6話で総制作費500億ウォン、1話あたり約83億ウォンという極めて高額な投資を行った。このような少数話数・高制作費の戦略は、量よりも質を重視し、作品単位でブランド価値を高めようとするApple TVの姿勢を象徴している。
Netflix、Disney+、Apple TVはいずれも韓国ドラマに対して従来の地上波・ケーブル局を大きく上回る制作費を投入しており、グローバル同時配信を前提とした高品質なコンテンツ制作環境を形成してきた。これらのグローバルOTTによる投資は、韓国ドラマの映像表現やジャンルの多様化を促すと同時に、「最初から世界市場を目指すコンテンツ制作」という制作文化そのものを定着させる重要な推進力となっている。
こうしたOTT投資とグローバル同時配信体制の確立は、韓国の放送映像コンテンツを国際展開する際の制度的・技術的制約を大きく緩和し、従来は海外市場への展開が困難であったジャンルや作品にも、新たな流通経路を開いた。もちろん、数字上の成長は、産業全体の安定性や持続可能性をそのまま保証するものではない。輸出額の増加は、特定のヒット作品やプラットフォーム依存によって支えられている側面も大きく、その内実を丁寧に検討する必要がある。
2 韓流コンテンツ台頭の歴史
韓国の映像コンテンツが国際的な注目を集めるようになる過程は、単一の成功要因によって説明できるものではない。むしろ、その展開は、複数の市場環境の変化と制度的制約への対応が重なり合う中で形成されてきた。ここでは、2000年代以降の韓国コンテンツの海外展開を、いくつかの転換点に分けて整理する。
2000年代初頭における最初の転機として挙げられるのが、2003年に日本のNHKで放送されたドラマ『冬のソナタ』の成功である。この作品は、日本国内で大きな視聴者層を獲得し、韓国ドラマが日本市場において一定の商業的可能性を持つことを示した点で重要であった。ただし、この段階での成功は、韓国コンテンツ産業全体の安定的な国際展開を保証するものではなく、むしろ特定作品の突出した成果として理解すべきであろう。
その後、韓国ドラマの海外展開は一時的な停滞局面を迎える。アジア市場では、放送枠の競争激化や視聴者嗜好の変化が進み、韓国ドラマは必ずしも優位な地位を維持できなくなっていった。この状況を再び変化させた要因として注目されるのが、2010年代に本格化した中国市場の拡大である。中国の動画配信プラットフォームであるiQIYIやYoukuが韓国ドラマの調達に積極的に関与したことで、韓国コンテンツは再び大規模な需要を獲得した。
中国市場への進出は、制作方式にも大きな変化をもたらした。とりわけ、事前制作方式の導入は、制作費の確保や品質管理の面で一定の利点をもたらしたが、その一方で、中国共産党による検閲制度への対応という新たな制約も生じた。脚本を事前に中国当局に提出し、事前審査を受ける必要があるという制度は、作品内容に対する自由度を制限すると同時に、政治的判断によって流通環境が急変するリスクを内包していた。
この過程について、KBS公営メディア研究所の金顯基(キム・ヒョンギ)博士(現KBS大邱放送総局長)は、次のように証言している[7]。
台湾で地上波が衰退し、ケーブルチャンネルが急成長した1990年代末から2000年代初頭にかけて、日本ドラマが高価であったことから、韓国ドラマが比較的安価な代替コンテンツとして放送され、大きな成功を収めました。しかし、その後は停滞期に入ります。そのような状況の中で、中国のiQIYIやYoukuなどが韓国ドラマの買い付けに本格的に参入し、韓国ドラマは再び活況を呈するようになりました。ただし、中国市場に輸出するためには、中国共産党による検閲制度への対応が求められ、放送の約1年前に台本を提出し、事前審査を受ける必要がありました。このような条件のもとで、中国市場を想定し、事前に予算を確保して制作された作品の一つが、KBSの『太陽の末裔』です。同作は中国で大きな成功を収めましたが、その後、いわゆる「限韓令」[8]が発出されたことで、中国市場を前提としていた韓国ドラマは短期間のうちに輸出不能の状態に陥りました。こうした危機的状況の中で、Netflixが韓国市場に参入したことは、結果的に大きな転機となりました。国家支援というよりも、外部環境の変化が偶然重なった側面が大きかったといえます。
この証言は、韓国コンテンツ産業の海外展開が、国家による一貫した長期戦略の結果というよりも、外部環境の変化に対する「事後的適応」の連続であったことを示している。中国市場という主要な輸出先を失った直後に、Netflixが韓国市場に本格参入したことは、結果として新たな流通経路を開いたが、それは計画された代替ではなく、構造転換の中で生じた新たな選択肢であったと理解できる。
以上のように、韓国コンテンツの台頭は、一貫した発展過程として描くことは困難である。複数の市場と制度にまたがる不確実性の中で、制作現場と放送事業者がその都度対応を重ねてきた結果として、現在の国際的評価が形成されたと捉えるべきであろう。
3 韓国コンテンツが海外で売れるためのスキーム
韓国の放送コンテンツが海外で流通する背景には、制度化された流通スキームが存在している[9]。その代表例が、公営放送KBSによる国際展開である。KBSは、国際向けチャンネルであるKBS WORLDを中心に、在外同胞向けのKBS KOREA、多言語によるKBS WORLD Radio、さらに地域特化型チャンネルを通じて、長年にわたり海外視聴者への発信を行ってきた。
これらのチャンネルでは、ドラマ、バラエティ、教養番組など多様なジャンルのコンテンツが提供されている。番組ジャンルごとに著作権の帰属や流通条件が異なっており、一般的には、KBSが定める標準契約書に基づき、著作権の大部分はKBSに帰属するが、その一方で、教養番組については、KBSがOTT流通に必要な公衆送信権のみを保持し、それ以外の権利は制作者側に残されるケースも多い。
近年では、国際放送を取り巻く環境変化を受け、KBS KOREAチャンネルの衛星直接受信サービスが段階的に終了するなど、流通形態の見直しも進められている。現在では、YouTubeなどのデジタルプラットフォームを通じた配信が重要な役割を果たしており、日本ではWOWOWプラス、その他地域でも現地のIPTVなどのサービスを通じた提供が行われている[10]。こうした柔軟な流通戦略は、海外市場における可視性を維持するための現実的な対応といえる。
教養ジャンルの著作権配分の一例
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権利・ 事業権 |
KBS |
制作会社 |
保有期間/ 収益配分方法/ 対価支給等 |
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公衆送信権 |
国内 |
・地上波、ケーブル、衛星、IPTV、DMB等すべての放送権 ・インターネット、モバイル、ケーブル等すべての伝送権 ・デジタル音声送信権 |
KBSの権利を除いた権利 |
・保有期間:永久 ・収益配分:なし |
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海外 |
アジア、ヨーロッパ、アフリカ、南アメリカ、北アメリカ、オセアニア等国外全地域、全媒体 |
KBSの権利を除いた権利 |
・保有期間:永久 ・収益配分:なし |
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河東喆(ハ・ドンチョル)氏に対する取材を基に作成。
韓国コンテンツが海外市場で受容される過程では、内容面においてもさまざまな調整が行われてきた。制作現場では、企画段階から特定の海外市場を想定し、ジャンルやテーマ、出演者の選定がなされることがある。例えば、中国市場では時代劇の流通が難しいと判断される場合には、現代劇が優先されるといった判断が行われてきた。
また、番組の司会者やドラマの主演を決定する際にも、特定地域での認知度が重要な指標として考慮される。とりわけ日本市場では、過去の出演歴や知名度が作品の受容に影響を与えると認識されており、キャスティング戦略の一要素となってきた。こうした判断は、必ずしも公式な指針として明文化されているわけではないが、現場レベルでは経験知として共有されている。
これらの調整は、作品の「普遍性」を高める試みというよりも、むしろ流通可能性を現実的に確保するための実務的判断として理解すべきであろう。海外で売れるコンテンツとは、内容そのものの質だけでなく、市場との適合性を見極める過程を経て成立しているのである。
4 海外流通を支える権利処理の簡素化
コンテンツの海外展開において、権利処理、とりわけ音楽著作権の問題は長らく大きな障壁となってきた。韓国の放送業界でも、かつては番組で使用した楽曲を人力で管理し、キューシートを提出する方式が主流であった。しかし、この方法では記載漏れや不正確さが避けられず、正確な権利処理が困難であった。
2010年代以降、こうした問題に対応するため、韓国では制度的整備が進められてきた。KBSは、KOMCA(韓国音楽著作権協会)やKOSCAP(共にする音楽著作人協会)と包括利用許諾契約を締結し、国内外で韓国楽曲を使用する際の権利処理を簡素化している。一方、外国楽曲を海外流通作品で使用する場合には問題が生じやすいため、流通子会社が楽曲を差し替えるなどの対応が取られている。
さらに近年導入されたのが、放送使用音楽モニタリングシステム(Broadcasting Music Identifying System, BROMIS)である。BROMISは、放送に使用された音楽を、オーディオ認識技術を通じて識別し、その結果に基づいて音楽使用リストを作成し、放送使用料の精算・分配のための資料として活用する仕組みである。音楽使用実績に基づくデータが、放送使用料算定の基礎として用いられることとなった点に特徴がある。2016年以降、BROMISの導入をめぐって話し合いが続いてきたが、政府(文化体育観光部)は、2024年9月、地上放送3社と放送協会、KOMCA、KOSCAPとの間で、音楽著作物管理比率算定に関する仲裁を終えたことを明らかにした[11]。
BROMISの導入により、権利処理の透明性が向上し、海外流通を前提とした制作環境が制度的に支えられるようになったといえよう。この点は、制作主体にとっての制度的予見可能性を高めたものとして位置づけられる。
5 課題──「外華内貧」という構造
韓国コンテンツ産業は、複数の市場環境の変化に適応する過程で国際的な成功を収めてきた。しかし、その成果は、産業内部において均等に分配されているわけではない。むしろ、外部からは華やかに見える一方で、内部では構造的な脆弱性が蓄積している状況が指摘できる。ここでは、この状態を「外華内貧」という概念で捉え、現在の韓国コンテンツ産業が直面している課題を整理する。
第一の課題は、グローバルOTTの台頭による産業構造の変化である。NetflixをはじめとするグローバルOTTは、韓国コンテンツに対して巨額の投資を行い、国際的な流通経路を提供してきた。これにより、韓国ドラマや映画は世界的な注目を集めるようになり、韓国コンテンツ産業全体のブランド価値は大きく向上した。しかしその一方で、従来、産業の中核を担ってきた地上放送局は、制作費や配信規模の面でOTTと競争することが難しくなり、低予算作品を中心とした制作に追い込まれている。この結果、コンテンツの国際的評価が高まるほど、国内放送局の相対的な立場が弱まるという逆説的な状況が生じている。
第二の課題は、制作費高騰と利益配分の偏在である。グローバルOTTによる投資は、作品単位で見れば制作環境の向上をもたらしたが、その恩恵は主として、著名な脚本家を抱える企画会社や、国際的な知名度を持つ俳優が所属する芸能事務所に集中している。結果として、撮影現場を支える多くの制作スタッフや下請け企業には、利益が十分に還元されることはない。制作費の総額が拡大しても、それが産業全体の賃金水準や労働環境の改善に直結していない点は、韓国コンテンツ産業が抱える深刻な構造的問題である。
第三の課題として挙げられるのが、著作権の帰属をめぐる問題である。グローバルOTTは、投資の見返りとして、コンテンツの著作権や二次利用権の大部分を取得する傾向にある。このことは、短期的には安定した資金調達を可能にする一方で、長期的には韓国側に資産として残る知的財産が限定されるという問題を引き起こす。すなわち、作品が世界的に成功しても、その継続的な収益や派生的価値が国内産業に十分に蓄積されない構造が形成されつつあるのである。
これら三つの課題に共通しているのは、国際的成功と国内産業の持続可能性が必ずしも一致していない点である。国際的な場においては、韓国コンテンツが「成功モデル」として位置づけられることが多いが、その内側では、競争の激化、利益の偏在、将来不安が同時に進行している。この「外華内貧」の構造は、単なる一国の特殊事情として片付けることはできない。なぜなら、こうした問題は、今後、日本を含む他国のコンテンツ産業が海外展開を進める際にも、同様に直面する可能性が高いからである。グローバルプラットフォームとの協業は、国際的可視性を高める有効な手段である一方で、産業の自立性や内部の持続可能性をどのように確保するかという新たな課題を突きつけている。本論考で検討してきた韓国コンテンツ産業の経験は、その光と影の双方において、今後のコンテンツ政策や産業戦略を考える上で重要な示唆を与えるものといえよう。
6 結論
本論考では、韓国コンテンツ産業の国際的な成功に関して、現場関係者へのインタビューと市場や制度の変化に着目しながら再検討してきた。政府報告書などでは、韓国コンテンツの世界的評価は国家主導の文化産業政策の成果として語られることが多い。しかし、本稿で明らかにしたように、その歩みは必ずしも一貫した戦略の結果ではなく、むしろ複数の市場変動や政治的制約、そして偶発的な転換点への対応の積み重ねによって形成されてきたものであった。
とりわけ、中国市場への依存と「限韓令」による断絶、そしてその直後に生じたグローバルOTTの参入は、韓国コンテンツ産業の構造を大きく変化させた。こうした動きは、国家の計画的支援によって一貫して導かれたものというよりも、外部環境の断続的な変化に直面するなかで、制作者側がその都度判断と調整を重ねてきた結果として理解する方が適切である。
一方で、グローバルOTTとの協業によってもたらされた国際的成功は、産業内部に新たな課題を生じさせている。制作費の高騰、利益配分の偏在、著作権の集中といった問題は、「外華内貧」という形で韓国コンテンツ産業の持続可能性に影を落としている。外部からは華やかに見える成功の裏側で、必ずしも産業全体の基盤強化が進んでいないという現実は、今後の重要な検討課題である。
韓国コンテンツ産業の経験は、単なる成功事例として消費されるべきものではない。むしろ、その光と影の両面を丁寧に検討することで、他国のコンテンツ産業、特に今後海外展開を本格化させようとする日本にとっても、多くの示唆を与える。本論考が提示した視点は、コンテンツ産業をめぐる政策評価や産業戦略を考える上で、成功神話を相対化し、現場の実態に即した議論を促す一助となることを目指すものである。
[1] 一例として、日本貿易振興機構デジタルマーケティング部デジタルマーケティング課「プラットフォーム時代の韓国コンテンツ産業振興策および事例調査」(日本貿易振興機構、2022年3月)は、文化コンテンツ産業の育成を「国家の新成長動力産業として、経済活力と国家発展を左右する国家的課題」と位置づけ、「コンテンツ産業を国家新成長動力として集中育成するための制度的な基盤」が法制度の整備や関連機関の統合によって構築されてきた過程を詳細に記述している。同報告書は、文化産業振興基本法やコンテンツ産業振興法の制定・改正、および韓国コンテンツ振興院の発足によって、コンテンツ産業振興の「コントロール・タワー」を形成し、支援体系を一元化することを狙いとする政策展開を強調している。
[2] 韓国政府が韓流コンテンツの支援に力を入れてきたことを示す文書は多数存在するが、日本で韓流が注目を集めた2000年代の事例として、当時、韓国におけるコンテンツ振興の主務官庁であった文化観光部(現・文化体育観光部)名で発行された報告書(文化観光部「2006文化産業白書」文化観光部、2007年5月、発刊の辞[頁表記なし]、および、3-4頁)を挙げておきたい。
本報告書の冒頭では、当時の金鍾民文化観光部長官が「発刊の辞」において、「メディア環境の変化に対応したコンテンツ産業の育成に向けて、コンテンツ産業振興ビジョンに基づく中長期戦略を策定し、法・制度の整備や、デジタル環境に適合した質の高いコンテンツ創作の活性化、さらに先端文化技術の戦略的育成による技術基盤の拡充などを通じて、文化産業の新たな飛躍と安定的成長の足場を段階的に築いていく方針である。政府は先頭に立ち、『商人の嗅覚』で市場を的確に読み取り、簡潔で分かりやすい政策を立案する『友が差し出す手』として、文化産業の発展に力を尽くすことを約束する。文化産業界および国民に対し、常に晴天だけを約束することはできないとしても、雨が降るときには傘を差し出すという約束を掲げ、それを必ず守っていく」と宣言している。
また、文化観光部は、2006年を「『2010年世界5大文化産業強国』の実現に向けた中核能力強化の年」と位置づけ、「韓流の拡散および海外マーケティングの強化」「投資・流通構造の革新による先進的市場構造の定着」「文化コンテンツ創作活性化システムの構築」を三大政策目標として掲げ、それらを達成するための各種履行課題を推進していることを強調している。
[3] 政府による支援の効果については、従来の研究においても必ずしも肯定的に捉えられてきたわけではない。たとえば、沈成恩「韓国映像ビジネス興隆の背景~文化産業政策と放送の海外進出~」『放送研究と調査』(第56巻第12号(通号667号)、2006年12月、8–25頁)は、政府の支援が、輸出に貢献している地上放送局に対して必ずしも強力なバックアップとなっていない点を指摘している。また、金美林『韓国映像コンテンツ産業の成長と国際流通―規制から支援政策へ』(慶應義塾大学出版会、2013年、172頁)は、韓国の放送産業の成長に政府の産業振興政策が一定の役割を果たしたことは認めつつも、それが韓流現象を直接的に引き起こした原因であるとは言い難いと論じている。むしろ、アジア諸国で韓流現象が発生したことにより、韓国政府は韓流の維持や拡大に努めるという目標を持つと同時に、放送産業に対する支援の根拠を獲得したと主張している。
[4] 문화체육관광부(文化体育観光部)、한국콘텐츠진흥원(韓国コンテンツ振興院)編『2024 방송영상산업백서(2024 放送映像産業白書)』한국콘텐츠진흥원(韓国コンテンツ振興院)、羅州、2025年、118頁。
[5] 本論考におけるグローバルOTT制作ドラマの制作費データは、韓国放送通信電波振興院が電子媒体で発行する調査・分析レポートに基づいている。劉眞僖「제작비 폭등에 따른 국내 드라마 시장의 변화와 개선방안(制作費高騰にともなう国内ドラマ市場の変化と改善方策)」『미디어 이슈 & 트렌드 = MEDIA ISSUE & TREND』Vol.63、2024年8月、66頁。https://www.kca.kr/Media_Issue_Trend/vol63/KCA_ebook/index.html〈アクセス日:2026年1月1日〉。同稿は、2018年から2024年にかけて放送・配信された韓国国内ドラマのうち、視聴順位、または話題性上位作品を対象に、制作費が公開された事例を整理しており、公開情報が限られる制作費データを体系的に把握できる点で、資料的価値が高い。
[6]『韓国経済新聞』2025年6月30日、A30面。
[7] 金顯基(KBS公営メディア研究所)博士へのインタビュー、2025年8月7日、ソウルにて実施。
[8] 中国国内において、韓国で制作されたコンテンツや韓国人芸能人が出演する番組・広告などの流通や放送を制限する措置を指し、「禁韓令」とも呼ばれる。中国政府は公式な政策としては認めていないが、2016年7月、アメリカの迎撃ミサイルシステム「THAAD(サード)」の韓国配備が確定したことに対する、中国政府の報復措置として適用されてきたと広く認識されている。具体的には、韓中合作ドラマに出演していた韓国人俳優が突然降板させられたり、中国人俳優に差し替えられたりする事例が相次いだほか、多くの韓国ドラマが放送審査を通過できない状況が続いた。
[9] 河東喆(KBS公営メディア研究所所長)博士へのインタビュー、2025年8月7日、ソウルにて実施。
[10] KBS WORLDの公式ウェブサイトに掲載された「KBS KOREAチャンネル 送出方式変更案内」によれば、2025年7月1日をもって、KBS KOREAチャンネルの衛星直接受信(DTH)サービスが終了することが告知されている。https://kbsworld.kbs.co.kr/index_korea.php〈アクセス日:2026年1月1日〉。
[11] 文化体育観光部報道資料を参照。「문체부, 지상파 3사 음악저작물 방송사용료 산정 중재 완료―방송 사용음악 모니터링 시스템 구축 합의 후 8년 만에 사용 개시(文化体育観光部、地上波3社の音楽著作物放送使用料算定の仲裁完了―放送使用音楽モニタリングシステム構築合意後8年を経て使用開始)」2024年9月30日付。